発:海軍省 宛:トラック泊地鎮守府司令長官   作:戦闘工兵(元)

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「…それにしても短剣ではなく軍刀を佩くとは珍しいですね」

 

 先頭を行く竹田大尉が案内しつつ声だけを背後を付いて来る桂木へ向けた。

 

「…随分と前に血気盛んな陸軍の憲兵と殺り合ってな…」

 

「えっ!?」

 

「…冗談だ。まぁ…いざという時に短剣よりは軍刀の方が頼りになる。だからだ」

 

 冗談と言う割には随分と物騒な冗談だ。精悍な面構えと落ち着いた低い声を微塵も崩さず言い放てば“冗談"では済まないように思えてしまう。

 

「な、なる…ほど…」

 

 竹田大尉は言葉に詰まりながらも何とか納得した返答をする。

 

(じ、冗談?…いや…この人、絶対に軽く二、三名は斬り捨ててる気が…)

 

 海軍にも軍刀術(有名なのは海軍高山流抜刀術)があり桂木もしっかりとそれを修めている。

 実際、陸海軍を問わず剣道、柔道、銃剣術等々の武術は盛んであり、そこら辺に有段者がゴロゴロ転がっているのが普通なのだ。

 陸軍とは違い、桂木が佩刀している軍刀は儀礼的な意味合いが強いが軍刀は軍刀。扱いさえ、しっかりすれば人を斬殺出来る。

 

 桂木も剣の達人と言える男だ。海兵在学中に行われた剣道大会で何度も優勝している他、海軍内でも剣術の達人と名高い草鹿龍之介から直々の稽古を付けられている。

 

「−−もっとも白兵戦は未経験だがな」

 

「…は、はぁ…。……ですが…斬れるかどうか、と聞かれたら…?」

 

「斬れる、と答えるな。その為に佩いておる。まぁ…文明開けて何十年と経つのだ。役に立つか、と尋ねられれば……未知数と答えるしかない」

 

「そうですな。間合いへ入る前に撃たれてしまいます。−−どうぞ、こちらです」

 

「応」

 

 竹田が廊下で控えていた若い水兵が立っている扉の前で立ち止まり、水兵がそれを開けると桂木へ入室を促した。

 

 応接室の床には絨毯が敷かれ、中央に長机が鎮座し、その横にはいくつもの椅子が整然と並べられている。

 

 おそらく応接室の他に会議室としての用途もあるのだろう。

 

「お掛けになって下さい」

 

 室内で控えていた一人の水兵へ竹田大尉が目配せした。その水兵は椅子のひとつを引いて桂木が腰掛け易いようにする。

 

 軍帽を脱ぎ、手袋を外した彼が引かれた椅子へ着席しようとする瞬間、水兵が静かに椅子の背を押して桂木がしっかりと収まるよう気を配る。

 

 教育されているな、と彼は心中で満足しつつ軍帽と手袋を机上へ置く。

 

 向かい側に座る竹田大尉も、もう一人の水兵の補助で椅子へ腰掛け、脱いだ軍帽を机上へ置いた。

 

「お飲み物は紅茶で宜しいでしょうか?」

 

「構わん」

 

 個人的にはコーヒーが良いが、と桂木は思うが相手の好意を無下にするのも憚られた。

 

 扉がノックされる。その前に控えていた水兵が扉を開けるとトレイの上に海軍の備品である事を示す錨のマークが入ったティーポットやカップ等を乗せた給仕の水兵が現れる。

 

「−−失礼致します」

 

 綺麗な立礼を済ませ、給仕の水兵は長机へ近付くとカップへ気持ちの良い湯気と芳香が立ち上る紅茶を注ぎ、ソーサーへ乗せて差し出す。

 しっかりカップの取っ手は左側へ来るようにしてだ。

 

「−−どうぞ。砂糖は…」

 

「いや、要らん。このまま頂こう」

 

「はっ畏まりました。…どうぞ竹田大尉」

 

「応」

 

 桂木が差し出されたカップの取っ手を回して利き手の右手で摘まみ上げるのと時を同じくして向かいに座る竹田大尉もカップへ手を付けた。

 差し出された紅茶は熱い内に口を付けるのがマナーである。

 ちなみに飲む際、逆の手を添えるのはマナー違反であると同時に「不味い茶を出しおって気に食わん」という意思表示と取られる。

 

 カップの縁へ口を付け、静かに一口啜る。

 

「−−…ほぅ…旨い。…ダージリンだな…」

 

 感嘆の声を上げたのは桂木だ。

 

(カップもしっかり暖めている…中々だ)

 

 感心しながら、もう一口啜った後、桂木はソーサーへカップを静かに置く。

 

「……どうした?」

 

 何故か向かいの席に座る竹田大尉。そして給仕の水兵の顔色が優れない。

 例えるなら「しまった」や「やってしまった」という感じだ。

 

「は!?…あ、あぁ…いえ…なんでもありません…はははっ…」

 

 空元気な笑いとも愛想笑いとも付かないそれを顔へ浮かべながら竹田大尉は紅茶を一口啜ると、それだけでソーサーへカップを置いた。

 

「…そこの一水。貴様、顔色が悪いぞ。体調が優れんのなら退室して休め。良いか竹田大尉?」

 

「は、はっ。…熊谷、退室して構わんぞ」

 

「はっ!失礼します!」

 

 唐突に顔色が優れなくなった水兵が二人へ立礼を済ませ、退室した。

 

 残ったのは桂木に竹田、そして室内で控えている水兵が二名だ。

 

「…ところで桂木少佐。本日は御挨拶に参られたと仰いましたが……もしや本土の海軍省からの命令書を…?」

 

「いや…そういう訳ではない。そもそも俺は海軍省の勤めではないからな。所属は第二艦隊(2F)の大和……だったが正しいか…」

 

「……2F…大和…?」

 

 表情を暗くする桂木とは対照的に竹田は首を傾げる。

 

「…失礼ですが桂木少佐。…何を仰っておられるのか判りかねます」

 

「む?…あぁ…そうか…伝わっておらんのも無理はないか。…去る3月26日、天一号作戦が発動され、大和以下の第二艦隊(2F)は沖縄を目指して出撃した。…済まないが戦闘詳報を軍令部へ送りたい。用意を願えるか?」

 

「……………」

 

 スラスラと自身が体験した事を述べる桂木に対して竹田や控えている水兵達は可笑しなモノを見るような視線を彼へ向けている。

 

「…桂木少佐…確認したい事があります。先程、所属は大和“だった"と申されましたが…事実でしょうか?つまり…沈んだ、という事で…?」

 

「……応」

 

「……ふむ……」

 

 竹田大尉は一度、置いたカップを取り、紅茶を啜る。

 

 その後、30秒ほど黙考していたが唐突に顔を上げ、控えていた水兵へ視線を向ける。

 

「海軍省へ宛て、電文を打て。“大和ノ所在ヲ報セ"。以上。復唱要らん。至急打て」

 

「了解致しました!!」

 

 命令を受けた水兵が敬礼を済ませ、足早に応接室を出て行く。

 

「…大丈夫なのか?解読され−−……あぁ…沈んだ事は敵も知っているか…」

 

 なにせ其の敵機動艦隊から発艦した攻撃隊によって沈められたのだ。敵にとって周知の事実を解読された所で問題はない。

 

(……悔しいが…その通りか)

 

 歯を食い縛りつつ黙考する桂木へ向かいの竹田が声を掛ける。

 

「桂木少佐。申し訳ありませんが…貴官の身上を確認させて頂きたく存じます。詳細を海軍省へ送り、事実確認を取りますので御協力を」

 


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