「……死ぬかと思ったぞ」
瓦礫の一遍も残さず、跡形もなく消え去った王宮の跡地で、ネロがぽつりと呟いた。
『本当だぜ』『あんな滅茶苦茶な攻撃に、耐えられたことこそ不思議だよ』
ちなみに球磨川は、漏れ出た光を喰らって一度死んでいる。即刻
『ありがとうマシュ。それにブーディカも。ナイスタイミングだったよ』
「……正直、ギリギリだった」
戦いのせいか少し汚れた、胸元の空いた鎧。赤髪でポニーテールの女──ブーディカは、疲労を感じさせる声音で言った。
「駆けつけると同時にすごい魔力を感じてね、慌ててこっちも宝具を真名解放してさ」
「わたしの宝具だけでは防ぎきれませんでした。ありがとうございます、ブーディカさん」
「こっちこそ。しかし、どうしたもんかね。王宮入口の近くで暴れてたスパルタクスと呂布は、運悪く、あの光をまともに浴びちまった。戦力には数えられないだろうね」
「このタイミングでそれはちょっとキツイね……」
一度宝具を解放しただけであの火力。戦力は出来るだけ多い方が望ましかったが、過ぎたことはもう仕方ない。今ある力で戦うしかないのである。
『アルテラは既に連合首都から移動を開始したようだ。方角から見て恐らく、首都ローマを目指すつもりだろう』
「ならばアレは、余の都を灰塵と化すつもりか?」
『そうだろうね』『そして彼女にはその力がある』『聖杯とローマの為に、打倒アルテラ! の精神で頑張るしかないね』
「わたしたちに……敵うでしょうか、果たして」
マシュが不安そうに呟いた。あれだけの魔力量である。その不安を感じるのも無理はない。たった一撃を防ぐことにさえ、大きな負担がかかるのだ。マスターを、他のサーヴァントを守るマシュの双肩には、確かな不安と重圧がかかっていた。
「冬木で目にした聖剣を想起させるほどの魔力量でした。あの時は強力なキャスターの援護がありましたが、しかし今は──」
「マシュ」
藤丸は彼女の名前を呼んだ。優しく、まっすぐに。
「俺には戦う力がないから、マシュの負担がどれだけのモノなのか想像もつかない。けどね、マシュ。君は冬木の聖剣だったら防いだじゃん。確かに撃破できたのはキャスターの援護のおかげだけど、今だって援護してくれる仲間がいる! それに、マシュだってあの時よりもずっと強くなってるよ? ね、禊くん!」
『ああ!』『あの厳しい種火狩りを思い出すんだ、マシュちゃん!』『あの血の滲むような努力は、君の血となり肉となっているはずさ!』
「マスター、球磨川さん……!」
マシュの瞳に、希望の光が一筋。決意は済み、覚悟は決まったようだ。一同は顔を見合わせて頷いた。
『さあ諸君、出発だ! 聖杯を取り戻し、世界を救おう! 目標は首都ローマ、恐らく今度こそ、この特異点最後の戦いだ!』
*
真上に座していた太陽は、いつの間にか西に傾き、気が付けば荒野は橙に染め上げられていた。その中を悠然と歩くアルテラは、背後から近づいてくる複数の足音に気づき、足を止めて振り返った。
「……行く手を阻むのか、私の」
「君を先に進ませるわけにはいかない」
「そうだ。余は貴様を阻むぞ。絶対に、その先に進ませるわけにはいかぬ。この世界を──この美しく、わが愛に満ちた
「私は──フンヌの戦士である。そして、大王である。この西方世界を滅ぼす、破壊の大王」
「またそれか……」
『バーサーカーかな?』
「美しさなど──愛など、私は知らない」
先刻とは異なる言葉。どうやら自動的な対応を行うだけではないらしい。
『そうか、聖杯と一体化して暴走状態にあるのか! しかし駄目だ、対話では収めることが出来ないぞ! 魔力反応も増大中だ、またあれを撃たれる前に止めるしかない』
『どうやら出番みたいだぜ』『いけるよね、みんな?』
球磨川が虚空に目を向ける。するとどこからともなく返事が返ってきた。
「沖田さん、いつでもいけますよ!」
「わしも全弾充填完了じゃあ!」
「オレはまあ、撃つ意味なんてないから普通にいくぜ?」
『な……球磨川君のサーヴァントたち! 一体どこから!?』
今まで誰も気づいていなかった。いや、気づけなかった。だが既に、彼らの宝具は充填を完了している──!
『「
妙に芝居がかったような口調で球磨川は合図する。三人、というか二人は同時に宝具を放った。
「──
「これが魔王の
「…………!」
沖田が瞬時に三度の突きを放ち、そのまま回避。怯むアルテラを、無数の銃弾が襲った。しかし流石のアルテラ、その程度ではまだ倒しきれない。
『よし、令呪だ』『もう一発頼むぜ』『立香ちゃんも、令呪が残ってるなら援護してもらっていい?』
「う、うん……頼む、アルトリア」
「……はい、マスター」
剣戟が、銃弾が、極光が、圧倒的な物量がアルテラの身を襲う。巻き起こる砂ぼこりが晴れた時、アルテラは膝をつき。悲しそうにネロを見つめて、そして消えた。
『──ふう、危ないところだった』『不意打ちしたうえで物量差でごり押す、そんな戦略でも取らなきゃ、僕たちに勝ち筋はなかったからね』『アルテラ、本当に恐ろしいサーヴァントだったよ』
『また勝てなかった』と微塵も悔しさを感じさせない声色で、球磨川は言った。マシュは、藤丸は、みんなは、己の胸の奥に、どろりと何かが垂れてくるような感覚を味わう。
(……なんでしょう、勝ったはずなのに。ローマを救えたはずなのに。こんな──こんな)
人理が、人類の運命がかかっているのだから、勝ち方に四の五の言っている場合ではないのだろう。それでも一同は、すべてが台無しになったような虚無感に苛まれるのだった。