Fate/Losers Order   作:織葉 黎旺

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幕間
第七敗『断らせてもらうよ』


 

『…………』

 

 球磨川禊の寝覚めは良好だった。多少頭痛がするような感触もあるが、疲労も特になく、概ね元気といって差し支えないコンディションだった。

 

『ここは……カルデアのベッドかな?』

 

 スプリングを活かして跳ね起き、子供のようにドンドンとジャンプし始める。だが体勢を崩し、すぐさまどんがらがっしゃんと飾ってあった花瓶を倒し、割りながら床に落下した。

 

『うわあ……』『痛……朝から災難だぜ』

 

 朝かどうかは定かではないのだが、目覚めてすぐなので何となくそんな気がした。割れた花瓶も床に落ちた毛布もさり気なく落として液晶が割れた様子の携帯電話も、それが床に落ちたという事実を"なかったこと"にした。

 

 

 「やあ、無事目覚めたようで何よりだよ」

 

『あ』『おはよう、ロマンちゃん』

 

 シューっと、何処か未来的な音を立てて、部屋の自動ドアが開く。おはようと挨拶を返したロマニは少し眠そうで、ふわあと大きく欠伸をした。

 

 「何気にこうやって顔を突き合わせて話すのは初めてだね。改めてよろしくね」

 

『うん!』『よろしく仲良くしてくださいっ!』

 

 「色々あったあとだって言うのに、球磨川くんは元気だなあ……」

 

『いやいや』『僕なんか肉体は満身創痍、精神は疲労困憊で今日は一歩も動けそうにないよ』

 

 恐らく先ほどの転倒による騒音で駆けつけたのでその嘘は通用するはずもないのだが、ロマニはそうだよねと微笑むばかりだった。

 

 「そういえばお腹とか空いてない?」

 

『んー』『お腹の方はそんなに空いてないかな』『それよりも喉が乾いてる感じだ』

 

 「じゃあ何か持ってくるよ。水とオレンジジュースとコーヒーがあるけど、どれがいい?」

 

『オレンジジュース!』

 

 「OK、今持ってくるよ」

 

 数分して、湯気の立つマグカップと空の紙コップ、それにパックのオレンジジュースを抱えたロマニが帰ってきた。

 

『わざわざ悪いね』

 

 「いやいや、大したことないよ」

 

 ベッドの脇にある小さなテーブルにそれらを置き、壁に立てかけてあったパイプ椅子を開いて二人向かい合って座る。実際相当に喉が乾いていたので、球磨川はゴクゴクと凄い勢いでオレンジジュースを飲み始める。あっという間に一パック分飲み干し、学ランの袖口で汚れた口元をゴシゴシと擦った。ロマニは何か考え事でもしているのか立ち上る湯気を眺めていたが、思い出したように真剣な表情へと変わり、少し低い声で話し始める。

 

 

 「……球磨川くん。君に頼みがある」

 

『どうしたのロマンちゃん』『そんな真剣な顔しちゃって。せっかくのヘタレ優男フェイスが台無しだぜ?』

 

 「それは褒めてるのか煽ってるのかどっちなんだろう……?」

 

『褒めてるんだよ』『そういやみんなはどうしてるの?』

 

 「アンリくんは確かカルデア内を彷徨くって言ってたかな。藤丸くんはさっきシャワーを浴びに行って、マシュは――コホン!」

 

 話を逸らされたことに気づいたロマニは誤魔化すように大きな咳払いをした。どうにも調子の掴めない子だな、と内心で辟易する。

 

 「……球磨川くん、君に頼みがあるんだよ」

 

『ふう』『やれやれ』『そんなに真剣な表情をされちゃ、聞かないわけにはいかないぜ』

 

 「…君は、あんなことがあったっていうのに凄く落ち着いているね」

 

 先ほどの茶化しといい、今の状況を本当に理解出来ているのだろうか?と彼は少し不安を抱いた。正直なところを言えば、ロマニだって前置きなしに人理が焼却されたなんていう突拍子もない話を聞けば、とてもじゃないが信じられない。これまでの様々な経験がなければ、嘘だと割り切って呑気に笑っただろう。少なくとも当面は。しかしこの球磨川という男は、恐らく全てを理解した上で――わかった上で、真剣な話をはぐらかし、誤魔化して笑っている。そんな男にこれからする話を振っていいのか、と少々心配になったが、今は一人でも多くの人手が必要なのだ。不安も何も抱いていないというのは、逆に心強いかもしれない。ロマニはそう前向きに捉えることにした。

 

 

『そうかな?』『連続する予想外のアクシデントの連続に、所長じゃないけれど気が気じゃないよ』『そういえば所長は?僕たちの所長はどうなったの!?』

 

 「正確には確認出来ていないけれど、消滅したはずだよ……肉体がなくなってしまっていたしカルデアに戻れば消えてしまうのは確定していたけれど、あのときの所長は要するに魂だけの状態で特異点にいたんだ。肉体がないのだから、魂だけあってもエネルギーを補充する手段はない……要するに、エネルギー切れで消えてしまったみたいだ」

 

 死に方としては安らかな、優しいものだったのだろうと思う。肉体の方は一瞬の内に、痛みすら感じぬまま消し飛び。魂の方は苦しみも何もなく消えた。カルデアスに呑み込まれて融けていくよりかは、幾分マシだったのではないか――

 

 「その点に関しては所長もきっと、球磨川くんに感謝してるはずだよ」

 

 最後に上がった好感度を最低値まで下げ直していたように見えたが――触れづらかったし、触れていては話が進まないのでもう自分たちの目と耳の錯覚だったと割り切って諦めることにした。

 

 

『……ロマンちゃん』『死に安らかも惨やかもないんだよ』『どんな死に様だろうと同じことなんだ。死んでしまえばもう、何もなくなるんだからさ』

 

 「…確かにそうかもしれないね……少し軽率だった」

 

 惨やかな生と残虐な死を繰り返してきた球磨川が言うと迫力が違う。ロマニは球磨川の雰囲気に呑まれかけていたことに気づいてハッとして、今度こそ話を本題へ持っていくことにした。

 

 「球磨川くん。志半ばで倒れた所長の為にも、このカルデアの力になってくれないだろうか」

 

『こんな僕がカルデアの力に……?』『よしきた任せてくれ、僕に出来ることなら何でもするぜ』

 

 「そう言ってくれると頼もしいよ」

 

 すう、と一つ呼吸を置いて、ヘラヘラと笑う球磨川の目を見据えた。

 

 「君は偶然にもマスターに選ばれてサーヴァントを呼ぶことが出来た。今起きてる異常事態を鎮めるためには、人類史に発生した大きな癌――過去に現れた七つの特異点を修復する必要がある」

 

『特異点っていうのは?』

 

 「"この戦争が終わらなかったら"、"この航海が成功しなかったら"、"この発明が間違っていたら"というような、現在の人類を決定づけた究極の選択点。そこに現れた歪だよ」

 

 バタフライエフェクトという言葉もあるように、過去を少しでも変えれば未来は大きく変わると言われている。しかしその実、ちょっとやそっとの過去改竄では歴史に大きな影響は出ない。一人二人の生き死には変えることが出来ても、その時代が迎える決定的な結果だけは変わらないようになっている。しかしこれらの特異点は現在の人類史を決定づけた究極の選択点。一つ違うだけで未来は狂う。これらの特異点ができてしまった時点で、人類の破滅の未来は確定してしまったのだ。

 

 「――けど、ボクらだけは違う。カルデアは今通常の時間軸に無い存在となっているんだ。宇宙空間に浮かぶコロニーと思ってもらえばわかりやすいかな……人類が滅びる二千十七年の、直前の歴史で踏み止まっている。だからこそ、ボクらにだけはチャンスがある」

 

『チャンス……ねえ』

 

 「結論から言おう。この七つの特異点にレイシフトし、歴史を正しいカタチに戻す。それが人類を救う唯一の手段だ。……けれど、ボクらにはあまりにも力がない」

 

 マスター適性者は藤丸と球磨川を除いて凍結。所持するサーヴァントはマシュとアンリマユのみ。圧倒的戦力不足、その上スタッフも十分には揃っていない。

 

 「こんな状況で君に頼むのは、強制に近いことだと思う。それでもボクはこう言うしかない。マスター適性者四十九番、球磨川禊。どうか、人類を救うために協力してくれないだろうか?」

 

『立香ちゃんは……まあ、聞かなくてもわかるか』『大方二つ返事で快諾したんだろうね。全く、前向きな子だぜ』

 

 ――平凡ではあっても、いや――平凡だからこそ彼には主人公たる資質があって、それに連なる運命が待っているんだろうなと球磨川は類推する。

 

『しょうがないなあ』

 

 「球磨川くん、それじゃあ――」

 

『僕はこの話を断らせてもらうよ』

 

 球磨川は笑顔で言葉を続ける。

 

『そもそもサポートのスタッフで呼ばれたって話だしい?』『僕に戦闘能力なんてないしい?』『前線で戦う勇気も気概も、何も無いんだ』『そんな僕が立香ちゃんの隣に立っても彼の足手まといになるだけだし、大人しくカルデアに引き篭もってるよ』『ああ心配しないでね、僕に出来ることはやるから。治療だとか何だとかは手伝わせてもらうぜ』

 

 「……そっかあ」

 

 はあ、と大きく嘆息してロマニは立ち上がる。球磨川は少し意外だなと思った。

 

 「まあ、偉ぶって球磨川くんに戦いを無理強いするつもりはないからね。正直言って今の状況は絶望的だ。人類の滅亡を回避できる可能性は今の時点では零に等しいかもしれない。しかし二人なら――藤丸くんと球磨川くんの二人なら、その確率は跳ね上がるんじゃないかと思ったんだ」

 

『…………』

 

 「でもそれを君に押し付けるわけにはいかない。これからの時間を君がどう過ごすかは自由だ。カルデア側でメンバーのサポートに当たってくれるなら、それはそれで心強いよ、ありがとう」

 

 柔和な笑みを浮かべたロマニは「疲れただろうからもうちょっと休んでて。また何かあったら呼びに来るよ。お腹が空いたときは食堂の方に行ってくれれば、多分何かあるはずだから。それじゃ!」と言って何処かへと向かっていった。

 

 

 

『…………』

 

 「断っちゃってよかったのか〜?」

 

『……いつからいたんだい、アンリくん』

 

 ヒヒヒ、と不気味な笑みを浮かべてアンリはさっきまでロマニが座っていた席に腰掛ける。

 

 「まあ後半からかな?ああそうそう、丁度オレンジジュースを持ってきた辺りだ」

 

『ほとんど全部かよ』『一体どこに隠れてたんだい?』

 

 「サーヴァントには霊体化っていう特技……いや、特技ではないか?技術か。技術があるんだよ」

 

 サーヴァントは物理的影響力を持たない、霊体という状態になることが出来る。その方がサーヴァントを維持するのに必要な魔力も少なく、目立つことも少ないので本来の聖杯戦争に置いてはほぼ確実に使われる形態だ。それでもマスターからは見えるはずなのだが、球磨川の注意力が散漫だっただけだろうか。

 

 「ついでに言うと念話とか令呪とか、マスターとしては知ってて常識……というか知ってなきゃマズイようなことが色々あるんだが、そこら辺大丈夫かよ」

 

『生憎寡聞にして知らないぜ』

 

(念話ってのはこういう風に、サーヴァントとマスターにおいてのみ通じる会話機能でね)

 

(『ふーん』)

 

 「…なんかアンタ、念話でも変にカッコつけるんだな〜……」

 

『そうかな?』

 

 「っていうか、令呪に関してはもう一人のマスターと浮かれながら話してなかったか……?お揃いの刺青が出来たとか何とか」

 

『いやあ』『てっきりいつの間にか、立香ちゃんとの仲が深まったあまりお揃いのタトゥーを入れてたもんだと思ってね』

 

 「いくら仲のいいヤツでもお揃いのタトゥーは嫌だろ……」

 

 この世全ての悪にすら呆れられる男、球磨川禊。流石としか言いようがない。

 

『そうかな?』『僕としては、アンリくんの刺青とお揃いのを入れてもいいんだけどね』

 

 「………やめといた方がいいぜ。刺青なんて痛いだけだろ。どうしても入れたいってんなら止めはしないけどな」

 

 先程までと変わらぬ語気だというのに、心做しかその声は厳格な雰囲気を纏っているように感じた。

 

『……』『ま、僕も痛いのは嫌だし入れはしないけどさ』『んじゃ教えてよ、令呪ってのが一体何なのか』

 

 

 ――令呪。三画のみマスターに与えられる、絶対的な命令権。マスターの望む指示を強制的に実行させることが出来、また、一時的な魔力のブースターとして使うことも出来る。カルデアにおいては一日一画回復する為有難みが薄いが、それでも十分貴重で重要な要素の一つだ。

 

『……ちょっと待って、アンリくん』

 

 「なんだよ?」

 

『それって……どんな命令でも聞いてもらえるの?』『自分のサーヴァント相手なら?』

 

 アンリの背筋に嫌な寒気が走った。もしや自分は、この男に令呪の存在を教えるべきではなかったのではないかと。

 

 「い、いや。どんな命令でもって訳じゃないし、サーヴァントによっては令呪なんてものともしないようなのもいなくはなくはなくはないからな〜……!」

 

 球磨川はにへらと楽しそうな笑顔を浮かべ、アンリにとち狂った一言を放った。

 

『とりあえず、美少女になってほしい』

 

 「いや出来ないことは無理だろ!?」

 

 というか、本気で願ったわけではないからか、特に令呪が消費された気配も命令が実行する気配もなく、つまらなそうに球磨川は座り直した。

 

『はあ』『僕のサーヴァントが美少女ならあんな命令やこんな命令を遂行できるっていうのか……!』

 

 「うわあああ……オレ、絶対来るとこ間違えたって……!」

 

 頭を抱えるサーヴァントとマスター。冗談だから悩まないでよ、と冷めたコーヒーを見つめて、球磨川は頬杖をつくのだった。

 

 


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