発:海軍省 宛:トラック泊地鎮守府司令長官   作:戦闘工兵(元)

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やっと……やっと……艦娘登場。


05

「皇紀2605年…照和…20年…4月8日…だと…!?」

 

 応接室に一人残された−−廊下に水兵が一名控えているが−−桂木は室内の壁に吊り下げられていた日捲りへ書かれていた年号を見て、あまりの驚きで愕然とする。

 

(皇紀2605年…これは合っている。…だが“照和"だと…?昭和ではないのか…?それに4月8日?…まだ一日しか経っていない…)

 

 心ここにあらず、といった有り様で桂木はよろよろと腰掛けていた椅子へ戻り座った。

 

 途中、ガチャッと鍔が椅子の背に当たり、佩いた軍刀が悲鳴を上げる。

 

 それが耳朶を打って我に返ったのか軍刀を掴み、鞘を床へ突いて立てる。

 

 内心の動揺が原因で起こった手の震えが軍刀に伝わりカチャカチャと音が鳴る。

 

 何度か深呼吸すると−−その震えも治まった。

 

(…落ち着け…状況を整理しろ…)

 

 そう言い聞かせつつ、空になったカップへ引き寄せたティーポットを茶漉しを使って紅茶を注ぎ、一口啜る。

 

「……………」

 

 すっかり温(ぬる)くなり、抽出し過ぎた紅茶は世辞にも旨いとは言えない。折角の上物の茶葉を使って出された紅茶が渋くて仕方なかった。

 

 だが彼の落ち着きを取り戻し、頭が冴えるのには役に立ったようだ。

 

 カップへ注いだ渋くなった紅茶を全て飲み干し、ソーサーに置くと桂木は机上にある灰皿を自身へ引き寄せた。

 

 軍服のポケットから煙草とマッチを取り出し、マッチを擦り火を点ける。

 

 燃え止しを灰皿へ放り込み、煙草を摘まみつつ深く吸い込み−−紫煙を吐き出せば落ち着きを完全に取り戻した。

 

(…状況は良く判らない。…竹田大尉も妙な態度だった。…演技とは思えん…自然だったな。…しかしながら…あの日捲りは……印刷の不備か?その可能性が高い…)

 

 鼻孔から紫煙を吐き出しながら黙考を続けていると−−なにやら廊下が騒がしい。

 

「−−邪魔ヨ!!失礼シマース!!」

 

 吹き飛びはしなかったモノの扉が激しい音を奏で上げて開けられた。

 

 唐突の事に立ち上がった桂木は振り返り様、佩いている軍刀を抜こうと鯉口を切った−−が入室した人物を見て呆気に取られ、抜刀の途中で固まってしまう。

 

「Shit…!!…やっぱりネ…!!」

 

 ツカツカとその人物は長机へ歩み寄ると机上に置かれたティーポットの蓋を取り、香りを嗅いだ。

 

 桂木が固まっていると開け放たれたままの扉から廊下で監視兼警護を担当する水兵が所在なさげに佇んでいた。

 

「−−お客さん!!…Oh…少佐さんだったのネ。とにかく…これはどーゆー事デスカー?」

 

「…は……はっ?」

 

「この紅茶デース!!なんで私が取り寄せた茶葉を使ってるのデスカー!?Explanationを要求シマース!!」

 

 喧しい声で捲し立てる人物は美女あるいは美少女と言って差し障りはない。歳は成人年齢に達しているかいないか、と言った頃だろう。いずれにせよ桂木からすれば年下に見える。

 

 服装は神社の巫女が着る服を自身の好みに合わせて改造したのか、少しばかり際どい。

 

 簡単には御目に掛かれない、目が醒めるような美しい女性の登場で彼女に少し見入っていた桂木が唐突に自身の状態に気付いた。

 

 軍刀を抜こうとした格好のままである事に、だ。

 

 

 鯉口を切った軍刀を鞘へ納めて銜えたままの煙草を灰皿に揉み潰した後、やや姿勢を正す。

 

「…その紅茶は貴女の私物だったのか?」

 

「Yes!!その通りネ!!」

 

「…それは…大変申し訳ない事をした。旨い紅茶……ダージリンを飲むのは久々だった為、つい−−」

 

「−−Just a moment please」

 

「−−遠慮なく……?」

 

 待って欲しい、と請われ桂木は口を閉ざす。

 

「…今、なんて言いましたカ?」

 

「?…申し訳ない事をした、と」

 

「その後ネ!!」

 

「…旨い紅茶…ダージリンを飲むのは久々だった、と−−」

 

「Yes!! That's right!! Excellent!!」

 

 海兵を卒業した生粋の海軍軍人である桂木にとっては耳に馴染んだ英語。しかし一般人には“敵性言語"と認識が徹底され、用いるのは憚られている筈だ。

 

「嬉しいネ!!ちゃんと味を判ってくれて凄くhappyヨ!!」

 

 その女性は桂木の片手を自身の両手で包み込み、握手の要領でブンブンと激しく上下に降り始めた。

 

「…は、はぁ…」

 

 喜色満面の女性とは対照的に桂木は微妙な表情をしたまま、されるがままになっている。

 

「−−ちょっと早いけどTea timeネ!!少佐さん、ちょっと待っていてクダサイネー!!」

 

「…はぁ…」

 

 手を振り解いた女性は机上のティーポットを持ち去り、入室して来た時と同様に応接室を出て行った。

 

「…あ、あの…桂木少佐…?」

 

「…大丈夫だ。貴様は任務に集中せい」

 

「は、はっ!」

 

 やや呆然としながら桂木は外に控えている水兵へ応答すると腰掛けていた椅子へ戻った。

 

(…しかし…鎮守府に女性?…役所の事務員が用事でもあって来た−−のにしては妙だな。…第一、服もモンペではなかった…)

 

 灰皿へ手を伸ばし先程、揉み潰してシケモクとなった誉を取り、縮れてしまった巻紙(まきし)を伸ばした後、銜えて耐水マッチで火を点ける。

 

「……ふぅー……」

 

 紫煙を吐き出しつつ消火したマッチを灰皿へ放り込む。

 

 ジジッと刻まれた葉が鈍い音を立てて燃える。

 

 最後の一吸いを肺へ送り込み、鼻孔から吐き出すと灰皿へシケモクを押し潰す。

 

「…物足りんな…」

 

 一服を途中で止め、改めてそのシケモクを吸ったは良いが、やはり足りない。

 

 紙のパッケージから一本を引き抜き、口に銜えて先程仕舞ったばかりの耐水マッチを引き摺り出す。

 

 すっかり慣れた手付きでマッチの頭薬を側薬へ手前に擦り付けるパンッと音を立てて火が点いた。

 

 その火を銜えた煙草へ点け、手首を軽く振って消火した後、灰皿へ放り込む。

 

 細く紫煙を吐き出し、椅子へ深く腰掛ける。

 

 単調かつ身体に悪い単純作業を続けること約10分−−

 

「お待たせネ−♪」

 

 先程の女性が亜麻色の長髪を揺らしながら入室して来た。

 

 煙草を灰皿へ揉み潰した桂木が振り返れば彼女は笑顔を浮かべながらティーポットを乗せたトレイを持ち、長机へ歩み寄る。

 

 トレイを机上へ置き、手際良く新しく持参したカップへ紅茶を注いで桂木へ差し出す。

 

「召し上がれ♪」

 

「……では……」

 

 彼はカップを受け取り、縁へ口を付けて静かに啜る。

 

「−−…ほぉ……先程も旨かったが……更に旨い。何より香りの芳しさが違う…流石は“紅茶のシャンパン"…この場合は淹れた貴女の腕前か…」

 

「良かったネ♪私も御相伴させてもらうヨ♪」

 

 本当にティータイムを始める気だったのか彼女はちゃっかりと自身のティーカップも持参して来ていた。

 

 それへ茶漉しを使い、ポットからカップへ紅茶を注ぐ。

 

「−−あぁ…そういえば名乗っていなかったな…」

 

 桂木が気付きソーサーへカップを置くと紅茶を啜っている女性へ居住まいを正しながら視線を向ける。

 

「申し遅れた。私は桂木幸一少佐だ」

 

「Oh…御丁寧にThank youネ。私は金剛型一番艦金剛デース♪ヨロシクオネガイシマース♪」

 

 花が咲くような笑顔を浮かべ女性−−“金剛"が自己紹介をした。

 

 その瞬間−−応接室に流れる時間と桂木の表情が見事に固まる。

 

 たっぷり時間を開けて彼は返事をする為、口を開くが−−

 

「…………は?」

 

−−随分と気の抜けた声が喉の奥から出た。

 


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