発:海軍省 宛:トラック泊地鎮守府司令長官 作:戦闘工兵(元)
トラック諸島は西太平洋、カロリン諸島内に位置し、周囲200kmに及ぶ世界最大級の堡礁・環礁と、その中に位置する複数の火山島群からなり248もの島々が存在している。
大日本帝国の委任統治領となってからはインフラー道路、学校、病院等の整備が進むと同時にトラック諸島の泊地機能の高さや地理的重要性から武装化も進み、現在では海軍の一大拠点という位置付けになっている。
トラック泊地鎮守府が所在している夏島は委任統治の中心地だ。水上機基地や飛行場が設営されている他、料亭や商店、銀行等も軒を列ねている。
鎮守府の営門を抜けた桂木達は活気が溢れている商店街へと繰り出していた。
艦娘の彼女達は久々の外出なのか些かはしゃいでいる様子で店舗の軒先に陳列されている商品を物珍し気に見詰めながら黄色い声を上げている。
(上陸した時は俺もあんな感じだったのだろうか?)
そう心中で首を傾げる桂木だが、海軍の不文律ーー主に艦艇乗組の者達でのそれを思い出して微かな苦笑いを浮かべた。
それは「遊べる時はトコトン遊べ」というモノだ。
艦艇乗組員は非常にストレスが溜まる。
なにせ一度出港したならば数ヵ月は陸に上がれないという事はザラにあった。
加えて艦内での指導ーーもはやイビリ、イジメの類いに近いそれを延々と数ヵ月も閉鎖された環境で受けるのだ。
港に寄港し、念願の上陸許可が下され街へ繰り出したならば、彼等はそれまでの溜まりに溜まったストレスを発散すべく俸給を湯水の如く使いまくった。
お陰で寄港先の住民からは「海軍は遊んでばかりいる」という印象を受けたらしい。
(まぁ…思い残す事がないように、というのもあるのだが……)
桂木は溜め息をひとつ零すと商店街の軒先に吊るされている看板の数々を鍛えられた眼を細めて目当てのモノを探し始める。
「ーー司令官さん、どうかしたのですか?」
声を掛けられ、彼が視線を下へ向けると女学生風の衣装に身を包んだ駆逐艦の艦娘である電がいた。
「あぁ、銃砲店を探しているんだが……」
「銃砲店、ですか?なにか御用でも?」
薄紅色の小紋を纏い、電同様に女学生風の衣装を着た空母の艦娘である赤城が首を傾げる。
「あぁ、拳銃を買おうと思ってね。陸海軍問わず、士官は揃って軍服、軍刀、拳銃、その他は私費購入だ」
「でもなんで拳銃なの司令官?」
疑問を口にしたのは電の姉妹艦の雷だ。
「あぁ……うむ……」
口にするのは憚られたのか桂木は考え込むように顎へ手を遣る。
その様子を見た赤城は電と雷の前で腰を落とすと二人の手に金を握らせつつ微笑み掛けた。
「ごめんなさい。少し喉が乾いたのであそこのラムネ屋さんからラムネを買って来てくれませんか?お二人の分と私と金剛さん、提督の分もお願いします」
「5人分ね、判ったわ♪行くわよ電♪」
赤城のお願いが効いたのか姉妹艦二人は連れ立ってタライに張った氷水の中で瓶詰めされたラムネを売っている店へ駆けて行った。
それを見送った赤城が立ち上がると彼女は横目に桂木を見遣る。
「ーー提督?」
「ーーPistolsを買うのは……自決用デスカ?」
赤城に代わり質問を引き継いだのは戦艦の艦娘の金剛だ。
図星だったのか桂木は再び溜め息を吐き出す。
「……勿論、護身も兼ねてだ」
「やはりですか。あの子達に聞かせなくて良かったです。剣呑過ぎて不安を覚えてしまいますから」
「助かった。帰りに餡蜜でも奢ろう」
「テートクも万が一の時には……」
「そうだな……迷わず自決するだろう。尤も可能であるならば腹を切りたい所だが…」
「そのような事にならないよう邁進します」
「私もデース!絶対にUseなんかさせないんだからネ!」
「俺もそうならないように努力しよう。だが、何事にも“万が一”はある。備えておくに越した事はないーー戻ってきたな」
小柄な二人の姉妹艦がお遣いを済ませ、両手にラムネを持って帰って来た。
その微笑ましい様子に三人は剣呑な話題に口を噤み、彼女達からそれぞれラムネの瓶を受け取る。
「そうそう、司令官。お店のおじさんから銃砲店の場所を聞いて来たわよ。この通りを真っ直ぐ行った所に田宮銃砲店ってお店があるらしいわ」
「そうなのか?それは助かった……ありがとう雷ちゃん」
「フフーン♪」
胸を張った彼女の頭を撫でた桂木はラムネを一息に飲み干すとーー
「ーーケフッ……失敬」
ーーひとつ、ゲップを漏らしてしまった。
旧陸軍の将校の間では .32ACP弾を使用するモデルのFN ブローニングM1910(ブローニング拳銃という名称で販売されていた)が最も人気が高かったようです。