Fate/Losers Order   作:織葉 黎旺

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第零.五敗『君の願いはようやく叶う』

『こういうときは誰かに聞くのが一番だよね』

 

 迷子となった球磨川は数分、辺りをうろちょろと動き回っていたが先程の通路には戻れていない。通り過ぎていた中に元いた場所があったのかもしれないが、似たような景色が続くのでカルデアに詳しくない球磨川には分からなかった。

 もう時間は一時三十五分を回っている。先ほどの話の通りなら、既に説明会は始まってしまった時間だ。オルガマリーと球磨川は勘違いしていたとはいえ、本当に一般スタッフとして雇われたのであれば、別段参加する必要はないはずだ。

 

『でもその間暇だしなー』『回線悪くてソシャゲは遊べないし、ゲーマーに厳しい職場だぜここは』

 

 そんな感じでスマートフォンをしまい、再び歩き出す。球磨川。すると向かい側から見覚えのある生物が駆け寄ってきた。

 

 「フォーウ!」

 

『また君か……』『と、おや?』

 

 「フォウさんに懐かれる方を見るのは二人目ですね……」

 

 「あれは懐いてるって言えるのか……?心なしか攻撃してるようにも見えるけど」

 

 「ハハハ、喧嘩するほど仲がいいということなのではないかな」

 

 生き物の後ろからやってきたのは三人の男女。白衣を着たショートカットの少女と、跳ねた髪質の黒髪の少年。それに帽子を被り紺のネクタイを締めた、緑を基調とした服装の、柔らかな笑みを浮かべる紳士。

 球磨川は少し口元を歪めた後、それを誤魔化すように元気良く話し始めた。

 

『そっか、この子はフォウくんっていうのか!』『一体何科何目何某何系何物なのか気になるところだけれど、知ってる人いる?』

 

 「フォウさんはこのカルデアにいる謎の生物です。詳しい情報は残念ながら、私は知りません」

 

 「フォーウ!」

 

 「あ、こら舐めるなって……くすぐったいだろ」

 

『………………』

 

 『あれーおかしいな?僕のときとは反応が段違いだぞ?』なんて考えながら、球磨川はじゃれあう一人と一匹を眺め、本来の目的を忘れていたことを思い出す。

 

『……あーそうそう』『ミーティングだか何だかが行われてる場所がわからなくて絶賛迷子なんだけど』『誰かが案内してくれたら嬉しいかなー』『なんて!』

 

 「それなら丁度よかった。実のところ我々も、遅ればせながらそこに向かうところでね。一緒に行くことにしよう」

 

『じゃあ一緒に行きますか!』『ああそうそう、自己紹介がまだだったね』『箱庭学園から編入――もとい、就職してきました、球磨川禊です!よろしく仲良くしてくださいっ!』

 

 「よろしく!俺、藤丸立香! 良かったー、慣れない場所で外人さんばかりだったから、少し肩身が狭いような感じがしてたんだよねー。同郷で同年代の人がいると気が楽だよ!」

 

『わかるわかる!』『何となく立香ちゃんとは気が合いそうな感じがするし、本当に良かったよ』『あ、僕は君のこと立香ちゃんって呼ぶから、立香ちゃんは僕のことを何か適当に呼んでね!』

 

 そういえば外国人だらけだけど、一体言語の問題はどう解決しているのだろうかと内心で首を傾げる。無論球磨川禊に英語なんか喋れない。安心院さんの一京のスキルの力だろうが、平等な筈の彼女が球磨川にだけ贔屓しているのは何か不気味というか……そこまでしてもらわないと僕は他と並び立てないのだろうか、なんて球磨川は自嘲気味に笑った。

 

 「じゃあ禊くんって呼ばせてもらうね」

 

『よろしく立香ちゃん!』

 

 握手を交わす二人。誰からも気味悪がられ気持ち悪がられ、まともに人と握手したことがほとんどない球磨川としては、このときの握手は妙に心にくるものがあったとかなかったとか。

 

『で、そちらのお二人は?』

 

 「マシュ・キリエライトといいます。よろしくお願いします、球磨川さん」

 

『よろしくよろしく!』『いやあ、こんな可愛い子とお近づきになれるなんて嬉しいよ!』

 

 「か、可愛い……?」

 

 「コラコラ、マシュをからかわないでくれ。失礼、紹介が遅れたね。私はレフ・ライノール。ここで働かせてもらっている技師の一人だ」

 

『……よろしく!レフさん!』

 

 「さて、長くなってしまったがそろそろ行くか。オルガの機嫌が怖いが、行かない方がもっと怖いからね」

 

 球磨川はちらりと携帯の液晶を確認する。一時四十五分、例の説明会の時刻より十五分も遅れている。明らかにヒステリックそうな、オルガマリー所長の顔が脳裏を過ぎって複雑な顔になった。

 

『やれやれ仕方ない』『怒られに行くのは慣れてるし、綺麗な女の子に怒られるなら御褒美だ』

 

 「彼女のことを綺麗な女の子と形容するとは、球磨川くんはなかなか豪胆な男だね」

 

 「球磨川さんは所長と面識があるのですか?」

 

『うん、さっき出会い頭に求婚された仲だよ』

 

 「はい?」

 

『……もとい、さっき出会い頭に訝しまれて怒られただけの仲だよ』

 

 マシュに己のボケが通じなかったのが割とショックな球磨川であった。というかそれは、ボケと呼ばれる代物ではないと思われるが。至って普通の冗談みたいな冗談である。

 そんなこんなで、会議室着。既に所長の演説は始まってしまっていた為、四人はかなり怒られた。が、すぐに話に戻る。

 

 「えー、知っての通りここカルデアは――」

 

 「………zz」

 

 藤丸立花は舟を漕ぐ。

 

 「そのため、このような場所に工房を製作し、人理の継続の為―――」

 

『……』『………』『……zzz』

 

 球磨川禊は夢現。

 

 「…………」

 

『zzzzz』

 

 「zzzzz」

 

 「レフ!!居眠りしてるこの不届き者二人をつまみ出してちょうだい!!!」

 

 心底お怒りのご様子のオルガマリー所長は、よりにもよって先頭の席で睡眠の歓びを享受している不届きもの二人を指差し、オーバーな身振り手振りでその収まらぬ怒りを表現している。レフは嘆息し、渋々球磨川と藤丸の二人を揺さぶる……が、球磨川の方は全く起きる様子もなく不動の姿勢を見せる。藤丸はフラフラとしながらも何とか立ち上がったが、所長による平手打ちを喰らう。しかしそれでも、魔力で強化した拳で拳骨を数発食らわされた球磨川に比べればマシと言える。

 

 「マシュ!彼を自室に閉じ込めておいて頂戴!」

 

 「あの、球磨川さんは……?」

 

 「コイツはもう放っといていいわ」

 

 「アッハイ……」

 

 トボトボと出ていったマシュ達を見送った後、球磨川は立ち上がった。

 

『あー、よく寝た……と』『ん?あれあれ?』『もしかしてまだ話の最中だった?』

 

 「ええ、ええ!永遠に眠らせてあげるからもう気にしないで!!」

 

『痛っ……!』

 

 そんな小競り合いをしながらも、一応話は無事に終わる。そしてカルデアの目的であり、今回の重要実験――レイシフトの為、マシュを含めた適性が高いと認められたAチームの面々は、その現場に向かった。無論スタッフとして球磨川も連行される。

 

『…実際、こんなまともそうな職場で僕に出来る仕事なんてないと思うんだけどねえ……』

 

 力仕事は駄目。魔術の素養はなし。まあ『大嘘憑き(オールフィクション)』は返してもらったわけだし、医療部門であれば微妙に活躍できるかなー。とそんな適当な推察をする球磨川。使えば色々と面倒なことになる気がするがいいのだろうか。主に魔術師の面々のプライドが散る。

 

 「では、これよりAチームのレイシフト実験を始めます!全員霊子筐体(コフィン)に入ったわね!?」

 

 さながらSF映画によくある操縦席のような見た目と構造をしている霊子筐体(コフィン)が、無数に並ぶレイシフトルーム。オルガマリーの耳にカンカンと刺さる声が響いた。

 ぼーっとしているうちに既に実験は始まろうとしている。数々の死地や修羅場を(死にながら)くぐり抜けてきた球磨川といえども、魔術やその一端に触れるのは初めてである。折角なので見逃さないように写メでも撮っとこう、とスマホを取り出す現代っ子。

 

『……ん?』

 

 今、カメラのフラッシュではなく、それとは別に何か光ったような――

 光の次に響いたのは耳を劈く爆音。意識はそこで薄れ、紳士然とした男の不気味な笑顔だけが球磨川の視界の端に残った。

 球磨川禊、享年十九歳。なす術もなく、爆発による衝撃で死んだ―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「やれやれ球磨川くん、君は本当に簡単に死ぬね」

 

『安心院さん……?』

 

 古びた校舎の一つの教室で球磨川の意識は覚醒する。否、明確には覚醒というよりは、ノンレム睡眠に見る夢のようなものだが――

 

 「だけどこれからはもっと大変だぜ?君は何回、何十回と死にながら我武者羅に進んでいくことになる。一つしかない命じゃあ、君にこの重い課題は解決出来ないだろうしね」

 

『課題……?っていうか何回何十回と死ぬって、おいおい』『何の冗談かわからないが、物騒なことは言わないでほしいね』

 

 「……球磨川くん」

 

 もとい禊、と何故かここで呼び捨てる安心院。ただそれだけの変化で頬を少し赤らめる球磨川。

 

『あ、あああ改まっちゃってどうしたのさ』『らしくないぜ、なじみ』

 

 「人を呼び捨てるんじゃないぜ♡」

 

 自分から始めといて傍若無人、刹那、球磨川は床に口付けた。安心院のかかと落としを喰らってのものだと気づいたのは数秒後である。

 

『うぇっ』『平等なだけの人外じゃなかったのかよ』『とんだ不平等だぜ安心院さん……』

 

 「悪平等(ノットイコール)と呼んでくれたまえ」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――と安心院は笑う。

 

 

 「……球磨川くん。君はかつて、勝利を願った。敗北の星の元に生まれつき、根っからの敗者だった君は、それでも勝利を求めた。めだかちゃんに完膚なきまでに負けて。赤に惜しいところで負けてあげて。例の同盟成立時には、敗北すら利用して動いた」

 

『……まあ、僕ほど敗北を知り尽くした男はいないからね』『敗北は腐れ縁の友人みたいなものさ』

 

 「そして最後、卒業式でめだかちゃんとの賭けに勝って――君は初めて、勝利を知った。お空のお星様ほどに球磨川禊からは遠い存在だった、勝利というものに触れた」

 

『…………』

 

 「でも運命ってやつの気まぐれは人外たる僕にも推し量れなくてね……あろうことか、君は最後から二番目のマスターに選ばれることとなった」

 

『……は?』『……え?』『僕がマスター?』

 

 「君がこれより挑むのは人類史を巡る旅。難易度ルナティックな、とびっきりの聖杯探索(グランドオーダー)だぜ」

 

 今はまだわからなくていいから、とりあえず行っておいで――と言って安心院は、球磨川を蹴り飛ばすことで、教室から退出させた。

 

 「おめでとう球磨川くん、君の願いはようやく叶う――なんて。まあ、君を信じて高みの見物といかせてもらうぜ」

 

 格好よくなくても、強くなくても正しくなくても、美しくなくても可愛げがなくても綺麗じゃなくても――それでもそんなヤツらに勝ちたいと、そう願っていた少年は。弱くて嫌われ者でやられ役でおちこぼれで出来損ないなまま、人理修復に挑むことになるのだった。

 

 それがどうなるのかは、一京のスキルを持つ人外にも。過去から未来を見通せる魔術王にすら、わからないのであった。


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