魔神柱・フラウロスは慢心していた。
たかが英霊が何体束になってこようが、たった二人のマスターが束になってかかってこようが、己が倒されるはずなど万が一にも、億が一にもありえないと。
マスター・球磨川禊は期待していた。
『僕と愉快なサーヴァントたちが頑張ったところで』『多分これ倒すのはしんどいから立香ちゃんがいい感じに倒してくれればいいなあ』と。
無人の教室の中で、人外が笑った。
「
*
端的に状況を説明するなら、戦況は圧倒的に魔神柱の優位だった。
藤丸陣営は、辛うじて誰一人脱落していないものの、アルトリアもジャンヌも、相当傷を負っており、誰が倒れてもおかしくない状態である。マシュはそこまでダメージを負っていないが、マスターを守る
魔神柱も多少傷を負ってはいるものの、まだまだ問題はない範囲である。地の底から響くような恐ろしい声音で、「ふはははは!! 英霊も所詮この程度か!!!」と余裕をみせ笑う。
「く……まだだ、異形の者よ! マスター、指示を……!」
「無理しちゃ駄目だアルトリア! もうボロボロじゃないか!」
『そうだよアルトリアちゃん、無理しちゃ駄目だ!』『下手に怪我するとそういうのって引き摺るからね、ほら、トリコだって腕が取れちゃったから一年も療養する羽目になってたし』
「…………」
『球磨川がフォローするだけで、シリアスだろうとなんだろうと台無しになるな』と全員の思考がシンクロした。喩えが伝わらなかったが意図は汲んだのか、アルトリアは反応はしなかったが立ち上がることもなかった。
『ジャンヌちゃんもそんなボロボロになっちゃって』『紳士たる僕としてはか弱い女の子たちに戦わせることなんて出来ない! さあ、ここからは僕たちに任せて下がるんだ!』
「は、はあ」
「ごめん、頼んだよ禊くん!」
藤丸たちは大人しく一歩下がった。意地でも前線で戦い散りそうな二人がそうしたことには、少なからず理由がある。
「お待たせしましたー、沖田さん復活ですよー! さあ、ここからは削りに削ってあの柱みたいなのをみじん切りにしてやりますからねー!」
「本当じゃまったく! まあ沖田なんぞいなかろうが? わしの?
「撃つのはいいが絶対俺に当てんなよ〜、フリじゃないからな?」
『箱庭学園において『嵐』と呼ばれた僕の螺子捌き、見せてあげよう』
「ふん、前後を入れ替えたところで、所詮は凡百の塵芥に過ぎないことを教えてやろう!」
そう――前後である。開戦当初、沖田が吐血してダウン。信長はそもそも銃火器を扱うわけだから、後方にいた方が都合がいい。アンリは今出たところでアルトリアとジャンヌの足でまといにしかならないと判断。球磨川は『後から出た方がカッコよさそう』とそんな動機で今まで後ろにいたのだ。しかも信長以外は、何もせず、ただただ眺めているだけだったのだから、後で叱られることは間違いないだろう。『少し面倒だなあ』と思いながら、球磨川たちは魔神柱に向かって走り出した。
「はっ!」
縮地により一瞬で距離を縮めた沖田が、魔神柱の一部を切った。文字通り目も止まらぬ速さであった。先程まで斬りかかってきていたアルトリアと比べると、太刀筋自体は軽く、一撃一撃は大したことがないが、その分素早く厄介。更に沖田が退いた一瞬に、信長が鉛玉を追い撃つ。こちらも一発一発は軽いが、蓄積と、何より長年の戦友のような息のあったコンビネーションが面倒だ、と魔神柱は分析する。そして魔神柱が気にしなければならないのはその二人だけではなく、
「おっと? 足元がお留守だぜぇ?」
隙を見て、アンリもこちらに攻撃を加えてくる。ただこちらは本当に大したことがないので、優先して排除する意味はない、と魔神柱は思考した。
「ふむ、大体わかった。そろそろ私も反撃といこうかね」
魔神柱から、魔力を含んだドス黒い霧が放たれる。視界が悪くなるだけでなく、それは英霊たちの体を蝕み、傷を負わせる。幸いすぐに消えたが、近づきづらくなり面倒だ。しかし一名、警戒せずに飛び込んでいく。
『お、特撮みたいなちゃっちいスモーク!』『みんな分かってないなあ、こういうのは吸い込まなきゃ問題ないんだぜ?』
「ちょ、禊くん! それ不味いんじゃ……!?」
霧が晴れた時、魔神柱の一眼に螺子を突き刺した球磨川は笑って立っていた。
『あはは、大丈夫だよ立香ちゃん』『息さえ止めとけばこの通り……!?』
「禊くん!?」
ふらり、と体の軸が歪んだかと思うと、球磨川禊はそのまま倒れた。ピロリ、と通信の起動音が響く。
『藤丸くん!? こっちでモニタリングしてた球磨川くんの心拍数が消失した、一体彼は今どうなってるんだ!?』
「……み……禊くんは、今…………敵の攻撃を受けて、……」
倒れている? 死んでいる? どちらにせよ、藤丸にはそのどちらも受け止められなかった。先程まで普通に話していたのだ。こちらに、笑っていたのだ。そんな人だって、すぐに動かなくなる。ここは戦場で、自分だっていつそうなるかわからないと、そう思ってしまって。そう考えると、足も口も、上手く動かなくなって、止まってしまって。
「ふん、あの時私に大人しく従わなかったからこうなるのだ! おっと藤丸立香、彼のことを心配する必要はない。何故なら、貴様もすぐに同じところに行くことになるからだ……!」
――やられる、と。藤丸はそう思った。ロマニの声が、ダヴィンチの声が、マシュの、アルトリアの、ジャンヌの声が聞こえて。そして最後に、布擦れの音と、見慣れてきた笑顔が見えて――
『……ふう』『やれやれ』『久々にやられたぜ』
「み……禊くん!!」
「ふむ……生きていたか、だがもう一度殺せば同じことだ!!」
『ぐっ』
再び霧に倒れる球磨川だったが、すぐに立ち上がり、不気味な笑顔で螺子を持つ。腕に巻いた端末から、ロマニの声が響いた。
『藤丸くん、そっちはどうなっているんだ!? 球磨川くんの心拍数が消えたり現れたりしてるんだが……!?』
「お、俺にも何が何だか……でも、ただ一つ絶対に言えます! 禊くんは、元気です!!」
『いや、痛いしそんなに元気でもないからね?』
「貴様……ッ! どういう理屈だ、英霊でさえ倒れる量の攻撃を受け、何故幾度となく立ち上がれる……!」
『そんなの決まってるじゃないか』『僕に宿った、人類みんなの意思だとか闘志だとか、そんな綺麗な何かの力だよ!』
「ふざけたことを抜かすな!! それなら倒れるまで続けるだけ……!?」
魔神柱フラウロスはそこでようやく気づく。後ろに控えた彼のサーヴァント達が、十分に魔力を貯めていることに。
「沖田さん準備バッチリですよー、球磨川さん!」
「わしもいけるぞわしも!」
「オレはまあ、撃つ意味ないけど一応構えとくぜ?」
『よし、二人とも頼んだ!』
「一歩音超え、二歩無間……」
「三千世界に屍を晒すがよい――」
「三歩絶刀! 『無明三段突き』!!」
「天魔轟臨、これが魔王の"
「ぐおおおおおおおおおおおお!?!?!?」
沖田が同時に三度の神がかった剣戟を浴びせ、そのまま退避し、同時に信長が、三千丁の銃を展開し、全てから一斉に乱射。
「……マスター、宝具を……!」
「令呪使用……! 頼んだよ、アルトリア……!」
「
極光の剣の煌めきに――城内は、白く染まった。