色々事情があってのキング・クリムゾンとなりました
『やっとここまで来れたね』
先日降り立った、第一特異点――フランスを彷彿とする街並みの中で、珍しく真剣な表情の球磨川が同じく真剣な表情の桜セイバーへと語りかける。
「ええ。ここまでの道は長く、険しいものでした……ジルさんを皮切りに、キアラさんアンリさん、それにノッブまで……惜しい人たちを、失いました」
声は震えていた。いつも明るい彼女にしては珍しく、目を伏せ強く拳を握り締めていた。
「わし別に死んどらんけど!?」
「オレもピンピンしてるんだが?」
怪我一つ負っていない魔人アーチャーとアンリの姿がそこにあった。
『一度死んだつもりで、改めて生きていこうってことだよ』
「いや訳わかんないんじゃけど……」
ちなみにキアラは毛利メディナリの『
さてと、と球磨川は足元の茶器を拾い上げる。先程黒田メフィストとやらが落とした、ダ・ヴィンチ工房で回収してもらえる一品である。
『雅だなあ』
そんなこと少しも思ってなさそうな感情の篭ってない声で、茶器を眺める球磨川。黒田メフィストが「爆発する茶器なんてエキセントリック!」とこちらをビビらせるようなことを言っていたにも関わらず、躊躇いなく触りにいくあたりが流石と言える。
しかしこの茶器、何か妙に輝いているような……?
「おい。それ聖杯じゃねえの?」
茶器というより盃と呼んだ方が相応しい形状、陽を受けて輝く黄金の外壁。それは確かに、聖杯と呼ばれる代物だった。
『へえ、これが聖杯ね』『ロマンちゃんに渡す前にこれでコーラでも飲んでみたいね』
魔術関係者が聞いたら卒倒するような冗談をかまして聖杯を懐に(明らかに学生服の懐に入るサイズではないが)しまおうとした球磨川だったが、魔人アーチャーに「待ってくれ」と止められた。
『どうしたんだいノッブちゃん』
「ちょっとそれ、見せてもらっても構わんかのう?」
爛々と目を輝かせて迫る魔人アーチャーに、球磨川はふっと小さく笑顔を見せる。
『やれやれ仕方ない。女の子にそんな顔で頼まれちゃ、紳士たる僕としては断るわけにはいかないぜ』
「隙ありィ!」
『んんっ』
目にも止まらぬタックル&エルボーで球磨川を制し、魔人アーチャーは彼が手に持っていた聖杯を奪った。驚愕する一同を尻目に魔人アーチャーはほくそ笑む。
「ふははははははは!!! 今までご苦労だったなおまえ達!!!」
「なっ……どういうことですかノッブ!!」
「すべてわしの思惑通りに事が運んだわ!此度の騒動はすべてわしの」
『ななななんだってー!!!』『すべて信長ちゃんの仕業!? 』『うっそー信じられないそれってホントの話!?』『そんなあ、僕は君を大切な仲間の一人だと信じてたのにぃ!』『第六天魔王で天下統一の偉業を成し遂げた武将で本能寺で部下の明智光秀に謀反を起こされて没した史実では男だけどこの世界では女という不思議ちゃん織田信長ちゃんが一体どうして!?』
オーバーな身振り手振りでわざとらしく驚いた様子の球磨川に、織田信長は不敵な笑顔で答える。
「そう、わしこそ世に名高き織田信長……ってなんで知っとるんじゃ!? 勝手にバラしたじゃろ沖田ァ!」
『ファンだからですサインください!』
「さっきお昼ご飯のとき自分で言ってましたよ?」
「マジで!? じゃあ後で書いてやるわ&何やっとんのわし!?」
「ふっ、ようやく馬脚を現したな!」
「なんじゃと!?」
明後日の方角から聞き覚えのある声が聞こえた。一同が振り返ると、そこにいたのは……
「あれは何じゃ!? 魔王か、将軍か!? それとも美女か!?」
「お、お前は……!」
「もちろんわしじゃよ! 第六天魔王織田信長、是非もないよネ!」
そこにいたのは織田信長。ここにいない誰かの持ちネタをパクりながら登場してきた織田信長。しかし手前にも驚愕の色が見える織田信長の姿が。一同は困惑する。
『信長ちゃんが二人』『僕には既に、この不可思議な現象の正体ががばっと分かってしまっているぜ』
「『織田信長は実は双子だったんだ!』とかいうのはやめてくれよ?」
『えっ、なんでわかったの』
「「たとえ双子でもサーヴァントには関係ないじゃろ! 双子じゃなくて同一人物じゃ!」」
「おお、息ぴったりですね」
そのシンクロは同一人物と言うだけあって完璧だった。その顛末を今現れた方の信長が語る。
「じつはお昼ご飯のあとにトイレに行ったのじゃが、そのとき後ろから何者かに襲われてな。気がついたらトイレの裏で縛られておって、いましがた脱出してきたところなんじゃ! ちゅーことで、お昼休み以降おまえ達と一緒にいたのは真っ赤な偽物じゃあ!」
『何を言うんだい! 後からいけしゃあしゃあと現れた君の方が偽物に決まってるよ!』
「クマー、おぬし……!」
「話をややこしくすな! 面倒だから仮にそうだとしても、聖杯盗んどる時点で少なくともそいつは悪いノッブじゃろ! そしてわしはいいノッブじゃ!」
「あっこら貴様、さりげなく自分を上げるな! 同じわしから生まれとるんじゃからいいノッブも悪いノッブもあるか!」
「アンタらややこしいうえに紛らわしいな」
向かい合い睨み合い威嚇し合う二人のノッブ。うー……と二つの唸り声が響き、先に動いたのは悪いノッブだった。
「ふっ、まあよい。別にわしが悪いノッブと呼ばれようが構わんもん! 悪かろうが何だろうが力の大部分を手にしているわしこそがジャアスティィス! 三界神仏灰塵と帰せ! 我が名は第六天魔王波旬、織田信長!!」
「あっコラ、わしも織田信長じゃ!!」
『ぐだぐだが極まってきましたね』
極まるぐだぐだに対し、気温も極まっていく。西洋風の街並みは信長の口上とともに和の外観へ変わった。草木も眠る丑三つ時のお寺――それも本殿から陽炎が揺らめく、メラメラと炎上した状態のものへと。
『あ、もしかして固有結界ってやつ?』『しかもここ本能寺!?』『うっわー! Twitter開いて『今、本能寺が熱い!!』って呟きてえ!』
「マジなやつじゃんかそれ!!」
『自分の死に場所で死のうとするなんて、英霊っていうのはマゾヒストが多いみたいだね?』
「「誰がドMじゃ! わしは死なないから別に問題ないもんね!!」」
「双子タレントとして売り出したら案外いけるんじゃないですかね? あ、無理? ですよねー。」
『はい、それじゃ戦闘開始前の決め台詞を悪い方のノッブさんからどうぞ!』
「ふははははは! 神をも殺す我が力の前にひれ伏すがいいわ!!」
『はい、他作品のキャラが既に言ってそうな台詞なので六点でーす』『第六天魔王だけに!』
「「えー」」
ぐだぐだな物語は、こうしてぐだぐだな終局へと向かう。球磨川禊は一人、『汗と血と涙の戦闘シーンを『なかったこと』にするか迷うなあ』と悩み始めるのだった。