「もしかして、いやもしかしなくても君の真名はヘラクレスなのかな!?」
そう興奮したように発言するのはセレニケが召喚した可憐なるライダー、アストルフォ。
同じ陣営に所属する以上、それぞれのサーヴァントの真名開示は事前に決められていた事、召喚を行なったマスター達が誰からそれを言うのかとアイコンタクトを送り合っていたところ真っ先に飛び出したのは理性蒸発のスキルによって本能のままの天真爛漫さを抑えられないライダーだった。
まずは自身の名、次いでキャスター、バーサーカー、セイバーと聞いて回ったライダーは、セイバーの真名開示をマスターたるゴルド自身が拒否し、更には己のサーヴァントが口を開くことも禁止するというアクシデントがあったものの特に気にした様子もなくアーチャーの前に慌ただしく足を止めてこう聞いたのだ。
彼の真名は流石のゴルドも気になったのか、セイバーの真名開示を拒否しそのまま部屋を出て行こうとしていた足を止めて青白い顔で佇む。
「ああ、私の真名はヘラクレスであっている。これから共に闘う仲だ。よろしく頼むぞライダー」
「やっぱり! やっぱりそうなんだ! ふわぁ凄いなぁ! まさかヘラクレスと一緒に戦える日が来るなんて! うん! よろしくねヘラクレス!」
アーチャーは顔を赤くして鼻息荒くそう言うライダーに苦笑しつつも、一応自分の事はクラス名で呼ぶように。と注意を入れる。
それに何度もコクコクと頷くも未だ興奮冷めやらぬ様子のライダー。ライダーほどとはいかないまでも、他のメンバーも大なり小なり衝撃を受けている。中でも最も大きな衝撃を受けたのはダーニックであった。
「ダーニックよ」
「はい、公王。驚くべき事に、彼の者は知名度による最大の補正を受けた公王のステータスを軒並み上回っております。まさか、全てのステータスがA以上とは……」
「ふっ、なに……ソレも彼の戦士がヘラクレスだというのなら納得である。生前の余に足りなかった唯一のモノ、即ち一騎当千の将。それがこれほど……今の余は生前ですら感じたことのない高揚感に包まれているぞ」
その言葉に「はっ」と応えつつもダーニックは頭を回転させる。もし無事に聖杯大戦を終え、通常の聖杯戦争の形に戻した時、目下最大の敵となるのは間違いなくあのアーチャーであるだろう。味方である間はこれ以上なく頼もしいが、もし敵となった場合を考えると頭が痛くなる。
「ダーニック、今はそれ以上考えるな。目先の事以上を追いすぎると、足元をすくわれてしまうぞ」
「はっ、お心遣い感謝いたします」
ランサーの言葉に恭しく頭を下げたダーニックは、ついっとゴルドを見る。部屋を出るタイミングを見失ったのか呆然と突っ立っているその姿に、気の毒なやつだ。とらしくない感想を抱くのだった。
☆
「この聖杯大戦の緒戦……我が陣営の『黒』のセイバーと、これに相対した黄金の槍兵『赤』のランサーの戦いは貴方の目からはどのように見えましたか? アーチャー」
夜通し行われたにも関わらず決着のつかなかった戦いを見届けたフィオレを含むマスター陣は自室にて休息を行うこととなった。その移動中、その身体の大きさと魔力の消費を抑える為に霊体化して背後に控えているアーチャーにフィオレは気になっていたことを素直に聞いた。
『どちらともに素晴らしい実力の戦士である事は間違いない。だが『赤』のランサーは多少の余裕を残していたように見えるな。ルーラーを狙った事といい赤の陣営は何かが怪しい。だが、まぁもし『赤』のランサーと戦う機会があったとしてもその事を踏まえておけば問題なく対処できる筈だ、マスター』
「ふふっ、頼もしいかぎりです。その時がきたら貴方が十全に戦えるようにしっかりと準備しておかないといけませんねっ」
ふんすっと鼻を鳴らすフィオレを微笑ましく思いつつ、アーチャーは自身が感じたことをもう一言付け加える。
『フィオレ、恐らく『赤』のランサーは太陽神に連なる者の筈だ。あの苛烈にして灼熱の様に燃え滾る闘気は、生前対峙したアポロンと似た様に感じた』
「……それは本当ですか? 太陽神に連なる者であり黄金の鎧を持つとなると、彼のマハーバーラタの大英雄が思い浮かびますが……いえ、短絡的な結論はいけませんね」
念の為、この事はおじ様にお伝えしておかなくては。と結論づけたフィオレだったが、直後にアーチャーから「既にランサーには伝えてある」と聞き多少膨れる。
自身のサーヴァントであるのに自身に真っ先に報告してくれなかったことが少し気に入らなかったのだ。
不機嫌になったマスターを宥めつつ歩いているとフィオレの部屋にたどり着く。何はともあれ先ずは休息を取らないと、いざという時に寝不足でボッーっとしていましたでは話にならない。
アーチャーがそれを言うまでもなくフィオレも理解している為に、素直に部屋に入る。
「ではアーチャー、私は休息をとります。なにかあれば起こして下さい」
『了解した、しっかりと休んでくれフィオレ」
はい、と返事をして扉を閉めるフィオレ。本来であれば部屋の中でマスターの護衛に徹するつもりであったが、今回に限っては部屋の前で待機する事となっている。アーチャー1人となり頭の整理をする為だ。
召喚された後、それなりにフィオレと会話を重ねた結果、良好な関係が築けている。マスターとサーヴァントの関係としては合格点以上だろう。自身が召喚に応じた理由が「自身の力を求めたものに応える為」である事も話し、フィオレが叶えたい願望が「魔術回路のせいで動かない両足を、魔術回路をそのままに動くようにしたい」である事も聞き、それを叶える為に最善を尽くす事も誓った。だが、その後に知った事柄がアーチャーの心に引っかかりを生んでいる。
ゴルド・ムジーク・ユグドミレニアが考案し、現状実施しているマスターの負担を少なくする為の魔力パス分割システム、その為に生み出され魔力を供給するためだけに存在するホムンクルス達。
魔術の心得がない自身ではそれらを破壊したとしても、ただ無為に死んでいくホムンクルスの寿命をさらに縮めるだけであろう。それに今回の召喚においては、第一に何よりもフィオレを優先する事は既に誓っている。で、あるならば。
もしも自我のない彼らに自我が芽生え、助けを乞うてきた時は必ず救う。そう決めた。
自身の心にひとまずの決着をつけた無双の弓兵は引き続き周囲を警戒しつつ、大戦の次の場面を待つ。
数時間後、マスターとそのサーヴァント達は再び一堂に会し中空に投影された映像を見ていた。
画面内には大量のゴーレムの残骸と戦闘用ホムンクルスの死骸、その中心で好き放題に暴れまわる『赤』のセイバーとそのマスターがいた。
☆
「ーーオラァッ!!」
大量のゴーレムを次々と破壊するのは全身を鎧で包んだ剣兵。だがその戦い方は清廉なイメージのあるセイバーとは少し外れたものだった。
殴る、蹴る、頭突き、挙げ句の果てには剣をぶん投げる。重要なのは敵を打破する事でありその過程はどうでもいいという信念が透けて見えるようだ。
「ほらよっと」
セイバーが戦っているすぐ近くでは軽い調子で銃を乱射し、戦闘用ホムンクルスを次々と倒すマスターの姿があった。魔術師にしては珍しく近代兵器を惜しみなく使うその男の名は獅子劫界離。魔術協会が派遣したマスターの1人である。彼は
調子を落とさないまま次々とゴーレムとホムンクルスを全て倒し、数分も経たないうちに戦闘が終了する。
「ーー終わったぞ、マスター」
「おう、ご苦労さん」
その辺にあった石に腰掛けタバコを取り出す獅子劫、それを見たセイバーは「意外とやるじゃないか、ネクロマンサー」と兜のみ消しつつ純粋に感心したような声音で発言する。
兜の下から現れたのは、鎧に見合わぬ可憐な容貌。だが不思議と違和感はない。
「一応ほどほどに修羅場は潜ってきてるんでな」
「はっ」
程々に雑談を交わしつつ破壊したゴーレムの残骸を調べる獅子劫。使われている術式や、サーヴァントであるセイバーの攻撃を数合耐えた事により、現代の魔術師ではありえない強度のゴーレムである事で敵サーヴァントの中にゴーレム作成に特化しているものがいる事などを推測していく。
セイバーが自身の実力に感心した風な獅子劫に渾身のドヤ顔を見せつけるなどのやり取りをしつつ調査を続けていくが、不意にセイバーの背筋を強烈な悪寒が襲う。
「マスターッ! 下がれ!!」
獅子劫の襟首を引っ張って思い切り自身の後ろに匿うセイバー、先程消した兜も付ける。その直後、
「ーーづッ! ガァッ!!」
ドゴォ!! と周囲一帯に響く物凄い音を立てつつ何とか飛来した何かを弾くセイバー。
弾いた物体に目をやる前に、目の前で起こった事の驚愕に目を見開く。
「クソが、剣で弾いたってのに衝撃の余波だけで籠手がぶっ壊れてやがる」
「ゲホっゴホっ、な、なんだと!?」
そのセイバーの発言に、突然引っ張られたせいでむせていた獅子劫も思わず大声をあげる。だが素早く思考を切り替えて体制を立て直しつつ、今セイバーが弾いた物体は恐らく矢だと検討をつけて素早くこの場から逃げる算段を立てる。
「マスター、敵は恐らくアーチャーだ。こんな馬鹿げた矢を放つ奴なんざ弓兵以外ありえねぇ」
「ああ、俺もそれに同意だ。次弾は?」
「わからん、何故か来る感じはしてねーな。出方を見てんのか、舐めてやがんのか」
「それは僥倖だ。さっさとずらかるぞ」
セイバーが素直に納得するとは思わない獅子劫は撤退する為の理論武装を展開しようとするが、予想に反してセイバーは素直に頷く。
「ムカつくがそいつには賛成だ。今の一撃、認めたくないが……『黒』のアーチャーはトリスタン以上の弓の使い手だ。矢の方角に目を凝らしたが影も形も見えやしねぇ」
「セイバーでも見えないか、一体どれだけ離れたところから……いや、今は急いで逃げるぞ!」
いつまでたっても追撃が来ない事に疑問を持ちつつ、念の為煙幕を張り、来る時に確認していた逃走ルートを走り出す。
直後ーー。
「ーーちっ、クソ!」
ドゴォ! と再び飛来した矢を弾くセイバー、先程纏い直した籠手が再び損壊している。
続いて2撃、3撃と続く矢に対処を追われる、一撃一撃に全身全霊を持った攻撃を加えなければ弾くこともままならない威力に鎧が次々と損壊していく。
「マスター逃げろ! コイツ、何故かマスターをねらってねぇ! ムカつく野郎、だッ!」
また一撃、次弾の到達時間が段々と早くなっているのがわかり、自分は足手まといだと判断した獅子劫は「悪い! 任せた!」と言葉を残して全速で戦場から離脱する。
「弓兵風情がッ! 調子に乗りやがって!」
猛りながらも確実に攻撃を弾いていく。余波だけで鎧は既にボロボロであり、辺り一帯は見るも無残な状態となっている。
マスターを逃がせれば後は何とでもなる、今まではマスターを狙った様子ではなかったがいつ標的が変更されるか分からない。精々気を引いてやるとしよう。
セイバーは愛剣を両手で握り直し、迫る矢に一歩踏み込んだ。
☆
「ハァッーーハァッーー」
5分ほど迎撃し続けたセイバーは息を荒げて満身創痍の様子。絶え間なく迫る矢は一向に止む気配はない。
ヒュゴッ! と再び迫ってきた一撃にタイミングを合わせて全力の一撃を加えようとする、が。
「なっ!? ぐがッ!!」
右肩に直撃を受けたセイバーは大きく仰け反る。先程までの一撃と同じように迎撃しようとした身に何が起こったのか。答えは単純、
何故そうなったのか。セイバーは歴戦の英雄であり猛者である、どれ程の威力の一撃であろうと現に先程まで迎撃を続けていた。目測を誤ることなどありえない、はずだった。
迫る。迫る。直撃を受けて既に片手でしか剣を持てなくなったセイバーに容赦なく迫る決死の矢。
「クソ、がッーーづぁああッ!」
再び剣は空を切る。矢は左足に直撃。比較的形を保っていた腰と足の鎧が代わりに吹き飛んだおかげか、千切れ飛ぶような衝撃を受けたにも関わらず左足は原型を保っていた。
だが、今の一振りで矢が素通りする理由は判明した。分かってみれば単純な話である。
「オレの…癖を…把握して……軌道を逸らしてやがったのか、ふざけたことしやがって……!」
矢を迎撃するセイバーの技の癖を見抜き、矢を迎撃する際の剣の軌道を予測してそれに当たらないように、そしてセイバーが気付かないように微妙に軌道を逸らしていたのだ。
まさに絶技、威力だけではなく技量まで超級とは恐れ入った。と絶体絶命な状況にも関わらず敵に賛辞を向けるセイバー。
だが彼女も英霊、最優と謳われる剣のサーヴァントに3度も同じ手は通じぬ。次こそは確実に撃ち落としてやろう。
剣を支えにボロボロの身体でそれでも不敵に笑う彼女に応じたかのように新たな矢が迫る。だがそれはただ一つの矢などではなく。
見上げた光景に愕然としつつも、セイバーは諦めない。
「……使う、しかねえな。『
『令呪をもって命じるーー』
視界を覆う矢の雨、ボロボロの身体、宝具を解放したとしてまともにそれが振るえるかどうか。だが、解放せねば確実に死ぬ。ならば使わないという選択肢はないーー。
とセイバーが意思を固めて宝具を解放する姿勢に入ると、頭に声が響いた。
つい先程まで聞いていた筈だというのに随分と懐かしく感じる声に、思わず笑いを零す。
「へっ、やっとかよマスター、待ちわびたぞ!」
『俺の所に来い! セイバー!』
「……次こそは、必ず倒す! 首を洗って待ってやがれ『黒』のアーチャー!」
宝具の解放を中断し、『黒』のアーチャーに宣戦布告をすると同時に消える『赤』のセイバー。その直後に、一帯に矢の雨が降り注いで更地へと変えて行く。
☆
「ふっ、威勢が良い。待っているぞ『赤』のセイバー」
宣戦布告をマスター経由で聞いた『黒』のアーチャーは、口角をわずかに上げて呟く。
そのまま帰還するようにとのフィオレからの指示に従い、『赤』のセイバーがいた地から20kmほど離れた場所から退散するのだった。
楽しみが一つ増えた、と喜びの感情を携えながら。
フィオレと契約したことで幸運値がAとなったヘラクレスさん
※誤字を修正しました。