発:海軍省 宛:トラック泊地鎮守府司令長官   作:戦闘工兵(元)

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自衛隊にいた頃、レンジャーと格闘徽章を持ってる2曹の先輩は酒に少し弱かったので中隊先任上級曹長の手配で若い陸士2名(私含む)が付けられたのを書きながら思い出してしまいました。良い思い出です。

それにしてもお気に入りの数の上昇が凄くて驚いてしまった私です。


閑話ー宴席ー

 海軍御用達の料亭で酩酊の所為か南雲忠一は機嫌良く生まれ故郷の山形で謡われていた民謡 花笠音頭を手拍子に合わせて歌い出す。

 

 彼に教えられた合いの手の声を掛けるのは山本、山口、井上、そして桂木の海軍将官達。

 

 生来の下戸故に猪口の数杯ですっかり顔を真っ赤にして出来上がってしまった山本は隣の席に座る桂木へ何杯も酌を勧め、その合間に南雲への合いの手を続けている。

 

 対面の席には胡座を掻き、酒宴であるにも関わらず酒よりも料理の方へ舌鼓を打つ山口が空となった皿を傍らに重ねている。

 

 隣の席では山口の健啖ぶりは知っていたが、その旺盛な食欲を改めて目撃し、若干ひいている井上が静かに盃を傾けつつも律儀に手拍子を送っていた。海軍に無礼講はない、と酒宴等を控えていた彼にしては珍しい事だ。

 

 そして桂木はーーこの錚々たる顔触れに萎縮しつつも酒を飲み、機嫌良く民謡を歌う南雲へ手拍子と合いの手を送る。

 

「ーーこうして…また貴様と飲めるとは…いやいや…神仏とやらに感謝したいもんだ」

 

「はっ、私もでありますーー恐縮です」

 

「そぉら…グイッといけ」

 

 山本が差し出した徳利を見た桂木が慌てて酌を受け、それを一気に飲み干した。

 

「おおう、相も変わらず酒豪だな。船乗りはそうでなくてはならん!貴様は帝国海軍軍人の鑑だ!いよっ!将来のGF司令長官!」

 

「は、はぁ…き、恐縮であります」

 

 酒とは怖いものだ、と桂木は眼前でくだを巻く下戸の上官を見てつくづく思う。そろそろ茶か好物の菓子でも持って来て貰おうとも考えた。

 

 南雲が民謡を歌い終わり、それへ拍手を面々が送ると彼は徳利を持って桂木の席へ千鳥足気味の足取りで寄って来る。

 

「その若さで海軍中将とはなぁ…首席(クラスヘッド)とはいえ異例中の異例の人事だぞ。しっかり励めよ、桂木ぃ!」

 

「は、はっ!及ばずながら邁進致します!」

 

「よぉし!景気付けだ、一気にいけ!!」

 

 南雲からの酌を受けつつ、この人達は俺を寄ってたかって轟沈させる気か、と桂木は思うが一気にいけと上官に言われた以上は一息で飲み干さなければならない。

 

 もう何杯目になるか判らない一気飲みをすれば南雲は更に機嫌を良くして拍手を送るとポケットから煙草を取り出して一本を口へ銜える。

 

 それを見た桂木が自身の軍装のポケットを漁りマッチを引き摺り出すと、頭薬を擦って火を点けて南雲へ差し出した。

 

「ーー応、悪いな。…ほら…貴様もやれ」

 

「はっ、頂きます」

 

 南雲が火の礼代わりに煙草を差し出して来た。それを受け取り、口へ銜えると燃えて短くなったマッチで火を点ける。

 

 燃えさしを灰皿へ投げ捨て、紫煙を吸い込み、それを吐き出す。

 

「なぁ桂木。…今だから言うんだが……実は貴様も中部太平洋方面艦隊の司令部附でサイパンへ赴任する予定だったんだ」

 

「……それは初耳です」

 

「だろうなぁ。だが敵上陸の公算が高い……いや確実に上陸する場所に貴様を赴任させたくはなかったもんで井上の奴に働き掛けたんだ」

 

 南雲の告白に桂木は心底動転した。

 

 思わず井上へ視線を遣れば、彼はその視線に気付き、飲み干した盃を膳の上へ置く。

 

「ーー事実だ。兵学校の校長だった俺にいきなり南雲さんは電話を掛けて来たのだ。『おい井上。桂木の奴をサイパン赴任の人事から外させろ』とな」

 

「この野郎なら中央にも顔がきくと思ったもんで後生とばかりに頼み込んだよ」

 

「あれには驚いた……まさかと思ったぐらいですよ」

 

「あぁ、俺も不本意だったが…将来の帝国海軍を背負って立つ将帥の為なら頭ぐらい、いくつでも下げれるさ」

 

 語られる内容に桂木はジリジリと燃え、短くなっている煙草を気にする余裕もなく呆然としてしまう。

 

「身内贔屓と謗られても仕方ないが……南雲さんの言は尤もだと思い人事局に働きかけた次第だ」

 

「それには感謝してる……いや、それだけは、の間違いだった」

 

 互いに鼻息も荒く視線も合わせないが、犬猿の仲とまで称され、かつて殺すだのどうのと言い争っていた頃に比べれば両名とも少しは雰囲気が落ち着いていた。

 

ーーとはいえ桂木は全くもって安心など出来なかった。

 

 井上はまだ素面だが、もし酩酊している南雲が彼の言葉に逆上しようものならーー桂木は身を以て彼等を止めねばならない。

 

 その時は山口にも助勢を請いたいが……上官にそれをするのは憚られて仕方ない。

 

(……覚悟は決めておくか)

 

 海兵同期の誰かが「船酔いと酒は酔ってしまえばこちらのもの」とほざいていた事を桂木は思い出したが生来の酒豪故か、はたまた上官しか居ない宴席の雰囲気の為か微塵も酔える気配がしなかった。

 

 


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