ほのぼの日常編()
誤字脱字などがあったらご指摘よろしくお願いします。
————守りたいもの全てを守れない時、あなたはどうしますか?
この問いに、彼は答えを持たない。それは美点であり、欠点。彼はどんな経験をしても、守るべき者全てを守ることを諦めることができない。
だがしかし、その問いに彼女は即答した。
『そんなの、守るものを選別すればいいじゃない』
————遠征学修。それは、アルザーノ帝国魔術学院が開設した必修講座。しかしながら自由時間が多く、『どうみても旅行だろ』とグレンは思っていた。
だが、しかし。その遠征先のリストを見て。
(これ一択じゃねえか)
どの研究所に見学しに行くのかは予めクラスごとに希望調査をするが、個々の要望、そして人気の偏りによってどうしても希望通りにはなりにくい。人気が出そうなのはカンターレの軍事魔導研究所とイテリアの魔導工学研究所か。
しかし、軍事魔導研究所は軍用魔術を扱うため、リーナの記憶に影響が出る可能性があり、却下。魔導工学研究所も同様で、最新技術を用いた魔導兵器などに出てきてもらっても困るので却下。残った候補の中で、唯一行くメリットがあるのがサイネリア島の『白金魔導研究所』だ。
(サイネリア島は今の時期でも十分に海水浴ができるはずだ。ならば…)
———当然、リーナも水着姿になる。
単純に妹の水着姿を見たい、という理由が5割。残り5割は、
(本当に傷跡一つ残ってないか確かめるっ‼︎)
グレンは、過保護だった。毎日毎日それとなくリーナの様子を伺い、その仕草、挙動から痛みを感じていないかどうかを分析し、着替える授業があればルミアにリーナの肌の様子を探るように頼み込む。シスコンを通り越して変質者、もう気持ち悪い領域に至っていた。
そして、水着。普段に比べて格段に露出度の上がる格好になれば、リーナの身体の滑らかな曲線美———ではなく、肌の様子を自分の目で観察することができる。
そんなわけで、彼は講師達が他の研究所の行き先を取り合う中、悠々と白金魔導研究所への切符を手にしたのである。
「……というわけで、行き先は『白金魔導研究所』に決定!文句ある奴はいるかっ⁉︎」
「「「異議なしっ!」」」
「「「………」」」
グレンからサイネリア島に行く事が決まって幸運を説明され舞い上がる男子達と、それにジト目を向ける女子達。正直、男子のテンションが高過ぎて女子はついていけなかった。
サイネリア島。一年中気温が比較的高く、今の季節でも十分に海水浴が可能なリゾートビーチ。ギイブルを除く男子達の目的は完全に自由時間の水着観賞となり、講義や研究所見学など二の次になっていた。
「このクラスの男子は、馬鹿の巣なの……?」
「…まあまあ、システィ。せっかくなんだし、思いっきり楽しもう?」
「……そういえば、海って行ったことないわね」
システィーナの呆れ声にルミアは苦笑し、リーナは初めて見る事になる海へ想いを馳せる。
リーナは、海を絵画や魔術を通したイメージしか目にした事がない。どのようなものかは分かっても、実際に行くのは初めてなのだ。
(噂によると、水は塩辛く、潮風は金属を腐食し、時折人食い鮫や巨大な触手を持つクラゲが出るというけど……どこまで本当かしら?)
水が塩辛い、というのは本当だろう。しかし、それ以外はどうにも疑わしい。
そんな事をリーナが考えている傍で、システィーナはグレンの意外さに驚いていた。
(…てっきり、リーナの前なら猫被っているかと思ったのに)
そう、彼はいつだって『リーナの前では』立派な講師をしていた。別に特別良い顔をするとか、無理やりカッコつけるとかそういう訳ではなく、『自分を偽らず、かつロクでなしな部分を自重して』授業をしていたように思う。
—————それがまさか、事ここにきて『水着ではっちゃける』とは。
(リーナの水着姿が見られるから、はしゃいでいるのかしら?)
それもあるかもしれない。だが、グレンならばむしろ妹の水着姿を決して他の男子どもには見せまいと奮闘するような気もする。
(……それとも、他に何かある?)
グレンが何を考えているのか、システィーナには分からない。だが、以前からリーナに関して妙に神経質になっているのは見て取れた。
(…まあ、あんな事が何度もあったのなら無理もないけど)
先の事件で、システィーナは親友の死を目の当たりにした。あの時の恐怖と絶望は、今も胸に深く刻まれている。正直あの日は頭がいっぱいいっぱいで、何があったのかさえ今ではおぼろげにしか思い出せない。
—————しかし、大事な事は覚えている。
大切な親友であるリーナが固有魔術によって蘇ったこと。その魔術は不安定で、生き返るのが奇跡のようなものであること。
……そして、おそらくはリーナは何度も死に追いやられていること。
セリカもグレンも明言はしていなかったが、あの時の会話の雰囲気からしてこのような事が一回や二回では済まないほど起きている事は簡単に察する事ができた。
そもそも『死』とは、平和な暮らしをしていれば最も遠い場所にあるべき概念だ。死は1人につき一回。決していつでも手の届く場所にあって良いようなものではない。それが何度もあったというのは、果たしてどんな生活を送っていたのか。
(しかも、学院に通い始めるまで全然家から出なかった、って話なのに)
だが、それを問い詰めることはシスティーナにはできない。たとえ親友でも、踏み越えてはいけないラインというものが存在する。そして、この話題はおそらくその一線を超えてしまう類のものだ。
————でも、それとは別にして、システィーナを深く苛む感情があった。
(……悔しい)
あの時、何も出来なかった自分。敵を前にして怯えきって動けなくなってしまう、その心の弱さ。そして、何の力にもなれない、ただ守られるしかない無力さ。それに対する怒りと悔恨が、未だに彼女の奥底に深く根付いている。
ルミアを守るため、リーナをこれ以上酷い目に合わせないために、システィーナは誰にも内緒で毎朝グレンに稽古を付けてもらっている。だが、まだまだ足りない。
システィーナは欲張りだった。本気で、今は自分よりも遥かに強いリーナを守れるくらいに強くなりたいと思っている。
…なぜなら、リーナは危ういから。
魔術の腕はこの学院の生徒どころか下手したら講師よりも強いのに、どうしても『儚い』というイメージがこびりついて消えない。少し叩いただけで、細かいガラス細工のように粉々になって消えてしまうのではないか、という嫌な想像が浮かんでしまう。
それは、初めて関わるきっかけになったあの時、幼子のように一人で泣いているのを見たからか。
それとも、前の事件で冷たくなっているのを目にしたからか。
あるいは、リーナ=レーダスという少女の雰囲気がそうさせているのか。
どんな理由にせよ、その儚さがシスティーナを焦らせる。『もっと早く、もっと強く』という想いが空回りし、身体がうまくついてこられないような、そんな焦燥。
————それは、よくも悪くも、リーナという少女がシスティーナに与えた大きな影響であり。
————システィーナもまた、心に小さくない闇を抱えていた。
「……はっ⁉︎そういえば、わたし水着持ってない⁉︎」
遠征学習の前の日の晩になって、リーナは漸く気付いた。海に行ったことがなく、そもそも水遊びなどしない彼女は水着など持っていない。それを失念し、前の日の夜になってから気付くのはあまりにも遅かった。
「…こんな時間じゃ、どこのお店もやってないし」
ルミアに手芸を教わったリーナは、布と糸があれば取り敢えず水着らしきものを作ることができるが、それでも動きやすさや着心地を考えると十分とは言い難い。そもそもその材料さえ屋敷にあるのか疑わしい。
想像する。自分だけ水着がなく、砂浜でじっとクラスメイト達の遊ぶ様子を眺める自分を。
(……なんて、惨め!)
イメージするだけで悲しくなってくる光景だった。……こうしてはいられない。こういう時、頼れる存在がすぐ近くにいるではないか。
「こんなこともあろうかと、お母さんが水着を作っておいたぞ!」
「………………」
リーナが泣きつくや否や、セリカはドヤ顔で彼女を自室に案内した。 リーナはポカンと呆けて声も出なくなっている。目の前には、色とりどりのさまざまなタイプの水着を纏ったリーナ等身大の
「……なにこれ?」
「リーナ人形。よくできているだろ?」
確かに、よく出来ている。一緒に並べば、よほど近づかなければどれが本物でどれが人形か区別出来なくなりそうなくらいには。
———ふと、違和感を感じ、人形の顔に指を当ててみた。ふにっと指先が沈む、柔らかい感触。まるで自分の頬に触れているような安心感。
「……えぇ…?」
「フフフ、驚いただろう!このリーナ人形は全身を私がこの手で錬成した特殊素材で覆っていてな。リーナの肌に触れた感触さえも完全再現している!」
————才能の無駄遣い、とはこのことか。こうなると寧ろ水着よりも人形の方がメインになっている。
リーナはふと、『この人形が良からぬ輩に渡ったらどうなるのかしら』と考えた。……市場に出回らない類の薄い趣味本のネタにされるか、変態の手に渡ってとんでもないことに使われるのは確実だ。
「今は見た目と大きさと触った感触しか再現していないが、ゆくゆくは中身も………おっと、話が逸れたな」
「今何を言おうとしたの⁉︎」
『「中身」って、内臓よね…?』と声には出さず、恐る恐る心の中で呟く。まさか、何度も死ぬような目にあっているからと言って、その度に臓器まで隈なく調べられているのだろうか?———考えるのが恐ろしくなり、リーナは無理矢理思考を停止した。
自分の母親であるこの女性は、
セリカ本人としては、なぜか異常な頻度でリーナが死にかけるので、何があっても対処できるようにしているだけなのだが、リーナはそれを知らない。そしてセリカ本人もまた、処分するリーナの服や下着をこっそり保管したり、それらをリーナ人形に着せて一緒に布団に入ったりするなどの行為に付随する変態性を全く自覚していなかった。
————セリカ=アルフォネア。実はリーナの周囲の人間の中で、最も心に深い闇を抱えている女である。
「さて、水着だったな。どれがいい?」
気を取り直し、ようやく二人は本題に入った。
「…どれがいいって、言われても」
どれも露出度が高いか、マニアックなデザインのものばかりだ。
一番目を引くのは、ワンピースのような紺色の水着。この場にあるものでは一番露出度が低いが、なぜかサイズが合っておらずぴちぴち。身体のラインが丸わかりで、しかも腹部には『りーな』と書かれた白い布が縫い付けてあり、完全に幼い子ども用の水着を無理矢理着せたような有様だった。
逆に露出度が高いのは黒い水着。……水着というか、上半身は胸の一番見えてはいけない所をギリギリ辛うじて隠しているような紐水着だ。こんなものを身につけていったならば、まずクラスメイト達にドン引きされ、少しの動作で見えてはいけない所まで見えそうになり、楽しい思い出が出来るとはとても思えない。そもそもなぜこんなふざけたものをセリカは用意しているのか。
「ああ、それはダメだ。……できればグレンと二人きりの時に着てくれ」
「……?」
よく聞こえなかったが、どうやらこれは着せるつもりはないらしい。
「…もっとマトモなのはないの?」
「…ん?紐水着以外みんなマトモだろ?」
「何がよ⁉︎」
紐水着、子供用水着以外は全てビキニだった。フリルのようなものが付いていたり、パレオがあったりという相違点こそあるものの、全て共通でビキニ。
(忘れてた。…セリカも、あの変態学院の教授じゃない!)
リーナは唯一の母校のことを、『変態学院』と認識している。女子の制服が、明らかにおかしいからだ。…主に、露出度という点で。
その変態学院に勤務している以上、セリカもまたその歪んだ常識に染まっていることはもはや間違いない。
「リーナ、よく考えてみろ。水着なのに普段の制服と変わらない露出度じゃ意味がないと思わないか?」
「…確かに」
せっかくの水着なのだ。水中での活動のしやすさも考え、布地が少ない方が都合が良い、というのは理解できる。
そもそもの話、これら以外に水着がなく、さらには『セリカが作ってくれた』という時点で、リーナに着ないという選択はない。だが、それで喜んで着るのかどうかはまた別の話だ。
————そこでセリカは、トドメの一撃を繰り出した。
「ビキニを着ると、グレンが喜ぶぞ」
「——っ‼︎」
リーナから迷いが消えた。ちょろかった。
おかしいな。最初はほのぼの日常編を書こうとしていたのに、なぜか闇が潜んでるぞ。
…そして暴走した。なぜかセリカが勝手に暴走して、とんでもない変態に成り果てていたのだ!原作公認でメンヘラ呼ばわりされてるしね、今更一つや二つヘンテコリンな設定追加されても仕方ないよね(汗)
システィーナ→トラウマを刻み込まれ、心に闇を抱えるのを代償に原作よりも成長速度アップ。
ルミア→原作通りにする予定ではあるものの、今後どうなるのかは不明。
グレン→シスコン化。恋愛感情は(高い確率で)ない。
セリカ→変態(悪)化。