『話って何だい、ロマンちゃん』
──カルデア、メディカルルーム。カウンセリングテーブルに着いた球磨川は、前置きも置かずそう言った。
「ああ、わざわざ来てもらって悪いね球磨川君。とりあえず飲み物でもどう? 緑茶かコーヒーしかないけど」
『お冷でいいぜ』
「わかった。ちょっと待ってて」
いつもの柔和な笑みを浮かべ、ロマニは席を立った。球磨川のことだから軽い雑談くらいは入ると予想していたロマニだったが、意外に本題から来たものだから、少し戸惑っている。動揺、と呼ぶには微々過ぎるものだったが。
コップとティーカップを持って、ロマニは球磨川の正面に座った。
「お待たせ、お菓子とかもあるけどいる?」
『いや、遠慮しとくぜ』
「そっか」
あくまでゆったりとした雰囲気で、ロマニはカップを口に運ぶ。それは演技というより彼の生まれついて持った物ではあるが、今日はそれを強く意識する。少しでも球磨川から、彼の──彼の人間性を垣間見て、見極めるために。
「球磨川君、甘い物とか苦手だっけ?」
『いや? 大好物だぜ』『とはいえ、いくら好きなものでも食べたくないときっていうのはあるからね』
「そうだね、それならしょうがないか」
『で、本題を聞きたいんだけど』
にこにことした空っぽの笑顔で、球磨川はそう切り込んだ。急いでいたり苛ついていたりする感じはないし、話を早く切り上げたいという思いも感じないが、兎に角本題に入りたいらしい。下手に引き延ばす意味もないな、とロマニは小さく息を吐いてから言った。
「じゃあ単刀直入に聞かせてもらうよ。球磨川君、君の目的は一体何だい?」
『そんなの人理救済に決まってるじゃないか』『人類を救いたいっていう崇高な気持ちで、僕はここにいるぜ』
「……そうだね、僕もそう信じたい。でも、それにしては単独行動が多すぎないかな?」
『生憎僕は「風」と謳われた男でね』『風は、囚われないから風さ』
「それこそ、人類の命運がかかってるんだ。出来るだけ全員の足並みは揃えたい」
球磨川のキメ顔も発言もスルーして、ロマニは端的に意見を伝えていく。手ごたえは、それこそ風でも相手にしているみたいに、希薄だったが。
「単独行動が好きっていうなら、ボクたちにそれを咎める権利はない。繰り返しになるけど、この絶望的状況でマスターとして命がけで戦ってくれている君に、何かを強いることは出来ない」
それはカルデアで戦ってくれてるスタッフも同じだけどね、と一言加えて、ロマニは珈琲を啜る。
「でも、君の行動は不可解すぎる。確かに、
『…………』
「それに、球磨川君はボクたちにいくつも隠してることがあるだろう? 勿論、全てを話してくれとは言わない。魔術師にとって己の魔術は命みたいなものだし、言いたくないことがあるなら言わなくても構わない。でも球磨川君のそれは、
『それだけじゃないでしょ?』
「……え?」
『ロマニちゃんが聞きたいのは、そんな
真っ直ぐこちらを見る、沼のように澱んだ眼。常人であれば何かを感じずにはいられないそんな瞳にも、ロマニは動じず続けた。
「……そうだね。確かにボクが聞きたいことは、そんなことだけじゃない。球磨川君、君は──
『……んー』『僕の在り方、か』
逡巡するように一度視線を逸らし、そうしてから再び、球磨川はロマニを見据えた。
『そうだね、正義の味方とかどうかな?』
「……は?」
ぽかん、とロマニの口が開いた。それは明確な動揺だった。本気なのか巫山戯ているのか、『どうかな?』という提案からして、彼は間違いなくその場のノリで喋っている。このカウンセリングにかけるロマニの想いを知ってか知らずか、続けて軽口を叩く。
『子供の頃、僕は正義の味方になりたかったんだ』『──なんてね。そんなものがいたなら、完膚無きまでに救ってほしかったぜ』
「球磨川くん、ボクは真面目に質問を──」
『僕はいつだって
その言葉にロマニ・アーキマンは、思わずティーカップを落とすほど反応した。幸いにも中身は空で、当たりどころがよかったのかカップも無事だった。
彼が誰からもひた隠しにして、一人で抱え続けたとある過去──未来。まさか球磨川はそれを、今までのやり取りで────
「……君は……」
『なんてね。冗談だよ』『でもロマンちゃんが、真剣に考えてる何かがあることだけは伝わってきたぜ』『抱えてることがあるなら話してよ、仲間なんだからさ!』
明るく軽く『仲間』なんて言った球磨川の、異質さだけが際立っていく。皮肉でも意趣返しでもなく、只々
「──球磨川くん。一つだけ教えてくれ」
『いいぜ』『一つと言わず、いくつ聞いてくれても』
「君は、本当に人類を救いたいのか?」
『──────』
数秒、球磨川は固まる。ロマニからすれば、数十秒にも感じられたその間の後、球磨川はゆっくり口を開いた。
『わからないや』
静かに球磨川は答えた。或いは、それはこの場で語られた、唯一の本心だったのではないかと──ロマニは、後にそう振り返った。