Fate/Losers Order   作:織葉 黎旺

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第二十一敗『サーヴァント、バーサーカー』

 

 ――悪魔。魂や寿命と引き換えに絶大な力、富、名声を与え、願いを叶えるといわれる空想上の存在。箱庭学園において球磨川禊は、同じく空想上の存在である地獄の番犬――ケルベロスとの戦闘があったが、あの時は敗北という結果に終わった(そもそも、球磨川禊という男が勝利することの方が有り得ないのだが)。

 しかしこの悪魔、自然に湧き出てきたものではない。()()()()()()()()()()()()()()()()

 

『悪魔ねえ』『想像していたよりも遥かにイカしたデザインだ』『それともイカれたデザインというべきなのかな?』『そういえばアンリくんにはなんたら教のなんたらって二つ名が付属してた気がするけど、本当はあんな姿だったりするの?』

 

「せめて悪魔くらいは覚えとけや」

 

 尤も、アンリマユの本当の姿が如何なるものかなどということは分からないのだが。召喚に際し姿を変えるのが彼の性質である。

 姿を変える。この一点において、あの悪魔とこちらの悪魔は、多少共通点があると言えなくもない。

 

 

「いかがなさいますか、禊様?」

 

『いかがも何もないだろう。相手はマジモンの悪魔だぜ?』『無論、逃げよう』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ―――――――

 

 球磨川達から離れたジャンヌ・オルタが何をしていたかといえば、新たな霊脈地で召喚の準備を進めていた。言うまでもなく、戦において数というのは重要な要素の一つだ。英雄だろうが怪物だろうが、最後には体力(スタミナ)の壁にぶち当たる。数の暴力というのは損害を鑑みなければ、実に確実な戦闘手段であるといえる。

 

「正式なサーヴァントを召喚している時間は、残念ながらないですね……仕方ない」

 

 特異点F――冬木の街で見られたという、シャドウサーヴァントを量産することに決めた。無論そんなもの真の英霊の前では塵芥も同然なのだが、それでもそこらの(ワイバーン)よりは強い。それに――街を壊し、人を殺すのに関しては、数よりも確実な物はないのだった。

 

「まあ、対城宝具持ちでも呼べれば早いのかも知れませんが――」

 

 言いながらサークルに魔力を通す。溢れ出す光の奔流。しかしそれが止んだ後にいたのは――シャドウサーヴァントの群れではなく。其処には、()()()()()()()()()()()。何の気配もなく、何の予感もない。

 

『サーヴァント、バーサーカー。召喚に応じ参上したが……ふむ、君がマスターかね?』

 

「!?」

 

 疑問符が浮かんでいたジャンヌの脳内に更に疑問符が増えることになる。心に直接響いてくるようなその声は、確かなサーヴァントの存在を教えている。しかしその存在は見えず、その言葉を信じるとするなら疑問にしなければいけない点が一つあった。

 

「……この際サーヴァントを召喚()()()()()()()ことは置いておくとして、貴方本当にバーサーカーなの?」

 

『私は出自が()()なものでね。説明するのも吝かではないが……まあ、駒としてしか運用する気がないなら、話さなくてもいいだろう』

 

 令呪を使って聞き出す手もあったが、そこまでする必要はないかと割り切り、必要最低限の情報だけを聞き出すことにする。

 

「何故姿を表さないの?」

 

『それに対しては、姿()()()()()()、否、()()()()()()()としか答えられない。故に――』

 

 召喚サークルの上にジャンヌオルタが出現した。元からいたジャンヌオルタが驚く。現れたジャンヌオルタが元からいたジャンヌオルタを見て、元からいたジャンヌオルタよりは柔らかに微笑んだ。

 

「こんな風に、誰かの姿を模倣することも出来るのよ」

 

「……わざわざ私になることないでしょうに」

 

『失礼。この方がわかりやすいと思ったものでね』

 

 片方のジャンヌオルタは跡形もなく消え、元のジャンヌオルタだけが残った。

 

「……何処の英霊だか知らないし、もう聞かない……私は忙しいのよ。だからただ一つ命令を与えます。殺せ、壊せ――」

 

『なるほど。わかりやすい指令(オーダー)だ』

 

 何処か不満げな色を孕んでいる気がしたが、バーサーカーは了承したようだった。ジャンヌは一言、そしてこれが最優先事項なのだけれど……と言って付け加えた。

 

「黒い学ランとかいう服を着て、サーヴァント二人と過ごしてる男がいたら――宝具をいくら使ってもいいから早急に始末なさい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ――――――

 

 その言葉に従い、球磨川発見直後、バーサーカーは己の宝具を使用し多数の悪魔へとその姿を変えた。幸いこの付近には"竜の魔女"の恐怖に未だ震える者が多いので、周囲の人々の恐怖で威力を変化させる彼の宝具の威力は、折り紙つきである。

 

『うわー速いなー』

 

「いやアンタが遅いだけだろ!」

 

 逃げることを決めた三人は、とりあえず近くの街にでも逃走しようと宛もなく走り出したのだが、球磨川の走るペースが大変遅い。他二人が英霊なのだから、それより遅いのは当たり前といえばそれまでだが、一般人基準で考えても遅すぎる。しかもスタミナがない。まだ百mすら走っていないと思うが、既にバテてへたりこんでいる。上空からはバッサバッサと悪魔の群れが近づいてきている。アンリがうっすら、球磨川をおぶって走るという手段を取ろうかと考え始めた辺りで、球磨川の体が宙に浮いた。

 

『うん……?』

 

「貴方が持っても足手纏いが増えるだけですし、私が持ちましょう」

 

 さりげなく、というか堂々と己の主を荷物だと言ったキアラは、俗に言うお姫様抱っこと言われる体勢でひょい、と球磨川を抱えた。

 

『は……恥ずかしい……っ!』

 

「アンタそんなキャラじゃないだろ!?」

 

 頬を赤らめて目を逸らす球磨川に走りながら突っ込むアンリ。逃走中だというのに呑気なことである。

 

「絶対に離しませんから……私を信じて掴まっていてください、マスター」

 

『いい台詞言ってる感じになってるけどさあ、表情で台無しだぜ?』

 

 キアラは発情期の猫みたいな表情で球磨川を強く抱き抱え、素早く野原を駆けていく。

『キアラちゃんが走る度にすごく揺れるし、すごく当たるな』なんて内心ドギマギしながら、身を任せる。

 

『キアラちゃん。僕を投げ捨てて悪魔と戦ったとして、何体くらい倒せそう?』

 

「さあ……どのくらい戦闘能力があるのかわかりませんし、何とも」

 

 着かず離れずの距離を保ち、何とか街に到着。ただの一体も積極的に襲ってくることがなかったのが不気味であったが、ひとまず頭の隅に追いやって、街道を行くのであった。

 

『よくよく考えたら街に逃げたところで頼る相手なんかいるはずないんだし、ただの無駄足だったね!』

 

 無駄足の為に被害を被るこの街が可哀想ではあったが、そんなことは気にせず、遂に始まったデーモン軍団の破壊から逃げるように奥へ奥へと走る。破壊された建物の瓦礫が降り注ぐが、ぴょんぴょんとその隙間を縫うように潜り抜ける。恐らく球磨川だけなら避け切れず生き埋めだっただろう。

 

『ぴぎゃっ』

 

 瓦礫の一部が運悪く頭部に激突。間抜けな悲鳴をあげて、球磨川の首が力なく項垂れた。アンリが舌打ちしてキアラを睨む。

 

「……おい、そこのマスターがちゃっかり意識を失ってるんだが」

 

「失礼、掠ってしまったようで……」

 

「掠ったにしては痛々しい音と甚大な出血だな」

 

 意識を失ってしまったようで、『大嘘憑き(オールフィクション)』による復活はない。アンリはチッ、と不満げに舌打ちする。

 

「あー、アンタに任せるんじゃなかった。無理してでもオレがマスターを抱えるべきだったか?」

 

「貴方だったら最初の崩落で二人仲良く埋まってそうですが」

 

「どうだろうな?」

 

 何処と無く不穏な雰囲気を醸し出す二人だが、睨み合っている場合でもない。デーモンを処理したいところだが、空高く飛ぶデーモンに、人一人を抱え、庇った状態のキアラは跳躍できない。アンリは動けるが、彼ならもれなく返り討ちに合うだろう。

 

「ということでお願いしますね」

 

「物みたいに投げるなよっと!?」

 

 目をぐるぐる回している球磨川は、くるくると錐揉み回転してアンリの元へと投げられた。雑な扱いのマスターである。キアラは散らばった瓦礫を足場に屋根、屋根を足場に空へと軽やかに跳躍。一体のデーモンの頭上へ飛ぶ。

 

「乗られる方が好きですが、私、乗るのも好きでして……」

 

 脳天に踵落としをかます。苦痛に顔を歪めたデーモンは抵抗を試み外敵へ手を伸ばすが、キアラは続けざまにデーモンの背中へと飛びつき、密着する。引き剥がそうとぐるぐる回転しながら飛行したり、頑張って手を伸ばすが、丁度背中の手が届かないところにくっついているようで、デーモンは顔を顰めながら速度を上昇し、高度も上昇する。

 

「んっ……!」

 

 くっついている彼女は苦しそうに目を細めたが、待ってましたとばかりに背中から飛び降りる。一見無謀なフライトの着地点は、デーモンが密集した地帯である。適当な位置にいたデーモンに踵落とし。その後顔にも一発入れて、隣のデーモンへ飛び移る。こんなことを繰り返しているうちにデーモンたちも異物を排除しようと一箇所に集まってキアラへ手を伸ばすが、それこそ彼女の思うツボ。集まっていたデーモンたちはキアラへ危害を加えようとするばかりに、味方に攻撃を入れてしまう。そのまま争いあってくれれば都合が良かったし、キアラとしてもそれを望んではいたのだが、そうはいかなかった。

 

 霞のように――塵芥のように。泡沫のように、なかったことにしたかのように。その姿は雲散霧消し、代わりに出現したのは何と、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

『なるほど、デーモンではどうにもならなさそうだ』『それなら"コレ"はどうかな?』

 

「……幻術か何かか?」

 

『さあ。どうだろうね?』『君に話す義務もつもりも、僕には全くないぜ』

 

 括弧つけた喋り方や話まで、気持ち悪いくらいに球磨川そのものだったが、無論その正体はバーサーカーだ。変身したものの強さはある程度確認出来るため、球磨川禊に姿を変えたのだが――

 

『……なるほど』『身体は貧弱だし魔術回路は虚弱』『細い上に本数も少ない、よく魔術師やってるなあ』

 

 別に魔術師をやっているわけではないし、魔術回路など()()()使ったことはないのだから球磨川的にはどうだっていいだろうが、その言葉は多少彼のサーヴァントにヒントを与える。

 

「なるほど、変身したものの能力や性質を知れるって辺りか……便利だねえ」

 

『とは言えワンランク下がっちゃうし、所詮偽物だから』『"本物"と戦うなら分が悪いけどね』

 

 そして彼は姿を変貌させていく。

 

「それじゃ……今度こそやりましょうか?」

 

 "竜の魔女"の姿へと変わったバーサーカーに、キアラは妖艶な微笑みで答えた。


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