ジル・ド・レェはただ、救われたかった。
もしくは罰されたかった。ただ、ただそれだけだったのだ。
祖国を救った聖女を、この国は見限った。しかし、異端審問にかけられ救った
許せなかった。全てが憎かった。己の信じていた――主すらも。
狂気に駆り立てられた彼は、領内の年端も行かぬ少年たちを凌辱し、虐殺する。何人も何十人も、何百人も犯し尽くし嬲りつくし、昂り興奮し絶頂し――しかし。彼にはいつまでたっても罰は訪れない。
贖罪の時は、訪れなかったのだ。
明らかに
それ即ち、己が認められているということか――主など、私の信じた主など最初からいなかったということか。
私の信じる主がいたなら聖女に、あのお方にあんな末路を送るはずがない。
ジャンヌ・ダルクに、志半ばの――己の信心すら踏み躙られた上での、終焉を与えるはずがないのだ。
だから私は、私が、私だから救ってみせる。主が見捨てようが国が見捨てようが、私がジャンヌを甦らせる――! ジャンヌの意思は、私が継ぐ――!
手始めにこの国を――滅ぼすッ!
「邪魔をするな、ジャンヌ・ダルクゥゥゥゥ!!」
「貴方は……私が止めます!」
しかしそんなもの――彼にとっては口実に過ぎなかったのかもしれない。己が思うジャンヌへの贖罪の為、目の前のジャンヌと殺し合う。誰が見ても明白な矛盾。
手元の魔導書から召喚された海魔の触手が、ジャンヌの柔肌へと伸びる。素早く躱しつつ、躱せないものは旗で受け止め、貫き切り裂き吹き飛ばしていく。
徐々に詰まる距離。一歩、また一歩と近づいてくる。
「ハッ!」
「私の歌を聞きなさい!」
「燃やし尽くして差し上げます!」
「行きます、マスター!」
敵は正面から来るジャンヌだけではない。アルトリアもエリザベート・バートリーも、清姫もマシュも。
「フッ、戦闘は専門外なんだけどね」
「あら、その割には楽しそうね?」
「君と一緒だからさ、マリー」
「ふふ、言葉だけでも嬉しいわ」
「余所見していては危険ですよ」
ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトも、マリー・アントワネットも――ゲオルギウスも、全員が全員、ジルの元へと向かってくる。いくらなんでも、この人数の攻撃を捌ききることは難しい。もうワンランク上の海魔を呼ぶことも可能ではあるが――そのレベルになると、もう彼には制御することができない。
「だが! それでいいのです! それこそが……COOL!!」
サーヴァント達を遮る海魔が消え、代わりにそれよりも殊更大きい海魔が現れる。誰彼構わず魔の手を伸ばし、全てを壊し尽くさんと蹂躙する――!
「マシュ、宝具をお願い!」
「宝具、展開します……!
マシュの宝具の力により、自陣は守られ海魔の動きが止まって隙が出来る。
「
「
展開されたエリザベートの
「
「ぐうっ……!」
天才音楽家により奏でられし旋律は、ジルの肉体の力を奪っていく。自分の仕事を終えたアマデウスは、マリーへと軽やかにウィンクした。
「ええ! 行きます……!
「ク……ハッ……!」
硝子細工の馬に騎乗したマリーは、キラキラと光の粒子を撒き散らしながら加速し、ジルを踏み跳ね突き飛ばした。
「まだだ……まだ、まだ私は……!」
「ごめんなさい」
満身創痍の体に鞭打ち、立ち上がろうとするジルを遮ったのはマリーだった。
「貴方の気持ち、少しだけわかるわ。この国を憎みたくなってしまう気持ちも…… でも。それでも私は、フランスが好きだから。民が、人が好きだから」
驚いたように目を見開くジル。ゆっくりとそれを細め、マリーとその隣のジャンヌを見る。
「……フッ……似ている。貴方も、王妃などよりも聖女の方が――――」
最後まで言うことなく、ジルは消滅した。同時に何か光るものが出現する――聖杯である。
「よっと」
聖杯を回収し、戦いを共にしたサーヴァント全てに藤丸は微笑む。
「みんな、お疲れ……! それとありがとう! ここにいる誰が欠けても、勝てなかったと思う……未熟な俺を支えてくれて、ほんとありがとう!」
「いえ、私の――いや、私たちの方こそ感謝を――っと、そう長々と喋れる時間はなさそうですね……」
サーヴァント達の体が透け始める。特異点の異常が解決された為、座へと帰ろうとしているのだ。
「必ず会いに行きます。私を召喚して下さいね、
「楽しかったわよ。また演奏を聞かせてあげるわ、子イヌ!」
各々、思い思いに喋って散り散りに消滅していく。
最後、小さく会釈した聖女は微笑み――
「――また会いましょう、マスター」
――――――――
『球磨川くん!? おーい、球磨川くん!? 聞こえてるかい!?』
『ああ、聞こえてるよ』
『よかった、無事だったか……! 通信が通じないものだから心配してたんだよ。体調の方はモニタリングしてあるから
『大丈夫、とも言えないね』『戦争なんてものはどうやら僕には合わないらしい』『僕のことなんかより、立香ちゃんは!? 立香ちゃんは一体どうなったんだい!?』
『先ほど黒いジャンヌとジル・ド・レェ元帥を打倒して、聖杯を回収したところだ。おめでとう! これでこの特異点の異常は収まった! もうレイシフト出来るけれど準備はいいかい?』
『大丈夫さあ』『茶々っとやって頂戴』
『ああ。それじゃあレイシフト開始五秒前、三、二、一……!』
『―――――――――』
球磨川が何か呟いたが、それに気づいたものは今のところ――誰もいないのだった。
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