発:海軍省 宛:トラック泊地鎮守府司令長官   作:戦闘工兵(元)

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 昭和19年11月21日午前2時56分。台湾沖。

 

「−−っ!?左25(ふたじゅうご)度!!らいせぇぇぇぇきっ!!」

 

 長門の見張員が大声を張り上げ、月明かりが照らす深夜の海を切り裂き接近する雷跡視認の報を伝声管で艦橋へ告げた。

 

 艦隊の左舷から合計6本の魚雷が急接近して来る。

 

 待ち伏せていたのだろう米潜水艦からの雷撃だ。

 

 幸い、この時の魚雷の狙いは長門ではないようだったが−−その3分後。

 

「−−新たな雷跡!!数は3!!本艦に向かって来る!!」

 

 見張員が伝声管に向かい吠える。

 

 新たな3本の魚雷が長門へ向かい直進して来たのだ。

 

 報せを受け、艦長が転舵を発令し操舵所の操舵長が舵を握る操舵員へ伝達し回避行動の舵が切られる。

 

 艦首が進む方向を変えた。

 

「…躱せ長門…!!」

 

 長門艦橋の上部にある主砲射撃指揮所に詰めていた桂木が喉から絞り出すように声を上げた。

 

 更に魚雷が接近する。

 

「躱し−−っ!?」

 

 魚雷の一本が艦首を掠め去った瞬間、見張員が回避に成功した事を告げようと伝声管を握った。

 

−−が、躱した魚雷の行く先を知り、顔を青くする。

 

「躱した魚雷、右舷(みぎげん)の浦風に向か−−っ!!?」

 

−−突然、ドンッと立て続けに二回の轟音。長門の前を航行する金剛の左舷から二本の大きい水柱が上がり、次いで再びの轟音が響く。その轟音は長門の右斜め前を航行する浦風にも魚雷が命中した事を意味していた。

「−−こ、金剛が被雷っ!!続いて浦風も被雷っ!!浦風、轟沈します!!」

 

 

 午前3時6分。12ノットで航行していた金剛の左舷艦首と2番煙突下の缶室に2本の魚雷が命中。

 

 長門の艦首を掠め去った魚雷も浦風に命中。浦風は爆発を起こし、沈み始めた。

 

「浦風が…っ!!」

 

 その光景を見た桂木がギリッと歯を食い縛る。

 

 潜水艦からの雷撃を受けた後、大和と長門、矢矧、雪風は、金剛の護衛に付けられた磯風、浜風を置き、海域を離脱する事が決定した。向かう先は本土だ。

 

「……沈むなよ…」

 

 遠くなる艦影に向かい桂木は挙手敬礼する。

 

 だが当時の金剛は既に艦齢が30年以上と老朽化が進んでおり、また新たな攻撃があると判断しての回避行動を続け、破損したまま航行した為にリベットの継ぎ目等から浸水が始まり、徐々に破損箇所が広がり傾斜が増大した。

 

 5時20分には機関が停止。その10分後の午前5時30分に金剛は転覆。沈没直前、弾薬庫の大爆発が発生し、艦中央付近にいた多くの乗員が吹き飛ばされ戦死した。

 

 午前5時の時点でも11ノットで航行しており、乗組員の誰もが魚雷2本で沈むとは考えず、護衛に付けられた駆逐艦を接舷させての乗員退避は実施されなかった。

 

 損害の軽視、総員退艦の判断の遅れなどにより、島崎利雄艦長、鈴木義尾第三戦隊司令官以下1,300名と共に金剛は没する−−

 

 

 

「−−…金剛…だと…?」

 

 やっと絞り出した声と共に桂木は自身の隣の椅子に腰掛けながら紅茶を啜る“金剛"と名乗った女性を見詰める。

 

「そうヨ。金剛型一番艦の金剛デース」

 

 眼を剥き、金剛を名乗る女性を上から下まで無作法だとは知りつつも桂木は見詰めた。

 

「…は、はははっ!!な、なにを言ってるんだ?冗談にしては笑えん冗談だ」

 

 茶席での他愛ない冗談で済ませようと桂木は笑い声を上げた。

 

「冗談じゃnothingネ。…というか、どーしてassume a false nameする必要があるのデスカー?」

 

 尚も紅茶を啜りつつ真顔で言われると返答に困ったのか、桂木は言葉を詰まらせる。

 

「−−熱い内に飲んだ方がgoodヨ?」

 

 彼女は紅茶を勧めるが桂木はソーサーに置いたカップを取ろうともせず、ただ彼女の顔を見詰める。

 

 疑惑の色が濃くなる彼の表情を見て、嘆息した金剛はソーサーへカップを置き、改めて桂木へ向き直る。

 

「その様子だと全然believeしてないデスネ−?」

 

「…It don't believeの方がしっくりくる気が…」

 

「Shut up!…信じられないなら…私の事を質問してクダサーイ。Answerしますヨ?」

 

「……では……金剛が建造された工廠の名と進水式が行われた日付は?」

 

 一般の女性なら−−もしかすると自身と同じ海軍軍人でも判るかどうかは微妙と思われる質問を彼はぶつけた。

 

 判る筈がない、と桂木は思っていたが−−

 

「Oh!!Very easyネ♪ヴィッカース社のバロー=イン=ファーネス造船所ヨ♪進水式は1912年5月18日…元号だと…明治45年ネ」

 

「−−−−−……正解だ……」

 

「当然ネ♪」

 

 笑顔で受け答えする彼女とは対照的に桂木は殆ど呆然としている。

 

 呆然としながらも彼は次々と金剛へ質問を繰り返すが−−彼女は簡単に正解を言い放つ。

 

「−−…では最後の質問だ」

 

「Come on♪」

 

 なんでも来い、と言うように金剛が喜色満面で質問を促した。

 

「…昭和19年11月21日…台湾沖…」

 

「−−−−っ!?」

 

「……なにがあったか…判るか?」

 

「……………」

 

 桂木の質問に彼女は口を噤み、膝の上に乗せた両手でスカートの生地を皺が寄るほど強く握り締めた。

 

「……浦風と…私が……沈んだネ。…真夜中に…私達の左舷側から魚雷が来て…私に2本がhitして…浦風にもhit。…浦風は轟沈……その後…私も……」

 

 金剛が言葉に詰まった。俯く彼女の顔に垂れた前髪が掛かり、表情を隠す。

 

「…皆…escapeして欲しかったネ…!!私と一緒に沈む必要なんか…!!」

 

 彼女が声を発した拍子に膝の上に置いた手の甲へ雫が零れ落ちた。

 

「−−私は…その時、現場に居た」

 

「……what…?」

 

 桂木の言葉に金剛が顔を上げた。

 

 彼女の眦から零れた涙が頬を伝っているのを見た桂木が自身のポケットを漁る。

 

 が、当然ながらハンカチは入っていない。

 

 仕方なく素手の指先を彼女の目元へ持って行き、流れている涙を優しく拭う。

 

「…あっ……」

 

「無骨な手で済まない。……あの時は長門に乗り組んでいた。そして…金剛と浦風が被雷する瞬間も見た訳だ…」

 

「………え?」

 

「…ん?」

 

「少佐さん…私が沈んだのをwatchしたって…?」

 

「あぁ」

 

「……もしかして…No…もしかしなくても−−」

 

 金剛が言葉を紡ごうとした瞬間−−廊下から数多の軍靴の音が響いて来る。

 

 応接室の扉が開け放たれると、室内へ武装した陸戦隊の兵士達が突入し、桂木へ小銃の銃口を向けた。

 

「−−貴様等…これは何の真似か?」

 

 椅子から立ち上がった桂木が金剛の前へと一足飛びに移動し、彼女を庇う為、銃口の前へ立ち塞がる。

 

 佩いた軍刀の鍔を指先で押し上げ、鯉口を切る。

 

「−−申し訳ありません、桂木少佐。我々もこのような事は不本意なのです。…それだけは御理解を…」

 

 陸戦隊の兵士達の間から竹田大尉が姿を現した。

 

「…竹田大尉……まさか同じ海軍に銃口を向けられる日が来るとは思いもせんかったよ」

 

「…私もです。…しかし海軍省へ桂木少佐の身上を問い合わせた所…そのような者は我が海軍には居ない、と返答が参りました」

 

「…なん…だと?」

 

 桂木の動揺が伝わり一瞬だけ鯉口を切った筈の軍刀が鍔鳴りを起こす。

 

「海兵65期に桂木幸一なる者は存在しない、という海軍省人事局からの返答です。間違いはないかと思われます。……非常に不本意ながら…貴官を不審者と見做し拘束させて頂きます。…軍刀をこちらへ」

 

「−−−−」

 

 動揺を通り越して、桂木は目の前が真っ暗になった。

 




金剛や浦風が沈没した時の艦隊の航行序列ってこれで合ってたかなぁ……?(オイッ)

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