「さて、着いたぞ」
キャスターの案内で大空洞に到着する。まるでここではないどこかに繋がっているがごとくぽっかりと開いた入口が、闇の中に手招きしているように感じられた。
『おお』『肝試しにでも使えそうないい雰囲気だね』
「実際、平常時ならそういう風に使われてたのかもしれないな。こういうのってワクワクするし!」
「いい度胸ね、藤丸。ど三流ではあるけれど、案外貴方は魔術師に向いているのかもしれないわね」
『え……ええっ!?所長が人を褒めた!?大丈夫ですか所長、遂に過労から少しおかしく……?』
「……ッ!失礼ねロマニ!私だって人を褒めることはあります!それ相応の働きをしているのだから当然でしょう!?」
『あのー所長』『それなりに働いた僕らも褒めてもらっていいですか?』
「貴方達はいてもいなくても同じようなものよ!」
というか、まだ一戦しか戦っていないうえに雑魚戦だったため、本当に褒めるに足る功績がないのだ。こればかりはしょうがない。
「お前ら準備は大丈夫か?何かあるなら一度戻るが」
「強いて言うならお腹が空いたなー」
『僕もお腹空いたなー』
「オレもお腹空いたなー」
「すいません、私も少しだけ……」
「はあ、しょうがないわね……」
オルガマリーは嘆息して、ポケットから何かを取り出した。
『お!?』『ポテチですか所長!?』『育ち良さそうなのに意外だなー、っていうか太るよ?大丈夫?』
「いらないこと気にするならあげないわよ」
『スレンダーな所長にはそんな心配いらないのを忘れてたぜ』『ああでも、僕としてはもうちょっとお肉が付いてた方が……』
「コイツを除いたみんなで食べましょう」
オルガマリーは球磨川を汚物を見るような冷たい目で睨み、藤丸たちとともに少し球磨川から距離をとった。それを見てやれやれ、と彼のサーヴァントは嘆息する。
「ハア〜、どうやら本当に、いい性格のマスターみたいだな」
『よく言われるよ』
「ああいや、皮肉めいた意味も勿論込めてあるがオレとしては本気でそう思うぜぇ?敢えて煽ることで、不安を抱えてたあの人の心を解して、己に敵意を向けさせることで忘れさせたんだろ?いやー、よくやるねアンタも!」
『あははは』『君には僕が、そんなことを考えながら動いているようにみえるのかな?』
「ハハハ全然?まあ、オレとしては噂に聞くポテトチップスってヤツが食えなくて残念だが!」
『そいつは悪いことをしたね』『無事に帰れたら、何かあげるよ』『ポテチは確かなかったけど、たい焼きくらいならあったはずだ』
「あんがと。楽しみにしとくよ〜」
ヒヒヒ、と不気味な笑顔のアンリマユ。内心、何故ポテチがなくて鯛焼きがあるんだと疑問に思ったが触れないでおいた。
「あ、禊くん。少ないけどこれ、よかったらアンリくんと分けて」
藤丸はビニール袋に入れたポテトチップスを球磨川に渡す。驚いたように球磨川は、
『え、いいのかい立香ちゃん?』
と聞く。何よりも所長が許したのが驚きだ。
「いいよいいよ。俺らだけ貰っちゃうのは申し訳ないし、やっぱこういうのってみんなで食べた方が美味しいからね。所長にバレると煩いから、ナイショだけど」
『あー、そういうことね』『立香ちゃん、君もなかなかにワルだなあ』
だがそのワルさ、嫌いじゃないぜ――といってぎこちなくウィンクして見せる。フフフと笑った立香は、んじゃ用意が出来たら呼んで、と言って所長たちと何かを話し始めた。
「イイヤツそうだな、アイツ」
『ね』『善人ってだけなら割と知り合いがいるけど、ああいうタイプの子は初めてかな』『――さて、食べ終わったし死地に向かうとするかあ』
一行は空洞の中へと歩を進める。中は思いの外明るく――とは言っても薄暗い。あくまで思っていたよりも明るいというだけの話である――その上涼しかったもので、『割と住みやすそうな環境だな』と球磨川は的外れな感想を抱く。
「大聖杯はこの奥だ。ちぃとばかり入り組んでいるんで、はぐれないようにな」
『本当にすごく綺麗な洞窟だよね』
「半分天然、半分人工ってところかしら……魔術師が長年かけて築いた地下工房ですね」
『へー……ッ!?』
唐突に背筋に悪寒が走る。嫌な予感がした球磨川はバックステップを取り、後ろに下がった。刹那、どこからか放たれた矢が先程球磨川がいた地面を叩いた。
「アーチャーのサーヴァント……!」
オルガマリーが驚きの声をあげる。ちぃ、と舌打ちするキャスター。
「オラ出てこいアーチャー!!テメエそこまで堕ちたってのか!?少なくとも俺の知ってるお前は、丸腰のマスターを狙うほどの卑怯者ではなかったが!?」
「……ふん」
黒い影のような、実態の見えない何かが彼らの前に立ち塞がる。今の冬木で倒されたサーヴァントは、このような姿になっておかしくなっているという話だったが――
「結果さえ出せれば過程はどうでもいいのさ。特に、その男に対しては同じ雰囲気を感じたがね」
『…………』
球磨川はソレに微笑みで返す。そしてさりげなく、何処からか巨大な螺子を二本取り出すと、誰もが予想だにしていなかった台詞を呟く。
『……みんな』『ここは僕に任せて先に行ってくれないか』
「おい坊主、いくらなんでもそれは無茶だぞ」
「そうだよ禊くん、全員で挑まないと何かあったときに……」
『よく考えてみてくれよ。そこそこ広いとは言え、この洞窟でこの人数なら、乱戦は必至だろう?』『そうすると数が多い分むしろこっちが不利だ、味方を気にしながら動かなきゃならないからね』
「言われてみると確かにそうだけれど……でも、いくらなんでも一人でなんて!」
『アンリくんもいるよ』『それに――』『言っておくけど、僕。この英霊には負ける気がしないんだよね』『大丈夫だよみんな、僕を信じて』
「……そこまでいうなら認めてあげるわ」
「所長!?」
「でも、絶対無事に追いついてきなさい。これは命令よ。守れなかったら承知しないから」
『わかったよ』『ありがとう、みんな』
離れていく彼らを見送り、球磨川は黒い影を一瞥する。
『やった、人生で一度は言ってみたかったセリフランキング第六十三位が言えたぜ』
流石のアンリマユも呆れたように球磨川を見る。が、球磨川は咳払いして黒い英霊を見る。
『不意打ちしてきた割に律儀に待ってもらって悪いね』
「いや何、折角だから殺すと決めた順番だけは守っておきたいと思ってね。それに……君を殺してからなら彼らを背後から狙える」
「見たところ聖杯の泥を被ってるみたいだが――堕ちれば堕ちるもんだな、正義の味方。お前ほどになれば、なかなか食いごたえがありそうだ」
「やってみろ、拝火教の悪魔」
『んじゃ、こっちも急いでるから茶々っと言わせてもらうぜ』『行かせてもらうぜ』
『僕は悪くない!』球磨川がそう高らかに叫び、二人は黒き弓兵へと向かっていった。