発:海軍省 宛:トラック泊地鎮守府司令長官   作:戦闘工兵(元)

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色々とうんうん考えて、この拳銃にしました


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 田宮銃砲店は確かに商店街の道路を真っ直ぐ行った所にあった。

 

 銃砲店の左隣にあるのは鞄屋だ。

 

 拳銃や猟銃を購入した者達は革製品を取り扱う鞄屋等で拳銃嚢や弾嚢、負い革を加工してもらい購入するのだ。

 

 桂木が先頭に立って銃砲店の扉を開けると彼の視界一杯に陳列されている拳銃や小銃、猟銃の数々が飛び込んで来た。

 

(良く手入れされているな)

 

 錆等が一切浮かんでいない商品の数々を見て桂木は店主の几帳面さを賞賛する。

 

 彼の後に続いて入店した艦娘の彼女達もこの光景に圧倒されているようで半開きの口から溜め息が零れていた。

 

「ーーあぁ、いらっしゃいませ。銃の購入ですか?それとも弾薬の購入でしょうか?」

 

 カウンターの奥で猟銃の分解清掃をしていた店主と思われる禿頭(とくとう)の男性が彼等へ声を掛けた。見事に頭髪が残っていない為に歳の頃は判らないが顔の皺の数や深さからして、まだ五十路ほどだろう。

 

「拳銃と弾薬の購入です」

 

「ーー軍人さんですね。おそらくは……海軍さん」

 

「…えぇ、そうです。良くお分かりになりますね」

 

「伊達にこの商売を長くやっている訳ではないですからね。さて、と……ご所望はブローニング拳銃でしょうか?」

 

「ふむ……折角なので色々と見せて頂いても?」

 

「構いません。国産と舶来物とありますが……外れがない舶来物にしますか?」

 

「そうですね……お願いします」

 

 快く頷いた店主が背後の棚に重ねていた木箱をいくつか取り、それをカウンターの机上へ並べていき、ひとつ目の箱の蓋を開ける。

 

「まずは先程のブローニング拳銃。正式な名称はFN ブローニングM1910。口径は32口径ーー7.65mm。 装弾数は弾倉に7発と薬室に1発の計8発」

 

「加えて言えば我が軍の将校や士官達の間で一番人気の拳銃」

 

「仰る通りです。さて次はーー」

 

 桂木の横で艦娘達が物珍しそうに拳銃を眺めているのを彼は横目で認めると、店主が開けた蓋の中身へ視線を戻す。

 

「ドイツ製の自動拳銃。ドイツ軍での制式名称はルガーP08。使用弾薬は9×19mm弾。装弾数8発」

 

「外見は…陸式拳銃や十四年式拳銃に似ていますね」

 

「外見は確かにそうですが……内部機構は全く異なっておりまして、反動利用がルガーがトグルジョイント式であるのに対し南部大型自動拳銃や十四年式拳銃はプロップアップ式となっています」

 

「なるほど……」

 

 店主の懇切丁寧な説明に感心しつつ桂木は顎を右手で軽く擦る。

 

「英国製のPistolsはないのデスカ?」

 

 桂木の隣に陣取った金剛が店主へ向かい在庫の有無を尋ねると彼は再び背後の棚から別の箱を取り出して来た。

 

「英国製となると…当店で取り扱っているのはこちらだけになります。回転式拳銃、エンフィールド・リボルバー。中折式で装弾数は6発。使用弾は.380エンフィールド弾」

 

「中折式か……素早く排莢と装填が行えるのが利点ですね」

 

「仰る通りです」

 

「テートク!これ!これにするデース!」

 

「もう少し考えさせてくれ」

 

 微笑ましく見詰める店主の視線に気付いた桂木が騒がしくしてしまった事を謝罪するため軽く頭を下げる。

 

「連れが申し訳ありません」

 

「いえいえ、とんでもありません。我々の生活を守って頂いている艦娘の皆様とその指揮官です。ごゆっくり品定めなさって下さい」

 

 店主の言葉に桂木が反応し下げていた頭を上げる。

 

「気付いておられたので?」

 

「そちらのお嬢様がお客さまの事を提督とお呼びになり、お連れの皆様はとても見目麗しい。となると艦娘の皆様とその指揮官であると判断致しました。そして……お客さまは先程の私の言葉を否定なさらなかった」

 

「これは一本取られた……では改めて。この度、トラック泊地鎮守府司令長官に着任した海軍中将の桂木と申します。こちらは艦娘の金剛、雷、電、そして赤城です」

 

 桂木の紹介に釣られて艦娘達が頭を下げると店主も微笑みを(かんばせ)に張り付けたまま頭を下げた。

 

「これは御丁寧に。私、店主の田宮辰蔵(たみやたつぞう)と申します」

 

 ゆっくりと頭を上げた店主は次いで桂木へ視線を遣る。

 

「…ふむ…桂木様の背丈は…6尺といった所ですか。体格はとても宜しい……。ひとつ御提案なのですが…大口径の自動拳銃に御興味はございますか?」

 

「ほぅ?」

 

 興味深そうに話の続きを促す桂木を見た店主は背後の棚から新しい木箱を取り出して机上へ置く。

 

「桂木様は日本人離れした体格ですので、私としてはこちらの拳銃をお薦め致します」

 

 店主が木箱の蓋を開ける。

 

 桂木が覗き込むと黒光りする銃身に銃火器メーカーの名門として知られるコルト社の刻印が打たれた一挺の拳銃が鎮座していた。

 

「コルト社製 M1911A1。45口径。装弾数は計8発。使用弾薬は.45ACP弾。非常に堅牢な設計かつ高威力を誇る拳銃であり、米国軍の制式拳銃となっております」

 

 米国ーーその言葉に桂木の頬が微かに引き攣る。

 

「ーーそうか……これが米国軍の…間近で見るのは初めてだ」

 

 彼の口から漏れる低い声を聞いた彼女達は桂木を見上げ、ある事に気付く。

 

 それは桂木にとって米国とはーーいまだ“敵国”という認識である事だ。

 

 三年以上に及ぶ、血で血を洗う戦争の最前線に立ち続け、その果てに倒れた桂木だ。そう易々と認識を変える事など出来はしない。

 

 彼の従弟の一人はサイパンで、別の従弟は硫黄島で、また別の従弟はいまだ沖縄で戦い続け、最後の従弟も九州で特攻機の直掩についていると桂木は聞いていた。

 

 そしてーー彼自身の両親と年の離れた妹は帝都 東京を灰塵に帰した大空襲の折り業火に呑まれた。

 

 この世界での“敵”が米国を始めとする連合国でない事は彼も認識している。

 

 だが、それでも、拭い去る事の出来ない記憶は脳裏に焼き付いて忘れる事など到底出来はしない。

 

「ーー桂木様」

 

 店主が彼へ静かに声を掛けてきた。

 

「あぁ……失礼。少し考え事を…」

 

 少しという割りには随分と長い間、黙考していたのか店主が心配気に桂木へ視線を向けている。

 

 心配ない事を暗に告げる為、彼は微かに微笑みつつ店主へ問い掛けた。

 

「ーー試射したいのですが…射撃場はありますか?」

 

 

 

 

 

 田宮銃砲店が有している射撃場は店の裏手だった。

 

 流れ弾を防ぐ為に発砲する射撃位置から標的(てき)までの10m間には高く土嚢が積み上げられ、紙製の標的の背後には跳弾対策の為か停弾堤代わりとして土砂が盛られている。

 

 

 射撃位置に付いた桂木はホールドオープンされたM1911A1の銃口を地面へ向けつつ自身の顔を少し傾けて薬室内部に異物や弾薬が入っていないかを確認する。

 

 異常が無い事を確認した時、彼の横に侍っていた店主が弾薬を詰め終わった弾倉を差し出した。

 

「三発入りの弾倉です」

 

 頷いた桂木が弾倉を受け取ると店主は安全の為に背後に退避する。

 

(…まるでドングリのような実包だな)

 

 露出している弾薬を観察し素直な感想を心中で零すと彼は拳銃の握把の下部にある弾倉挿入口へ弾薬が込められた弾倉を差し込み、スライドストップレバーを解除した。

 

 これで初弾が薬室へ送り込まれ、あとは銃爪(ひきがね)を引けば発砲が可能だ。

 

 桂木が両足を肩幅に開き、拳銃を両手で構えた。

 

 背後の艦娘達や店主が見守る中、桂木は銃爪に掛けた指を引き絞りーー初弾を発砲する。

 

 乾いた銃声が鳴り響き、翼を休めていた鳥達が驚いて木々から飛び立つ。

 

(…思っていたよりも反動が大きいな)

 

 やや背中を丸め、前傾の姿勢で再び照門と照星を合わせーー2発目。

 

(……手応えはあった)

 

 先程の姿勢を保ったまま呼吸を整え、肺に残った息を全て吐き切り、息を止めた刹那ーー最終弾を発砲した。

 

「ーー…弾倉…良し…薬室…良し…」

 

 弾倉を抜き取った後、薬室を確認する。いずれにも残弾が無い事を認めた後、桂木は拳銃と空弾倉を背後にある机上へ静かに置いた。

 

 撃ち終わりを確認した店主が紙の標的を回収する為、射撃場内部へ踏み込むのを横目に桂木は艦娘達へ声を掛ける。

 

「ーーこれにしようか。値は張るかもしれないが…良い拳銃だ」

 

「But…それはAmericaの…」

 

「提督は……大丈夫なのですか?」

 

 桂木達の下に標的を回収した店主が戻って来た。

 

 標的に刻まれた弾痕は初弾以外の二発は真ん中を撃ち抜いている。

 

「…良い物は良いと素直に認めるぐらいの器量は持ち合わせているよ」

 

 そう彼は静かに呟いた。

 




コルトガバメントは良い拳銃。異論反論は認めます(キリッ


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