発:海軍省 宛:トラック泊地鎮守府司令長官   作:戦闘工兵(元)

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最近知ったのですがアーケードの艦これでは戦闘前に合戦用意のラッパが鳴るとか……めっちゃ感動した私です。

尚、本日8月1日は私と同じく宮城県出身(正確には出生は朝鮮)の菅野直海軍大尉が消息不明となった日。


33

「ーー食事中に失礼する」

 

 一言断った桂木が艦娘待機室へ容姿端麗な従兵を伴って入室する。

 

 室内では金剛を筆頭とした艦娘達が椅子に腰掛け、竹皮で包まれた握り飯を各自が頬張っていた。

 

「ーーOh!テートクぅ!」

 

 彼の入室を認めた金剛が桂木へ笑い掛けた。

 

 それに軽く手を挙げて応えた桂木が改めて室内の艦娘達を見渡す。

 

「そのまま聞いてくれ。先程の対空戦闘用意の下達は聞こえていたと思うが…とうとう我が艦隊の位置が敵に知られた。艦娘諸艦(諸君)は直ちに出撃。第一戦隊 金剛、大和、赤城、加賀、雷、電は当初の計画通り、別艦隊より出撃する戦隊と共にハワイへ進出。偵察を兼ねつつ攻撃隊が撃ち漏らした残敵の掃討にあたれ。状況が不利な場合は直ちに退き、艦隊と合流するように」

 

「了解ネ」

 

「了解致しました」

 

 異存が無いことを改めて確認した桂木が更に続ける。

 

「第二戦隊は艦隊の防空を同じく別艦隊の艦娘と協同して実施しつつハワイへ進出。翔鶴、榛名、妙高、摩耶、秋月、響は宜しくお願いする」

 

「畏まりました」

 

「第三戦隊 高雄、由良、吹雪、時雨、暁も同じく他より出撃する艦娘と協同し、後方の船団の護衛をお願いするーー質問?」

 

 質問の有無を尋ねた桂木が室内を見渡すーー誰も挙手はしなかった。

 

「では現刻より20分後に艦尾の出撃用射出機ないし適宜による着水で出撃。対深海棲艦戦闘を開始せよ。…月並みな訓示ではあるが各艦の武運を祈ると同時に敢闘を期待する。以上だ」

 

 他の鎮守府から一時的に彼が預かる事となった艦娘達へも下達と訓示を済ませた桂木が身を翻す。

 

 その時だ。

 

「ーーHey テートク」

 

 すっかり聞き慣れた声が彼の耳を打った。

 

 首だけを捻り、肩越しに声を発した金剛へ視線を向ける。

 

 すると彼女が席から立ち上がり扉の前で立ち止まった桂木へ歩み寄りーー五銭と十銭の両硬貨を赤い紐で結んだそれを金剛が自身の両手の掌へ乗せて彼へ見せる。

 

「ーーどうか武運長久を」

 

「…死線(四銭)苦戦(九銭)を越えるように、か。…有り難く受け取らせて頂く」

 

 たかが民間伝承に過ぎない程度のそれを桂木は素直に右手を差し伸べて受け取ろうとしたーー

 

「ーーJust a moment please」

 

 待って欲しいと請われた桂木が差し伸べようとした右手を止める。

 

「屈んで欲しいネ」

 

 首を傾げつつ彼は素直に膝を折って身体をやや屈めた。すると両硬貨が赤い紐で結ばれたそれが首飾りの如く金剛の手によって桂木の首へと下げられる。

 

 擦れ合う硬貨同士が微かにチャリと音を鳴らす。

 

 姿勢を正して改めて眼前の金剛を見下ろすーー立ち上がった瞬間、大和が見えたが彼女の頬が少しばかり膨らんでいたのは目の錯覚だろう、と結論付ける。

 

「ーーありがとう。最高の弾避けだ」

 

 礼を述べた桂木が微笑むーーそして今度こそ待機室を後にした。

 

 

 

 

「ーー新聞で写真は見たけど…やっぱし若いな。大丈夫なのか?」

 

「摩耶?」

 

「チッ…わーったよ」

 

 桂木が退室した直後、重巡の艦娘である摩耶が悪態ーーにしては懸念が多分に含まれたそれを口にした。

 

 すかさず彼女の姉である高雄が軽く諌めるかの如く摩耶の名を呼べば渋々と謝罪する。

 

「ーー赤城先輩」

 

「なにかしら翔鶴さん?」

 

「その…決して桂木提督を侮っている訳ではないのですが……その……やはり…この職に着任するには…その…言いにくいのですが…お年が…」

 

 茶を啜っていた湯呑を机上へ置いた赤城が自身の対面の席に腰掛ける翔鶴へ視線を向ける。

 

「ーー確かに提督は他の司令長官に比べれば一回りも二回りも若いです。お年を召していないという事はーーいわば経験が足りないという事にも繋がります」

 

「…Hey hey 赤城…それは聞き捨てならないヨ?」

 

 桂木への不信とも取れる言葉を聞いた金剛が赤城へ詰め寄ろうとする。

 

 穏やかではない剣呑な雰囲気を醸し出す彼女へ微笑みつつ赤城は手を軽く挙げて金剛を制した。

 

「確かに…私達の提督はお若いです。故に経験は年相応ーーだと思いますか?」

 

「?」

 

 赤城からの問いに怒気を収めた金剛や傍観していた面々が小首を傾げる。

 

「私はそうは思いません。第一、年齢と経験値は決して比例するモノではないでしょう。例えばーー桂木提督は他の同年代の士官と比べて如何ですか?何処か軍人として劣っている点がありますか?ーー違うでしょう?加えて言えば……提督は…そうですね…“私達”と近しい存在でしょう。山本大臣、山口次官、南雲長官、井上局長にも言える事ですが“あの戦争”の記憶を持っている…私達がどのような最期を迎えたのかを知っています。そして桂木提督はそれこそ最期の瞬間までーーあぁ…申し訳ありません。話が脱線しましたね」

 

 一度、口を噤んだ赤城が改めて口を開く。

 

「ーー結局の所、経験なんて積み重ねれば良いだけなのです。ですから何処の誰かに提督が年の若さで侮られたら「応。それがどうした?」とでも返せば済んでしまう話です」

 

 赤城が桂木の声音を真似ーーそれでも声は高いがーーて口にすれば金剛や皆が苦笑を始める。

 

「ーー赤城。今、テートクのVoiceを真似したノ?」

 

「……ちょっとだけ。似てませんでしたか?」

 

 

 

 

 

 

 艦橋の最上部に近い箇所に防空指揮所はあった。

 

 見張員達が大型双眼鏡に取り付き、遥か先の海面や空を隈無く観察し、敵影の発見に努めている。海風が顔面を容赦なく叩く中、彼等は一心不乱といった様子で警戒を続けていた。

 

「ーー艦長、臨場!」

 

 見張長の声を聞いた各員が一旦双眼鏡から離れ、防空指揮所に上がった艦長に対して正対しつつ姿勢を正す。

 

 見れば艦長は防弾チョッキはおろか鉄兜すらも身に付けていなかった。

 

 防空指揮所は敵機を目視でいち早く発見する為に当然ながら露天だ。

 

 戦闘中は投弾される爆弾や海面を切り裂く魚雷の雷跡を発見し、これを回避する為に艦長がここで操艦の指示を下すのは珍しくない。

 

 しかし身を護る為の鉄兜すら被っていない。被っているのは戦闘帽のみという格好だ。

 

 艦長へ各々が敬礼し、彼が軽く答礼を済ませると各見張員が設けられた大型双眼鏡に再び取り付く。

 

「ーー眼を皿にして良く見張れ!爆弾や魚雷の投弾を発見次第、直ちに俺に報せろ!全弾躱してやる!!」

 

『ーー応っ!!』

 

 防空指揮所にいる者達全員が意気軒昂と返事をした。

 

 その時ーー防空指揮所へ文字通り駆け上がって来たのは桂木へ付けられた従兵の若い水兵長だ。

 

 彼は息を切らしながら慌てた様子で敬礼もそこそこに艦長へ報告する。

 

「ーー長官がお越しになります!」

 

 彼の報告に前原艦長が仰天し、大型双眼鏡の接眼レンズへ眼を近付けていた見張員達も思わず瞠目する。

 

「ーー艦長、失礼するぞ」

 

 防空指揮所へ現れた桂木はーー先に上がっていた艦長の格好と変わらない。彼も鉄兜すら身に付けず、被っているのは戦闘帽のみという有り様だ。

 

 慌てた様子で見張員全員が桂木へ正対し、彼の格好に気付いた彼等が驚いて零れ落ちんばかりに眼を剥く。

 

 艦隊の頂点に君臨する指揮官の登場に前原艦長以下が一斉に敬礼した。

 

 それに答礼を済ませた桂木が艦長の隣へ歩み寄りつつ見張員達へ見張りに戻るよう告げる。

 

「ーー長官がお越しになられるとは思いませんでした」

 

「邪魔か?」

 

 拳ひとつ分ほど背の低い艦長を横目に見下ろしつつ桂木が尋ねると彼は苦笑を零す。

 

「例えそう思っていても口が裂けても申せません」

 

「少しばかり意地が悪かったか。…まぁ…邪険にされんだけ有り難い。俺は艦長や参謀長達に比べれば遥かに若造だ。こんな若造に命を預けるのは不安しかなかろう」

 

「そのような事はーー」

 

「まぁ最後まで聞いてくれ。先程の言葉通り、俺は若造だ。そんな若造が皆の範となり、命を預けるに能う者と信じてもらう為には努力せねばならんだろう。有り難い事に我が海軍の伝統は指揮官先頭だ」

 

「故に矢面に立たれる、と?」

 

「応。俺のような若造の司令長官は身体と命を張るしかなかろう。というより口だけ達者な者と自ら行動する者……どちらを長と仰ぎたい?無論、状況にもよるだろうがな」

 

 戦闘帽をあみだに被った桂木が首から下げた双眼鏡を取って周囲の海面や上空の警戒を始める。

 

 特段、気負った様子のない桂木を見て艦長が心中で嗚呼と感嘆した。

 

 この方は本心から平然と命を張っている。

 

 もし若造の司令長官、等と揶揄する者が自身の眼前に現れたら、では同じ事をやってみろ、と詰ってやりたい衝動に艦長は駆られた。

 

「人間はいずれ死ぬ。軍人ならばそれは殊更に覚悟して然るべきだ。…幾多の死線や苦戦も経験してきた。命の価値なんてモノを題目に討論する気は更々ない。ないが…そうだな…」

 

 双眼鏡を再び下げた桂木がポケットから取り出した煙草を火を点けずに銜える。

 

「ーー皇紀二千六百年を越える国に生まれた男児ならば、軍人として忠を尽くすと一度でも誓った者ならば、そして作戦の成功を期待されているのが俺達ならばーー此処が、此処こそが命を張るに相応しい場面と血潮が滾らん訳がない。そう思わんか?」

 

 銜え煙草のまま桂木はニイッと口角を吊り上げて笑ってみせた。

 

 それに釣られて艦長が、そして会話を聞いていた者達も一斉に口角を吊り上げる。

 

「ーー長官、仰ること一々ご尤も。なにより男として年若い彼女達だけを働かせる訳には参りません」

 

「応、気が合うな艦長。加えて言えば俺は砲術士官(鉄砲屋)だ。敵味方の砲弾が飛び交い、敵と命の遣り取りをするとなれば特等席にいなければ気が済まん」

 

「おや、それは私のような水雷屋も同じですよ」

 

「ほぉう……領分となる畑は違うが性分は同じだったか。失礼した」

 

「いえいえ、お気になさらず。ーーどうぞ」

 

 艦長がポケットから取り出したマッチを擦り、その火が風に煽られて消えぬよう手で覆いつつ桂木へ差し出した。

 

 差し出されたそれで煙草へ火を点けた桂木が紫煙を燻らせる。

 

 次いで艦長も自身の煙草を銜えて火を点けた。

 

 紫煙を唇の端から吐き出した桂木の視線の先ーー右艦首側の海面に出撃した金剛達の姿がある。

 

「ーー出撃は間に合ったな」

 

「そのようですねーーそろそろでしょうか?」

 

「あぁ、そろそろだろう」

 

 互いに煙草を燻らせる桂木と艦長が世間話でもするかの如く気楽に言葉を交わしていた時ーー大型双眼鏡に取り付いていた一人の見張員が吠える。

 

「ーー左30度!距離5万!高度2千!敵攻撃隊視認!!真っ直ぐ突っ込んで来る!!」

 

 来たか、と前原艦長が自身も双眼鏡で接近する敵攻撃隊を認めた後、煙草を燻らせたまま羅針盤の横に付いている伝声管を引っ掴む。

 

「ーー対空戦闘!!戦闘配置に就けッ!!」

 

 

 




艦これじゃないけどーーゴールデンカムイがアニメ化だと?

HAHAHA…いやいやそんなまさかーーマ ジ か

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