『ロマンちゃんロマンちゃん!』
「どうしたんだい球磨川くん」
雑務を終え、一息着こうかと珈琲を入れに立ったロマニの元に、キラキラ輝く瞳を見せ、弾んだ口調で球磨川がやってきた。何処と無くデジャヴを感じるその様子に、何となく球磨川の目的を察しつつもロマニは二人分の珈琲を用意し始めた。
『うん』『この前の特異点でも何個かアレ拾えたでしょ?』『聖晶石、だっけ。少なくとも僕の拾った分はあるよね』
「あるよ。君の拾った分だけだと、召喚には足りないけどね……」
特異点からの帰還前。さりげなく足元に転がっていたそれを回収しつつ、球磨川はカルデアへと戻っていたのだ。
「藤丸くんも結構な数の聖晶石を回収してたから、今回も召喚してみようか」
『やったー!立香ちゃん呼んでくるね!』
慌ただしく駆けて行った球磨川は、すぐに藤丸とマシュを連れて戻ってきた。
「また英霊を召喚するの!?やったー!」
『やったね!』
「あの、英霊が出るとは限らなかったのでは……?」
見るからに楽しそうな藤丸と球磨川。マシュも冷静な指摘をしているように見えるが、何処かソワソワしている。
(人類史に名を残すほどの英雄に会えるということを、彼らは心から楽しみにしているんだな)
頼もしい、と素直に思った。教科書に載るような偉人達に萎縮も何もなく、手放しで向かっていくというのはなかなか出来ることではないだろう。重要な戦力であるサーヴァントとのコミュニケーション。上手くいくかと心配だったが、彼らなら大丈夫だろう。
「おーいドクター、聞いてます?」
「ん? あ、ごめん。聞いてなかった」
『何かすごく遠い目をしてたぜ』『心が疲れてるんじゃない?』
「大丈夫、ちょっと考え事をしてただけだよ」
誤魔化すように頬をかき、破顔するロマニ。それじゃあ召喚に移ろうか、と二人を促す。最初に準備を終えたのは藤丸だった。
「いい人来いっ!」
石より流れ出た魔力光の奔流は、三股に弧を描いて収束し、天上より降り注ぐ。
バタバタと、布が風を受けて靡くような音が聞こえる。藤丸は、その音に覚えがあった。稲穂のように煌めく錦糸のような美しい髪も、目を閉じ両手を組む、祈るような姿にも。
「えっ……! あ……!」
「――サーヴァント、ルーラー。ジャンヌ・ダルク」
――お会いできて、本当によかった。そういって聖女は、藤丸に笑いかけた。
「ジャンヌ……来てくれたんだ……!」
「また会いましょう、そういったじゃないですか? 人理の救済、私もお手伝いします」
「ジャンヌさんがいてくれれば、とても頼もしいです」
『あー』『えーっと』
三人の間に割り込み、再会の和やかな雰囲気を容赦なくぶった斬る球磨川。
『救国の聖女、ジャンヌ・ダルクさんですよね!?』『うわー会いたかったんです! 歴史の教科書に載ってるような有名な人に会えるなんて感動だなあ!』『あ、僕は球磨川禊っていいます! よろしくねジャンヌちゃん!』
「よろしくお願いします、球磨川さん」
「禊くんはフレンドリーだなあ」
「先輩、あれはそういった趣旨のコミュニケートでは無いように思えますが……」
「……球磨川くん、君の召喚はいいのかい?」
『あ、忘れてた』『んじゃ引かせてもらうぜ』
不敵に笑って球磨川は、石を天高くへと放り投げる。周りの注意がそれに向いている隙にスマホを操作。先程と同じように放たれる魔力光。しかし三股には広がらず、線は一本だけ。光が晴れた後にあったのは、出来立てホヤホヤの麻婆豆腐。
『…………』
「「「「…………」」」」
続けてもう一度、石から魔力光が放たれる。光は分かれることなく拡がり、収束し、そのあとには可愛らしいライオンのぬいぐるみが残った。
『………………』
「「「「………………」」」」
言葉を失う五人。続けて放り投げる聖晶石。操作されるスマホ、魔力光、一本線、光、その後にあったのは魔術世界では割とポピュラーな礼装、アゾット剣だった。
「……こ、これなら球磨川くんの護身用に使えるし悪くないかもね」
『……そうだね』
「待って禊くん! 護身用に使うんだからそれ! 自殺用に使わないで!?」
『知らないのかい立香ちゃん? 最近では護身用のナイフは、体内に隠し持っておくのがポピュラーなんだぜ』
「そんな本末転倒な話聞いたことないよ!」
拾い上げた短剣を躊躇いなく突き立てにいく球磨川の手を、咄嗟に藤丸が押さえた。まあ刺さっても問題は無いのだが、まだ説明していないのでそこら辺の事情は面倒である。
『……はあ、最後か』
残る石は四個。一回の召喚に必要なのは三個なので、これがラストチャンスである。最早ブラフの石投げの過程をすっ飛ばし、操作されるスマホ。放たれる魔力光。三股に分かれる光。おお、と少し湧く観衆。晴れる光。そこにいたのは……
「お招きに預かり推参仕りました。不肖ジル・ド・レェ、これよりお傍に侍らせていただきます」
『………………』
召喚されたのは奇怪な大きな襟巻に、ギョロギョロ動く奇怪な目をした愉快なキャスター、ジル・ド・レェ元帥である。先日の特異点の黒幕にして、藤丸たちを手こずらせたなかなかの相手である。
しかしそんな彼と初対面である球磨川は、彼ではなく、藤丸たちの方を何処か遠い目で見つめ続ける。
「おや? どうしました、あなたが私のマスターでは?」
『…………ふぅ』
「球磨川くんあからさまなため息つかないで! ジャンヌちゃんの時みたいに積極的にコミュニケーションを図って!!」
ジャンヌ、という単語にジルはビクッと大きな反応を見せた。側に控えていた彼女の姿を見た瞬間、ただでさえ大きな目が飛び出さんばかりに巨大化する。
「&%#$&$~!!!?! 我が主よ! 貴方は神か! いや、貴方こそ神か! よくぞ……よくぞ私の前に彼女を招き寄せて下さいましたァ!」
「ジル……そう、貴方もここへ招かれたのですね。これもきっと主のお導きです。共に人理の救済を目指しましょう」
「ジャンヌ……ジャンヌゥゥ!!」
目を細め、大粒の涙をボロボロ流すジル。感激のあまりか幾度も頭を近くの壁にぶつけている。控えめに言って不気味である。そんな折、ウィーンと扉が開く音が聞こえた。
「失礼します。大きな音が聞こえましたが何かありましたか?」
現れたアルトリアに皆の視線が集まる。壁から頭を離し、ゆっくりと振り向いたジルは、その場にへたりこみ顔を押さえた。
「ウッ……ウッ……転生せし第二のジャンヌまでいようとは……おお主よ!あなたの導きに感謝しますッ! して第二のジャンヌよ、再会の記念にこのタコの海魔でも食べ」
「食べません」
『……あのさあ、もしかして僕ここにいらなくないかな?』
「ちょっと禊くん!?」
『後は任せたぜ!』
混沌とし、収拾がつかなくなったその場を離れ、球磨川は一人自室へと向かうのだった。