「お疲れさま、みんな」
聖杯の回収を終え、特異点は修正された。現地のサーヴァントとネロに別れを告げた藤丸たちは、無事カルデアへと帰還した。尤も、何故か浮かない顔をしている者が多かったが。ロマニはその理由を察しながら、それでも柔和な笑顔で全員を迎えた。
『お疲れちゃん、ロマニちゃん! いやー、今回も過酷な
「……禊くん」
ぞろぞろと二人増えたサーヴァントを引き連れ、球磨川はレイシフトルームを出ていく。藤丸が何かを言いかけたが、騒がしい喋り声と、ドアの開閉音に紛れて消えた。
「藤丸くん。積もる話もあるだろうが、今はとにかく休んだ方がいい。君たちは──君たちは
「……ありがとうございます、ドクター」
藤丸は、力なく笑った。誰が見ても分かるくらい、無理矢理な笑顔だった。「それじゃ、俺もシャワー浴びてきますね」とだけ言って、退室する。
「……ドクター。球磨川さんは──」
「……うん」
マシュの言いたいことを察して、ロマニは頷いた。
「嫌な役回りだけど、ボクが話さなきゃいけない。その回答によっては──」
*
「お帰りなさいませ、マスター。ベッドインにします? お風呂にします? それとも……わ・た・し?」
『お風呂がいいな』
「わかりました。それでは裸の付き合いを致しましょう。お背中お流ししますわ」
『お、お願いします……!』
「お願いするな」
頬を赤らめる
「おお、帰還しましたかミソギィ!! ということはつまり、ジャンヌも……!?」
『帰還したてだし、多分シャワー浴びてると思うよ』
「ジャンヌゥ!!」
「賑やかすぎるじゃろこの空間……」
勢いよく部屋を飛び出していくジル。信長はそれを白い目で見つめる。
「私としては、新撰組の騒がしさを思い出せて面白いですけどね」
「流石人斬りサークル、民度激低でワロタ!」
沖田の「五月蝿いですねノッブ! 燃やしますよ!?」という言葉を聞いて、キアラは「はて、お二人は何故まだここに?」と問う。
「わし、球磨川の
「いや、待ってくださいノッブ。不思議だと思いませんか。特異点は修正しましたし、そもそも我々の世界の問題が解決したんですから、修正力とかそんな
『よくわかんないけど、そんな彼是が働いてないってことはつまり』『ここにいるのが君たちの
「うーん、よくわからないですが……それならそれでいいんですかね……? 改めてよろしくお願いしまあっ身体が光り始めた!?」
「マジか沖田!? あっわしも光り始めたぞ!?」
二人の体が光の粒子となり、徐々に解けていく。突然の別れに、全員に動揺が走った。
「マジかアンタら、このタイミングで帰還かよ!?」
『くそっ……! 折角美少女サーヴァントが二人増えると思ったのに……っ! まだえっちな恰好の一つもしてもらってないのに……っ!』
「ノッブ、今私、抑止力にちょっと感謝し始めましたよ」
「ま、是非もないよネ!」
『そうか! 抑止力をなかったことにすれば問題な』
「それはなくすな!!」と多少の良心を抱いたサーヴァントたちが叫ぶ。『実際問題どうなんだろう』と『
『まあしょうがないか、達者でね二人とも。地獄で会おうぜ』
「何故ここでそんな台詞を……そもそも我々、もう死んでるんですけどね!」
「まあ、また縁が合ったら会えるじゃろ! 短い間だったけど面白かったぞ! それじゃ、またのう!」
笑顔で消えていく二人。元の世界に帰っていったのだろうか。マイルームが少し、静かになった。
「別れ際までぐだぐだだったな、アイツら……」
『そういえばあのノッブちゃん』『悪い方のノッブちゃんな訳だけれども、元の世界で何かやらかしたりしないかなあ』
「ハハハ、そんなわけないだろ」
『とはいえ普通に残念だぜ、面白い二人だったのに』
沖田と信長は、結構仲間思いな球磨川の、仲間と呼んで差し支えない領域に入りかけていた。それが運命とはいえ、悲しい離別である。
「気を落とさないでください、マスター」
神妙な顔をしたキアラが、球磨川の耳元で囁く。
「猥雑な恰好なら私がいくらでも引き受けますので……!」
『いや、聖職者に淫らな服装をさせるわけにはいかないし……』
割と普通の理由で断られたキアラは、少し悲しそうな顔をした。
*
カルデアに帰還して三日。球磨川たちはひどく静かな日々を過ごしていた。誰一人部屋から出ようとはせず、また、訪ねてくる人もなかった。小腹が空けば食堂に行ったが、示し合わせたかのように殆ど誰とも遭遇しなかった。サーヴァントたちは夜になれば部屋に帰っていったし、朝になれば彼の部屋に溜まっていた。藤丸たちは変わらずトレーニングルームで種火と戯れているようだったが、球磨川は特に興味を抱かなかった。
『そろそろかな』
ベッドの下の隙間に寝転んだ球磨川が呟く。「だろうな」とサーヴァントが答えた。
「マスター、何故発禁本を隠すように横になって居られるのでしょう? そんな必要はありませんわ、恥ずかしがることはございません。色に溺れるのは人の性というものですもの」
『おっと、そんなベタな隠し方をする僕じゃあないぜ』『キアラちゃんの想像もつかないような場所に、僕のお宝は隠してある』
「まあ、一体どこでしょう……私にはその学ランの中くらいしか、想像できませんわ」
『な……何故バレたんだ……!』
学ランの内側から数冊の雑誌が零れる。『身体を撃たれた時の盾にする予定だったのになあ、計画がおしゃかだ』と言いながら立ち上がる球磨川を、アンリは心なしか冷ややかな視線で見守っていた。
『まあいいや』『で、キアラちゃんはロマンちゃんのお使いで来たのかな?』
「ええ。カウンセリングルームでお待ちしているそうですよ?」
『おっけー』『楽しくお喋りしてくるぜ』
十中八九揉め事が起きる雰囲気を感じさせながら、球磨川は立ち上がるのだった。