──目覚めれば、視界には憎たらしいくらいの青空が広がっていた。起き上がって見えたのは何処までも広がっていそうな青い海。程よく波が立つ様子を見て『サーフィン日和かな』なんて球磨川は括弧つけた。カナヅチ故、サーフィンどころかまずまともに泳げないのだが。
『……よし、聞こえてるよね球磨川くん?』
『ああ、バッチリだぜ』
『近くの海域に藤丸君たちがいるから、迎えに来てもらえるよう頼んでおくよ。少し待っていてくれ』
『ああ、のんびり待ってるぜ』
とはいえそう言われて素直に待つ球磨川ではない。通信が切れたのを確認すると同時に、ゆっくりと背後を振り返り、生い茂る森林を見つめる。
『立夏ちゃんたちが着いた途端、原生生物に襲われたりなんかしたらたまったもんじゃないからね』『しょうがない、僕が先行して安全確保しておいてあげよう』
やれやれと言いたげなハンドジェスチャーとともに、森の中に踏み出そうとした球磨川だったが、「待て!」という静止の声に、思わず立ち止まらなかった。
「おい聞こえなかったのか、待てと言っている!」
女の声だった。今度は一度立ち止まって、反論を始める。
『だが断る』『一方的に命令してくる輩ってのが僕はどうにも苦手でね。人に待てというなら、それに足る理由を示すべきだ!』
「なっ……!」
「うん、確かにその通りかもしれない。大人しく顔を出させてもらおう。さあ、いきましょうか」
「こら、手を握るな!」
夫婦漫才みたいなことをしながら現れたのは謎の二人組だった。ぴょこんと立った獣耳と尻尾が目立つ長髪緑髪の弓を持った女性と、杖を持ち、胡散臭い笑顔を浮かべている碧髪の男性。球磨川を見据え、「さて、今一度聞かせてもらおうか」と威圧感たっぷりに言う。
「汝はアルゴノーツを敵とするものか!? それとも既に諦め、屈したものか!?」
『──ああ、それなら味方さ』
球磨川の言葉を受けて、二人は瞬時に距離を取って得物を構える。漏れ出る殺気に気づいた球磨川は、『や! 違う違う、そうじゃなくって!』と全力の身振り手振りで無害をアピールする。
『そういうことなら、僕は君たちの味方さ──そう言いたかったんだ』
「そうならそうとハッキリ言え、紛らわしい」
「まあまあ、敵じゃないならそれでよかったよ」
『もしもし球磨川くん、聞こえるかい。藤丸君たちに連絡したから、そろそろ着くはず──って何だこのサーヴァント反応!?』
『やあロマンちゃん、遅かったね』『味方二人、ゲットだぜ!』
『いや状況をちゃんと説明してほしいんだけど!?』
呆れたように『しょうがないなあ、紹介するぜ』と話す球磨川だったが、二人のことを何も知らないことを思い出して閉口した。嘆息して、獣耳の女性が口を開いた。
「アーチャー、アタランテ。フランスの特異点にもいたのだが──汝とは顔を合わせていなかったな」
『そうだね、よろしく!』『それで、そちらの緑の人は?』
杖を持った男は「僕かい?」と杖を回しながら答えた。
「クラスはアーチャー、真名はダビデ──君たちが探し、そして彼らが求める『契約の箱』の所有者だ
──────────―
「おーい、禊君ー!」
『やあ、久しぶり立夏ちゃん……』
久々の再会に、テンション高めな藤丸である。対する球磨川の様子を見てマシュは「あの……球磨川さん。やけにボロボロのように見えるのですが、もしや戦闘の痕でしょうか」と恐る恐ると言った様子で聞く。
「いや、制裁の痕だ」
そう答えたのは腕組みするアタランテだった。
『いやだなあアタランテちゃん、ちょっとした冗談だったのに』
「冗談で済むか!」
「い、一体禊君は何をやらかしたんだ……」
『その獣耳と尻尾って本物? って聞きながらその二か所を撫でたみたいだね。アタランテの「ひゃんっ!」って悲鳴と球磨川君がボコボコに殴られる音が音声ファイルに──』
「消せ、今すぐそれを削除しろ!!」
ロマニの解説に、顔を赤らめながら怒るアタランテだったが、「こほん!」とダビデがわざとらしい咳ばらいをして、話を戻した。
「本来なら酒や食事で饗宴を開きたいところだけど、そんな余裕もなさそうだ。先に『契約の箱』について話そう」
「いいじゃない、話の直截的な男は好きよ?」
幼くも美しい紫髪の女神、エウリュアレの相槌に「それはどうも、女神様」と反応してダビデは話を続ける。
「アークは僕の宝具だ。とはいえ性能は三流でね、この箱に触れさせれば相手は死ぬ──それだけだ。とはいえ悪用は出来るだろうね、正確に言えばアークは僕の所有物という訳ではないんだ。霊体化もできないから、奪うこと自体は出来ないわけじゃない──しかもアーク自体は独立した一つの宝具だから、僕が死んだところで残り続ける」
『それにエウリュアレちゃんを捧げる』『ってのは、一体どういうことなんだい?』
「本来神霊たる彼女がアークに捧げられるとすれば──恐らく、この世界そのものが『死』ぬだろうね。どれほど低ランクであろうと神は神だ。それが死ぬとなれば、つられて世界も死ぬだろう。だってアークは、そういう時代にあった災いなんだから。本来なら周囲一帯の崩壊程度で済むだろうけど……えーと、ここは本来存在しない特異点だろう? そんないい加減な世界なら、恐らく崩壊に耐えられない」
『なるほど、すべてが一瞬で
「なら何としてでもエウリュアレを守らないとね!」
決意を新たにした藤丸たちの次の議題は、敵の中の一番の曲者──ヘラクレスをどうするか、という物だった。
「ただでさえ強いのに、十二回殺さないと死なないなんてねえ……今はアステリオスのおかげで十回だが」
海賊フランシス・ドレイクの言葉に、マシュが頷く。
「それでも相当厳しいですよね……あのアステリオスさんが命を賭して、ようやく二回……ダビデさんにアタランテさん、球磨川さんたちも合流してくれましたが、それでも戦況は厳しいかと……」
『ダビデちゃんダビデちゃん、ちょっと聞きたいんだけど』
「フレンドリーな呼称で嬉しい限りだ、なんだいそちらのマスター?」
『契約の箱ってのは“死”って概念を付与するものってことでいいんだよね?』
「ん……多分そういう解釈で問題ないと思うよ」
「何か思いついたの、禊君?」
『ああ』『僕がいたところには、殺しても死なない人外とか壊されても動き続ける女の子とかがいたんだけど』
「えっ、何の話!?」
『昔の話さ』『そして、その昔の話から着想を得た作戦さ』
球磨川は『時には振り返るのも悪くない』なんて笑ったが、あるいはそれは──身の上を話す決意をしたからこその着想だったのかもしれなかった。