ロクでなし天才少女と禁忌教典   作:“人”

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……課題のレポートが多すぎて更新が遅れました。多分これ以降も更新が遅くなるかと思われます。


抗う者

「……大した女だった。まさか宣言通りに道連れにするとはな」

 

 

そんな男の賞賛など、誰の耳にも入らない。

 

「…そ、んな」

 

ルミアが膝から(くずお)れる。彼女の脳裏には、リーナやシスティーナと共に過ごした一年が浮かんでは消えていく。

 

「嘘、だよね?ねえ、リーナ……」

 

 

『あら、本当に上手ね。わたしにも教えてくれないかしら?』

 

得意な手芸を初めて見せた時のリーナの微笑みが蘇る。

 

『…こんな感じ、かしら?』

 

『そうそう!初めてなのに上手だね、リーナ!』

 

教えて1時間で驚くほどに上達し、半ば1人でマフラーを完成させた彼女の嬉しそうな顔が眼に浮かぶ。

 

————浮かんだそれらを眼にすることはもうない。彼女は失われた。自分たちを逃すために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

絶望と悲嘆に苛まれるルミアの横を、よろよろとシスティーナが進む。足取りはふらつき、今にも倒れそうだった。

 

————その目を見れば、彼女が正気を失っているのは明らかで。

 

「……見間違い、よね?そうよ、リーナなわけない。だって、今もリーナはあの2人を閉じ込めて……」

 

それを確かめでもするかのように、彼女は床に転がったものに歩み寄る。そして、至近距離でその顔を確かめ————

 

 

 

 

 

 

 

 

「嫌あぁぁーーーッ⁉︎」

 

絶叫し、縋り付く。——————それで、鼓動も呼吸も完全に止まっているのだと嫌でも理解させられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…こちらの要求は一つだ。ルミア=ティンジェルを渡せ。そうすれば大人しく手を引くと約束しよう」

 

 

少女2人が打ちひしがれる中、男は構わず要求を突きつけ、グレンはリーナと、斃れた彼女に縋り付くシスティーナを背に庇うようにして前に出る。

 

—————手袋に仕込んであったスクロールを使用して拳を最大限強化。即座に臨戦態勢に入った。

 

白魔術を仕込んだスクロール。一年前ーーーグレンが宮廷魔導士団を辞めるおよそ一ヶ月前に、リーナがお守り代わりに作ってくれた、拳の耐久力と腕の筋肉を飛躍的に向上させる、一度しか使えない切り札。

 

 

「その戯言を信じろって?……ふざけんな。あいつを手に掛けた時点でお前は惨たらしく殺してやる」

 

男の要求に対するグレンの返事は、冷たい殺気。交渉決裂の宣告だった。

 

「…そうか。ならば力づくで連れていく。予定をこれ以上狂わせられるのも困るのでな」

 

その一言が、戦闘の引き金となった。

 

「《猛き雷帝よ・極光の閃槍以って————」

 

グレンによる問答無用の【ライトニング・ピアス】。だが、

 

「《霧散せり》っ!」

 

—————あまりにも遅い。その軍用魔術は、男————レイクの【トライ・バニッシュ】によって破られる。そして、即座に反撃。

 

「《吠えよ炎獅子》!」

 

レイクによる【ブレイズ・バースト】の一節詠唱による起動。それに構わず、グレンは迷わずダッシュ。

 

「……何ッ⁉︎」

 

レイクが異変に気付いたが、時既に遅し。

マナ・バイオリズムが一気にカオス状態になったことで剣の魔導器は動かせず、

 

「らあぁぁーっ!」

 

グレンの渾身の右ストレートが、レイクの横面に突き刺さった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なんだよ、これ?」

 

「…これは、骨、なのか?」

 

2組の生徒が教室に戻ってきた時、その場にあったのは地獄だった。

黒板は砕け、教卓はひっくり返り、机や椅子が散乱している。

 

 

—————極め付けに、壁や天井には血がこびり付き、床にはボロボロの白骨化した死体らしきものが倒れていた。

 

 

「……本当に、何があったんだ?」

 

どこを見渡してもリーナの姿はない。床に転がっている死体は服装からして侵入者の片割れだろうが、どうしてこんな状態になっているのかがわからない。

 

—————青白い炎を上げながら徐々に骨の形が崩れていくなど、いかなる魔術を用いたのか。ここまでボロボロになっていると、もはや死体などに抱くはずの忌避感や精神的なショックも感じられない。

 

知識のない学生にこの事態を理解するのは不可能だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……三流魔術師と侮ったことは謝罪しよう。まさか、こちらの魔術を封じる手段があったとはな」

 

完全に殺すつもり(・・・・・)で放った拳は、しかし相手を十数メートル吹き飛ばすだけに留まった。予め魔術で肉体を強化していたのだろう。

グレンの固有魔術、【愚者の世界】。愚者のアルカナに変換した魔術式を読み取ることで、一定効果領域内における魔術起動を完全封殺する絶技。グレンはその秘技によってレイクの【ブレイズ・バースト】を起動直前に封殺することで、隙を作るだけでなくマナ・バイオリズムを本人の認識以上に乱し、剣による迎撃をさせることなく懐に潜り込んだというわけだ。しかし、

 

(状況は最悪に近い。あれで死ぬどころか気絶すらしねえって、どんだけ用意周到なんだよ)

 

想定していた目論見通りには事は動かなかった。気絶でもしてくれればそこから死ぬまで嬲り殺しにでもできたが、意識がある以上そうもいかない。唯一良かった事といえば、ショックで動けそうにない少女2人と彼女(・・)の側から敵を引き離せた事くらいか。

 

 

 

「……おい、白猫‼︎聞こえるか、白猫⁉︎」

 

 

—————返事はない。

 

 

「ルミア!」

 

「…っ!はい、先生!」

 

返事があった。……ショックを受けたのは確からしいが、システィーナのように何も出来なくなる、という事態にはならなかったらしい。

 

「白猫とリーナを連れて後ろに下がれ!できるだけ遠くに、かつ俺を見失わないようにだ!」

 

「…はい!」

 

目の前で親友を失ってもなお気丈に振る舞えるのは強い精神力の為せる技か。ともあれ、今はそれで十分。

 

飛んでくる剣を躱す。斬撃を拳で逸らし、避けきれない場合でも急所にだけは当たらないように慎重に行動する。だが————

 

「どうやら貴様も魔術を使えないようだな」

 

「……ちっ」

 

————グレンも魔術を使えない。

 

魔術ばかりを鍛えてきた生粋の魔術師が相手ならば、【愚者の世界】は非常に有効だ。唯一の攻撃手段であり防御手段である魔術さえ封じれば、それで片がつく。

しかし、この男のように予め発動させた魔導器を持つ場合や、近接戦でグレンを圧倒する敵なら話は別だ。自分も魔術が使えない以上、どうしても相手の攻撃を生身で凌がなければならなくなる。

これが帝国宮廷魔導士時代ならば、まだ手はあった。愛用の銃『ペネトレイター』による狙撃や、ナイフを使った攻撃。だが非常勤とはいえ講師となった今、それらを持ち歩いているわけもない。

 

(魔術を使えば圧倒的にあちらが上、魔術を封じてもこっちが不利。……やべえ)

 

時間とともにグレンの身体に傷が増え、動きが鈍る。彼は少しずつ、だが確実に劣勢に立たされていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「システィ、ねえ、システィっ!しっかりしてよ!」

 

掛け替えのない家族であり、親友である少女に声を掛けるが、反応はない。

 

「ねえ、システィ‼︎」

 

「……ルミア?」

 

思い切り体を揺さぶったところで、ようやく自分が呼ばれている事に気付いたのか。システィーナはようやく弱々しい反応を返した。

 

「聞いて、システィ!ここに私たちがいたら、先生の邪魔になるの。だから、離れよう?少しでも遠くへ」

 

「……でも、リーナが…」

システィーナは、斃れた彼女の側を動こうとしない。虚ろな視線の先にあるのは、痛ましいリーナの身体。

 

(…………ッ。ひどいよ、こんな…)

 

システィーナに近づいた事で、ルミアにもリーナの状態がよりはっきりと見えるようになった。

身体中に刻まれた無数の切り傷と、大剣を何度も突き刺したかのようないくつもの大きな刺し傷。腹と胸に穿たれた、焦げた風穴。そして肌にこびりついた血。こんな細い身体にこれだけの傷を受けて、どれだけの苦痛を強いられたのか。ルミアには想像もできない。

 

(……謝って済む話じゃないけど、ごめんね…。私のせいで…)

 

敵の狙いがルミアだというのは、本人も分かっている。それがクラスメイトを巻き込み、さらには大切な親友の命を失う結果を引き起こしたことも。

それを理解した上でなお、ルミアは挫けない。その強い精神力故に、悲嘆と絶望に抗うことを余儀無くされていた。

 

—————だから、優先事項を見失わない。

 

今大切なのは、グレンの邪魔にならないこと。本来なら戦闘の支援ができるのが理想的だが、それはできない。

 

(…もしかしたらシスティならできるかもしれないけど)

 

システィーナは精神に強いショックを受けている。この状態ではうまくマナ・バイオリズムを整えられず、まともに援護はできないだろう。ルミアも同じ。ルミアは治癒系の白魔術は得意だが、援護するための黒魔術は不得手。これでは大した支援はできず、むしろ足手まといを増やすだけだ。

 

「……ごめんね」

 

心に走る痛みを堪え、ルミアは無理矢理システィーナとリーナを引きずり、後ろに下がる。……システィーナは全く抵抗を見せず、ただされるがまま。

触れたリーナの身体は、ぞっとするほど冷たかった。

 

 

 

 

 

 

 

 


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