球磨川禊の性格上、魔術というものには意外と頼らない。『
実際の所、彼が手当り次第全ての人間に『
故に球磨川禊は。今まで通り、話術と力で相手を螺子伏せる――
『使えるものなら僕だって』『魔術で派手に闘いたいけど、ねっ!』
大きな螺子を振り回し、黒い英霊に肉薄しながら球磨川禊は叫んだ。先程の『ガンド』という魔術。アレはどうやらそこまで上級な魔術ではないようで、その程度であれだけ疲れるというのなら、球磨川に魔術は向いていないのだろう。そもそも、未だどんな魔術が使えるのか把握し切れていない、というのもあるが……
「ふむ、少しは出来るマスターのようだ。魔術師とはとても言い難いが……」
振り回される螺子を手に持つ弓で軽々受け止めながら、弓兵は冷静に推察する。距離が近い上に積極的に懐に潜り込もうとしてくるので、弓の間合いに入らない。なら――
「ふんっ!」
『うおっ』『とっ』『とっ』
大きく後ろに跳躍した弓兵は、すぐさま何かを矢に番え、球磨川目掛けて放つ。運良く馬鹿でかい螺子で弾いているようだが、隙間だらけ故そこを狙撃する如き、彼には容易いことだった。
あくまで、
「オラッ!足元がお留守だぜ!?」
「くっ……ちょこまかと厄介な!」
飛び出したアンリが、手に持つ短剣で弓兵の首元を狙う。咄嗟に回避する弓兵だが、そのまま短剣で攻め立てられ、再び間合いを取った。
『サンキューアンリくん』『助かったよ』
「なあに、いいってことよ……」
「ふむ、弓では分が悪いか。それならば――」
手に持つ弓は虚空に消え、代わりに何処からか現れた二本の短剣が一本ずつ弓兵の手に収まる。白と黒の対となるデザイン。アンリはそれを見て舌打ちする。
『おいおい、短剣だって?』『もしかしてそれを投げたりするのかな?』『せめて弓に番えて放つぐらいしないと、弓兵の名が泣くぜ』
「おいマスター、肩書きに囚われちゃいけないぞ。ソイツの本質は何より――」
会話の暇など与えない、と言わんばかりに、弓兵はアンリの元に跳躍し、剣を振りかぶる――が、
「ぐうっ……!」
短剣二本を使い、アンリは何とかそれを受け止めた。が、それにより彼には、もう一本の一撃を受け止める手段が無い……!
「ハアッ!」
『ちょっと待った!』『僕のことを忘れてもらっちゃ困るぜ』
「グッ……!?」
今度は逆に、アンリを狙ったことでガラ空きになった弓兵の背中を球磨川の螺子が刺した。貫くまでは到らなかったが、十分な外傷を与えたと言える。
「ガハッ……!」
しかし同時に、アンリの脇腹を弓兵の剣は切り裂いていた。そこそこ傷が深いようで、とめどなく血液が流れ出る。
『アンリくん!?』
「これで実質一対一か……いや、足手まといがいる分こちらの方が有利か?」
「ナメやがって……まだ動けるぜ、気にするなよ」
アンリはそう言ったが、その実傷は深い――先程のような戦闘は無理と見た方がいいだろう。
『まあ休んでて頂戴』『人間が英霊に勝利する、歴史的瞬間をお目に掛けてやるぜ』
「やってみろッ!」
螺子と剣が、幾度となくぶつかり火花を散らす――が、数を重ねるに連れ、若干弓兵の方が優位となっていく。終いには螺子は弾かれ、洞窟の壁に吹き飛んだ。
『くっ……』『流石に、これは不味そうだ……!』『なんて、ね!』
ニヤリと笑った球磨川は、何処からかもう一本螺子を取り出し、今度は弓兵の剣を二本とも弾き飛ばす。流石に予想外と見えて、驚いた様子の弓兵だったが、
『はは、その方がよっぽど弓兵らしいよ』
「ああ、本当にな」
更に二本、新たに同じ剣を投げつける――魔術師っぽい戦い方だな、なんて思いながらそれを弾こうとした球磨川だが――放たれた二本の剣は、先程放たれた剣とともに予想外の軌道を描き。球磨川の両肩、両足に突き刺さった。
『ぐっ……!?』
「鶴翼三連……ッ!」
更に二本剣を精製。目にも止まらぬ速さで、隙だらけの球磨川を斬り裂いた。アンリはそれを茫然と眺め、己がマスターの死を看取った。
「嘘だろ……」
「ふん、所詮こんなものだ……」
弓兵はそこでふと、疑問を抱く。確かに目の前の男は仕留めたはずだ。アレで人が死なぬはずはない。しかし、それなら何故――目の前の英霊は、消滅しない?
『ふう』『あー、何回死んでも殺されるのには慣れないぜ』
「なっ……!?貴様、どうして!?」
弓兵は疎か、アンリも同様に驚きを隠せない――つい一秒前まで、血塗れとなってこの男は倒れていた。それが瞬間的に、あたかもなかったことになったかのように元気な姿で蘇ってきた――
『「
「死を……なかったことにするだと!?そんな魔術聞いたことがない!それどころか、
己の常識の範疇を越えた出来事に狼狽する弓兵。そこで生まれた決定的な隙が、勝負の行く手を決めた。
「おらよっ!!」
「グッ……ハッ……!」
忍び寄ってきていたアンリに気づかず、ちょうど先程球磨川の螺子が軽く刺さった辺り――心臓を貫き、弓兵は倒れた。
「……は、こんなコンビに負けるとはな……全く、敵わん……」
その躰は光の粒子となり、消滅していく。それを見送った後、アンリは球磨川を見つめた。
『お疲れ』『意外といいコンビだったね、僕ら』
「ああ、そうかもな……んじゃ、そんなコンビの片割れにさっきの手品を種明かししてほしいんだが?」
『んー……』『まあしょうがないかな』『だけどその前に、やることがあるだろう?』
「やること……?」
右手を大きく前に出す球磨川。それで察したアンリは、小さく笑ってハイタッチを決めた。
「んじゃ、ササッと説明してもらうぜ?」
『ああ』『最初に言っておくが、多分君の常識ってヤツがぶち壊されるから』『頭は空っぽにして聞いてくれよ』
「その点に関しては問題ないぜ。元から空っぽみたいに軽い頭だからな」
『そいつは重畳』『あー、どこから話すべきか……』
言葉を交わしながら、二人は奥へと歩みを進めて行った。