『あのさあ立香ちゃん、一ついいかな?』
「禊くん、どうしたの?」
『どうして僕らは……ここ数日、ずーっと種火を狩り続けてるんだっけ……』
サーヴァントたちが激しい戦闘を行う中、木陰にへたりこんだ球磨川は疲れきった表情で藤丸を見つめる。額に大玉の汗をかきつつも、やる気に満ちた表情の彼は笑う。
「ほら、俺らってそこまで強くないし……そこそこ戦えるよう、特異点の見つかってない今のうちに鍛えておいた方がいいよな、って思ってさ」
『サーヴァントを鍛えるのはわかるんだけどさあ……』『僕ら自身を鍛えたところで、たかが知れてるって思わない?』
「えー、そうかなあ? やって見なきゃわかんないと思うぜ?」
『わあすっごく
「じゃあ俺は再開してくるよ、禊くんはもうちょっと休んでて」
『頑張ってね』
銅色の種火の方へ勢いよく駆け出していった藤丸を見送り、球磨川は小さく嘆息した。
一つ目の特異点を修復してから四日が経っているが、未だに次の特異点は見つかっていない。人手は足りないし、そもそも前例のないこんな事態で、一歩間違えばパニックが起きかねないこの状況で、トントン拍子に作業が進むはずがない。まだしばらく、時間はかかると思われた。
暇そうにスマホを弄っていた球磨川の元に、藤丸がやってきたのが特異点を修復した翌日。「一緒に修行しない?」という誘いに、『修行パートとか少年ジャンプっぽいな』なんて軽い思考で乗ったのはいいものの、文字通りの修行パートだった。始めこそガンドを放ってみたりしていたものの、二発撃ったところで球磨川は疲れ果てた。種火をスパーリング相手にして、藤丸は根気強く魔術の練習に励んでいた。
「『ガンド』ッ!」
ガンドを放ち、種火へと命中させていく。あまり動かない上動きが遅いため、種火は絶好の的であった。一応攻撃もしてくるので、そこら辺はマシュが守ってカバー。ガンドを当てた後はマシュがそのまま盾で殴りかかるので、まあそこそこいい練習になっていると思われる。
眺めるだけというのは退屈なもので、球磨川はだらしなく大口を開けて、欠伸をした。
『立香ちゃんー』『お腹空いたから僕は先に帰っとくね!』
「わかったー、また後でねー!」
手を振り合って別れる二人。球磨川は去り際に、振り返って藤丸を見遣る。真剣な眼差しで的を狙う彼の姿に、口元を歪め。空間の出口付近に隠れていた種火に得物を螺子込み――砕けた残骸を乱雑に踏みつけ、足早に去っていった。
――――――――――
「あの、少しいいでしょうか?」
『おや珍しい』
マシュは球磨川の部屋の扉をノックする。小さく開いたドアの隙間から顔を出した球磨川に、『まあとりあえず入りなよ』と、早くも少し汚れ始めた室内に招かれる。
『どうせ暇だし、少しどころかいくらでも構わないぜ』『どうする? 枕投げでもしてみる?』
「からかわないでください」
『別にそういうつもりじゃないんだけどね』
手に持った枕を壁に投げつけ、自分のベッドへとダイブする球磨川。いつも通りの少し汚れた学ラン姿でゴロゴロと左右に転がる。乗っていた本をどかして、マシュは付近の椅子に座った。
『あー、今日もなかなかに疲れたぜ』『マシュちゃんも大変そうだけど、体調とかは大丈夫?』
「はい、特に問題はありません」
答えつつ、マシュは内心少し驚いていた。完全な偏見だが、球磨川禊が誰かを心配することがあるなど、露にも思っていなかったからだ。彼からは心配だとか不安だとか、そういった人間らしい感情はほとんど感じられなかったから――
『ところで、何の用で来てくれたんだっけ?』
『てっきり、マシュちゃんは僕のこと嫌ってるものだとばかり思ってたんだけれど』
「いえ、そういう訳ではありません。正直に言いますと少し苦手ではありますが……」
初っ端から核心に近いことを言われると、どうにもやりづらい。そういうところも含めてこの人のことが苦手なのだろうか、とマシュは自己分析してみる。冷静に確実に自己分析できるほど、他人と関わった経験はないのだが。
「ただ、私の見る限り球磨川さんは決して悪い人ではありません。だから少しお話してみようかな、と」
その言葉に球磨川は、両手を広げて答えた。
『そうだね、僕は悪くない』『で、お話。お話ねえ。マシュちゃん趣味とかある?』
「特にはありません…」
『好きなものとかは?』
「好きなもの……空の色とか、地面の匂いとか、好きです」
『あーわかるわかる、いいよね!』『逢魔が時の何処か禍々しく薄暗くなってきたときの空とか、雨が降る時の独特の地面の匂いとかすごく好きだ!』
「すいません、その二つは少し私の好きとはズレているといいますか……」
『……コミュニケーションっていうのは難しいもんだぜ』『そもそも生まれ育った環境も国も文化圏も違うんだから、合わない部分は多少生じてきて当然なんじゃないかな?』
「そうですね……そうかもしれません……」
『まあでも、共通の話題があると距離はすぐに縮まるって聞くよね』『それで趣味とか好きな食べ物とか聞いてみたんだけど、よくよく考えると僕らには一つだけ共通の話題があった』
「共通点?」
『そ』と答える球磨川。
『僕らには立香ちゃんという共通の話題があるじゃないか!』
共通の話題というか共通の知人だと思われるが、そもそも二人共彼と出会ってからの日は浅い。話題に出来るほど、話せることがあるのかどうか。
『マシュちゃんは立香ちゃんのこと、どう思ってるの?』
「ええと……お人好しで裏表のない、いい人だと思います。ただ、気を張りすぎることがあるのが少し心配ですね」
『ふうん』『そうだね、最近の彼は若干気張り過ぎてるきらいがある』
「種火相手のスパーリングはいいんですが、先輩ならいつか……サーヴァントやエネミーにまで、あんな風に挑んでいってしまいそうで怖いです」
『その辺りはちゃんと弁えてそうだけどね』『でもそういうときにちゃんと守ってあげるのが、君の役目なんだろ?』
「…………」
マシュは目を伏せ、ゆっくりと手元の本を撫でた。結ばれていた口が、重そうに開いた。
「私は――自信がないんです」
『……自信』
「私は人間でありサーヴァントでもある、デミサーヴァントです。普通の人よりは多少強いと思いますが、本物の英霊と比べると差が出てしまいます――」
『…………』
「真名もわからず、力の使い方もままならない。私が先輩の隣に立っていていいのか、先輩をちゃんと守っていけるのか――」
独り言のように淡々と、言葉を紡いでいくマシュだったが、喋りすぎたと思ったのかハッ、とした表情で「すみません、今のは忘れてください」と恥ずかしそうに言った。
『……マシュちゃんはさ』『何で立香ちゃんのこと先輩って呼ぶんだっけ?』
「それは……先輩が、今まで出会ってきた人たちの中で一番人間らしいからです」
『人間らしい』『ねえ』
意味深に括弧つける球磨川。マシュは何処か遠い目をしている彼の、
『んー、いいんじゃない?そんな気にしなくても』『マシュちゃんが立香ちゃんを先輩と慕う様に、立香ちゃんもマシュちゃんを後輩として憎からず想ってるはずさ』『喩えるなら全開パーカーのパーカー部分とジーンズ部分のようにね』『それじゃ駄目なのかい?』
「……すいません、その喩えはよくわかりません」
が、とワンテンポ置いて話は続いた。
「球磨川さんが私の心配を解消しようとしてくれるような、優しい気持ちがある人だということはわかりました。……今度、空いてる時間にでもカルデアの中を先輩に案内しようと思っていたのですが、球磨川さんも一緒にどうですか?」
『是非ともご相伴に預かりたいぜ』『ついでに、僕のことも先輩呼びしてくれてもいいんだぜ?』
「遠慮しておきます」
ではまた、と言って出ていくマシュを見送り、足音が離れていったのを聞き遂げて手元の枕を壁に投げつけた。
『……優しい気持ちのある人、か』
淀んだ瞳で、球磨川は照明を仰いだ。