発:海軍省 宛:トラック泊地鎮守府司令長官   作:戦闘工兵(元)

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どっかで「帝国海軍士官は基本“自分"とは言わない。“自分”という言葉を使うのは陸軍」というのを聞いた事がありますが……やはり使ってしまう……orz


02

「−−貴様は、この戦……どんな結末を迎えると思う?」

 

 下戸と有名なGF司令長官が珍しくウイスキーを片手に酔いが回り、アルコールで顔を赤くしながら眼前のソファへ腰掛ける若い海軍大尉へ問い掛ける。

 

「−−小官如きが長官の御前で申す事では……」

 

「−−構わん。腹を割って話せ。どうせ酒の席だ。まぁ井上君に言わせれば“海軍に無礼講はない"だそうだがな」

 

 悪戯っぽく坊主頭の長官が微笑みながら若い海軍大尉を窘めた。

 

 ならば、と彼は注いだウイスキーを半分ほど飲み干し、グラスをローテーブルの机上へ置き、姿勢を正す。

 

「…米国と我が国の国力の違いは雲泥の差があります。それだけでも長期戦は自殺行為だという事は火を見るよりも明らか。…長官は総力戦研究所で行われた総力戦机上演習の結果を御存知でしょうか?」

 

「応。…ん…待て。貴様、それを知っているのか?」

 

「はっ…機密に触れる事は百も承知。…しかし…ここは酒の席。適当に聞き流して下されば…幸いであります」

 

「…ふふっ…まぁ確かにな。…では…貴様の独り言という事にしておこう」

 

 そう付け加えると長官は手酌でグラスへ酒を注ぎ、チビチビと舐め出した。

 

「伝え聞いた結果によれば…【開戦後、緒戦の勝利は見込まれるが、その後の推移は長期戦必至であり、その負担に青国の国力は耐えられない。戦争終末期にはソ連の参戦もあり、敗北は避けられない。故に戦争は不可能】。…青国とは即ち日本。そして昨今の戦況を鑑みれば……」

 

「…机上演習も馬鹿には出来ん、と言う事だ。…この戦は講和へ持ち込むしか勝ち目はない−−それも針の穴を通すようなモノだな…」

 

「はっ……」

 

「……官民揃って−−果ては公正かつ真実を報道すべき新聞も三国同盟締結、開戦を煽り立てた。…そして我々、軍人には戦を始めた責任がある」

 

「…始めた戦を終わらせるのが我々の責務であります」

 

「あぁ……だが−−」

 

 長官は若い大尉の言葉に肯定して何かを言おうとしたが、言い澱む。

 

 それを大尉が不思議に思っていると長官はグラスを机上へ置き、ゆっくりと口を開いた。

 

「その責務を果たす為に…矢鱈多くの若い連中を死なせてしまった……」

 

「………」

 

「皆、将来の日本を背負う有望な若者ばかりだというのに……向こうに逝ったら…どんな顔をして会えば良いモノやら…」

 

 困ったモンだ、と長官は付け足し、グラスを取って中の酒をグイッと煽る。

 

「…貴様は早死にせんでくれよ。話に聞いている親御や幼い妹さんに申し訳が立たん。貴様の戦死を聞いて、俺の手帳へ名を記すのは勘弁だ」

 

「…海兵に入校した時点で家族へは、既に亡き者と思え、と申しております。最期まで御奉公致す所存であります。……ところで長官。明日の前線視察の件ですが−−」

 

「その話か…。参謀長や先任参謀へも言ったがいつも通りで良い。仰々しくする必要はないんだ」

 

「私が具申する事ではないと承知しておりますが…どうか延期…もっと言えば中止を願いたく存じます。連日、敵機の来襲がある基地ばかりです。小沢長官も視察を行うのであれば護衛の戦闘機をいくらでも出すと−−」

 

「いつも通りで良いんだ。…こんな老い耄れでも万分の一でも役に立てるなら本望だ。…そら、グラスが空いてるぞ」

 

 聞き分けのない我が子を窘めるように長官は若い大尉へ苦笑を交えながら酒瓶を取ってグラスへ酌をする。

 

 時は昭和18年4月17日の夜の事であった−−

 

 

 

 

 

 

 

「−−−どういう事だ…?」

 

 自身の記憶に従い、夏島の島内を歩き始めた彼は、その記憶通りに街が所在しているのを確認した。

 

 銀行や露店、商店、料亭等が軒を並べる街の活気は彼がトラックを離れる少し前のままだ。

 

 それがおかしい。

 

(空襲の名残が何処にもない……家屋や施設が破壊された様子もない…どういう事だ…?)

 

 佩刀した軍刀の鞘を押さえつつ短靴で地面を蹴りながら街の道路を歩き続ける。

 

「−−そこのお若い海軍さん。ラムネは如何ですか?」

 

「…あん…?」

 

 俺の事か、と投げ掛けられた声がする方向へ視線を向けると日焼けした顔に微笑を張り付けた中年の男が店先で氷水を張ったタライに一杯の瓶積めされたラムネを入れて商いをしていた。

 

「…ラムネか…一本頂こう」

 

「へい、毎度。キンキンに冷えてますよ〜」

 

「支払いは軍票か?それとも−−」

 

 そこまで言った所で彼は、しまった、と気付いた。

 

 軍票どころか現金まで持ち合わせていなかったのだ。

 

 これは不覚、と顔を僅かに顰める。

 

「−−あぁ、お支払いの方は鎮守府から頂いておりますので大丈夫ですよ。さっ、どうぞ」

 

「あ、あぁ…そうなのか? では…頂こう………うむ…久々に飲むが美味い…」

 

 封を切ったラムネの瓶を手渡しされ、それを受け取った彼は注ぎ口を銜えて瓶を傾けた。

 

 思いの外、喉が乾いていたらしく喉を鳴らして冷えたラムネを飲む。

 

(…しかし鎮守府…?…トラックに鎮守府は…新たな施設を命じたのか…?)

 

 片手でラムネの瓶を掴みつつ軍服のポケットへ空いている手を突っ込むと煙草とマッチを引き摺り出す。

 

 その格好のまま器用に煙草を一本銜え、手慣れた様子でマッチを片手で擦り、火を点けて紫煙を吐き出した。

 

「…それにしてもお客さん。ここいらでは見ない顔ですね……それぐらい立派な体格なら見覚えがあるのですが−−どうぞ灰皿です」

 

「あぁ…済まん。…軍務故、詳しい事は言えないが…内地からの赴任とだけ言っておこう」

 

 点けたマッチを消火し、差し出された灰皿へ燃え止しを放り込みつつ、嘘と言う名の方便を抜かす。

 

「ははぁ…なるほど。海軍さんはあちこちに行きますからね…。…ところでお客さん…体格が宜しいですが……身の丈は6尺ほどですか?」

 

「あぁ。6尺(181cm)と19貫(71kg)ある。親から頂いた自慢の身体だ。御奉公するに相応しい限りだ」

 

「そいつぁ羨ましい限りだ。手前なんぞ小男ですからねぇ。…お客さんは丈夫な上に男前の面構えだ……女子(おなご)にモテるでしょうなぁ…」

 

「…まぁエスプレイ(芸者遊び)でエス(芸者)達には、それなりに人気だった気もするな…長官達曰く、だが。−−馳走になった」

 

 煙草を灰皿へ揉み潰し、飲み干した空き瓶を返却した彼は軍装を整えた。

 

「おっと…お客さん申し訳ない。記帳をお願い出来ますか? 御名前が判らないと請求しようにも……」

 

 店主の中年の男が申し訳なさそうに帳面と小刀で芯を削った鉛筆を差し出して来た。

 

 それも至極尤もと思い至り、それを受け取った彼はサラサラと帳面へ自身の官姓名を記帳する。

 

「…桂木幸一…えっ、少佐さんだったので!?…お若いのに大したモノだ…」

 

「それほどでもない。…店主、重ね重ね手数だが…鎮守府の所在は……」

 

「あぁ、はい。この通りを真っ直ぐ行けば直ぐにそれらしい建物があります。赤煉瓦作りの立派な建物です。そこが鎮守府ですよ」

 

「そうか、判った。…では…失礼する」

 

「今後とも御贔屓を」

 

 軍帽を目深に被り、佩刀した軍刀の鞘を軽く押さえながら鎮守府があるという場所まで歩き出す。

 

「−−あっ海軍さんだ!!」

 

「−−本当だ!!」

 

 途中、まだ幼い少年達が彼−−桂木幸一少佐の姿に気付き、気を付けの姿勢と共に小さな掌を額へ翳して敬礼をしてくる。

 

 脱帽での敬礼は挙手敬礼ではない上、それは海軍式ではなく…どちらかと言えば陸軍式の敬礼だ。

 

 少年達の純粋な羨望の眼差しと共に送られた敬礼に彼は苦言を呈する事なく−−やや苦笑しながら綺麗な海軍式の挙手での答礼をしてやる。

 

 そうすると流石は年頃の少年達。口々に興奮気味に“やった!!"と燥いている。

 

(…俺にも、あんな時分があったな…)

 

 と桂木は自身の幼い頃を反芻しながら、鎮守府への道を歩き続けた。


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