Fate/Losers Order   作:織葉 黎旺

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第二十敗『無事でいてくれよ』

 

 

『また勝てなかった』

 

 悲愴も後悔も感じさせぬ声音で球磨川禊はそう呟く。飛び去っていく巨竜を仰ぎ見ながら。

 

()()で勝てなかったっていうのは謙遜が過ぎる気がするぜ?」

 

()()は僕らの敗北だろう』『そもそも僕らの勝利っていうのは、この特異点とやらを消滅させないと達成されないから、さ』

 

 ジャンヌオルタと戦闘になった球磨川一同は、つかず離れずの接戦を繰り広げる。三対一にも関わらず善戦したジャンヌを褒めるべきか、三対一にも関わらず苦戦した球磨川たちを貶すべきか。それは個人の裁量によるだろうが、兎も角。ジャンヌを取り逃してしまったのはなかなかの失態であるといえる。

 

「彼処で増援が来なければ、倒しきれたかもしれませんけどね。でもこの方がより長く楽しめますし――フフフ」

 

『まったく。キアラちゃんはとんだマゾヒスト兼サディストだぜ』

 

 途中で戻ってきたジル・ド・レェを含めた数名のサーヴァントの手により、戦闘は中断されジャンヌたちは巨竜の背に乗り去っていった。そのまま戦えば、恐らく負けたのは球磨川たちだっただろうが――全く死なない球磨川の異質さや、サーヴァントたちが復活してしまった点。拠点を破壊し尽くされて形勢が悪くなることを避けるため、何処か別の場所に移っていったらしい。格上の相手を退けたというのは十分に勝利と言える気がするが――そこは天下の球磨川禊、その程度で勝ったと思うほど志は高くないのだ。

 

「で、これからどうするよ?」

 

『そうだなあ……』『動くべきか動かぬべきか。合流すべきか合流せぬべきか』『世の為人の為、日夜奔走する正義の味方なんかにはわからない自由さだね』

 

「私はマスターの意志に従うのみですよ?」

 

「まあ俺も同じくだ」

 

『んじゃまあ……動くかどうか決める前に、とりあえずジャンプでも読もうぜ』

 

 いくらなんでも特異点に漫画を持ち込むのはこの男くらいだろう――と、意見の合わないサーヴァント二人の心が珍しく一致した瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ――――――

 

 もう一人の――否、()()()()()()()ジャンヌ・ダルクとマリー・アントワネット、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトと協力してジャンヌ・オルタと戦闘し、そこから逃亡した藤丸たちは、その後追手として現れたバーサク・ライダー――もとい、聖女マルタを倒し、彼女の言の通りに竜殺しを探し始め、セイバー・ジークフリートと合流した。

 

 

「すまない、加勢したいのは山々だが――この状態では足手纏いにしかならないだろう」

 

 ジークフリートが負った呪い。それはジャンヌだけでなく、もう一人聖人のサーヴァントがいないと治癒出来ぬ代物だった。それを探す為、藤丸たちは二手に別れたのだ。

 

 

 

「楽しいわね、ジャンヌ」

 

「そうですね、マリー」

 

 ジャンヌ・ダルクとマリーアントワネットの二人。彼女らは二人で、色々な話をしながら――生前では出来なかったような、様々な体験もしながらハイペースで歩を進めていた。あまり時間はない。楽しみながらも道を急ぎ、とある街で聖人・ゲオルギウスと出会った。

 

「それでは同行しましょう」

 

 町民の避難も済ませ、平和的に藤丸たちと合流。何も不条理はなく、何も不都合はなかった。予定調和に洗礼詠唱を行いジークフリートの呪いを解呪。軽快どころか全快、といった勢いに回復した辺りで、藤丸は首を傾げた。

 

「……あのさあ」

 

「先輩、どうしました?」

 

 事が上手く運んでいっているというのに何処か表情が優れない藤丸。少し悩んでいる様子だったが、マシュの心配そうな表情に動かされ、重い口を開いた。

 

「……心配し過ぎって言われたらそれまでなんだけどさ、ちょっと上手くいきすぎてないかな……?」

 

「言われてみるとそうかもしれませんが……そんなに心配することでしょうか?」

 

「いや、杞憂だとは思うし、そうであってほしいんだけど――」

 

 着々と力をつけるこちらに対し、黒いジャンヌたちは()()()()()()()()()()()()()()()。ライダーをけしかけて以降、目立って街を襲っている様子も見受けられない。藤丸たちが運良く遭遇していないだけ、という可能性もあるが――

 

 

「……やっぱり、禊くんが頑張ってくれてるのかな……」

 

「球磨川さん……ですか。未だに通信が通じないようですが、会えるといいですね……」

 

 藤丸は東、ジャンヌたちは西。と分割してフランスを探索したにも関わらず、球磨川たちは影も形も掴めなかった。相変わらず生きていることだけは確かなようだが――それにしたって数度、反応が消失しかけたとか何とか。心配な限りだ。

 しかしこの幸運な状況、球磨川を勘定に入れて考えれば多少の辻褄は合う。即ち黒いジャンヌは妨害しなかったのではなく、()()()()()()()()と。寧ろ彼女らこそが()()()()()()()()()()()()()――

 

「禊くん、無事でいてくれよ……」

 

 この瞬間晴れて目出度く、藤丸立夏は恐らく普通(ノーマル)史上初と言える、球磨川禊への心配をした男となった。心配されたその対象といえば、満天の星空の下、空に輝くお月様ではなく、己のサーヴァントの谷間を寝転びながら眺めていた。

 

 

『キアラちゃん、もうちょい上の方』

 

「こうでしょうか……?」

 

『いやごめん、やっぱり左だな』

 

「どうでしょうか……?」

 

『くっ……これじゃあおっぱいが大きくて何が何だかわからない!もっと激しく動いてくれ!』

 

「えいっ、えいっ……」

 

『心が震える……』

 

「震えてるのは乳肉だろうが……」

 

 廃城の瓦礫をベッドに寝転がる球磨川と、その頭上で何やら遊んでるキアラ。そしてそれを冷ややかに睨むアンリ、と球磨川一行は相変わらず危機感が微塵も感じられなかった。

 あれ以降特に行動を起こすこともなくダラダラと過ごしていた三人。特に何かに襲われるようなトラブルもなく、とても特異点とは思えないほど適当に過ごしていた。

 

 

『性に興味津々のガキじゃあるまいし別に乳のあるなしでどうこうは言わないけど、大きすぎるのは実にけしからんと思うね』

 

「それは褒めていただいている、という認識で構いませんか?」

 

『くっ……!揺らすんじゃない!』『あれは本当にもう、魔性の果実だぜ……』

 

「マスターと同僚変えられねえかなあ……」

 

 もう疲れたのか諦めたのか、アンリもごろりと寝転がる。刹那、危機感のない球磨川とキアラは気がつかなかったが、彼だけはハッキリと()()()()()の姿が確認出来た。

 

 

「な……!何じゃありゃあ……!」

 

 周囲が徐々に異界と化していく。瓦礫から青黒い不気味な植物がニョキニョキと育ち、視界の端には不気味な霊魂が映る。そして満天の星々を覆い隠すように、大きい角に鋭い爪、蝙蝠のような羽根に大きな体、それに不気味な角張った顔――俗に()()と呼ばれるモノの大軍が降臨した。


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