当たり前だが、球磨川禊は別に主人公でもなければ主役でもない。彼がいなくとも地球は回るし天気は変わる。人理が続くかどうかはまだわからないが、今のところ、彼がいたお陰で得られたと断言できるめぼしい成果は存在しない。ゼロであってマイナスでないだけ、彼にしては珍しい。
そんな訳で、実質的に一人きりで、人類の運命をその肩に背負う四十八人目の魔術師・藤丸立香は、現地の協力者であるネロ帝と、己の三人のサーヴァント、それに現地のはぐれサーヴァントや思わぬ戦力であったちびノブーズの力を借り、栄華を誇るローマの地を駆け巡り、此処が特異点と化した原因、連合帝国の「皇帝」たちを各個撃破して回る。はぐれサーヴァントでありながら、決別する形となったアレキサンダー三世とロードエルメロイ二世を下し、藤丸一行は連合帝国の王宮へと向かっていた。
「皆の者!! 決戦である!!」
ネロ帝は、数万(ちびノブーズで大分かさ増しされている)の軍勢の最後尾にまで響くほど大きく、カリスマたっぷりに声を上げた。
「時は来た! 民を苦しめ地を蹂躙し、余の
雄々、と空気がビリリと震えるほどの歓声が響く。と共に、軍勢は皇帝たちの都へと進撃を始めた。それは通信を通しても物凄かったようで、ロマンが驚いた声音で話す。
『こちらにも彼女の声と歓声が聞こえたよ。兵たちの士気は凄まじいね』
「はい、頼もしい限りです」
「そうだね」
マシュと藤丸が頷く。しかし、彼の顔には何処か翳りが見えた。
「マスター、どうかしましたか?」
心配そうにこちらを窺うジャンヌ・ダルクに、藤丸は慌てて両手を振った。
「あー、いや別になんでもないよ! ただ、すごいなーって圧倒されちゃっただけ!」
「禊のことを考えていたのでしょう」
「うっ」
アルトリアの指摘は完全に図星だった。わかりやすい反応が藤丸の素直さを示すようで、マシュは少し微笑ましく思った。ロマンは『気持ちはわかるけれど』と続ける。
『球磨川くんなら大丈夫だよ。ジルとキアラさんは消滅して帰ってきたけれど、彼らの言によればあっちも佳境みたいだし。バイタルにも特に問題はないことを考えると、そろそろ帰ってくるんじゃないかな?』
「そっか、それならいいんだけど」
「……前々から思っていたのですが。立香、貴方は禊のことを気にかけすぎでは?」
「え……そうかな?」
アルトリアの指摘に藤丸は首を傾げた。自覚はないらしい。マシュが「お二人は同性で同郷で同年代ですし、こんな状況であれば尚更、気にすることは自然ではないかと」と助け舟を出した。
「まあ確かにそうですが……」
「アルトリアさんが球磨川さんのことが信用出来ないだけでは?」
ジャンヌが鋭く言う。アルトリアは一瞬間を置いて、「あの男は、人を簡単に騙せ、裏切れるタイプの手合いでしょう。信用する方が難しい」と中々辛辣な物言いをした。
『それには私も賛成かな?
ダヴィンチの言葉に藤丸は、反論したかった。したかったが、言葉は浮かばなかった。
「……禊くんが信用できないのはわかるよ……でも、信頼出来ない人じゃないと思う。だから、もうちょっと待ってほしいかな」
「……忠言はしましたからね」
アルトリアは目を瞑り、顔をそっと逸らした。どうやらマスターの思いを汲んだらしい。ありがとう、と藤丸は嬉しそうにはにかんだ。
『参考までに聞きたいんだけど、ジャンヌは球磨川くんのことどう思ってるのかな?』
ロマニの問に間髪入れず、聖女は答える。
「変な方ですが、悪人には見受けられません」
「そうだよね!」
「異邦の客人達よ! 都はすぐ目の前だ、準備は出来ておるか!」
「ああ、大丈夫だよー! この戦いを、終わらせに行こう!」
拳を握り、魔術回路を開いて戦闘態勢に入る。兵たちが地を蹴り、大地を駆ける。サーヴァント達が飛び出し、戦場を荒らす。過負荷を待たぬまま、決戦の時は近づいていくのだった。