発:海軍省 宛:トラック泊地鎮守府司令長官   作:戦闘工兵(元)

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大和のヒロイン感が凄いと書き終わってから気付くーーけどヒロインとなるかは分からない。

◆どうでも良い帝国海軍講座 敬礼編◆

問題:トラック泊地鎮守府にて藤村中尉が長官室へ書類を持って来ました。室内には桂木長官と竹田技術大尉がいました。誰に向かって敬礼する?

答え:まず最上級者である桂木長官に注目して敬礼(室内なので会釈)。その後に竹田技術大尉へも敬礼します。

問題:陸戦隊の柳瀬一水が鎮守府庁舎の中へ入ろうと玄関に近付くと桂木長官と秘書艦の金剛が話をしながら出て来ました。どう敬礼する?

答えは後書きにて


28

「ーー猪口艦長からは懇切丁寧に専門的な砲術を教えて頂きましたよ。私も砲術士官(鉄砲屋)ですが流石は海軍で一、二位を争う権威だと舌を巻きました。有賀艦長は酷い水虫でいつも痒そうにしておられたなぁ…お気の毒に。あぁ…有賀艦長と言えば海兵同期の森下参謀長ですね。失礼千万ですが思わず参謀長を艦長と呼びそうになった事もあった… 私だけでなく他の者もそうだったのですがね。おっと…御二人の海兵同期で古村司令を忘れてはならないなーーおや…降って来たな」

 

 会議室でかつての上官達を話題にしていた桂木が外の異変に気付いた。

 

 先程までは晴天だったのが急に土砂降りの雨となっている。ここトラックでは特段珍しくもないスコールだ。

 

 おそらく泊地に停泊中の艦では「スコール浴び方用意」の号令が下達され、下士官、水兵達が最上甲板でせっせと身体を洗っている事だろう。

 

「…ふふっ」

 

 スコールが降り続く外の景色を見た桂木が銜え煙草のまま微かに笑った。

 

「どうかなさったのですか?」

 

 彼の傍らの椅子に腰掛けている大和が小首を傾げる。

 

「あぁ…いや。艦がトラックに停泊している時、スコールが降る度に下士官や水兵達と混じって身体を洗っていたな、と思い出しまして」

 

「…あれ?士官はお風呂に毎日入れるんじゃなかったのーーですか?」

 

 瑞鶴が少々不遜な物言いをしてしまいそうな気配を察した翔鶴が隣に座る妹の脇腹を肘で小突き修正を促した。

 

 寸前で気付いた彼女が語尾を言い繕うと桂木は瑞鶴へ視線を向ける。

 

「畏まらずにざっくばらんで構いませんよ。…そうなのですが、たまには好きなだけ水を使いたかったもので。下士官、兵と裸の付き合いをしてみるのも悪くはないですしね」

 

 そう話す桂木だが、彼はこの話題を持ち出す度に思い出す事がある。

 

 彼は石鹸と手拭いを使って全身を洗うのだがーー当然ながら素っ裸だ。

 

 スコールという奴は気紛れで丸一日続く事もあれば、2分も経たずに降り止む事もある。

 

 スコールが降っている内が勝負なのでスコール浴び方の際は出来るだけ身体を満遍なく洗い、かつ出来るだけ素早く終わらせるのが肝心だ。

 

 にも拘らず、桂木の対面でスコールを浴びている者達は彼の股座を見て硬直してしまうのが常であった。降り止むまで泡を完全に洗い落とす事が出来なかった者も出る程である。

 

 彼はそれが不思議でならなかったーー男特有のモノは確り付いているのだから硬直する必要はないだろうと思っていた。

 

 現在となっても不思議だ、と桂木は内心で小首を傾げる。

 

「ーー今日は長く降りそうだな」

 

「お分かりになるのですか?」

 

「…勘ですがね。おそらく一、二時間ほどは降り続くでしょう」

 

 翔鶴が尋ねれば桂木は肩を竦めて見せると灰皿へ煙草の灰を叩き落とす。

 

 桂木が煙草を銜えようとした時、唐突に会議室の扉が開け放たれる。

 

「ーーおい桂木。外の喫煙所、もう少しなんとかならんかったのか?」

 

 入室して来たのは南雲大将だ。その背後から山口中将が苦笑を浮かべつつ続く。二人とも纏っている純白の二種軍装が鼠色となっている。

 

 その格好を見た桂木は指先の煙草を素早く机上の灰皿へ押し潰し、椅子から立ち上がると足早に彼等へ歩み寄った。

 

「正面玄関に応接用の長椅子と灰皿があったのですが……もしや、お外で?」

 

「応。防諜の為に外で一服がてら作戦細部の事を話しておったら雨に降られたーーありがとう加賀」

 

「いやいや参った参った。ーーあぁ悪いね飛龍」

 

「もうっ!多聞丸も若くないんだからね。風邪引いちゃったらどうするの」

 

 南雲と山口に加賀と飛龍が近付き、双方がポケットから取り出したハンカチを手渡す。

 

 飛龍に至っては頬を膨らませつつ軽い説教を始める始末だ。

 

 その光景が桂木には娘に怒られる父親、というモノに映ってしまい内心で苦笑を零す。

 

「…外の喫煙所には天蓋でも付けて是正致します。それより御二人ともお着替えをーー」

 

「そうしたいのは山々なのだがな、着替えの軍服は艦の居室の中だ」

 

「まぁ…幸いな事に会議は明日の朝だ。桂木、済まんが浴衣でもなんでも良いから乾くまで着替えを用意してくれんか?」

 

「はっ、お待ち下さい。主計へ伝えて参ります」

 

 

 

 

 

「ーー…作戦前で主計や貴様も地獄の如き忙しさだろうに申し訳ないな」

 

「いえ。心ばかりのお持て成ししか出来ませんが、どうぞ航海のお疲れを癒して下さい」

 

 鎮守府庁舎の横に建てられている来客用の宿舎へ二人を案内した桂木は南雲に割り振られた居室の中で彼に微笑んだ。

 

 一時間ほど前に降り始めたスコールは未だ降り止む気配はない。

 

 おそらくこれは長引くと彼は判断し浴衣へ着替えた将官達に今夜は鎮守府に宿泊する事を勧めた。

 

 親補職就任の祝いの席に参加してくれた礼を二人へ返したい桂木がその旨を伝えると彼等は最初こそ渋ったものの最終的には了承したのだ。

 

 清潔なシーツがピンと張られたベッドに南雲は腰掛けつつ部屋を用意してくれた事を感謝する為、桂木に改めて頭を下げる。

 

「忙しいのにも関わらず済まないな。それと重ね重ね済まないのだが長門達にも部屋を宛がってもらえないだろうか」

 

「既に艦娘宿舎にて居室を割り当てております。ご心配には及びません」

 

「そうか。済まんな」

 

「とんでもございません。御用命があれば待機している歩哨へなんなりとお申し付け下さい。では御夕食まで、ごゆっくりなさって下さい」

 

 退室間際、南雲と敬礼と答礼の交換を済ませた桂木は廊下へ出ると軍帽を被りつつ扉の前で待機していた陸戦隊の下士官に視線を向ける。

 

「ーー頼むぞ」

 

「はっ」

 

 小銃を携えた下士官とも敬礼、答礼を済ませた桂木が廊下を歩き出す。

 

 直ぐ隣の居室は山口が使用している。

 

 桂木の姿を認めた陸戦隊の水兵が捧げ銃の銃礼を行い、桂木も挙手敬礼で答えた。

 

「ーー後は頼む」

 

「はっ!」

 

 再びの銃礼に対して桂木も答え、宿舎と鎮守府庁舎を繋ぐ渡り廊下へ向かい歩を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーー…ふぅ……」

 

 二種軍装の上衣を脱いだ桂木が机上の書類や資料から視線を外し、椅子の背凭れへ体重を預けると指先で目頭を揉み解す。

 

 少し身軽になろうと思い至った彼は襦袢の袖口を留めていたカフスボタン、袖の長さを調節していたアームガーターを外して捲り上げる。ついでとばかりに付け襟も外せば幾分か気楽となり安堵にも似た溜め息を吐いた。

 

 長官室の壁掛け時計の針は間も無く日付が変わる時刻が間近である事を告げている。

 

 明日は朝から作戦の打ち合わせの為に参加する艦隊の参謀長や参謀、各戦隊司令達、等々が一同に会する。

 

 桂木は会議参加を前にして主な高級士官達の官姓名、作戦参加する艦艇や艦娘、想定される航路や天候等の多岐に渡る情報へ眼を通さなければならなかった。

 

 加えて停泊中の艦隊へ行った補給実施に関する報告書、弾薬庫より搬出された弾薬の総計の報告書等の書類へも確認の署名捺印をする必要があり、彼は多忙の渦中にある。

 

 一休みしようと桂木は立ち上がり、机上の隅へ置いていた煙草を銜え、マッチを擦り火を点けた。

 

 煙草とマッチをポケットへ押し込み、銜え煙草のまま鼻歌で江田島健児の歌を口ずさむ彼は窓へ歩み寄るとそれを開け放つ。

 

 スコールが止んだ夜空には幾千もの星々が光輝き、戦時下である事を一瞬でも忘れさせてくれた。

 

(ーー最後に天測をやったのはいつだったかな)

 

 マッチの燃え止しを窓際に置いている灰皿へ放り込んだ彼は夜空を見上げた。星々を眺めていると江田島で励んでいた頃や少尉候補生の頃を否応なく彼は思い出してしまう。

 

 夜空へ向かい桂木は無粋にも吸い込んだ紫煙を盛大に吐き出した。

 

 だが無粋な輩を天が放っておく筈がない。

 

 その行為がなされた刹那に一陣の向かい風が吹き、彼の顔面へ紫煙が戻って来た。

 

 僅かに桂木が顔をしかめる。

 

 多忙を極めているお陰か彼は些事にも関わらず幾分か腹が立ってしまう。

 

 それに気付いた桂木が、これはいかん、と自省しつつ紫煙を吸い込んで精神の安定に努める。

 

 ニコチンの摂取で脳髄への心地好い痺れを感じながら口ずさむ鼻歌がクライマックスに差し掛かるーーその時、長官室の扉が静かにノックされた。

 

「ーー…ふ…ん…?…応」

 

 消灯の時刻はとうに過ぎている上、緊急の用件であればノックの音はもっと慌ただしいモノである筈だ。

 

 内心で小首を傾げつつ桂木が入室の許可を告げると静かに扉が開けられる。

 

「……失礼します」

 

「…こんな格好で申し上げるのも失礼ですが、消灯の時刻は過ぎていますよ」

 

 煙草を吹かしつつ彼は入室してきた者ーー大和へ苦言を呈した。

 

 その苦言を聞いた彼女は眼を伏せて頭を下げる。

 

「申し訳ありません……その……眠れなくて……」

 

 桜色の浴衣を着た大和が謝罪と申し訳程度の釈明を口にした。

 

 溜め息を吐き出した彼は溜まった灰を灰皿へ叩き落とし、大和へ声を掛ける。

 

「ーーお掛けになってお待ち下さい」

 

「…はい…」

 

 おずおずと頭を上げた彼女が応接用のソファへ静かに腰掛ける。

 

 大和の姿を視界の端へ収める桂木は紫煙を胸へ送り込み、それを吐き出す。

 

 顔に陰が差す彼女の姿は数多くの若手士官や下士官、水兵達と付き合って来た桂木にとって見覚えがありすぎた。彼は横目で大和を伺いつつ声を掛ける。

 

「ーー不安、ですか?」

 

 桂木の視界の端で大和の肩が跳ねた。

 

 それを見た彼は更に続ける。

 

「ーー私もです」

 

 え、と大和が弾かれたように桂木へ視線を向けた。

 

「作戦細部は不明ですが一個艦隊を任せられるとの事を夕食時に山口総長から伺いました。…現在でこそ私は鎮守府司令長官、艦隊司令長官などという大層な肩書ですが所詮は一介の砲術士官(鉄砲屋)でしかありません。海大を出ていない上に参謀や艦長、戦隊司令すら経験していないのです。…正直に白状すれば…不安しかない」

 

 不安を覚えているのは貴女だけではない、と桂木は暗に告げる。

 

 素直な心中を吐露した彼は再び煙草の紫煙を吐き出す。

 

「…とてもそうは見えません」

 

「上に立つ者が不安を表に出せば下の者達にも伝染します」

 

 桂木がにべも無く大和へ返すが、彼は直ぐに苦笑を浮かべつつ彼女へ顔を向ける。

 

「ーーとはいえ愛想もない仏頂面が多いのでなんと思われていたかは分かりかねますが」

 

 彼なりの冗談はそれなりに受けたのか大和が微かに頬を緩ませた。

 

 桂木は短くなった煙草を灰皿へ押し潰し、換気の為に窓を開けたまま大和が腰掛けるソファの対面のそれへ腰を下ろす。

 

「ーーまだお仕事を?」

 

「えぇ。まぁ明日のーー」

 

 桂木が続きを口にしようとした時、壁掛け時計が日付が変わった事を告げた。

 

「ーー訂正します。本日の軍艦旗掲揚後から打ち合わせがあるので、それまでに色々と眼を通しておかねばならないモノが多いので…」

 

「…お忙しいのに申し訳ありません…」

 

「構いませんよーー消灯後に出歩くのは誉められた行動ではありませんが…貴女は私の隷下にある艦娘ではないので注意だけして不問とします」

 

 桂木は腰掛けたばかりのソファから立ち上がり、長官室の片隅にある茶器棚へ歩み寄る。

 

 茶器棚の中にある茶櫃から急須と二つの湯呑みを取り出し、それらを卓上魔法瓶のお湯で軽く濯ぐ。建水へお湯を捨てると急須へ茶葉を適量入れて新しいお湯を注いだ。

 

「ーー不問とする代わりに少し茶に付き合って下さい。眠気覚ましにはちょうどいいので」

 

 蒸した急須から二つの湯呑みへ均等に茶を注ぐと内のひとつを茶托へ乗せる。

 

 再びソファへ歩み寄り、大和の眼前へと静かに茶托に乗せられた湯呑を置く。

 

「ーーどうぞ」

 

「あ、ありがとうございます…頂きます」

 

 心底恐縮そうに彼女が桂木へ頭を下げる中、彼は座っていたソファに腰掛けつつ机上へ湯呑みを置いた。

 

 彼女がゆっくりと茶を啜ったのを見届けた桂木も湯呑みを取って一口啜るーー我ながら美味く淹れられた、と彼は満足する。

 

「ーー美味しい…」

 

「それは良かった」

 

 長官室へ入室して以来、一番の微笑みを大和が浮かべた事に桂木は更に満足した。

 

 茶を啜っていると大和が何かを尋ねたいのか桂木へ視線を向けている。それに気付いた彼は視線で促した。

 

「あの…今夜はお休みにはならないのですか?」

 

「…いえ。夜明け前に仮眠を取ります。頭が良く回らない状態で会議に参加する訳には参りませんからな」

 

 何気なく顎へ手を遣るとザラリとした無精髭の感触を捉える。

 

 髭もしっかり剃らねば、と桂木は打ち合わせ前の身嗜みを整える時間を心持ち多く取る事にした。

 

「…桂木中将…あの…お尋ねしても宜しいでしょうか?」

 

「なんでしょう?」

 

 大和が湯呑みを両手で包みながら彼へ問い掛けて来る。

 

「敵である深海棲艦を…どのように思いますか?」

 

「ふむ…」

 

 彼女の質問を受けた桂木は無精髭が伸びた顎を擦りつつ考え込む。

 

 彼は湯呑みを机上へ置くと立ち上がり、ポケットから煙草とマッチを引き摺り出して一本を銜え、火を点ける。

 

 点けたマッチを手首を振って消火しつつ再び窓際へ歩み寄ると燃え止しを灰皿に放り込んだ。

 

「…率直に申し上げれば…“良く分からない相手”としか答えられません」

 

「“良く分からない相手”ですか?」

 

 桂木は首肯しつつ紫煙を外へ向けて吐き出す。

 

「大和さんは大東亜戦争における我が国の戦争目的は御存知ですか?」

 

「え?…は、はい。要点だけ言えば、経済の安定、自存自衛、アジア諸民族の欧米列強の植民地からの解放、でしょうか」

 

「まぁそうですね。プロイセンのクラウゼヴィッツ将軍は著書の戦争論において、戦争とは他の手段をもってする政治の継続である、としています。つまり戦争とは外交におけるひとつの手段とも言える」

 

「はい」

 

「例えるならば…店で商品を値切りをする客と定価の売値で捌きたい店主との攻防でしょうか。客側は“この魚は鮮度が少し悪い。もう少しまけろ”と言い、店主は“今朝仕入れたばかりで鮮度は落ちていない”と言い合う。少しでも出費を抑えたい側と少しでも売り上げを稼ぎたい側の攻防です」

 

「ふふっ」

 

 とても庶民的な話になった、と大和は声に出して笑った。

 

「双方とも譲れぬ目的があり、戦争という状態へと発展する。ーーならば、深海棲艦と我々が呼称する武装勢力の“戦争目的”とは?」

 

「…それは…」

 

「宣戦布告はなく、一方的な攻撃による開戦、そして目指すべき目的の表明もなければ正体の開示もなし。…故に“良く分からない相手”と申し上げました」

 

 桂木が煙草の紫煙を吐き出しつつ一息に言い切った。

 

 溜まった灰を灰皿へ叩き落とすと大和へ視線を遣る。

 

「山本大臣や南雲長官、山口総長の言葉を借りてしまいますが…私もそれ以外に例えるべき言葉は見付かりませんでした」

 

「いえ…」

 

「…遣りにくい戦だ……本当に。向こうはどのような手段で意思疎通をしているのかさえ分からない。記録を見ても無線等の手段で交信はしていない。暗号をもって交信をしているのならば、それを解読して企図を挫く事も可能であるのに傍受すら出来ない……相手の行動になんらかの法則性さえあれば…いやそれよりもーー」

 

 桂木は指に挟んだ煙草を銜えつつ、ブツブツと独り言ちる。

 

 それを見ていた大和が心配になりソファから立ち上がると彼へ歩み寄った。

 

「ーー桂木中将?」

 

「ーーだが、その場合は投機的な運用となってしまう…戦力を徒に喪失させる愚は……いやそれでもーー」

 

 傍らまで歩み寄り彼へ声を掛けるが桂木は独り言を止める気配すらない。思考の海に溺れているようだった。

 

 声を掛けるだけでは無意味と判断した大和は彼の肩を軽く叩くーーすると気付いた桂木がハッと彼女を見下ろした。

 

「ーー煙草」

 

「ーーは?」

 

「煙草…だいぶ短くなっていますよ?」

 

 大和に指摘されて初めて熱さに気付いた桂木は根本近くまで燃え尽き、短くなった煙草を慌てて灰皿へ押し潰す。

 

「やはりお疲れなのでは…?」

 

「見苦しい所をお見せしました」

 

 苦笑しつつ桂木が新しい煙草を銜え、マッチを擦ろうとした時ーー銜えたばかりのそれが唇から消えた。

 

 ん?、と彼が滑稽な声を上げると傍らから駄目です、という高い声が桂木の耳を打つ。

 

 大和へ視線を向けると彼女の手には桂木が銜えていた煙草がある。

 

 何をする、という恨めしい視線を送るが彼女は眉尻を下げつつ桂木を見上げると形の良い唇を開ける。

 

「作戦の前です…少しでもお休みになって御自愛下さい」

 

「ーーー」

 

 とどめとばかりに慈愛溢れる言葉を投げ掛けられてしまえば桂木も大人しくマッチをポケットへ押し込む他なかった。

 

「…そう…ですね。少しだけ仮眠を取る事にします」

 

「それが宜しいかと思います」

 

 目頭を揉む桂木へ彼女は首肯する。彼女の目から見ても桂木の様子は疲労しているように思えてならなかった。

 

「…横になって眼を閉じるだけでも随分と楽になると思いますよ?」

 

「えぇ、そうするとします」

 

 再びソファへ戻った桂木は白い短靴を脱ぐと両腕を枕にして寝転がった。

 

「ーーって、そこで仮眠なさるのですか?」

 

「えぇ。どうせ仮眠です。一時間も寝ませんので…ではーー」

 

 言葉を区切った桂木が眼を閉じて深呼吸を数回する。

 

 一際深い深呼吸が終わるとーー彼の吐息が穏やかで一定の速さとなった。

 

(ーーも、もう寝たの!?)

 

 横になってから寝入るまでの早さに彼女は驚愕する。

 

 まさか、と半信半疑といった顔のまま桂木が横になるソファへ歩み寄った大和は床に膝をつくと彼の顔へ自身のそれを近付けた。

 

(ほ、本当に寝てる…)

 

 スゥスゥと穏やかな寝息が聞こえる。

 

 皺が寄っていた眉間のそれは少しばかり解れ、表情は寝息の通り穏やかなモノとなっていた。

 

 お疲れ様です、と彼女は心中で桂木へ労いの言葉を掛けると立ち上がり、長官室の隣ーー長官私室へ通じる扉へ向けて歩き出す。

 

 長官室の壁に嵌められた扉のドアノブを捻って開け、良く整頓された私室を見渡す。綺麗にメイキングされたベッドから毛布を一枚剥ぎ取り、それを抱えつつ長官室へ戻った。

 

 寝入っている桂木を起こさぬよう静かに歩み寄った大和は彼の体を覆うように優しく毛布を掛けてやる。

 

「ーーおやすみなさい」

 

 小声で彼へ挨拶をした大和は足音を立てぬよう静かに廊下へ続く扉に近付き、音を立てずドアノブを捻ると外へ出て行った。

 

 




答え:そのまま歩きながら桂木長官へ挙手敬礼し擦れ違う。随伴の金剛へ敬礼はしなくても宜しい。

改めて思う……礼式はメンドクサイ。投稿してから間違いだと気付く事もあるという。

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