眼前に広がる『赤』のライダーと『黒』のアーチャーの死闘。いや、ライダーと違い『黒』のアーチャーに決死の覚悟は感じない。言うなればこれは『赤』のライダーの挑戦。
それは如何にも無謀な挑戦だと私には思えた。現に今、圧倒されているし私が所々で放つ援護射撃も特に気にした様子もなく対処されている。しかしとめようとしたとしてあの男は聞く耳を持たぬだろう。
『赤』のライダーの真名、アキレウス。
多くの英雄が存在したトロイア戦争において神々からの恩寵である武器防具、不死身の肉体、人類最速の脚などを存分に駆使して無双を誇り、どこで召喚されても最高の知名度補正を得る事ができる、いわば世界に己の名を刻んだ大英雄。
なるほど、確かに強い。私も彼の人柄と実力には信頼を覚えている。例えどれだけ敵が強かろうと彼ならば踏破する事ができるだろう。多くのサーヴァントの中でもトップクラスに位置する事は間違いない。
だが、私は知っていた。私を姐さんと呼んで尊重し、並み居る英霊のなかでも最強を豪語する『赤』のライダーをみてもブレることのなかった『最強』の存在。
それが『黒』のアーチャー、真名はヘラクレス。英雄としての知名度はアキレウスと同等かそれを上回るだろう。生前の第一印象としては「格が違う」。アルゴー船に同乗した彼をみてそれでも尚、調子の良い口とヘラヘラとした顔を緩めない船長たるイアソンの態度には少し感心したほどだ。
当時の世情に疎かった私ですら知っていたほどの大英雄、少しの間だけだったが共に旅をして彼の実力を見た評価は「最強、無敵、万能」。あまりに強すぎて近寄り難く感じた。
つまり何が言いたいかというとーー。
「誰だ、あんな怪物を呼んだバカマスターは」
つまりはそれが本音である。
☆
「うおおおおぉぉぉッ!!」
本能のままに吼える、全身が燃えるように熱い、身体中に傷が際限なく刻まれていき四肢も限界以上に酷使される。生前でもここまで必死になった事などなかっただろう。
『赤』のバーサーカーは既に打ち果たされたそうだがそんな事はどうでもいい、今はただひたすら目の前の敵を打ち倒すことだけに思考を割く。
「おらァッ!」
神速の刺突、今までよりも距離を置いて加速した力を乗せた必殺の一撃を放つライダー。対処される事は分かっている。
なんとか攻撃と防御を潜り抜けて放った槍撃、それら全てはアーチャーのその頑強性に防がれた。もしや自身と同じように防御系の概念宝具を持っているのやもしれない、とも考えた。
それら全てを踏まえた上で全力を込めた攻撃、大斧を用いて弾くのならばそれでもよし、謎の頑強性で防ぐのもよし、その一瞬の隙をついて『
「ぬんッ!」
「ーーぶっーー!!」
その思惑は、神の雷を思わせる一撃を持ってライダーの体と共に吹き飛ばされた。
アーチャーはライダーの一撃を防いだのではなく、大斧の側面を持って受け流し、勢いに乗ったまま自身の体を通り過ぎようとするライダーの顔面を思い切り殴り抜いたのだ。
意識が飛んでいる様子で、勢いよく木々をなぎ倒しながら受け身も取れずに飛ぶライダー。
追撃を仕掛けようと足に力を込めるが、迫る数本の矢。全て急所を狙ったものであるが問題なく対処する。
「む」
矢に一瞬の意識を割かれた間に消えたライダーの姿、そして凄まじい速度で戦場を離れる2騎のサーヴァントの気配を感じて動きを止めるアーチャー。
「『赤』のアーチャーか」
『赤』のアーチャーが気絶した『赤』のライダーを回収して撤退したのだろう。
「相変わらず素晴らしい敏捷と腕だな、純潔の狩人よ。今回は持ってくる事は叶わなかったケリュネイアの牝鹿を思い出す。今度あいまみえた時こそは互いの弓の腕を競い合おうではないか」
本人が聞けば全力で断りそうである物騒な言葉を呟きながらフィオレに念話を入れようとしたアーチャーだったが、ここより離れたミレニア城塞の東側、裏門がある辺りにライダーとホムンクルスの気配を感じ取る。が、彼らが進む先には『黒』のセイバーとそのマスターの存在も感じ取れる。
「そうか、この期に脱出を。ならば約束は守らねばな」
今更ながらではあるが、魔力の消費を考え霊体化してそちらに向かうアーチャー。一応、フィオレにも念話で自身の今からの行動を伝える。
『マスター、戦闘は終了した。見ていただろうが2騎共に撤退した。が、『赤』のアーチャーの真名は分かった。恐らくではあるが『赤』のライダーも予想がつく』
『そうですか、何が起きているかはよくわからなかったのですが……ともかくお疲れ様でしたアーチャー。こちらに戻ってきている様ではないみたいですが、一体どちらへ?』
『ホムンクルスをライダーが連れて脱出した事は知っているか?』
『ええ、キャスターが探しているとかなんとか……。セイバーとゴルドおじ様を派遣した様ですのですぐに事態は収束するでしょう』
『私はあのホムンクルスを、あらゆる災厄から守ると誓ったのでな。今から少々その誓いを果たしてこようと思う』
その言葉にしばし驚いた様に黙っていたフィオレだったが、多少戸惑いを含んだ声で返答する。
『貴方が誓ったというのであれば、それは何者も阻む事が出来ないモノでしょう』
『そうだな』
『何故、ホムンクルスにそこまでの肩入れをしているのかはわかりませんが……帰還した後に、細かな説明をしていただけるのですね?』
『あぁ、約束しよう』
『では、私が止める理由はありません。その行動を許可します、アーチャー』
最後に『感謝する』と述べて念話を切るアーチャー。眼前に迫ったライダー達の場所では既にセイバーと鉢合わせてしまったようだ。
幾つかの口論を重ねた後、セイバーにライダーを拘束する様命令するゴルド。
その命令に従いセイバーが一歩踏み出した直後、出現させた弓で躊躇なく矢を放つアーチャー。それは十分に威力を抑えたものであるが、不意を突かれたセイバーの肩に突き刺さりその反動で足が止まる。同時にアーチャーが現場に到着する。
「アーチャー!」
それを見たライダーが喜びに顔を輝かせ、嬉しそうに名を呼ぶ。
しかし反対に自身のサーヴァントに攻撃を受けたゴルドは、何が起こったのかわからず少しの間固まり、それが解けると同時にヒステリックに叫び出す。
「ど、ど、どういうつもりだアーチャー! セイバーに攻撃を加えるとは貴様は我らを裏切るつもりか!!」
「黙れ」
言葉と共に発せられた威圧感に思わずゴルドは怯み、彼をかばう様にセイバーが前に出る。
だが、それを好機とアーチャーがセイバーに声を掛ける
「セイバー。貴殿はそれで良いのか? 我らは確かにサーヴァント、使い魔の身ではあるがそれは今を生きる者であるマスターの命令であればなんでも聞き入れていい、というものではないぞ」
その言葉にセイバーは未だ沈黙を保ったままであるが、代わりとばかりにセイバーの背中に隠れたゴルドが声をあげる。
「そ、そうだ! 使い魔とはそういうものであろう! 所詮貴様らは私達に使役される道具にすぎんのだ!」
「私は黙れ、と言ったはずだ。
視線をやり多少の殺気を込めた途端、顔を青ざめさせて腰が砕けたかの様に尻餅をつくゴルド。
多少視線を下げた様子のセイバーにアーチャーは再び語りかける。
「英霊となり、生前の誇りは失ったか? その清廉なる闘気、貴殿は決して悪に寄った考え方をする存在でないことなどとうの昔に分かっている。なればこそもう一度問おう」
「それ、は……」
遂にセイバーは口を開くが、アーチャーは畳み掛ける様に言葉を発する。
背後ではライダーが真摯な顔でセイバーを見つめ、ホムンクルスはただ懸命に今の状況を理解しようと頭を働かせていた。
「貴殿は、それで良いのか? 意思が生まれた無垢なる存在である彼を、ただ生きたいと願う彼を、貴殿は見捨てるのか?」
アーチャーが発言を終えると、セイバーは少し目を見開いて固まる。そして瞼を閉じて何かを考える様に多少俯くが、次第にゴルドへ向き直り己の考えを口に出した。
「マスター、どうか彼を見逃して欲しい」
「な!? セイバー、貴様何を……!?」
怒りと驚愕、そして恐怖によって器用にも顔を青白く染めたまま赤くしてゆくゴルド。
「何故、私がコイツを見逃さねばならん! ふざけるな! 貴様は黙っていろセイバー!」
「オレは貴方の良心に訴えている。彼を見逃しても大した不利益にはなるまい」
尚も口を閉じないセイバーの様子にいよいよゴルドの顔色は真っ赤に染まり、猛り狂ったまま感情に従って吠える。
「黙れ! 黙れ黙れ黙れ黙れ黙れェ!! たかだか使い魔風情が私に意見などするんじゃない!!」
セイバーが「救う気がないのか?」と問いかけるとそんな事は当然だとばかりに叫びながらホムンクルスを攻撃しようと手を向けるゴルド。
それを見て「そうか」と頷いたセイバーはゴルドの首を手刀で叩いて気絶させる。そして気を失って倒れこむマスターを支えて地面に寝かせるとアーチャーに向き直った。
「……すまない、アーチャー。手間を掛けた。おかげで、オレは道を誤らずに済んだ」
「別に構わない。君とマスターの関係は見ていて心苦しいモノでもあったからな」
ところで、自身のマスターに手を上げた訳だが、そのマスターが起きた時にどう説明する気だ? とアーチャーが言うと、セイバーは苦虫を噛んだかのような表情を浮かべて「できる限りの手は尽くす、今度は会話を重ねてな」と今後の行動を語った。
その後ゴルドを抱えてミレニア城塞に戻るセイバーを見送り、ライダーとホムンクルスに顔を向けるアーチャー。するとライダーが彼に飛んで抱き着いてきた。
「ありがとう! ありがとうアーチャー! 君がいなかったら彼は助からなかったかもしれない! やっぱり君に話しておいてよかったよ!」
「いやなに、どれも全て君が彼を救おうと行動した結果だ」
「それでもだ! あ、そういえば君は伝承だと男も女もイケる口だったよね! なんならボクを抱いてもいいよ!」
その発言にアーチャーも思わず吹き出す。大変魅力的な提案だったが、そこは彼の紳士な理性が容易く打ち勝った。「遠慮しておこう」と口に出すとふと自分を見上げる視線に気づく。
視線の方向を見ると、ホムンクルスがアーチャーをじっと見ていた。
「ありがとう、えっと、アーチャー」
「礼はいらない、君を守ると勝手に誓ったのは私だからな」
「あ、でも……」
「ふっ、早速過保護な保護者に似てきたな」
その言葉に一瞬疑問符を浮かべたライダーは「あっ、ボクの事!?」と思わず口に出す。
そのライダーの様子を見て戸惑うホムンクルスだったが、少し嬉しそうに頬を染める。
「ところで、これから先外の世界を生きるなら、名前が必要なんじゃないかな」
「あぁ、確かにな」
唐突なライダーの提案だったが、アーチャーもそれは必要だと頷く。
そしておもむろに考え出す2騎だったが、いまいち良い名前が思い浮かばない、するとホムンクルスがふと言葉を口にした。
「ハークは、どうだろう……ライダーから聞いた、貴方の真名から少しいただいた……」
「それは別に構わないのだが、ライダー……」
「ご、ごめんってば!」
気を取り直すかのように「ごほん」と咳払いをすると「これで名前も決まったね!」と自身への非難の目をそらすライダー。そして「なら、いよいよお別れの時だ」と続ける。
そしておもむろに自身の腰につけている剣を鞘ごと外すとハークに渡す。「これは……」と戸惑う様子のハークに「いいからいいから!」と明るく言った。
「持っててもどうせ使わないからさ、選別にあげるよ! ほら、アーチャーからも何か貰えるんだってさ!」
しぶしぶといった様子で剣を受け取るハークに、アーチャーは黄金の林檎を手渡す。それを見て驚く様子のハークにアーチャーは効果を説明する。
「いつでも、君のタイミングでいいからこれを口にするといい。そうすれば君は人並みの寿命を得ることが可能となる筈だ」
「そんな、貴重な物をいただく訳には……」
「持っててもどうせ使わないからな。ああそれと、口にするのは一口でいい。宝具としての奇跡が発現するのは最初の一口だけだからな。後はどんな傷も回復する程の良い回復道具として使える」
腐らないから適当に保管するだけでいいぞ。と説明を終えるアーチャーにじっとハークが目を合わせる、感謝の念が視線越しにでも分かるほどだ。
英雄2人に背中を押されたハークはしっかりと地を踏みしめ歩き出す。2騎が見守るその背中には様々な不安と多くの希望が感じられた。
「じゃあね! ハーク! またいつか!」
そう言ってぶんぶん手を振るライダーだったが、ハークは振り向かない。振り向けば、彼らの優しさに再び甘えそうになるから。
「息災でな、君の未来が幸運に恵まれるよう神に願っている」
いや、オリュンポスの神に願うのは少々マズイな……。と改めて声をかけるアーチャー。
「君がこれから生きていく、この世界に祈っているよ」
ライダーとアーチャーのその言葉を心に留めて、彼は進む。不思議と涙が浮かんでくるが何故かは分からない。この胸の痛みの正体も、世界を知れば分かるようになるのだろうか。
段々と遠ざかっていくライダーの声を聞きながら涙を拭ったハークは、剣をしっかりと握って、黄金の林檎を一口齧った。
彼の祝福に満ちた旅は、これから始まる。
いやね、フェルグスが両刀ならね、彼もいいんじゃないかなーって。
正直すまんかった。
ハーク君の名前は「ヘラクレス→ハーキュリーズ→ハーク」って感じで決まりました。
それと大変申し訳ないのですが、仕事が繁忙期に入った為著しく更新速度が落ちると思います。
書き始めた時期が悪かったです……つらみ。
気長にお待ちいただけると幸いです。
ハーク君が世界を旅する外伝が書きたい…。