ーー素に銀と鉄。
ーー礎に石と契約の大公。
ーー手向ける色は『黒』。
広い空間に重なって響く複数の声。その全てに魔力が込められ言霊として作用している。
総勢5人。彼らの目の前に存在する魔法陣に向かって唱えるは、これからの戦いを共に駆け抜けるサーヴァントを英霊の座から呼び出すための詠唱。
ーー降り立つ風には壁を、四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ。
ーー
ーー繰り返す都度に五度、ただ満たされれる時を破却する。
聖杯戦争。ただ一つの聖杯を巡って7人の
戦争という名称が示す通り、その戦いは尋常でない場合が多い。何故ならば、召喚されしサーヴァント達はそれら全てが何らかの形で人類史に刻まれ、死後英霊として昇華された存在をクラスという型にはめた者達であるためだ。神代の存在などは生前よりも弱体化されている場合があるが、実在が確認されているような神秘が薄れた時代に活躍した者は、生前よりも遥かに強大な力を得るものが多い。
そんな存在を7騎もこの世に現界せしめ、各々が願いを叶える為に争い合う。命など初めからかなぐり捨てた様なもの、これに参加しようなど正気の沙汰ではない。
ーー告げる。
ーー汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。
ーー聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ。
ならば、何故彼ら5人は同じ場所で同時にサーヴァントを召喚しようとしているのか。
召喚を終えた直後から争える様? ーー違う。
己が召喚したサーヴァントを互いに自慢する為? ーーこれも違う。
共闘する事で強大な敵を打ち倒す為? ーー当たらずも遠からず。
では、何故? ーーこれが、ただの聖杯戦争ではないからだ。
ーー誓いをここに、我は常世全ての善と成る者、我は常世全ての悪を敷く者。
ーー『されど汝はその目を混沌に曇らせ侍るべし、汝狂乱の檻に囚われし者、我はその鎖を手繰る者』。
聖杯大戦。7騎のサーヴァントで争うのではなく、7騎のサーヴァントと7騎のサーヴァントが2つの陣営に分かれて戦う、戦争の枠を飛び越えた理解不能の大戦争。進行役たる裁定者のクラスが1騎、聖杯によって召喚されるとはいえそれがどれほどの抑止力となるのか。それがここ、ルーマニアの地で開催されようとしている。
敵は『赤』の陣営、彼らは『黒』の陣営。
それぞれが用意した触媒、いわゆる聖遺物を用いて自身と契約するサーヴァントを呼び出す為に、その手に宿りしマスターの証である3画の令呪を輝かせる。
召喚を現在進行形で行なっている5人は、1人はゴルド・ムジーク・ユグドミレニア。やや肥満体の男。1人はフィオレ・フォルヴェッジ・ユグドミレニア。車椅子に乗っているが見目麗しい少女。1人はカウレス・フォルヴェッジ・ユグドミレニア。フィオレの弟であり眼鏡をかけた未だ少年の面影が残る青年。1人はセレニケ・アイスコル・ユグドミレニア。こちらも眼鏡をかけているが生来の少々キツイ目は緩和されている様子はない。そして最後の1人はロシェ・フレイン・ユグドミレニア。少年の風貌をしているが澄んだ双眸からは知性の高さを伺わせるモノが感じられる。
全てが同じ一族に連なる者であり、そして少し離れた位置から自身が召喚したサーヴァントと共に彼らを見守る存在、ダーニック・プレストーン・ユグドミレニア。彼こそが一族の長であり筆頭魔術師、政治工作の賜物であるが魔術協会において『冠位』に指定されたこともある人物だ。
ダーニックが召喚したサーヴァント、クラスはランサー。玉座から見守るはヴラド三世、ここルーマニアにおいて抜群の知名度を誇りそれによる補正で全てのステータスが高ランクとなっており、並大抵のサーヴァントでは太刀打ちできない戦闘力を発揮することを可能としている。
『黒』の陣営において既に王は存在する。ダーニックらが欲し、ゴルドらが応えたのは優秀な戦士を召喚すること。
じきに詠唱が終わる。彼らが召喚するのは果たして望んだままのサーヴァントか、望んだ以下の亡霊か、それとも、望んだ以上の英雄か。
ーー汝、三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ。
ーー天秤の守り手よ!
魔力の奔流が広大な室内を埋め尽くす。その膨大な魔力の放出にゴルドらは咄嗟に顔を庇うが、ダーニックとランサーは片時たりとも目を逸らさない。
「……来たか」
思わず、といった風に呟くランサー。その口元は少し笑っている様にも見える。
「ええ、公王の麾下となる英霊たちです」
ランサーのそれは誰に向けた言葉でもなかったが、気分の高揚したダーニックは滑らかな口調で応える。彼らのソレはまさに臣下と王の有様であったが、所詮は偽りのもの。ダーニックが必要だと感じた為にそう演じているに過ぎない。
ダーニックはそのまま、召喚されたサーヴァントのクラス名を左から呼んでいく。
「キャスター」
ロシェが召喚したのは、顔を覆い隠した金色の仮面が特徴的な異色な風体の男。真名、アヴィケブロン。
「ライダー」
セレニケが召喚したのは、可憐な容貌が目を惹く軽鎧の少女(または少年)。真名、アストルフォ。
「バーサーカー」
カウレスが召喚したのは、大きな槌を持ち額に角が付いている少女。真名、フランケンシュタイン。
「セイバー」
ゴルドが召喚したのは、大きな剣を背中に背負う屈強な肉体の男。真名、ジークフリート。
そしてーー。
「あ、アーチャー……なのか?」
姿を現したその大男の放つ覇気と威圧感にやられ、思わず言葉に詰まるダーニック。
そのあまりに強大な存在の顕現にマスター達は当然、召喚されたサーヴァント達も彼を見やり、固まる。
フィオレが召喚した、大弓を手に持ち、何らかの織物を肩から羽織っている巌の巨人、彼こそが。
古今無双の大英雄、全ての英霊の頂点に立つモノと言っても過言ではない存在。
真名、ヘラクレス。
彼が言葉を発そうとしたタイミングに合わせて他のサーヴァント達も視線を切り、口を開く。
『召喚の招きに従い参上した。我ら『黒』のサーヴァント。我らの運命は
正史とは違う
フィオレが用いた触媒、とあるケンタウロスを射抜いた大英雄の矢。ヒュドラの毒が塗られたソレで召喚されるのは射抜かれた
この違いが物語にどういった影響を与えるのか、知り得る者はまだいない。
漫画版基準でロシェも一緒に召喚させてます。
ケイローン先生の代わりにヘラクレス召喚してたらどうなってたのかなー、と思い立って書いた短編ですね。
どうなってたのかな、なんて言いつつ召喚までしか書いていないわけですが。
彼が召喚された際に皆が気圧されていた覇気はあれです。ネロ祭再びの時の高難易度イベVSヘラクレス戦の初手アーツ超ダウンデバフ「大英雄の覇気」とFakeで彼が召喚された時の周囲の反応が元ネタです。
続きはまた気が向いた時にでも。