発:海軍省 宛:トラック泊地鎮守府司令長官   作:戦闘工兵(元)

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 トラック諸島は夏島の海軍飛行場へ桂木達を乗せた編隊は予定よりも一時間遅れで着陸した。

 

 機体の故障ではなく、直掩に就いている戦闘機隊の一機が洋上の雲間にキラリと光る何かを発見した為、予定の航路を変更した故の遅延である。

 

 バラバラと一式陸攻の発動機が回転を緩めていく中、桂木と副官の藤村中尉は久々のトラックの地へ足を下ろすと軽く背筋を伸ばした。

 

「ーー無事、戻って来れたな」

 

「はっ……正直に申せば…生きた心地が…」

 

 藤村中尉の言葉に桂木は素直に頷いて見せる。

 

 彼の脳裏にも一瞬ではあるが海軍甲事件の顛末が過ったからだ。

 

「あの零戦の搭乗員に礼を言いたい。呼んで来てくれんか?」

 

「はっ。では機長へ官姓名を聞いて参ります」

 

 藤村中尉が降りて来たばかりの機内へ戻って行く。

 

 ややあって再び降り立った彼は桂木に件の者の官姓名が判明した事を告げ、その搭乗員が操る機体が停まった駐機場へ駆けて行った。

 

 官記と井上から預かった本を携えたまま彼は搭乗員待機所へ赴き、長椅子の上にそれらを置くとポケットから煙草を取り一服を始める。

 

 煙草を半分ほど吸い終わる頃、搭乗員待機所へ駆け込んで来た人影がふたつ。

 

 その内の一人は副官の藤村中尉。もう一人は航空衣袴を着た搭乗員だった。歳は二十代半ばを過ぎたぐらいだろう。

 

「ーー黒川一飛曹(いっぴそう)、参りました!」

 

 申告と共に挙手敬礼がなされる。それへ桂木は答礼をし、黒川と名乗った搭乗員は腕を下ろした。

 

「ーー先程は助かった。礼を言う。それにしても良く見えたな。俺も眼は良い方だが…機長から聞いた雲間までは直線距離で30kmは離れていたぞ」

 

「はっ!敵より先に発見せよ、と常日頃から指導されておりますのでその賜物であります!」

 

「そうか。彼我不明ではあったものの先に発見したのは抜群の働きだ。黒川一飛曹、煙草は吸うか?」

 

「はっ!嗜む程度ではありますが!」

 

「では後で煙草を届けさせよう。多ければ他の者と分けて吸ってくれ。せめてもの礼だ」

 

「ありがとうございます!」

 

「戻って良し」

 

 再びの敬礼と答礼がなされ、黒川一飛曹は回れ右をすると駆け足で去って行った。

 

「藤村。ついでに羊羮も3本、届けてやってくれ」

 

「はっ」

 

 黒川一飛曹が光る物を見たと報告した空域では実際に哨戒飛行が行われており、彼の証言が事実であった事を桂木はこの後に知った。

 

 

 

 

 久々の鎮守府の様子は特段変わった様子は無かった。

 

 桂木は営門で出迎えてくれた竹田技術大尉と留守中の報告を聞きつつ長官室までの廊下を進む。

 

「ーー三日前に赤城嬢、雷嬢が哨戒中に東へ20海里ほど離れた海域で駆逐イ級2杯を発見。これを沈めました。現在まで航空隊が哨戒飛行を近海で実施中。新たな発見は報告されておりません」

 

「…近いな…。引き続き航空隊へ哨戒飛行を実施するよう伝えよ。哨戒の範囲を広げるようにとも」

 

「はっ」

 

「向こうに指揮を執る存在があるとすれば…偵察と見なせば良いのだろうが…」

 

 二人は階段を登り、庁舎二階にある長官室を目指す。

 

「…噂程度の話なのですが…近頃は何処の海域でも敵の活動が組織だったモノへ変化して来ていると耳に致しました」

 

「出所が不明の情報は信憑性に欠けるが……用心に越した事はないか。情報を精査せねばならんな」

 

「仰る通りであります。必要とあれば直ぐに収集するよう申し伝えます」

 

「頼む」

 

 階段を登り終わり、二階の廊下を歩いて行けば長官室とプレートが打たれた扉が現れる。

 

「長官。早々に大変申し訳ないのですが…至急目を通して頂きたい書類等が…」

 

「あぁ…予想はしていた。烹炊に握り飯を運ばせるよう伝えてくれ。昼夕分も頼むと」

 

「はっ」

 

 扉へ手を掛け、久々の長官室に足を踏み入れた桂木はーー自身の机に整然と積み上げられた書類やファイルの山を見て暫し呆然としてしまう。

 

 長官用の執務机の横にある秘書艦用の机も同様の有り様で本日のーー正確には桂木が出張でトラックを発った“当日からの”秘書艦であった金剛が長官室の本来の主が帰還したのを見て涙目となっていた。

 

「ーーううっ……てーとくぅ……てーとくぅ……!!」

 

 ヨロヨロと立ち上がった彼女は幽鬼の如き足取りで桂木の下へ歩み寄って来る。

 

 尋常ならざる様子を見た桂木が思わず駆け寄り、金剛を支えると彼女は涙目のまま彼の胸元へすがり付く。

 

「テートク……私、頑張ったヨ?頑張ったケド……」

 

「お、応。大変だったようだな」

 

「私の権限で決裁や受領が出来る物には判を捺せたのですが……大抵は長官の判が必要な物ばかりでして……」

 

 まぁそうだろうな、と桂木は頷いて見せると胸元にすがり付いている金剛の背中を支えつつ応接用のソファへ座らせた。

 

「秘書艦交代の報告は省略で良い。直ぐに休みなさい。……竹田、赤城を呼んでくれ」

 

「わ、判りました」

 

 労るように金剛へ優しく声を掛けつつ桂木は次の秘書艦交代者を赤城と指名し、控えていた竹田大尉に彼女を呼ぶよう伝え、彼と桂木の間で敬礼と答礼がなされると竹田は退室する。

 

 桂木は執務机へ歩み寄り、机上の隅へ携えた官記と井上からの本を置くと椅子へ腰掛ける。

 

 そして抽斗を開けると中から自身の印鑑と朱肉を取り出し、それを右手側にある筆箱の横へ置く。

 

 金剛へは土産の羊羮を少し多くやらねば、と思いつつ桂木はまず一枚目の決裁待ち書類へ手を伸ばした。




お土産の羊羮は海軍軍人や艦娘の皆が大好きな間宮羊羮ではないですが、お上御用達の有名な羊羮です。

お茶と一緒にどうぞ つ旦(モグモグ)

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