Fate/Losers Order   作:織葉 黎旺

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第五敗『ただ二人で生き延びるために』

 

 「はー、スキルねえ……」

 

『そうそう』

 

 のんびりと歩きながら二人は話を進める。緊急時とは思えないほど呑気な足取りだが、アンリとしては少しでも傷を癒しておきたいし、丁度よかった。

 

 「異常性(アブノーマル)過負荷(マイナス)、それに言葉使い(スタイリスト)……漫画みたいな話だな」

 

『神話の登場人物が言うことじゃないよね、それ』『というか僕に言わせれば魔術の方がよっぽど漫画っぽいぜ』

 

 ジャンプっぽくはないけど、と付け加える球磨川。ジャンプというよりはサンデーとかかな、と言って笑う。

 

『時間がないから手短に説明しておくと、異常性と過負荷が持っている特殊な長所(プラス)短所(マイナス)がスキル』『例えば僕なら、この『大嘘憑き(オールフィクション)』という欠点(マイナス)と、あともう一つ欠点(マイナス)を持ってる』『先程僕の絶命をなかったことにできたのも、『大嘘憑き(オールフィクション)』というスキルのおかげなんだ』

 

 「つまりは、何かをなかったことにするスキルってことか……?」

 

『そそ』『種も仕掛けもない、至って普通の面白手品だぜ』『例えばほら――』

 

 球磨川は滑らかな動作で、アンリの傷口を鷲づかむ。グッ!?と苦しそうに顔を歪めて離れるアンリだったが、その傷口は既に塞がり――否、なかったことになっていた。

 

『『大嘘憑き(オールフィクション)』!君の負傷をなかったことにした』

 

 「いきなり何するんだよ!?」

 

『いや、苦しそうだったから直してあげようと思ってね』

 

 綺麗さっぱり元通りとなった自分の身体を見て、アンリは少し、球磨川と距離を置いた。

 

 「"なかったことにする"スキルかあ……アンタがその気になったら、オレの存在や世界そのものもなかったことになるのか?」

 

『さあ?』『やったことがないからわからないなあ』『なかったことにしてしまうと、もう取り返しがつかないしね』『だからもし君がマゾヒストで、今の傷による痛みを楽しんでいたのだとしても、残念ながら戻してあげることは出来ないんだ』『でも僕は悪くない』

 

 「ふーん……」

 

 脇腹を擦りながら、アンリは少し足取りを早めた。藤丸達に追いついた時、戦闘は既に佳境を迎えていた。

 

 

 「約束された勝利の剣(エクスカリバー・モルガン)ッ!!」

 

 「仮想宝具擬似展開/人理の礎(ロード・カルデアス)……!」

 

 青白い肌に金髪の、闇を纏ったような黒い剣を持った英霊――恐らくセイバーだろうか――が、ドス黒い巨大な斬撃を放った。多少離れているのにその熱量はひしひしと感じられ、周りの空気まで震えているのがわかる。

 深い闇を纏ったそれは、藤丸たちを呑み込まんと接近していく――ただの人間が喰らえば一溜りもないような、絶対的な一撃。しかしマシュは手に持つ盾を眼前に構え、大きな障壁が展開される。そして放たれる力の波からマスターを守り切らんと、必死に耐える。しかし一歩、また一歩と後ろにズルズルと押されていき。体勢すらも崩れかけた、その時だった。

 

 「……大丈夫、マシュ」

 

 「マスター……!」

 

 藤丸はマシュの隣に並び立つ。一歩間違えば、彼の体は光の波に飲まれ、呆気なく溶けるであろうに。恐怖感も悲壮感も感じさせず、彼はただマシュの肩を叩いた。

 

 「マシュが俺のために俺を守るんじゃないんだ。ただ二人で生き延びるために、二人で凌ぎ切るんだ……!」

 

 「はい……!」

 

 己の腰を押さえた温かく大きな手。こんな状況で、怖くて震えているのが伝わってきて。それでも――自分のことを信じてくれているこの人の為。マシュは――いや、二人はセイバーの宝具を、見事に耐え抜いた。

 

 「凌いだか……!」

 

 すぐさま第二波の用意をする為、魔力を放出し始めるセイバー。しかしその一度きりのタイムラグを見逃すほど彼等は甘くない。

 

 「よくやった!我が魔術は炎の檻、炎の如き緑の巨人。因果応報、人理の厄を清める守。倒壊するは『灼き尽くす炎の檻(ウィッカーマン)』!!」

 

 キャスターが杖を振るうとそこから赤い輝きが発せられ、剣を振りかぶるセイバーの足元にルーン文字で描かれた魔術陣が展開される。そこから炎が舞い上がり、同時に、木で編まれた大きな巨人が飛び出してきた。

 巨人は己の頭の上のセイバーを捕捉し、右手で掴みかかる。それを跳躍し躱すセイバーだったが、残る左手に掴まれ。そのまま巨人の胸部――檻のようになっている部分にぶち込まれ、重い鉄格子が閉まる。

 

 「くっ……!」

 

 抵抗を試みるセイバーだったが、そんな暇は与えられず。巨人は燃え盛る炎の中へと倒れ、同時に爆発が起こる。

 

『わーお』『CGでも見てるみたいだ』

 

 爆発の煙が晴れる。するとそこには、未だ直立しているセイバーの姿があった。

 

 「くっ!?」

 

 咄嗟に藤丸は前に出て、両手を広げてマシュを庇う。それを見てセイバーは目を見開き、フッと少し口角を吊り上げて剣を下ろした。

 

 

 「…守る力の勝利か。結局、私一人ではどう運命が変わろうと同じ末路を辿るということか……」

 

 「どういう意味だ……手前(テメエ)何を知ってやがる!」

 

 「いずれ貴方も知ることになる、アイルランドの光の御子よ。グランドオーダー……聖杯を巡る戦いは、始まったばかりだということをな」

 

 「!?」

 

 グランドオーダー、という言葉に明らかに大きな反応を見せたオルガマリー。セイバーは光の粒子となって消え、キャスターの身体も徐々に薄れ始める。

 

 「チッ……坊主!お嬢ちゃん!後は任せた。次喚ぶ時は……出来ればランサーで呼んでくれ、マスター」

 

 キャスターは少し、名残惜しそうな様子で消えていった。マシュ、オルガマリー、藤丸の三人は顔を見合わせる。

 

 「セイバー・キャスター、共に消滅を確認……私たちの勝利、なのでしょうか」

 

 「…どうなんですか所長」

 

 「あのアーチャーを本当に球磨川たちが倒しているのであれば……私たちの勝利よ。お疲れ様。まあ――この非常時に、よくやってくれたと思います。褒めてあげるわ」

 

 頬を掻き目を背け、心做しか恥ずかしそうなオルガマリー。マシュと藤丸はそれを見て微笑み、その反応にムッとした様子の所長は、「何よもう!」と怒って拗ねた様子だった。

 

『本当にお疲れ様、マシュ、藤丸くん。どうやらそこは映像が繋がらないらしくて、照れた所長の顔が見れないのが残念だけど……』

 

 「ロマニ・アーキマン、何か言ったかしら?」

 

『イエナニモイッテナイデス……えーっと、セイバーのいた辺りに水晶体があるはずだ。それを回収して――』

 

 「あ、禊くん!お疲れ、いやー大変だったね!」

 

『うん、お疲れ立香ちゃん』『格好よかったぜ』

 

 「ありがとー!禊くんの勇姿も見たかったよ」

 

『あはは』『ぬるい友情・虚しい努力・惨めな勝利って感じの冷戦だったぜ』

 

 「お前それ言いたかっただけだろ」

 

 惨めな勝利ってのはあながち間違ってないけどな、と内心付け加えるアンリ。話を遮られたロマニが何か悲しそうにボヤく声が聞こえてくるが、気にしてはいけない。

 

『えーっと』『水晶体の回収だっけ、ロマンちゃん?』

 

『そうそう。多分そこら辺に転がってるはずだよ』

 

 「軽いなー、重要物の扱い……」

 

『所長!』『僕も頑張ったんですよ所長!!』『褒めてください所長!!!』

 

 指示通り水晶体を探す藤丸を尻目に、球磨川は一人、何かを考え込む様子の所長に空気を読まず突っ込んでいく。

 

 「……冠位指定(グランドオーダー)、何故あのサーヴァントがその呼称を………」

 

『所長!』『聞いてますか所長!?』『所長ー!!』

 

 「五月蝿いわね全く!!はいはいよく頑張りました、お疲れ!!」

 

『……はぁ』『やれやれ』『心が篭ってないのがひしひしと伝わってくるぜ』

 

 「当たり前でしょう!?全く……」

 

『マシュちゃんも凄かったね』『あの一撃を防ぎ切るなんて、僕はもう君には頭が上がらないよ』

 

 「いえ、先輩のおかげです。先輩がいなかったら私は……」

 

 「マシュ……」

 

 見つめ合う二人。あれ、この二人今日初めてあったばかりとか言ってなかったっけ。なんで数々の困難をくぐり抜けてきたあとのカップルみたいになってるんだ……?と内心嫉妬の炎をバリバリ燃やし、彼らの上昇した絆レベルをなかったことにしたくなる球磨川。

 ――と、そんな風に和んだ雰囲気が流れる中。それを壊すかのように、辺りに大きな拍手が響いた。

 

「いや、まさか君たちがここまでやるとはね。計画の想定外にして、私の寛容さの許容外だ」

 

切り立った岩の上、現れたのは緑を基調とした恰好の紳士然とした男。

 

「貴方は……!」

 

「レフ教授……!生きてたんですか……!」

 

彼はただ、いつものように穏やかな笑みを浮かべていた。


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