Fate/Losers Order   作:織葉 黎旺

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第十六敗『どのくらい苦しかったのかな?』

 

 

 

 一見、球磨川禊ならではの悪運とも思える敵地総本山へのレイシフト。だが意外にもこれにはきちんとした絡繰がある。

 

『立香ちゃんとともに安全にレイシフトされる』『という可能性を「なかったこと」にした』

 

 これにより、球磨川のレイシフトは予測のつかぬ、不規則的でアンコントローラブルな物へと変化した。理由としてはいくつかあるが……『立香ちゃんといるより一人の方が動きやすいから』『ロマンちゃんの監視の目があると、スキルを使いづらいから』『もしかしたら最初から黒幕の寝首をかけるから』エトセトラエトセトラ。そんな感じで共にレイシフトされる可能性をなくしたのだが、まさか――初めから敵陣の本拠地に出現するとは。

 

 

『それこそ正に、想像以上だったぜ』

 

 「想像以上ってか、これ以上最悪な状況があるのかってレベルで酷い状況だよな」

 

 カラカラと笑うアンリ。キアラも微笑を浮かべ、こちらを様々な表情で窺う計九騎の英霊を見据える。

 

 

 「もしかしてマスター、という奴かしら?」

 

『…………』

 

 少女の問いに、球磨川禊は答えない。

 

 「素直にそちらの素性を話してもらえれば、そこまで手酷く甚振りはしません。ええ、例えばこんな風に、惨たらしく殺したりは……」

 

 パチン、と指を鳴らすとバッサバッサと羽――いや、翼と呼んで差し支えない大きさの物がこちらに向かってくる音が聞こえる。

 ――それは大きな、黒い竜であった。尖った翼を羽ばたかせ、鋭い牙をチラリと覗かせ。そしてその太い鉤爪で、何かを掴んでいた。

 

 

 「ヒ、ヒイイイイイイ!?」

 

『えっ』

 

 「えっ」

 

 「は……?」

 

 掴まれていた何か――狼狽えた様子の男は、球磨川の頭上に落下し激突した。別に狙ったわけではなかったと思うが、図らずして球磨川は意識を手放した。倒れる球磨川。痛みにのたうち回る男。訝しげに二人を睨む少女。困り顔のサーヴァント達。

 

 

 「お、おいマスター……?起きろ、起きろおい。気絶ってアンタの能力的に一番不味いヤツじゃねえの……!?」

 

 「ハッ……バッカじゃないの。気絶した振りをして油断を誘ってるとか、こっちの手の内を探ってるとかそんなところでしょう。その程度の猿芝居を見抜けないとでも?」

 

 「いえ、これは完璧に寝ておられると思いますよ?」

 

『すー……』『ぐー……』『ぐっ』『ぐえっ』『ぐうっ……』

 

 安らかな寝息を立て始めていた球磨川の頬をキアラの往復ビンタが襲う。凄まじい速度で放たれたそれにより一度は意識を覚醒した様子の球磨川だったが、すぐさま首に入った一撃で再び意識を手放す。

 

 

 「ほら、ぐっすり眠っておられるでしょう?」

 

 「いや何やってんだよ!?」

 

 ――訳が分からない、と。出自も逸話もバラバラな少女の陣営の意見が、初めて一致した。

 しかしマスターが意識を失っているというのは絶好のチャンスである。少女は密かに令呪を用いて――敵サーヴァントの殲滅を命じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ――――――

 

『んっ……』『んん?』

 

 目を覚ました球磨川禊。しかし何故だろう、体は動かない。どうやら拘束されているらしい。肩の凝り固まった感触と腕の持ち上がった現状から察するに、十字架に磔られているようだ。

 

 

 「目が覚めたようですね」

 

 丁寧な言葉遣いであったが、そこには確かにこちらを侮蔑し、憎むような鋭い威圧感があった。少女は不気味に口元を歪めて、球磨川を見る。

 

 「これから貴方にはいくつか質問をさせてもらいます。ああ、先程も言った通り正直に答えてくれればこちらも、手荒な真似はしません」

 

『僕も手荒な真似はされたくないからな、精一杯協力させてもらうよ!』『ところで、うちのサーヴァント達はどこへ?』

 

 「ああ……彼らなら、普通に倒しましたよ?」

 

『なっ……!』

 

 「頼みの綱のサーヴァントは消え、自身も拘束されている……絶望的でしょう?魔術師らしく魔術を使って、その状況から抜け出せるのであればご自由にどうぞ?拘束し直す時にうっかり殺しちゃっても責任は取りませんけれど!」

 

『そんな、キアラちゃん……アンリくん……!』

 

 ――この男は落とせる、と少女――ジャンヌ・オルタは内心で確信した。聖女ジャンヌ・ダルクの別側面(オルタナティブ)。それは聖杯によって願われた、"あんな悲惨な末路を迎えたジャンヌが、世界を――人を恨んでいないはずがない"という一人の男の願望により誕生した。故に彼女は、彼女を救わなかったこの地(フランス)を恨んでおり、この地を壊滅に誘おうと目論んでいる。その為に、敵となりうるものは見つけ次第処分するのが当然。この男だけではなく、まだ仲間もいる可能性がある。腕の一、二本も折ればすぐに音を上げるだろう。ゆっくりと尋問して――――

 

『命がけで僕を守ってくれたんだね、二人とも……!』

 

 「……もしかして主従愛って奴かしら?キッモッ。サーヴァントたちは貴方のことなんか守れてはいない。守れていないからこそ、この状況だってこと分かってますか?」

 

『分かってるさ』『だからこそ、二人の無意味な死って奴が尊く思えてね』

 

 そういって球磨川は目を細めた。ジャンヌオルタは少し首を傾げたが、球磨川のあってないような真意を理解しようとはせずに話を続けた。

 

 「御託はいいからさっさと答えなさい。私も忙しいのよ?本当なら今すぐにでも貴方を焼き殺して阿鼻叫喚に包まれる民衆を嬲りにいきたいくらいだわ!」

 

『焼き殺す、ね』『僕のサーヴァント達の死に方も気になるところではあるけれどまあ、それはいいか』『ところで――えっと、君はなんて呼べばいいのかな?』

 

 「呼称なんてあったってなくたって困らないでしょう?」

 

『僕は困るんだよ』『困るついでに自己紹介しとくと僕は球磨川禊、禊くんでも球磨川さんでも裸エプロン先輩でも何でもいいから、適当に呼んでね!』

 

 「……で、アンタは何でここに現れたのかしら?」

 

『アンタって言われても誰のことだか分からないなあ』『僕には歴とした名前があるんだ!それを蔑ろにされるのは神様が許さないし僕も許さない!』

 

 「あっ、そ……じゃあ球磨川禊様?さっさと貴方の素性と目的を話して消えてくれる?」

 

『消えてくれる……ってことはもしかして、素直に話せば助けてくれるのかな?』

 

 「ええ。少なくともこんな風に惨たらしく殺すことはないと思いますよ?」

 

 「ヒッ……ヒイイイイイ!?」

 

 金髪の貴族らしき上品な雰囲気を放つ、中性的な容姿の人物が先程球磨川に激突した男を連れてきた。もう下がっていいわよ、というジャンヌオルタの一言でその人は離れ、彼女は笑顔で男の胸ぐらを掴む。

 

 「さっきはこちらのマスター様のせいでお預けを食らってしまいましたからね……その分、より惨たらしく死んでもらいますよ?」

 

 「や……やめ、やめてくださいぃっ!!おねぐぁいしまじゅうっ!!……!」

 

 涙を浮かべ鼻汁を垂れ流し、地面にガンガンと頭を叩きつける誠心誠意の謝罪で、命を繋ごうと懇願する。

 

『おいおい、そのへんにしておいてあげなよ』『こんな小汚いおっさんの憐れな姿なんて見てても面白くないだろう?』

 

 「……魔術師風情が、口を出さないでくれる?口答えするなら貴方から燃やすわよ?」

 

『それは勘弁願いたいね』『ということでおじさん、グッドラック!』

 

 「ヒッ……イヤダアアアア!!死にたくない死にたくない、やめてくださウヒャアアアアアア!!」

 

 救いを求める声は空しく部屋に響き渡る。ジャンヌオルタが軽く手を振ると、男の服が、体が、全てが燃え始める。

 

 

 「ギャア゛アア゛ア゛アア゛ッ!!???」

 

 「アハハハ!私腹を肥やしてぶくぶくと脂を蓄えていただけあって、いい燃えっぷりね?」

 

 火達磨と化した男は、熱に浮かされ部屋の中をバタバタと走り回る。球磨川はそれを見てプププと笑った。

 

『なかなか格好良く走るじゃないか。うちのオブジェにして飾っておきたいくらいだ』

 

 「あら、なかなかいい趣味してるじゃない?」

 

『よく言われるよ』

 

 「でも残念ね、それが叶うことは永久に有り得ないわ!」

 

 炎の勢いが一気に強くなる。悲鳴は徐々に呻き声へと変わり、喉まで焼け爛れたのか最後には小さくヒュー、ヒューと酸素を求めて呼吸する音が聞こえ、そのまま燃え尽き灰と化した。

 

 「いい気味ね!私を焼き殺したコイツが、私の手によって焼き殺されるなんて!」

 

『へえ……』『ということはさっきの彼は、君のような美少女を焼き殺した悪魔のような男だったのか。許せないね!』

 

 美少女、という単語に少し眉を顰めたジャンヌだったが、すぐに球磨川を睨む。

 

 「……ふん、空っぽな褒め言葉ですね」

 

『そうかなあ?』『ところで、君の大切な人は何処へ行ったのかな?』

 

 「ジルなら私の為、サーヴァント達を先導してこの地に呪いをもたらしてくれているはずよ?貴方にもしお仲間がいたとしても、救援は期待出来ないんじゃないですかね!」

 

『…………』

 

 ニヤリ、と不気味に口角を歪める。

 

『へー、君の大切な人はジルって言うんだ!覚えとこーっと!』

 

 「なっ……!」

 

 無意識の内に、信頼するサーヴァント――キャスター、ジル・ド・レェの真名を漏らしてしまっていたことに気づき、内心で一瞬焦るジャンヌだったが、たかがジルという二文字で、貴族にして軍人であるフランスの英霊である彼に辿り着くことはないだろう。そう楽観し、話を戻そうと試みる。

 

 「ええ、ジルは私の信頼する男です……そんな彼の負担を減らす為にも、さっさと私の質問に答えなさい。これ以上話を逸らしてまともに会話する気がないのであれば……そうね、少しずつ体を炙っていこうかしら?」

 

『拷問の仕方としてはこれ以上なく効率的なんじゃない?』『人間が火に焼かれた時ってあれらしいぜ、火事の煙とかがない限り、火という直接的に生命を刈り取る訳では無いモノに延々と当てられた結果、痛みでショック死するのが早いらしいからね』

 

 「そんな目に遭いたくなければ速やかに質問に答えるのが無難ですよ?」

 

『そうだねえ』『じゃあ君の質問に答える前にもう一つだけ、僕の質問に答えてもらっちゃおっかな』

 

 「ちょっと!だから私の質問が先だって――」

 

 言ってるじゃないの、という言葉は掻き消された。否、()()()()()()()。まるでなかったことにでもされたかのように。そしてその代わり、球磨川の声はより鮮明に響いてきたのであった。

 

 

『ねえ、火炙りの時ってどのくらい苦しかったのかな?』『ジャンヌ・ダルクさん?』

 

 何も映していないような瞳でこちらを見る少年を、少女はただ、冷たい殺意を込めて睨んでいた。

 


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