発:海軍省 宛:トラック泊地鎮守府司令長官   作:戦闘工兵(元)

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−−場所は変わって鎮守府の長官室。

 

 執務机の机上に両肘を突き、顔の前で両手の指を絡め組む“中将"という肩書きの割には若過ぎる容姿の男は桂木幸一。

 

 彼の眼前には“艦娘"である金剛を筆頭に雷、電、そして赤城が一列横隊を組んで立っている。

 

 入室したのは五分ほど前の事だ。桂木は彼女達へ「姿勢を楽に」と申し送った後、自身は黒革張りの安楽椅子へ腰掛けたまま一言も発していない。

 

 彼から伝わる重々しい雰囲気に気圧されたのか電が時折、肩を震わせてスカートの生地を握る。

 

 竹田大尉がいれば会話の促進をはかっただろうが……残念な事に彼は桂木に「彼女達と差しで話がしたい」と頼まれてこの場にはいない。

 

「……ふぅ…」

 

 桂木が溜息を零して安楽椅子から立ち上がる。

 

 途端にビクリと肩を一際大きく震わせる電と雷。どうやら雷も内心ではこの状況に恐怖を感じていたようだ。

 

 突然、桂木は軍刀に手を掛け、カチャカチャと音を鳴らしながら弄くっている。

 

 それは軍刀の佩環を剣帯の吊り革の先にあるフックから外す音だ。

 

「…やはり…座る時は邪魔−−おおっ…あったあった…有り難い」

 

 彼は発見した背後の棚に置かれた横掛けの刀掛台へ外した軍刀を置く。

 

 てっきり抜くのかと早まった事を考えていた幼い二人は内心で安堵の溜息を吐いた。

 

「−−ところで」

 

 軍刀を置いた瞬間、桂木は彼女達に振り返り、某GF司令長官曰く「貴様の眼は怖い」と苦笑混じりに言わしめた鋭い視線を向けた。

 

 見据えられ、蛇に睨まれた蛙の如く件の二人が−−続けて金剛と赤城までもがビクリと肩を震わせる。

 

 その様子をきょとんとした表情で見た桂木は、ややあって気付いたのか目頭を軽く揉む。

 

「あぁ…いや…申し訳ない…この目付きかね?随分と前に長官達からも言われたのだが……別に怒っている訳ではないのだ。生まれ付き、というか…なんというか…怖がらせてしまったら深謝しよう」

 

 釈明しながら目頭を揉み終えると彼の表情は幾分か和らいだモノになった。

 

「…休暇で実家に帰省した際、出迎えてくれた妹を一度だけ怖がらせてしまった事がある。…筋金入りの目付きなモノでね…」

 

「そ、そうなのですか…?」

 

「あぁ…そうだね。まぁ土産に持って帰った羊羹で機嫌を直してくれたのは幸いだったよ−−失敬。関係ない私事だったな……」

 

 自嘲の苦笑を零しながら彼女達に謝罪した後、桂木は改めて向き直った。

 

「−−ところで尋ねたい事が少々ある。宜しいだろうか?」

 

「私達がreallyに“あの戦争"で戦った艦なのか、デスカ?」

 

「That's right……まぁ立ち話もなんだ…座ろう−−どうぞ掛けてくれ」

 

 彼女達に長官室にあるソファを勧めると桂木は執務机の机上へ設けられた黒電話に手を伸ばし、受話器を耳へ宛行う。

 

「−−長官室だ。主計の烹炊所へ繋いでくれ」

 

 どうやら内線を掛けるようだ。

 

 その様子をソファへ腰掛けた彼女達が見詰めていると内線が繋がったのか桂木が口を開く。

 

「−−長官室だ。忙しい所を済まん。手数だが長官室に茶と菓子を5名分…あぁ俺の菓子は要らんぞ。…うむ…少し待て−−玉露と紅茶…どちらが宜しいかな?」

 

 受話器のマイクロフォンを手で押さえながら桂木が彼女達の希望を聞く。

 

「はわっ!?え、えっと…」

 

「私は紅茶ネ♪」

 

「私はどちらでも構いませんよ?」

 

「…用意するの大変そうだから…紅茶で良いわ。電も大丈夫よね?」

 

「う、うん…」

 

「…了解した。−−紅茶を。あぁ…頼んだ」

 

 注文を済ませ、受話器を元へ戻した桂木が空いている一人掛けのソファへ座り、彼女達と相対する。

 

「そう硬くならんでくれ。取って食う訳じゃない。……聞きたい事は先程、彼女−−金剛さんが述べた通りだ」

 

 桂木はいつもの癖で軍服のポケットから煙草とマッチを取り出そうとしたが女性や少女ばかりが居る事に気付いて弄るのを止めた。

 

 代わりに膝の上に手を乗せつつ彼女達へ順繰りに視線を向ける。

 

「…本当に諸君は…あの戦で…帝国海軍に所属していた艦艇なのか?……正直…信じられんのだ」

 

「−−やっぱりですネ」

 

 唐突に金剛が声を上げた。

 

 桂木が彼女を見詰めると視線同士が空中で交差する。

 

「少佐さ−−sorry…提督も“向こうから来た人"なんですネ?」

 

 金剛の言葉を聞いて彼女達が弾かれたように桂木へ視線を向け、彼を上から下までしげしげと見詰める。

 

「…どういう事かはさておき……申し訳ないが聞かせて欲しい事がある」

 

「What?」

 

「な、なんでしょうか…?」

 

 

 まず最初に桂木は赤城へ視線を滑らせ口を開く。

 

「−−赤城さん」

 

「は、はいっ?」

 

「赤城が進水した年月日と…戦没した年月日を教えてくれ。進水式が行われた工廠と戦没した場所も」

 

「は、はぁ…。私は当初、天城型巡洋戦艦2番艦として呉海軍工廠で建造され、大正9年12月6日に起工。軍縮の影響で空母へ変更になり、進水は大正14年4月22日です。…そして…昭和17年6月6日…ミッドウェーで…雷撃処分になりました…」

 

「…あぁ…ありがとう…」

 

 顔を俯かせた赤城へ礼を述べた桂木は次に電と雷へ尋ねる。

 

「…雷ちゃんと電ちゃん…赤城さんと同じ事を答えてくれ」

 

「…判ったわ。…私は浦賀船渠で昭和5年3月7日起工されて…翌年の昭和6年10月22日に進水。そして…昭和19年4月13日…船団護衛中にグアム島の西で米潜水艦の雷撃を受けて…沈んだの…」

 

「い、電は…藤永田造船所で昭和5年3月7日に起工されたのです!!進水式は昭和7年2月25日なのです!!…沈んだのは…昭和19年5月14日…セレベス海……シブツ海峡……」

 

「…答えてくれて感謝する。……あぁ……電文や戦闘詳報で読んだ通りだ…」

 

 表情を硬くした三人が顔を俯かせたのを視界に収めながら桂木は腰掛けたソファの背凭れへ深く沈み込んだ。

 

 その格好のまま天井を仰ぎ、ぽつぽつと呟き出す。

 

「赤城。… 昭和17年6月5日0726。敵艦爆の急降下爆撃で爆弾が投弾される。命中した2発は1発目が中部昇降機付近に命中。飛行甲板を突き破って格納庫内で炸裂。続けて2発目が左舷後部甲板縁で炸裂し舵が破壊される。格納庫内部には機体から外された陸用爆弾が散乱しており、炸裂の影響で次々と誘爆を始めた…」

 

「−−−っ!!」

 

 彼が諳じる内容を聞き付けた赤城が息を飲んだ。

 

「翌6月6日0210。当時、第四駆逐隊司令だった有賀艦長が指揮下の駆逐艦 野分、嵐の魚雷による赤城の雷撃処分を実施。…221名が戦死だったな…」

 

「どうして…そこまで…?」

 

「私はミッドウェーの時は大和乗組だったが…従弟が戦闘機分隊長として赤城に乗り組んでいてね…南雲長官からも詳しい話を聞いたよ。…有賀艦長からも聞いたが……あの人は初めて発射した魚雷が赤城を沈めるモノだった事をずっと嘆いていた」

 

 尚も天井を仰ぎながら桂木は独り言のように呟く。

 

「雷は…昭和19年4月13日。船団護衛中にグアム島の西で米潜水艦の雷撃を受け沈没。生存者なし目撃者なしの理由から艦長以下全員が戦死したものと判断。その僅か一ヶ月後の昭和19年5月14日のシブツ海峡。あ号作戦に備え、マニラからバリクパパンへ燃料受領へ向かっていた輸送船団に駆逐艦の響と電が護衛に付いていたが…0411に米潜水艦からの雷撃を受け、電は沈没。艦長以下169名が戦死……」

 

 唐突に立ち上がった桂木は執務机へ歩み寄り、机上に用意されていた灰皿を取った。

 

 そのままガラス窓に近付いて開け放った後、窓枠へ灰皿を置き、ポケットから煙草とマッチを引き摺り出して一服を始める。

 

 手首を振って火が点いたマッチを消火し、燃え止しを灰皿へ放り込むと煙草を摘まんで唇から離して紫煙を細く外へ向かい吐き出した。

 

「…沈んだ艦の事は…不思議と覚えているな。…尤も俺自身が身をもって沈没を体験したのは数える程度…最後の出撃は大和だったが」

 

 紫煙を燻らせながら独り言を呟く彼の後ろ姿を彼女達は見詰めた。

 

 身の丈181cmの肩幅が広く、大きい背中。

 

 軍人らしく鍛え上げた身体を振り向かせる事すらせず、桂木は外へ紫煙を吐き出しながら背後へ語り掛ける。

 

「…いくつか確認したい。ここは私が知る“日本であって日本ではない"のだな?」

 

「…AnswerとしてはYesヨ。but、世界が違う…が正しいかも知れないネ」

 

「…世界が違う…?」

 

 紫煙を鼻腔から吐き出しながら桂木が尋ね返すと金剛に代わって赤城へ声を上げる。

 

「御説明申し上げます。我々の敵は米国ではありません。また英蘭やいずれの国家でもありません」

 

「…と、言う事は日米の戦は起きなかった?」

 

「はい。しかし前世のように開戦前夜の雰囲気はあったそうです。…あの時までは…」

 

「こっちの世界のcalendarだと照和16年ヨ。対米戦の風潮が色濃くなっていた時期にPearl Harborの太平洋艦隊が奇襲を受けたそうネ」

 

「真珠湾だと…?先程、日米開戦は無かったと−−…済まない…続けてくれ」

 

 話の腰を折った事を謝罪した桂木は短くなった煙草を灰皿へ揉み潰した後、改めて彼女達に振り向いた。

 

「前世のような日本海軍の航空隊による奇襲ではありません。当時は未知の勢力だった深海棲艦の艦隊からの攻撃でした。その攻撃で米太平洋艦隊は壊滅……時を同じくして世界中で各国海軍にも攻撃が始まり、一時期は壊滅状態にまで陥りました」

 

「太平洋、大西洋…至る所で深海棲艦の攻撃が始まったネ。Europeでの大戦もその時を境に休戦になったネ」

 

「深海棲艦っていう奴等はさっぱり判らないわ。何処から来るのか、何を目的にしているのかもね」

 

「ただ…なんらかの意思というか…そういうモノは感じられるのです」

 

 ある意味での世界大戦だな、と桂木は考えながら窓辺へ立ちつつ金剛達の話に聞き入る。

 

「その敵に対抗する為、世界各国は同盟を締結したそうです。連合や枢軸を問わずに」

 

「一度は振り上げた刀を納めたか……そう容易く出来る事ではないが……共通の敵がいれば話は別か」

 

「仰る通りです提督。…私達が“目覚めた"のもその頃です」

 

「沈んだと思ったら、目が覚めたら人間になってた……It's very much surprisedだったネ」

 

「私もよ」

 

「電もです……」

 

「……なるほど……」

 

 二本目の煙草を銜え、マッチで火を点けながら桂木は彼女達の話に頷く。

 

「…私は…第二艦隊が沖縄へ向かう途上、敵攻撃隊の猛攻を受け…乗り組んでいた大和が沈没。その後に起こった大爆発で空へ打ち上げられ……そこで意識を失った。昭和20年4月7日だ」

 

 マッチの燃え止しを灰皿へ放り込んで首を僅かに捻り、唇の端から細く紫煙を外に向かって吐き出しつつ彼は詳報を述べた。

 

「えぇ…存じ上げてます。御本人から聞いた事がありますので」

 

「……なに?」

 

「大和さん御本人からです。私が呉に居た頃の話ですが……」

 

 赤城がそう述べると桂木は少し呆然としながら彼女を凝視する。

 

 ややあって吸い掛けの煙草の吸い口を加え、紫煙を肺へ送り込み、それを外へ向かって吐き出す。

 

「…そう……か……こちらに…大和も…」

 

「はい。武蔵さんや加賀さん、長門さん…他にも大勢」

 

「てーとく。大和に会いたいデスカ?」

 

 桂木が大和に対する並々ならぬ感情を抱いている事に気付いた金剛が問い掛ける。

 

 すると彼は−−煙草を銜えながらゆっくりと首を横へ振った。

 

「Why?」

 

「…会いたくない、と言えば嘘になる……が…どんな顔をして会えば良いのかと思ってね…」

 

 ジジッと紙巻の刻まれた葉が燃える音を鈍く響かせながら桂木が煙草を燻らせる。

 

「…最後にひとつだけ尋ねたい事がある」

 

「なんでしょう?」

 

 鼻腔から紫煙を吐き出した彼は短くなった煙草を灰皿へ押し潰すと彼女達へ向き直って姿勢を正す。

 

「…貴女方は…恨んでいないのか?」

 

「…恨む?」

 

 桂木の言葉に彼女達は一斉に首を傾げた。

 

「どーゆーmeaningデスカ?」

 

「…そのままの意味だ。…あの戦で貴女方は海の墓標となった…不本意な形で…そうなった原因は我々にある。…恨んでいないのか?」

 

「ん〜…提督?逆に質問しても良いデスカ?」

 

「…なんだろう?」

 

 金剛と桂木の視線が空中で交差すると彼女の端整な形をした唇が言葉を紡ぐ。

 

「−−Do you repent of it which was fought for the country?」

 

 提督は祖国の為に戦った事を後悔していますか? と金剛は流暢かつ綺麗な発音の英語で彼へ尋ねた。

 

 その問いに桂木は一瞬だけ瞑目した後、目を開いて彼女へ返答する。

 

「−−I don't no.There is only no it absolutely」

 

 それだけは断じて有り得ない、と桂木は首を振って彼女の問い掛けを否定した。

 

「確かに…多くの同期や部下…従兄弟に親戚…果ては家族までをも喪った……だが私自身は生涯で最も大切と言われている青春を国への御奉公に捧げられた。それに一片の悔いもなければ恨みもない。国を護るのは軍人(さきもり)の役目だ。もし微力ながらも私の能力が国の役に立ったのであれば本望だ。本心からそう思っている」

 

 彼は胸を張り堂々と何ひとつ恥じ入る事なく自身の考えを述べた。

 

 

「私達も同じネ。それと提督。Very niceな発音だったヨ♪」

 

 彼へウィンクする金剛に続いて赤城や雷、電も微笑みながら首肯した。

 

「……そうか……ありがとう……」


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