『枕投げでもする?』
「修学旅行に来た中学生かよ」
『アンリくんって英霊の割に妙に現代的なツッコミするね』
球磨川の自室に戻ってきた面々は、各々適当な場所に座る。ベッドの脇の椅子に腰掛けるアンリ。ベッドの上に胡座で座る球磨川。隣に並ぶように座るキアラ。
「ん、まあその辺は気にしないでくれ」
『大丈夫』『大して気にしてなかったから!』
「あ、そ……」
やれやれと言いたげに両手を上げ、アンリは立ち上がって何処かに出ていく。大変協調性がない。
球磨川はといえばそんなアンリのことなど眼中にないのか、虚空を見つめながら時々チラチラと隣のキアラを見るばかりだった。しかも妙にソワソワしている。
「どうか致しましたか、マスター?」
『あー』『いやー』『別にー?』
「何かご要望があるのであればハッキリと仰って頂かないと、私も困ってしまいます……」
見透かしたようなその一言に、球磨川の迷いは晴れる。『じゃあ正直に言わせてもらおう』と勢いよく立ち上がった球磨川が叫ぶ。
『こんな貞淑な雰囲気の女性が、一体どんな下着を穿いているのか気になって気になって仕方がなかった!』『このままだと睡眠にも支障を来たしそうなんだ!くそう、罪深きはキアラさんの魅力だぜ……!』
「あら……そんなことでしたの?」
キアラは服のスカートを球磨川の方にたくし上げ、少し恥ずかしそうに頬を赤らめた。
「言ってくださればそんなもの、いくらでも……」
『え……?』『えっ、えっ……!?』
現実を直視出来ないのか、球磨川は何処からか取り出した螺子で己の左腕を突き刺す。それを引っこ抜き、今度は左足に突き刺す。それらを"なかったこと"にした後、自分の頬に手を伸ばし、千切れるかと思うほど引っ張る。僕の人生にこんな幸せなことが起きるはずがない。こんな綺麗な人が、僕の思い通りに動くはずがない。
『ゆひぇひゃない……?』『どういうことだ……?』
「でもその程度でよろしいのですか?言ってくだされば、もっと先も……」
『も、もっと先……!?』
食い気味にキアラとの距離を詰める球磨川。驚く様子もなく、「ええ」とだけ答えて微笑むキアラ。
『い、いや……』『見ての通り、僕は紳士なんだ。いくら何でもそんな、過程を吹っ飛ばした恋愛は出来ないぜ』
「それは残念です……私はそんな過程など吹っ飛ばしてしまうほど、マスターのことを……」
『えっ!?』
「……いえ、何でもありません。忘れてくださいませ」
『気になるよう気になるよう!』『キアラさんの下着の色と同じくらい気になるよう!』『一体君は僕をどうしたいんだ!?』『一から君のことが知りたいな!何処で生を受けてどうやって育って、一体どのジャンプ漫画が好きなんだい!?』
「それは追々、ゆっくりわかりあっていきましょう……?」
ねっとり、じっくりと……そう言ってマスターの手に、己の手を重ねる。
『うっ……』『うう……?』
球磨川禊の脳内は絶賛混乱中であった。明らかに女子に嫌われるであろう
「あら、お顔がこんなに赤い。それに何だか疲れているご様子」
頬に手を当ててくるキアラ。心なしか距離も、何処と無く甘い香りが漂うレベルまで近づいている。
「本日はもうお休みになった方が宜しいのでは?ええ、その方が絶対良いと思います」
『そうだね……』『今日はもう、休んだ方がよさそうだ』
己の許容量を越えた幸せに、球磨川の脳はほとほと困り果てていた。一度休んでクールダウンした方がいい。ここで手を出さないのは勿体ないような気もするが、初日でこれなのだ。明日や明後日には、もっと凄いことになってるに決まっている。
『んじゃ、僕は眠るから適当に過ごしてて頂戴』
「あの……」
『どうしたの?』
「私も少し疲れてしまいまして、マスターの隣で休んでもよろしいでしょうか?」
"隣で休む"。それ即ち添い寝、と球磨川のこういう時だけ回転の早い脳が解を導き出す。
『どうぞ!』『どうぞ!!』
「それでは……」
一足先にベッドに潜り込む球磨川。幸いにもこの部屋のベッドはセミダブルサイズだった為、人二人が寝ても問題なさそうなサイズだった。真ん中ではなく人一人分のサイズを空けて、寝転がって布団を被る。
「……ふう」
『…………?』
期待しながら待っていたというのに、キアラが移動したのはベッドの上ではなく先ほどアンリが座っていた物の向かい側の椅子。部屋の本棚にあった単行本を手に取り、気がついたように球磨川に言う。
「ああ、私はここで休ませてもらいますね。お休みなさいませ、マスター?」
『あっ……』『はい……』
頬を真っ赤に染め上げた球磨川は顔まで布団に潜って、体を丸めるのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
――カルデア内部、廊下。
「おい、待てよ」
何処かの部屋の前で立ち止まった尼僧を、影のようにドス黒い少年は引き止めた。ゆったりとした足取りで振り返った尼僧は、「何か?」と聞く。
「アンタ、何が目的だ?」
「目的……ですか?先述の通りです。私は救いを求める声を聞いて参上しました。そうですね、強いて言うなら人理の崩壊を防ぎ、人類を救済する――それが私の目的です」
「へえ、それはご苦労なこった!扉の向こうから救いを求める声でも聞こえたっていうのか?その部屋の中にいるのはもう一人のマスターだったはずだが」
「聞けば経験も浅く、不安を抱えているというじゃありませんか。それを和らげつつ、親交を深めようと思いまして」
「
覗いていたとは人の悪い、と言ってキアラは眉を顰める。アンリは嘆息し、そのまま踵を返した。
「まあアンタがどうしようと――
「貴方こそ、わざわざ姿を変えてまで何故私に?」
その問いに答えることはなく。頭の後ろで腕を組み、口笛を吹きながら歩き出すアンリ。興が削がれた様で、キアラも部屋から離れてアンリと反対の方角に歩き出した。
「……クソ、よくよく考えるとあの女と同室な上に方向逆じゃねえか………!」