お気に入りが増えて、とても嬉しい。
「ねえリーナ、一緒にご飯食べに行かない?」
ルミアのその一言で、教室が僅かにざわつく。今まで誰も関わろうとせず、その才能と講師に対する不遜な態度故に避けられていたリーナ。別にルミアが声をかけるのは不思議ではない。むしろ天使のようなあの少女ならば、臆せずに昼食に誘うのは自然なことなのだが……やはり、何か違和感を拭えない。ならばなぜ入学直後ではなく、ある程度付き合う人間のコミュニティが定まりつつあるこの時期に誘い始めるのか。
「ええ、いいわ。システィーナも一緒なのでしょう?」
それに対するリーナは、快く誘いに乗った。
それに、クラスメイトたちは驚きを隠せない。いつも1人で過ごし、授業中は講師を見下してからかう(主にハーレイ)彼女が、まさかそんなに快く了承するとは思わなかったのだ。
そして同時に、とても気になる。基本的に誰とも会話しないが故に謎に包まれたリーナが、一体どのような会話をするのかを。特にカッシュをはじめとする好奇心旺盛な男子生徒たちは、密かに尾行をする算段を立てていた。
「……昨日はごめんなさい。見たくもないものを見せてしまったわ」
「ううん、そんなことないよ。私たちの方こそごめんね?覗き見なんてしちゃって」
—————リーナは思ったよりも親しみやすい人間だった。
隣のルミアと向かい側のリーナの会話の様子を見て、システィーナの出した結論がそれだった。昨日のあの一件以降、彼女の中のリーナの凝り固まったイメージがどんどん崩れていく。
『あいつは今まで、ほとんど人と接してこなかった。だから多分、クラスメイトとどう話していいのか分からないんだ。もし嫌じゃなければ、お前たちの方から話しかけてやってくれないか?』
(アルフォネア教授はああ言っていたけど、こっちから話しかければきちんと話をしてくれるのね……)
そして、今まで妙な先入観を持って彼女と接してこなかったことに、システィーナは少しだけ後悔する。確かに彼女は講師をどこか見下しているような節が見られるが、だからと言ってクラスメイトまでそうだというわけではない。むしろ、授業中とは打って変わってきちんと話を聞いている。
——————これならば、ずっと気になっていたことにも答えてくれるかもしれない。
「ねえリーナ。あなた、固有魔術を作ってるって言っていたけど……」
ルミアとの会話が途切れたのを見計らって話しかける。
「…固有魔術?ああ、ハーレム先生の授業の時のアレね」
(……ハーレム先生?)
授業の度にリーナはハーレイ先生の呼び名を間違えておちょくっているが、まさか本人のいないところでも間違えるとは思わなかった。……いや、まさかとはおもうが、本当に覚えていないのだろうか?
システィーナがそんな疑念を抱いている間に、リーナは鞄から羊皮紙の束を取り出す。そこには複雑怪奇な図形や記号が細かい字でびっしりと並んでいた。
「……わぁっ!」
「……なに、これ?」
ルミアがその記述量に感動し、内容が分からずにシスティーナが呻く。
(なんなの、これ?記述されてる量も凄いけど、こんな魔術関数見たことない……)
「一応自分でも、なかなか良くできた術式だと思うわ。あとは呪文をできるだけ短くできるように改良を重ねるだけ……」
「ねえこれどうやったの⁉︎」
「きゃっ⁉︎」
じっと羊皮紙を見つめていたシスティーナが、突如リーナに飛びつく。他の席で食事をしていた学生の注目を集めるが、システィーナはそれどころではなかった。
「…こんな魔術関数、見たことないし……。一体、どうやって……?」
その呟きに、リーナは悪い笑みを浮かべる。
「…ふふ。教えて欲しい?」
その言葉に、コクコク頷くシスティーナ。
「……なら、放課後に教えてあげるわ。この学院の講師が、どれだけ的外れな授業をしているのかを含めて、ね」
「……凄かったね、システィ」
「うん。正直、リーナが普段真面目に授業を受けない理由に納得したわ。こう言っちゃ先生方に失礼だけど、確かにリーナの言う通り、的外れだと思うもの」
その日の晩、ルミアとシスティーナは放課後のリーナの説明に想いを馳せていた。
ハーレイの授業で術式の解説をしてみせた時にも思ったことだが、リーナの説明は筋が通っていてとても分かりやすい。ただ板書をして説明するのではなく、その式が何を意味しているのか、どのような理屈なのかを詳しく解説してくれる。そのおかげで、術式の構造が以前とは違う視点で見ることができるようになった。
「…それにしても、気になるね。リーナのお兄さん」
「そうね。……今は無職になってるって言っていたけど」
放課後の説明の途中で、事あるごとに『兄様ほどうまく説明できてないけれど、分かったかしら?』と確認していたリーナ。果たしてそれはただのブラコンによる補正なのか、それとも本当にリーナよりも解説がうまいのか……実際に会ってみなければ分からない事である。
「でも、結局あの固有魔術についてはよく分からなかったわね」
「仕方ないよ、システィ。今日説明してくれたのは初歩の初歩って言ってたし、きっと解説するのはとても時間がかかるんだよ」
「…でもせめて、どんな効果の魔術なのかくらい教えてくれてもいいのに……」
その拗ねたような呟きに、ルミアは苦笑い。
だが、これは大きな前進だ。今まで接していなかったクラスメイトと仲良くできて嬉しいと、ルミアは素直にそう思う。同時に思い出すのは、1人で泣いていたリーナの姿。
(…何か私たちに相談して欲しいって思うのは、私の我が儘なのかな?)
リーナと会話をしたのは今日が初めてだ。だからまだそれほど親しい、と言うわけではない。だが既に、ルミア達の中ではリーナはとても大きな存在になっていた。
「楽しいわね、学生って」
「そうだろう、そうだろう!やっぱり行ってよかっただろう⁉︎」
「ええ。最初は思っていたよりも低レベルな授業とたかが道具に過ぎない魔術を神聖視している講師達、さらには私にも劣るくせにプライドだけは無駄に高い勘違いした連中に飽き飽きしていたところだけど、あの2人に会えたことはよかったと思うわ」
ある日の食卓で、リーナはセリカに学院での生活について話していた。
システィーナとルミアに初めて食事に誘われてから半月。今ではルミア、システィーナ、リーナの3人で食事をするのが日常となりつつある。人付き合いのよく分からないリーナにとって初めて話しかけてきてくれた2人の存在はとても有り難かったし、学院の生活の中で2人と話す時間が一番の楽しみだった。
「…しかし、そこまでリーナにディスられるとはな。これは学院の講師の入れ替えも検討しなければならんかな?」(チラッ)
そして、セリカはずっと無言で夕飯を食べているグレンを一瞥する。
「そうね。もっとまともで分かりやすい授業をしてくれる人材…もとい、人財がいればいいのだけれど」(チラッ)
リーナもグレンを一瞥。
「…………なんだよ?」
そして視線に耐えきれずにグレンが問うと、
「…そろそろお前も働けよ。学院の講師なんてどうだ?」
などとセリカは言う。
「嫌だね。俺はもう働かない!魔術なんて二度とごめんだ」
「駄目よ、セリカ。やる気もないうちに無理矢理働かせようなんて、兄様のためにもならないわ」
「よーしよしよし、よく分かってるなあリーナ!さすがは俺の妹!将来養ってくれ!」
リーナが味方に付き、勝ち誇るグレン。…だがしかし、リーナは無理矢理働かせるのが駄目だと言っただけであって、働かなくてもいいのだとは一言も言っていない。
「………お前には兄としてのプライドがないのか?」
「…餓死寸前にでもなれば、やる気も出るんじゃないかしら?」
「リーナも味方じゃなかった⁉︎」
ちなみに。
リーナのクラスの担任が失踪し、グレンが非常勤講師になるのはこの一年後である。
誤字脱字など御座いましたら、報告お願い致します。