ロクでなし天才少女と禁忌教典   作:“人”

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2週間もかかって申し訳ない。……時間がなくて結構きつかったが、お気に入りの増加でモチベーションを保ちながら書いた。お気に入り登録してくれた方、本当にありがとうございます!


露呈

「ようこそ、白金魔導研究所へ!」

 

そう言って出迎えたのは、研究所所長であるバークス=ブラウモンだった。好々爺とした雰囲気で、人懐っこい笑みを浮かべている。

 

————その場にいる誰もが、彼が天の智慧研究会と繋がりのある外道魔術師であるということを知らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………以上の根拠から、演算量の削減と呪文の短縮によるA級軍用魔術の個人での使用は理論上可能であると結論を出した。無論、深層意識野への多大な負荷や消費マナなどの課題は数多く存在するが、いずれ我が国の国防を担う一角となるであろう技術の開発に向けて大きな一歩を踏み出せたことは間違いない。————以上で、第六階梯・レナ=クレイフォルトが考案した『戦略軍用魔術軽量化技術』の研究発表を終わります。代理発表者は私、セリカ=アルフォネアでした」

 

セリカの述べた論理に、その場にいる魔術師達の反応は様々。拍手を送る者もいれば、首を捻って唸る者もいる。

 

「相変わらず見境ないですなあ、レナ=クレイフォルト」

 

「ですが、今まで発表したどの分野においても一定以上の成果を挙げていることも事実。……論理が分かりにくく、成果の共有が難しいという点が玉に瑕ではありますが」

 

レナ=クレイフォルト。

数年前から魔術に関連するあらゆる分野における研究で成果を出し続けている魔術師。最新の魔導工学、軍用魔術理論など、取り扱うテーマに拘りがなく、まるで『好奇心の赴くままに研究しました』とでも言わんばかりに論文を提出し続ける異端の魔術師。年齢不明も姿も不明であり、その名から女性ではないかと予想されるものの、そもそもその名前すら本名なのか疑わしい謎の人物である。

 

…正体を知るのは、代理発表者のセリカ=アルフォネアのみ。

 

当然ながら、セリカはその正体を明かそうとしない。そして、大陸最強である彼女に対し、情報の開示を強制することをできる者はいないため、レナ=クレイフォルトについての情報は一切公になっていなかった。

 

「……しかし、些か疑問ではありますな。魔術で他国に対し優位を取っている我がアルザーノ帝国に、果たして個人で使用できるA級軍用魔術などが本当に必要なのか」

 

「それを言うなら、2年前にレナ=クレイフォルトが発表した通信魔導器もそうでしょう。『魔導器が手元になくとも受信できる』など、一体何の役に立つのかと思っていましたが、世間的には好評のようだ」

 

通信用の魔導器は通常、アクセサリーの形態で常に身に付けているものだ。故に本来ならば『手元にない』、という状況はほとんどなく、新たな通信魔導器の必要性は皆無のように思われた。しかし———

 

「魔術無しで受信できる、というのは便利ですな。お陰でマナ欠乏症で魔術が使えない場合でも、相手側から通信魔術を起動してくれれば連絡を取ることができる」

 

「さらに、送信側に非常用のマナ貯蓄を用意していれば、魔術の素養のない一般人でも一分間に限り通信が可能……。用いられているマナの保存方式や条件起動式を用いた魔術の起動方式の複雑さを考えると、よくもまああれ程小型化する事ができたものです」

 

「その通信魔導器、噂によればあの宮廷魔導士団の軍備として採用されているとか」

 

「確かに、戦闘でマナが枯渇する危険性や、緊急の連絡手段の有用性を考えれば妥当なところでしょうな」

 

「今回の発表も、いずれ有用であると実感する時が来る事でしょう。……軍事用の魔術である以上、その時が来ない事が望ましいのは確かですがね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バークス=ブラウモンの計らいによって、普段は公開されていない研究施設を見せてもらえるようになった二組一行。しかし、クラスメイト全員が興奮する中、リーナだけは周囲を警戒していた。

 

———すなわち、いつ死ぬか分からない、と。

 

周りにあるのは大量の合成獣(キメラ)の実験体。全て頑丈なガラスケースの中に入っている。

 

(……さて、どう来るのかしら?)

 

あらゆる未来を想定する。

例えば、キメラが突然暴れ出し、ガラスケースから飛び出して襲いかかってくる。

例えば、ガラスケースが突然爆発し、破片を食らって命を落とす。

例えば、研究所の屋根が崩落し、圧死する。

 

考えればきりがないが、考えずにはいられない。

 

「そういえば、流石にここでもあの研究はやってなさそうね」

 

リーナが悪い妄想に取り憑かれていると、不意にシスティーナが話し始めた。

 

「あの研究って?」

 

「死者蘇生・復活に関する研究。帝国が立ち上げた一大魔術プロジェクトよ。名前は確か、ええと……」

 

ルミアの疑問になんとか答えようとするものの、肝心の計画名が思い出せないシスティーナ。彼女に助け舟を出したのは、同行していた研究所所長、バークス= ブラウモンだった。

 

「『Project : Revive Life』。よく勉強していらっしゃいますな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

———本来、魔術を用いて死者を蘇生させることは不可能である。

魔術世界における『死の絶対不可逆性』。生物を構成する三要素である『マテリアル体』、『アストラル体』、『エーテル体』。生物が死んだ後、肉体たるマテリアル体は『自然の円環』へ回帰して土に還り、精神たるアストラル体は集合無意識の第八世界———通称『意識の海』———へ溶け消え、霊魂たるエーテル体は輪廻転生の円環によって次の命へと転生する。アストラル体、エーテル体が消失する以上、死した人間を復活させることは不可能。これが死の絶対不可逆性である。

 

故に、『Project : Revive Life』によって成されるのは、正確には蘇生ではなくコピーの作成だ。

 

「厳密な意味では、この計画によって蘇生させた人間は本人ではありません。しかし、周囲の人間にとってみれば、失われたはずの人間が、生前の記憶や人格、能力がそのままで戻ってくる。そういう意味での有用性が唱えられたのです」

 

すなわち、替えのきかない優秀な人材が死亡した際などに備える保険。人を『有用な道具』に貶めかねない禁忌。

バークスの説明で、ルミアは背筋に悪寒を感じた。その理由は、『Project : Revive Life』の倫理的問題だけではない。

 

(……リーナは?リーナの魔術はどうなの?)

 

原則、魔術による死者の蘇生は不可能。ならば、リーナはどうなのか。

確かに、リーナは以前となんら変わらないように見える。出会った時と同じ。……だが、それが見せかけだったとしたら?

記憶も人格も同じなら、周囲がそれを確認する術はない。もしかしたらリーナ本人ですら、自分が本人かどうか分からないのではないか?

 

 

ルミアの沈黙を勘違いしたのか、バークスは安心させるように語った。

 

「心配には及びません。このプロジェクトは既に頓挫しております。他ならぬルーン言語の欠陥によって」

 

ルーン言語の機能限界。ルーン言語のポテンシャル・スペックでは、生物を構成する三要素を一つに合成することは不可能だった。

それに加えて、エーテル体の代替品である『アルター・エーテル』を生成するには、多くの人間の犠牲が伴う。人の尊厳だけでなく、人命さえも脅かすこのプロジェクトは、まさしく禁忌と言うべき代物だった。

 

「……あの、本当にただの興味本位なんですけど、仮に犠牲者とかの問題が解決したとして、『Project : Revive Life』を成功させるには、他に何が必要なんでしょうか?」

 

「ルミア?」

 

ルミアの声音は、まるで誰かを蘇生させたいかのような切実さがこもっていた。

 

「……そうですなぁ。『Project : Rivive Life』を成功させる手段として考えられるのは、主に二つ。一つは、固有魔術です」

 

固有魔術は、個々人の魔術特性を強く反映させ、応用したもの。それは時として理論上不可能な術式をも為してしまうことがある。仮にこの『Project : Rivive Life』に特化した魔術特性を持つ人間がいれば、可能かもしれないとバークスは言う。

 

「……そしてもう一つは、ルーン語以上に『原初の音』に近い魔術言語を用いること。例えば、竜言語や天使言語などの、人間以外の存在が扱うとされる魔術言語ですな」

 

 

 

その後、研究所内の様々な施設を見学し、二組の面々は通常ならば決して見られないような様々な神秘を目撃した。見学が終了し、研究所を出た時には既に夕方。生徒達が宿舎に到着した頃には、すっかり日が落ちて暗くなっていた。

 

 

「ねえ、リィエル。もしよければ、今から私達と一緒に……」

 

「やだ」

 

取りつく島もないとは、こういうことか。

いつもの4人組は、普段の様子からは考えられないほどに異様な雰囲気となっていた。

リィエルは機嫌を損ねてシスティーナ達3人から距離を置き、リーナは何かを恐れているかのように周囲を時折見渡しながら殺気立っている。ルミアは『Project : Revive Life』の話を聞いた時から何かを思い詰めているように深刻な顔をしており、現状普段通りと言えるのはシスティーナ一人だけだ。

 

「…おい、いい加減にしろよ、リィエル」

 

グレンは流石に看過出来なかった。

リーナが何に恐れているのかも、ルミアが深刻そうな顔をしている理由も彼は知らない。本音では何もかも聞き出したい欲求はあるが、それはもう少しだけ時間が経ってからだ。……困難を自分で乗り切れるならばそれに越したことはないと彼は考えていた。

それよりも優先すべきはリィエルである。個人の心情は置いておくとして、このままでは確実にルミアの護衛任務に支障が出ると判断した。

 

「いったい一人でいつまで拗ねて……」

 

「うるさい!」

 

伸ばされたグレンの手を跳ね除け、走り去るリィエル。完全に手の施しようがなかった。

 

「……追いかけてあげて下さい、先生」

 

途方に暮れるグレンに、ルミアが声をかける。

 

「きっと私たちが行っても逆効果だと思いますから」

 

……恐らくは何かに思い悩んでいるであろう彼女は、仲違いをして尚リィエルを心配していた。

 

「分かった。悪いな。……ちょっとリィエルと話をしてくるわ」

 

 

 

 

 

 

————どうして、なのだろう。

リーナは自問する。どうして自分は、【天の福音】などという魔術を行使できるのか、と。

 

今回の研究所見学で、リーナは重大な空白に気づいてしまった。今までどのような原理で蘇生魔術を行使していたのかが分からない。自分の魔術特性だけじゃ、決して成し得ないはずなのに。

リーナの魔術特性は、『生存情報の追加・変更』。本来ならば、死に瀕したとしても生き返るだけ。致命傷は治らず、それ故に生き返ってからまた死ぬ羽目になる。それ故に、生き死にのループの苦しみを魔力が尽きるまで繰り返す羽目になるはずだ。……無論、一旦生命活動をやめた以上、大した魔力は残っていないだろうが。

 

(錬金術で細胞を構築して傷を埋める?……そんなの、それに特化した魔術特性がないと難しいはず)

 

そもそもの話、復活など不可能なのだ。エーテル体とアストラル体はすぐに消失する。故に、本当の意味での蘇生は本来ならば有り得ない。可能だとするならば、それは蘇生ではなくコピーの作成。どうして今まで気づかなかったのか、自分でも分からない。

 

(わたしが、コピー?……あはは、まさか)

 

信じられない。信じたくない。だがそれを確かめる術はない。なぜなら、たとえ偽物であったとしても、記憶と人格が本物と同一ならばその自覚が生まれようはずもないからだ。

 

自分が本物であるという前提で思考を進める。……そうしなければ、彼女の精神は耐えられなかった。

 

そして術式の成り立ちを思い出し、それが自分自身に暗示を掛ける類の記述が含まれている事に気づく。その瞬間、リーナの意識は暗転した。

 




ゆゆゆの二次創作執筆中(投稿するのかは不明)。

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