ロクでなし天才少女と禁忌教典   作:“人”

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戻ってきた日常

「……そ、んな、ことって……」

 

今日1日で、システィーナは様々な非日常を経験した。

テロリストに学院が襲われ、親友が死に、その親友が生き返って敵を殺した。普通の人間には、否ほとんどの人間には一生関わることがないであろうその事象の数々。

 

————学院が襲われた時、実はシスティーナは大して恐怖を感じなかった。

 

それは傲慢ではあるが、『リーナなら大丈夫』という信頼によるものだ。目の前で侵入者の軍用魔術を同じ魔術で相殺してのけた彼女ならば、結界で2人を閉じ込めておくことなど造作もないとその時は思っていた。

 

————そして、その親友(リーナ)が斃れた姿を見た時、システィーナは目の前が真っ暗になった。

 

こんなに容易く、人が死ぬとは思っていなかった。何もかもが分からなくなって、気がついた時にはリーナが生き返っていた。

 

————リーナの手で人が死んだ時は、何も感じなかった。

 

むしろ、大切な友人を殺した相手だ。まさしく自業自得だと思ったし、あのまま生き返らなかったら自分が後で復讐することも考えたかもしれない。

 

—————そして、今。斃れたリーナに【ライトニング・ピアス】の追撃があったと聞き、改めてリーナの死を見た時の恐怖が蘇る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「【ライトニング・ピアス】は知っての通り、魔術的防御のないただの人間なら掠めただけで感電死する軍用魔術だ。当然、死亡したリーナに魔力なんてものはない。つまり……」

 

「………無防備な状態で、感電した?」

 

「だろうな。人が死ぬレベルの感電を受けて、よく蘇生できたものだと思ったよ。………本当に、よかった」

 

リーナが生き返れた事への喜びと、下手人に対する怒り。そして、彼女が失われる恐怖。セリカの声音には、様々な思いがこもっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……さて、気を取り直して、だ。リーナの手当も終わった事だし、襲ってきたテロリストどもの残党を片付けに行くか」

 

「…えっ。まだいるんですか⁉︎」

 

てっきりこれで終わりだと思っていたシスティーナは、グレンの言葉に素っ頓狂な声を上げた。

 

「おそらくな。セリカは無理矢理結界を壊して学院に入ったみてえだが、そもそも俺達は外に出られない。転送法陣も潰されてるみたいだしな。なら、敵はどうやって出る算段だった?」

 

システィーナは考える。

 

(結界を壊す?……否。そもそもそれはアルフォネア教授だからこそできたのであって、そんなに容易な事じゃないはず。転送法陣は潰れているし、……あっ)

 

「まさか、転送法陣の転送先を書き換えて……?」

 

「おっ、冴えてるな白猫。多分その通りだ。書き換えには膨大な時間がかかる。恐らく、その時間稼ぎをする役目を負ってたのがあの2人だろ。……まあ、あくまで俺の推測だがな」

 

結界を壊したり、解除したりなどすれば、異変に気付いた外部の者が侵入してくるリスクもある。ならば、わざわざ結界を解いて捕まるリスクのある逃亡を選ぶよりは、多少時間をかけてでも転送法陣に設定された転送先を書き換える方が都合が良い、というわけだ。

 

—————もっとも、その時間稼ぎは失敗したわけだが。

 

 

「転送法陣のある場所は、確かあの塔だったか?」

 

「ああ。……つっても、本当にいるって確証はないんだけどな」

 

「実際に行ってみるしかないな。……私が行ってきてやろうか?」

 

確かに、敵の戦力が分からない以上、この中でもっとも戦闘力が高いセリカが行くのは理に適っている。だが、

 

「お前がいなくなったら、リーナの容体が急変した時対処できないだろ。俺が行く」

 

リーナの特殊な体質、体構造を理解しているのはセリカだけだ。ここでセリカが離れるわけにはいかない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……いえ、その必要はありませんよ。こちらから来ましたから」

 

 

「何っ⁉︎」

 

そこにいるはずの無い、第三者の声が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、その最後のテロリストがヒューイ先生だったのね」

 

「ああ。あっさりと負けを認めて投降したよ」

 

 

天の智慧研究会による事件から2日が経過し、現在。セリカの屋敷にて。ベッドに横たわりながら、リーナはセリカから今回の事件のあらましを聞いていた。

 

セリカ曰く、ヒューイは天の智慧研究会が送り込んでいたスパイだったらしい。それも、ルミアを連れ去る計画の為だけの使い捨ての駒。だが、学院で長く過ごす内に、生徒達が大切な存在になってしまった。———スパイであったにも関わらず。

 

 

 

『実際、リーナさんがやられた時は酷いショックを受けました。そして同時に、彼女が蘇って安堵した。……それで気付いたんです。私はいつの間にか、天の智慧研究会の命令よりも生徒の方を大切に思っていたことに。この計画が失敗したからといって、大して悔しくもありませんしね』

 

 

 

セリカやグレンの問いに、ヒューイは知っている事を隠す事なく全て話した。……もっとも、下っ端であるヒューイからは、天の智慧研究会についての重要な情報は得られなかったようだが。彼は今、軍に拘束され、取り調べを受けているらしい。

 

「…それにしても、驚いたわ。ルミアが王家から追放された元王女様で異能者だった、なんて」

 

「やっぱり、親近感を覚えるか?ルミアに対して」

 

「それはどっちの意味かしら?」

 

「どっちも、だ。……帝国の為に実の親から追放された記憶を持つルミアと、幼い頃に記憶を無くして封印されたお前。どちらが不幸なのかは分からんがな」

 

その言葉に、リーナはクスリ、と笑った。

 

「誰がどう聞いても、わたしの方が圧倒的に幸福ね。……親の顔なんてセリカ以外は知らないし、知らないが故に悲しみを覚えることもない。むしろこんな贅沢な生活をさせてもらえたのだから、わたしを捨てた親に感謝しているくらいよ?そのおかげで兄様にも出会えた」

 

「全く。嬉しい事を言ってくれるな、愛娘」

 

「ただの事実よ。……それで、その後は?」

 

「ああ、事件のあらましはこれで終わりだ。ただ、その後二組のクラスメイト達が医務室に押しかけて来てな。お前の包帯まみれの姿を見るなり大騒ぎだ」

 

「そうでしょうね。…全く、こんなに包帯巻かなくてもいいのに……」

 

「駄目だ。普通の人間なら治癒魔術を使えばすぐに治るが、お前の場合は治癒魔術が効きにくい。おまけに蘇生したばかりで今は治癒限界。しばらくの間は絶対安静な?」

 

「…ちなみに、どの程度?」

 

「自分1人で立ち上がるのは禁止。1人で出歩くのも禁止。魔術の行使も禁止」

 

「……それ、本気?」

 

「なあに、安心しろ!私が24時間つきっきりで看病してやる!」

 

—————セリカは、あまりにも過保護だった。

 

「ええと、セリカ?学院は?わたしのじゃなくて、貴女の」

 

「休むに決まってるだろ?こんなこともあろうかと有休を使わずにとっておいたんだ。いい機会だから、遠慮なく消化してやる!」

 

————それは、学院にとってかなりの痛手ではなかろうか?

 

正直なところ、リーナはセリカが学院で研究以外何をしているのかを知らない。グレンのように授業をしているわけでもないし、別に長期休んでもいいような気もするが………セリカの立場や能力から考えて、長期間いないのはマズイのでは?

 

しかし、セリカに真っ向から逆らえる人間など、そうそういるはずもない。考えるだけ無駄だろう。

 

「……ええと、じゃあお風呂とかは?」

 

「その傷で入れる訳ないだろ?……風呂の代わりに私特製の薬液に浸したタオルで身体の隅々まで清潔になるように丹念に拭いてやる。食事も私が手ずから食べさせてやるし、用を足したくなったら私が世話をしてやるから、安心して寝てな?」

 

「………………」

 

サーッと、リーナの顔から血の気が引く。

 

(……いくらなんでも、過保護過ぎるわよっ!そ、それに、下の世話って、相手がいくらセリカだからって、この歳で⁉︎)

 

そんなリーナの内心を読み取ったのか、セリカが「やれやれ」と言わんばかりにため息を吐いた。

 

「……あのな、リーナ?お前は怪我人なんだぞ?しかも、不安定な蘇生のせいで、重病人レベルでいつ死んでも不思議じゃないくらいの危ない患者だ。グレンに世話されるわけでもないし、同性の母親に介護レベルの看病をされるんだから、まだマシだろう?」

 

 

—————完全に正論だった。

 

リーナは抵抗を諦めた。むしろ本人がやってくれるというのだから、素直に従うべきだ。ここはひとつ、幼い頃に戻った気持ちで、甘えるのが吉だろう。

 

—————というわけで。

 

 

 

 

 

「お母さん、お水持ってきて〜♡」

 

滅多にしない猫なで声で、リーナはおねだりをした。

 

「あはは、いいぞー。全くリーナは素直で可愛いなあ!」

 

 

 

 

ガタンッ!

 

 

「「………⁉︎」」

 

 

そして、その直後に部屋の外から聞こえた物音。

 

(……誰?兄様?)

 

現在の時刻を考えると、確かに授業は終わっているので帰ってきてもおかしくない時間だが……。

嫌な予感がした。

 

 

『……あれ?なんだまだ入ってなかったのかよ。遠慮なく入っていいっていったろ?』

 

『……ちょ、先生⁉︎今はタイミングがーーー』

 

そんな会話が部屋の外から聞こえてくるや否や、ガチャリと扉が開き、

 

「よう、リーナ。具合はどうだ?」

 

「……あ、えーと、お邪魔します」

 

「…お邪魔します」

 

何やら暇つぶしに使えそうな本やら一口サイズにカットされた果物やらを持ってきたグレンと、お見舞いにきたと思しきシスティーナとルミアがやってきた。グレンはともかく、少女2人はなにやら気まずそうな顔をしている。

 

それで先ほどの会話を聞かれていたのだと察した。つまりは、人前では絶対にしない猫なで声も聞こえていた、ということで。

 

 

「………………」

 

リーナの顔がみるみる赤くなっていき、ついには『ボスッ』と枕に顔を思い切り埋めた。

 

 

「~~~~~~ッ⁉︎」

 

 

———————体勢をいきなり変えたことで傷に響き、激痛が走ったのは言うまでもないことだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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