遠征学修当日。
二組は馬車で一晩かけてフェジテの南西にある港町『シーホーク』まで行き、そこで船の出航時刻まで生徒達は一時解散となった。
「……で?何の用だよ、アルベルト」
「久しいな、グレン。魔術競技祭の一件以来か」
解散後、なにやらリーナ達にちょっかいを出している軽薄男がいるかと思えば、変装をしたアルベルトだった。彼は任務のため、あらゆる場所、あらゆる状況に対応できるように変装技能をかなりの練度で極めている。実際、長い付き合いであるグレンも先程、一瞬彼の正体に気づかず、リーナに近づく不埒者としてオシオキをしようとした程だ。……本当に、なぜ芝居芸人ではなく宮廷魔導士をやっているのか分からない男である。
「…ああ、そうか。つまり、リィエルは囮。本命はお前なんだな?」
『魔術競技祭』というキーワードでルミアを連想し、グレンは正解に辿り着いた。
「ああ、ご名答だ。リィエルという杜撰な護衛を置くことで、攻撃側もある程度仕掛けやすくし、本命である俺が陰で動く。…もっとも、奴らにどの程度効果があるかは疑問だが」
「それでも、何もしないよりはマシ、か」
アルベルト曰く、これは軍の中でも一部しか知らない極秘任務、とのことだ。
「それで?俺の前に姿を現した理由は何だ?」
「………」
「この任務は誰にも知られない事で効果を発揮する。つまり、その肝は『味方すら欺く徹底した隠形』であるはずだろ?それを捨ててまで俺に接触した理由は何だ?」
任務に関しては一切妥協しないはずのアルベルトが、任務の確実性を削いでなお、グレンの前に姿を現した理由。
「警告だ。リィエルとリーナに気をつけろ」
「……何?」
あまりにも深刻な声音で、アルベルトは告げる。
「まずは、リィエル。あの女は危険だ。リィエルをあろうことかお前の妹に近づけるなど、俺には到底理解できん」
「…………」
「…そして、リーナ。奴が最も厄介だ」
「……は?」
リィエルは、まだ分かる。その生い立ち故の不安定さからくる暴走も、天の智慧研究会が接触する可能性も否めないからだ。……しかし、リーナを警戒する理由が分からない。
「あいつに、宮廷魔導士時代の事を思い出させるな。
……本性を現したが最後、お前も
———もう、何がなんだか分からない。
グレンは、全く話について行けなくなっていた。
「おい待て、それは一体どういう意味——」
「さあな。ただ、警告はした。しくじるなよ、グレン」
———これ以上を語る気はないと、彼はその場を去った。
一方、その頃。
「~~~~~~ッ⁉︎」
「リーナ、しっかり!ほら、お水!」
リーナは露店で買ったホットドッグの辛さで悶え苦しんでいた。慌ててシスティーナが水を飲ませる。
「…リーナ、どうしたの?病気?」
「あれは病気じゃないよ、リィエル」
リーナの様子を見たリィエルが首を傾げ、ルミアがリィエルの口元をナフキンで拭う。
露店で買ったホットドッグは、4人とも同じもののはずだった。味も至って普通であり、強いて言うならソーセージに多少の辛味があり、マスタードの辛味がやや強い。しかしそう大騒ぎするほどでもなく、リーナ以外の3人は既に完食している。
「……残り、私が食べようか?」
「いいえ、最後まで食べるわ」
まるで嫌いなものを必死になって食べようとする幼子と、それを見てつい甘やかしてしまう母親のような会話だが、涙目になりながら頑張って(特に食べなければならない理由もないのに)食べるリーナを見れば、システィーナの気持ちも分かる事だろう。
結局その後も一口食べるごとにコップの水を飲み干し、水を飲む度に増加する口内の痛みに耐えながらなんとか全て食べ終えた頃には、集合時刻5分前となっていた。
「これが……海!」
その後、特に大きなトラブルもなく、順調に出港した二組。初めて見た海にリーナが珍しくはしゃぎ、生徒達が周りの景色に見惚れる中、グレンはグロッキーになっていた。
「大丈夫ですか、先生?」
「……いや、マジ……無理……死ぬ」
ルミアの問いに弱々しく答える様子は、まるで半死人。いつ吐いてもおかしくなさそうな様子だ。普段ならばリーナが甲斐甲斐しく世話でもするのだろうが、生憎彼女はグレンの様子に気付かないほど海に見惚れ、システィーナはリーナが船から身を乗り出し過ぎて海に落ちないようにハラハラしながら見守る始末。必然的に、グレンの異変に気付いているのはいつもの4人の中ではルミアとリィエルの2人だけだった。
「あれ、何かしらシスティーナ!鯨……にしては小さいわよね⁉︎」
「イルカじゃないの?……珍しくテンションが高くてついていけないわ」
船酔いに苦しみながら、グレンはリーナを観察する。彼女は珍しくはしゃいでいた。その様子はどこからどう見ても実年齢よりも少し幼い少女そのもので、とてもアルベルトの言うような危険な存在には見えない。
「どうかしたんですか、先生?」
「…んにゃ……なんでもねえよ」
アルベルトがどう言おうが、リーナはグレンにとっての唯一の可愛い妹だ。彼がどういう意味であんな警告をしたのかは分からないが、決してそこだけは否定してはならない。
本性?……リーナはああ見えて臆病で、甘えたがりで、だけど照れ屋だからクールに振る舞おうとしている、そんなどこにでもいるような女の子こそがリーナだ。彼にとってのリーナの本性は、すなわちいい歳になっても尚セリカに甘え、家族の身を案じる少女に過ぎない。
(そうだ…。何も間違っちゃいない。俺は今まで通り、あいつに接してやればいいじゃねえか)
グレンは開き直った。分からないのなら、別に無理に悩む必要はない。いつも通り、否いつも以上にリーナのことを気にかけ、見守ってやれば良いだけの話だ、と。
————実はリーナのことについてほとんど知らないことに、目を背けながら。
サイネリア島に着いたのは、その日の夕方頃だった。
「……凄いわっ!こんなに綺麗なのは、初めてっ!」
沈みかけようとする夕日は黄金に輝き、海面と砂浜を眩しく照らす。島の中心部は緑に溢れた渓谷。まさに自然の宝庫。
「…確かに、綺麗ね」
システィーナもこれほどまでに美しい景色はほとんど見た事がない。昔は滅多に家から出なかったリーナが小さな子供のように喜ぶのも無理はないだろう。
しかし、今日一日で、リィエルは違和感を覚えた。
「……あんなに笑うリーナ、初めて見た」
「確かに。リーナって基本、薄っすらと微笑むくらいであんなにはっきりと笑う事って少ないかも」
遠くからでも分かる、リーナのはしゃぎっぷり。辺りを見ると、いつもと様子の違うリーナに戸惑うクラスメイト達の姿。
ルミアはリーナと出会ってからのことを思い返す。不敵な笑みを浮かべたり、微笑んだりするところは何度も目にしたが、今日のような笑顔を見たのはないかもしれない。
「…それだけじゃない。学院にいる時のリーナは、楽しそう。昔は、ずっと辛そうだったのに」
「……昔?」
ルミアは、嫌な予感を覚えた。
以前、まだリィエルが転入したての頃、ルミアはシスティーナと協力して意図的にリィエルとリーナを遠ざけたことがある。それはグレンに頼まれたからだが、実のところ詳しい理由はルミアもシスティーナも聞かされていない。2人とも、「グレンがリーナのためにならないことをする訳がない」という信頼で行動したのだ。
だから、グレンが何を考えているのか分からないし、無理に聞き出す必要もないと思っている。リーナは親友だが、それでも隠さなければならないことはあるのだ。……ずっと隠し事をしてきたルミアには分かる。
————そして、リィエルの知るリーナの過去も、その『隠さなければならないこと』の一つだろう。
「どうして、リーナは覚えてないの?……まだ一年しか経ってないのに」
リィエルの声が少しだけ震えていた。事情は分からないが、確かに親しくしていた相手に忘れられていたら悲しくもなるだろう、とルミアは考えて。
(……覚えて、ない?)
以前、初めてリィエルに会ったあの事件のことを思い出した。そう、彼女は言っていた。『リーナは同じ特務分室の仲間』、と。
それは、つまり……。
(私って、嫌な子だな…)
ルミアは真実の一端に辿り着いた。
……だが、譲れない。
ここで考えても意味はない。だから、後でグレンに聞きに行こうとルミアは決めた。リーナが隠したがっているならば話は別だが、そうではない可能性が高い以上、全てを知っていそうなグレンに聞くしかないのだ。
(……聞いて、何ができるってわけじゃないけど……)
それでも、これからどうするべきなのか考えることはできる。
————ルミアは、ずっと苦しかった。守ってもらってばかりで、何もできない自分。その無力さに憤りを感じていたのは、他でもないルミア自身だ。
しかし初めて、誰かの力になれるかもしれない。そんな希望が、今まで掛かっていた影に光を差した。
アンケートの実施期間は一応今日から1週間としますが、実施期間外でも書いて頂いて構いません。……そもそもも、回答されるかどうかすら危ういですので……。
R18を書くなって?いきなり書きたくなるのだから仕方ない。
アンケートの回答がなかった場合は、今まで通り描きたいようにやります!
システィーナはリーナの保護者説。