Fate/Losers Order   作:織葉 黎旺

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第一敗『最弱の英霊だよ』

『…………』

 

 意識を覚ました時、球磨川はてっきりまだ夢の中にいるのかと錯覚した。

 周りは比喩ではなく、完全に火の海。肌が焼け肉が焦げ、命が灰と化していく地獄。そこに"生"は微塵も感じられず。立ち込めるのは重苦しい"死"の予感だけ。潰れた住居らしきものの跡や、恐らくビルだったと思われるひしゃげたコンクリートの塊など、凡そこの世に顕現した地獄と言っても過言ではない様相。

 

『この程度で地獄?』『いやいや、生温いぜ』『こんなもの僕の半生に比べたら、天国みたいなもの――』

 

[不幸自慢は程々にしておいた方がいいぜ]

 

『え、安心院さん?』『何その変に括弧つけた感じ?』

 

 安心院の姿は見えないが、声だけは何処からか響いてくる。言うなれば、頭の中で直接響いているようなそんな感じ。

 

[メタいこと言わせてもらうと、「」だとおかしいし『』つけるのは色々と重なるから、その為の処置なんだよ]

 

『……?』

 

[うん、まあこっちの話ってことさ。とりあえず君への追加の贈り物がいくつかあるから、ポケットをまさぐってくれ]

 

 言われるがままにポケットを探すと、いくつか見慣れないものが入っていた。

 

『箱、と……』『え、スマホ?』

 

[わかりやすいようにスマホに寄せただけで、それは半纏の力を借りて作った軽い魔術を行使できるようにする端末だよ]

 

『へー』

 

[箱の方には例のごとく、スキルが入ってるから適当に使ってくれ]

 

 ホーム画面に散らばるいくつかのフォルダの中に『魔術』という項目があったのでそこに触れる球磨川。その中の『ガンド』という変なアイコンのものをタップしてみる。

 

[球磨川くん、右手の人差し指を前に上げた方がいいぜ]

 

『?』

 

 首を傾げる球磨川。刹那、先程まで首のあった場所を魔力弾が掠めた。

 

『は……!?』

 

[本当に悪運が強いね君は。ちょっとやそっとじゃ壊れないように出来てるし、受けた魔力をそのまま反射する性質があるからその端末、上手く活かした方がいいぜ]

 

『へー……』『なんだろう、凄く疲れた感じがするよ……』

 

[さっきのガンドは君の体内魔力を消費して発動したわけだしね。そりゃあ体に影響も出るよ]

 

『そーなのかー……』

 

[おっと、そろそろ彼等が来るようだ。この辺で僕は失礼するぜ]

 

 ドタバタと、複数の足音が聞こえてくる。見ると立香とマシュ、それにどこか疲れた様子のオルガマリーが、揃って驚きを隠せない様子で駆けてきた。

 

 「禊くん!?生きてたの!?」

 

『おっと立香ちゃん』『僕が簡単に死ぬ男だと思われていたのだとしたら、なかなかに心外だぜ』

 

 心外も何も球磨川禊は簡単に死んで短絡的に生き返る男なのだが、それを知る由もない藤丸は「悪い悪い、とにかく生きててよかった」と朗らかに笑った。

 

『あれれ?』『マシュちゃん、その凄い衣装はどうしたんだい?』『というか着痩せするタイプだったんだね君は!』

 

 「や、やめてください……」

 

 黒いボディプロテクターに細身な彼女には似つかわしくない大きな円形の盾。先程までの、眼鏡に白衣という恰好とは全く違う装いになっている。

 

『それについては僕から説明させてもらうよ……えっと、球磨川くんだよね?』

 

 音声とともに一同の眼前に、立体映像が浮かび上がる。現れたのはポニーテールでフワフワした印象の、白衣の男性。

 

『初めまして、ロマニ・アーキマンといいます。一応カルデアの医療部門のトップで、本来君の配属されるところの上司で……と、こんなことはどうでもいいか。みんなからは"ドクター"だとか"Drロマン"だとか呼ばれてるから、そんな感じで適当に呼んでくれると嬉しいな』

 

『はーい!』『んじゃ、ロマンちゃんで!』

 

『わー、何だそのすっごく緩い感じ。嫌いじゃないぞう』

 

 ヘラヘラというオノマトペが似合う、緩みきった笑顔。今が危機的状況なのを忘れさせてくれるほど和やかなものだったが、咳払いとともに真剣な表情となる。

 

『……本来ならそんな風にのんびり親交を深めたかったところだけど、生憎そんな余裕はないからね。テキパキと事情を――』

 

 「……それなら私がやるわ」

 

 一歩前に出て、キッと鋭い目付きで球磨川を睨むオルガマリー。

 

 「この絶望的な状況で足手まといはいらないの。この重い状況を説明して、さっさとカルデアに帰還してもらうわ」

 

『絶望的……ねえ』『まあ、手短にやって頂戴』

 

 オルガマリーが語ったのは、そもそものレイシフトの目的と現状。謎の爆発事故によりマスター候補生四十八人中藤丸を除いた四十七名は危篤状態、上層部の人間や多くのスタッフもこれに巻き込まれ死亡。今生き残ったのは管制室にいなかった二十余名のスタッフと、ここにいる四人。マシュは命を落とす直前に英霊と契約し、デミ・サーヴァントとして生き残ったのだという。

 

『そっかー、みんなも大変だったんだね』『で、サーヴァントって何?』

 

 「サーヴァントっていうのは魔術世界における最上級の使い魔と思いなさい。人類史に遺った様々な偉業・英雄・概念を霊体化したものなのよ」

 

『へー、つまりはいつだって忘れない偉い人であるエジソンだとか、』『織田信長とかそんな感じの人たちが英霊ってこと?』

 

『うん、まあそんな感じかな』

 

 「わかりやすくいうとオレみたいな奴ってことさ」

 

 青髪で長身な杖持つ男が球磨川の向かい、オルガマリーの後ろから現れた。先程までいなかったはずの男の出現に、流石の球磨川も少し驚く。

 

『!?』

 

 「おう、驚かせちまったか……悪いな」

 

『えーっと……』『サーヴァントの方なのかな?』

 

 「そそ。ここで出会ったキャスターさん。今は俺と仮契約を結んで、協力してもらってるんだ」

 

『キャスター?』『もしかして、お天気予報の得意な英霊なのかい?』

 

 「違うわよ。サーヴァントにはそれぞれクラスというものがあって、キャスターっていうのはその中の一つ、魔術師の――」

 

『あっ、飽きたんでもういいです』

 

 「知らないわよ!私が説明してるんだからちゃんと聞きなさい!!」

 

 憤慨するオルガマリーを遮るようにロマニとの声が響く。

 

『残念、本当に話してる余裕はなさそうだぞ。前方に魔力反応だ!恐らく竜牙兵が襲ってくる!総員備えてくれ!』

 

 「あーもう仕方ないわね!」

 

 「マスター、指示を!」

 

 「えーっと……適当に頑張って!」

 

 「オレはオレで、勝手に暴れさせてもらうぜ!」

 

『…………』

 

 球磨川は一人、安心院から貰った端末を見つめる。話しこんでいたせいで未だ、全ての機能を把握してはいない……が、何かしら戦闘に役立つ機能があるはずである。先程のガンドのように。

 

『…………』

 

 バレないようにスッスッスッと適当にスライドしていく。意識の外で硬い物がぶつかり合うキンという甲高い音。ガラガラと骨の倒壊する音が聞こえる。

 

『……お』

 

【英霊召喚】と書かれた一項目を発見。もしかして、という期待に胸を踊らせながらタップする。

 

『ん……アイテムが足りない?』

 

【消費聖晶石三個】と書かれているが、タップすると表示は零。足りない。どうすればいいのかわからないままとりあえず左にスワイプすると、【フレンドポイント召喚】という画面に移る。

 

『あー、なるほどね』『安心院さんも粋な計らいをしてくれるもんだ、わかりやすい』

 

 要するに先程のはソシャゲでいう課金アイテムを使用して行うもの、こちらは一日一回無料で引けるタイプの少しレアリティの低いアイテム用の獲得方法なのだろう。ガチャ、と呼ばれるアレだ。

 

『早速引いてみよっとうおっと』

 

 反射的にしゃがみこむ球磨川。先程まで首のあった辺りを、骨で出来た兵士の剣が裂いた。

 

 「は、ハア!?ちょっと、どういうこと!?何で召喚サークルが設置されてるの!?」

 

 オルガマリーが球磨川のスマホを指さす。そこを起点に、周囲の空間が先ほどとはうってかわって電子的な黒い空間になっている。球磨川の隣、中央には丸い魔法陣。そこから三本の光の奔流が飛び出し、波打つように広がり、収束し、天高くから光の柱が降り注ぐ。そして、同時に辺りに高笑いが響く。

 

 「ヒ――ヒヒヒヒヒ!」

 

 哄笑、嘲笑。込み上げる可笑しさを抑えられない、といった様子。

 

 「ハハハハハハハ!!運がないなあ、アンタ!オレみたいなのを呼ぶとは、いやある意味幸運なのかもしれないが!!」

 

 ――ソレは、光を塗り潰すような黒。猫のように目だけがギラギラと輝き、体全ては闇のようだった。少年ほどの体躯で、バンダナのようなものを巻いているのが見受けられる。

 

 「サーヴァントアヴェンジャー、召喚に応じ参上したぜ゛っ…!?」

 

 "アヴェンジャー"と名乗ったものの後頭部を、骨の兵士の棍棒が殴打した。

 

 「ちょ、お前なあ!!人様の召喚シーンに茶々いれるんじゃねえよ!」

 

 「アヴェンジャー……アヴェンジャーですって!?」

 

 オルガマリーが驚愕の表情を見せる。いつの間にか骸骨兵は蹴散らし終えており、さりげなく一体の骸骨兵を螺子伏せた球磨川はアヴェンジャーを見て笑った。

 

『アヴェンジャー?復讐者ねえ、ふうん……』『で、君は何の英霊なの?まっくろくろすけとか?』

 

 「まっくろくろすけねえ……うん、間違ってないこともないな!」

 

 刹那、アヴェンジャーと名乗ったモノの姿が変わっていく。赤いバンダナに赤い腰布、身体には夥しい無数の文字が彫り込まれており、両手には奇妙な形の短剣を一つずつ握っていた。

 

 「心の中が真っ黒黒ってんなら、オレほど相応しいやつはいないと思うぜえ?」

 

 そして彼は、己の真名を語る。"悪"を押し付けられ、"悪"であれと願われ。今もソレに囚われ続ける、一つの名を。

 

 「まあ知ってるかどうかわかんないし期待もしてないが……アンリマユ。何処にでもいる普通の反英霊だ」

 

『…………』

 

 「あーすまん、ウソだ。普通じゃない全然普通じゃない。尋常じゃないくらい弱い、最弱の英霊だよ。オレを引くなんてもうご愁傷さまとしか言えないな!」

 

『最弱?』『おいおい、最弱を気取られるのは困るぜ』『――球磨川禊。それが君のマスター?たる僕で、』『地球上で最も弱い男だよ』

 

 ――かくして、最弱と最弱は巡り会った。人類最後のマスター達に課せられた、人理修復。成功率は心做しか、マイナスに傾いているように見えた。


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