ロクでなし天才少女と禁忌教典   作:“人”

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…………。

どうしてこうなった………。

今回は日常なし。

ネタバレはしたくないので最低限の警告を。
展開次第で鬱になったり『こんなん読めるか!』と切れたり感想欄にクレームを入れたりする可能性のある人はブラウザバック推奨。


喪失

「ああああああぁぁーーッ!遅刻遅刻遅刻ーッ!」

 

ズダダダダっ、と擬音の付きそうなスピードで走るのはグレン=レーダス。最近学院にやってきた非常勤講師である。

 

 

(俺のバカヤロー!なんでセリカがいない事を忘れてんだよーーーッ!)

 

リーナはいつも早めに家を出ている。その為グレンと一緒に登校するということが滅多になく、今日も

 

「遅刻しないようにね、兄様」

 

とだけ言い残し、家を出てしまった。

実を言うとその時にグレンはリーナに起こされたのだが、当のグレンは寝ぼけており、適当に返事を済ませて二度寝したのである。

 

(くそっ!間に合えーーーッ!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……遅いわね」

 

授業開始時刻からもう十分も経っている。だが、未だに担当講師のグレンが現れる様子がない。

 

「もしかして、今日が授業日だって知らないってことは、ないよね?」

 

「あり得るかも……」

 

本来、今日は講師達の魔術学会によって授業日ではない。しかし前担任のヒューイが突然辞めたことによって授業が遅れ、このクラスだけは補講のような形で授業を行うことになったのだ。

 

「そうだっ。リーナ、グレン先生は今朝どうだった?」

 

「寝ていたわよ?わたし、学院に来る前に色々外でやっているから、兄様と一緒に家を出ているわけじゃないけど…。少なくとも、わたしが家を出る時は寝ていたわ。念のため起こしたはずだけど」

 

「ルミアの仮説が真実味を帯びてきたッ⁉︎」

 

 

(本当に、どうしたのかしら?……こんな時に限って、盗聴器を忘れているし)

 

グレンは知らないことだが、リーナはこっそりグレンの盗聴器に細工を施した。

そもそも、グレンの盗聴器は、セリカとグレンの持つ通信用魔導器の仕組みをグレードダウンしたものだ。グレンがこっそりとリーナの制服の布地の中に仕込んだ超々小型の宝石から音声を受け取り、グレンの魔導器に一方的に伝達する。グレンが盗聴器を仕掛けたことはすぐに気付いたので、以前から作製していた(・・・・・・・・・・)盗聴用の魔導器とグレンの盗聴器をリンクさせ、グレンの盗聴器から音声を受け取り、リーナの盗聴器が受信できるように改造したのだ。おそらく彼はまだ気付いていないだろう。

だが、それもグレンが盗聴器を持っているからこそ使えるものだ。当然ながら、グレンがその魔導器を家に置き忘れでもしたら、彼の動向を知ることは出来なくなる。

 

それに、懸念するべきことはそれだけではない。

 

(首の後ろがチクチクする。こういう時って、いつも何か嫌なことが起こるのよね。頭上からシャンデリアが落ちてきたり、魔術戦の流れ弾に当たって死にかけたり………あれ、もしかしてわたしって不幸体質なのかしら?)

 

そして、その後すぐにその『嫌な予感』は的中した。

 

 

 

ガラッと、教室の扉が開く。

入ってきたのは、グレン————ではなく、見慣れない2人の男だった。2人とも黒い服に身を包んでいる。生徒達が抱いたのは、グレンではなかったことの落胆と、明らかに部外者であるはずの2人が入ってきたことによる困惑と不安。

 

「ちーすっ!他のクラスが休みの中、お勉強ごくろーさん!」

 

2人のうち軽薄そうな男の軽薄な挨拶に、生徒達の戸惑いが増す。

そして、いち早く復帰したシスティーナが叫ぶ。

 

「あなた達、何なんですか⁉︎ここは部外者立ち入り禁止ですよ‼︎それに警備の門番がいるはずですっ!」

 

答えたのはまたしても軽薄そうな男。もう一方の顔に傷のある男は一言も発しない。

 

「ああ、俺たち?今君達の先生お取込み中みたいだから、代わりに俺たちが来てやったってわけ。門番ならとっくの昔にくたばったよ?」

 

(兄様は足止めをくらい、その間にこの2人が来たってことかしら?)

 

リーナは1人、情報を整理する。……マナ・バイオリズムを整え、臨戦態勢になりながら。

 

「とにかく、今すぐに出て行って下さいっ!さもないと、気絶させて警備官に引き渡します!」

 

「…へえ?やってみれば?」

 

男の軽薄な態度は変わらない。……それが余裕の表れなのだと、システィーナは気づかなかった。

そして、リーナは男への警戒を最大限に高めた。

 

「では遠慮なくっ!《雷精の————」

 

「《ズドン》」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「《穿て》」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……は?」

 

 

バジンッ、と空中で光が弾ける。

空中で起こった紫電の爆発に、システィーナはおろか一節で魔術を起動させた男すらも呆気にとられた。

システィーナは起きた現象が理解できず、そして男ーーージンはすぐにそれを理解した。

相殺された(・・・・・)のだ。あろうことか、銀髪の少女の隣にいた、黒髪蒼眼の少女に。

 

 

「バカなっ!【ライトニング・ピアス】の一節詠唱だと⁉︎貴様何者だ⁉︎」

 

「そんなに驚くことかしら?アンタだって一節で起動したじゃない」

 

 

C級軍用魔術、【ライトニング・ピアス】。見た目こそ【ショック・ボルト】に似ているものの、鋼鉄すらも容易く貫通する威力を持ち、魔術的防御のない一般人なら手足を掠めただけで即座に感電死させるほどの電流量を誇る。当然ながら、学生には教えてはならない代物だ。

そして、C級軍用魔術の一節詠唱。それを為しただけで超一流と称されてしまうほどの、超高等技術。

 

それをやってのけるほどの逸材が学生の中に紛れ込んでいたことは、彼らにとって想定外だった。———故に、一瞬だけ隙ができる。

「《閉ざせ》」

 

「……っ!」

 

一節で起動した結界魔術が、男2人を閉じ込める。

「さて、」とリーナは一息ついて、

 

「逃げなさい、今すぐに」

 

そう、クラスメイト達に告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…逃げろって……おいおい、あいつらは結界の中だろ?先生が来るまで待つんじゃ駄目なのか?」

 

そう疑問を抱いたのはカッシュだ。

確かに、リーナの構築した結界は完璧に見える。音も光も遮断する、これ程の完成度の断絶結界がそうそう破られるとは思えない。そもそも、なぜ『自分は残る』かのように言っているのか。

 

「駄目よ。この結界はあくまで即席。いくらわたしでも、あれ程の魔術師2人をいつまでも閉じ込めておくことはできない。もってあと五分、というところかしら?」

 

「……おいおい、マジかよ」

 

「さらに付け足すと、この結界が張られている間はわたしはここから動くことはできない。……もう分かるでしょう?この結界が破られる前に、あなた達は兄様をここに連れて来なければいけないの。わたしを含め、全員が無事に生き残るにはね」

 

沈黙は一瞬だった。

 

「分かったわ。私達が戻るまで待っていてね!」

 

「ええ。できれば手分けして兄様を探してくれると助かるわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大した自信だな。俺たち2人を相手に、1人で戦うつもりか?」

 

それが、結界を破って出てきた男の第一声だった。今まで喋らなかった、顔に傷のある男。その男の周りには、魔術が付与された魔導器らしき剣が浮かんでいる。

 

「思ったよりも早く出てきたわね。簡単に破られる強度ではなかったはずだけど」

 

「こちらこそ想定外だ。まさかここで軍用魔術を使いこなす魔術師が出て来るとはな」

 

「あーあ、お嬢ちゃんのおかげで計画が台無しだわ。……でもかなりの上玉だし、この借りは後でたっぷり楽しんで返してもらうか」

 

部屋はすでに閉ざしてある。ロックの魔術と結界魔術の二重掛け。ここから出るには、どうしても術者であるリーナを殺さなければならない。

そして、相手は超一流の魔術師2人。しかも、見る限り思想的に殺人を厭わないタイプの外道。すなわち、ほぼ確実に彼女は殺される。

 

対するリーナは、魔術の腕だけならともかく、魔術戦の経験など無いに等しい。要するに、戦い慣れていない。

 

客観的に見て、絶望的な状況。だが、それでもリーナは不敵に笑う。

 

 

「覚悟しなさい。————最低でも1人は道連れにしてあげるわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おう、お前らっ!無事だったか!」

 

グレンは廊下であっさりと見つかった。全身汗まみれなのを鑑みるに、よほど慌てて走っていたらしい。息も少し上がっている。

 

「先生‼︎一体今まで何してたんですかっ⁉︎大変だったんですよ⁉︎」

 

怒鳴り声とは裏腹に、システィーナの顔には安堵の表情が浮かんでいる。……それだけで、やはり『奴ら』が仕掛けて来たのだとグレンは理解した。

 

「仕方ねえだろ、俺だって襲われたんだからっ!……皆は無事か?」

 

「はい、大丈夫です。ここにいるのは私とシスティだけで、皆は先生を探すついでに助けを呼びに学院の外に出ているはずですから」

 

「……いや、それは無理だ」

 

グレン曰く、学院には結界が張られ、外部には出られないようになっているらしい。転送用の方陣もおそらくは潰されていることだろう。

 

「時間をかければ、リーナに結界を解除してもらえるだろうが……そんな時間もねえしな」

 

「……そうだ、リーナ!先生、今すぐに二組の教室に向かって下さい!今リーナは結界で『奴ら』を閉じ込めているせいで身動きが取れないんですっ!」

 

「……おい、嘘だろ?まさかあいつ、自分だけ残ったのか⁉︎」

 

 

魔術の腕だけを考えるのなら、リーナ=レーダスは世界有数と言っていい天才だ。だが、それが戦闘力に直結するわけではない。

どんなに腕っ節が強かろうが10年戦い続けた戦士には決して勝てないのと同じように、どんなに才能があっても経験がなければ魔術戦では勝てない。ましてやリーナは、一年前までほとんど家から出なかった。魔術戦の心得など、あるわけもない。

 

—————相手は天の智慧研究会。絶対にリーナを戦わせてはならない。

 

「くそっ!ならすぐに行かねえと…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「その必要はない。奴なら既に始末した」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……っ⁉︎」

 

いつの間にか、背後に男が立っていた。

ダークコートに、顔にある傷。そして、魔導器と思しき剣が五本、虚空に浮かんでいる。露出したその男の右腕は爛れ、肉を焼くような異臭が鼻を刺激した。

 

 

 

ーーーその顔も姿も、なんら気にならなかった。

 

ルミアもシスティーナも、その男の左手が引きずるものに目が釘付けになっていたからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

—————男が引きずっていたのは、制服姿の少女の形をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

システィーナの頭の中で、ガンガンと音が鳴る。まるで今立っている場所が崩れていくような不安感を感じた。

 

 

 

 

 

 

 

—————その少女の姿をした『何か』は、凄惨の一言だった。身体中が血で真っ赤に染まり、刺し傷や切り傷だらけ。腹と胸に一つずつ、目に見えるくらいの風穴が空いている。………絶対に生きていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目が回る。自分が今何をすべきか、何をしていたのかさえも思い出せなくなる。……猛烈な吐き気を感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

——————陰で顔はよく見えない。ただ、艶やかな黒髪が印象的だった。

 

 

 

 

 

 

 

ドシャッ、と。男が無造作に、引きずっていたものを放り投げる。血に塗れたそれは、まるで壊れた人形のように床に転がった。

 

 

「……あ、……あ」

 

転がった床に血液がべっとりと付く。そして、今まで隠れていたその顔が露わになった。

 

 

「ああ、あ……」

 

 

 

—————血に濡れた、美しい面。その蒼い瞳は、もう何も映していない。

 

 

 

「ーーーーーーーーーッ‼︎」

 

 

 

廊下に、誰かの悲鳴が響き渡った。


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