ロクでなし天才少女と禁忌教典   作:“人”

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少女の悲嘆

「学院長!もう我慢がなりません!」

 

学院長室にてそう叫ぶのは、ハーレイ=アストレイ。第五階梯に至った若き天才魔術講師である。

 

「入学してから授業態度に問題のある生徒でしたが、ここ最近は特に酷い!何か処罰を与えるべきでは⁉︎」

 

「しかしのう……。別に授業の妨害をしている、という訳でもないんじゃろ?レポートの提出も試験もきちんとやっとるみたいじゃし…」

 

「邪魔にならないからといって授業を受けなくていい理由にはなりません!そもそも奴が授業を受けない癖に無駄に優秀過ぎるせいで他の生徒がやる気をなくしつつあるんですよ!」

 

新入生が入学してから数ヶ月、リーナ=レーダスはまともに授業を受けていなかった。しかしある日、いきなり無断欠席して以降は特に酷い。

まず、授業中にいきなりいなくなることが多くなった。以前までは授業を聞いていないにしてもちゃんと教室内にはいたのだが、ここ最近はいつの間にか授業中に姿が消えているのである。

そして、無断での遅刻や早退。試験やレポートの結果は完璧で、それ故に単位を落とすことにはなっていないものの、普通なら留年、下手をすれば退学になりかねないほどに授業の平常点を落としている。

 

「…まあ、そう言ってやるなよハーレイ。このくらいは許してやれ」

 

唐突に、学院長室に響く第三者の声。

 

「……セリカ=アルフォネア⁉︎いつの間に⁉︎」

 

「おお、セリカ君。相変わらず美人で羨ましいのう……」

 

セリカ=アルフォネア。長い時を若い姿のまま過ごす、大陸最高峰の魔術師。その彼女の存在感は学院の教授となった今でも健在だ。

しかし女王陛下を前にしても不遜な態度を改めないはずのその彼女は、学院長に頭を下げていた。

 

「……詳しくは言えんが、あの子には色々あってな。心の傷が癒えるまで、処罰は勘弁してやってくれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

—————兄が、無職になった。

 

それ自体は別に、リーナにとって大したことではない。確かに義兄(グレン)の仕事がなくなってしまったのは残念だが、それだけで彼女はこうも落ち込んだりはしない。

 

 

『へえ!君がグレン君の妹?可愛いー!』

 

今はもういない、姉のような存在だった彼女の声が脳裏に蘇る。

 

(…なんで、死んじゃったのよ?セラ…)

 

 

 

セラ=シルヴァース。グレンの同僚で、時折遊びに来た女性。あまり家を出なかったリーナにとっての、数少ない友人だった。

宮廷魔道士団の仕事が、常に死と隣り合わせの危険なものだということはリーナも分かっている。分かってはいるが、それで知人が死んで納得できるかどうかは別問題だ。

 

兄が無職になった理由も、きっとセラが亡くなったことと無関係ではないだろう。仕事を辞めてから数日、ずっと部屋から出てこなかったのだから。……今は部屋から出て、タダ飯を喰らってゴロゴロしているニートなダメ人間に成り果てているが。

 

それを責めることはリーナにはできない。時折会うだけのリーナでさえ、勉強に集中できなくなるほどの深い傷を負ったのだ。ずっと一緒にいた兄の傷は、想像を絶するほどに深いに違いない。

 

—————その一方で、どこか安堵している自分がいる事にも、リーナは気づいていた。

 

兄だって、仕事を続けていたらいつかセラのように殉職する日が来たかもしれない。そう考えると、やはり今の仕事は辞めて正解だったとも思うし、兄が生きている事を心底嬉しく思う。

 

(嫌な娘ね、わたし…)

 

慕っていた友人が亡くなったにも関わらず、『(グレン)がそうなるよりは良かった』などと考え、彼女は自己嫌悪に陥る。

 

リーナはいつも通り、授業の時間の大部分を誰もいない空き教室で過ごした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「次、リーナ=レーダスさん……は、いないようですね。困りました……」

 

午後の授業は、校庭で実技の演習だった。担当はヒューイ。内容は、『攻性呪文を的に当てる』という、基本的な内容だ。

しかし、残念ながらリーナは授業に来ていない。普通の授業ならば試験さえ受けていれば問題ないが、この演習はそもそも授業内の実技によって評価するものだ。当然ながら、授業内の点数が取れなければ単位を落とすしかない。

リーナは不真面目ではあるが、優秀な生徒だ。普段の座学は不真面目だが、試験のない演習はサボったことがない。ヒューイの担当するこの演習にいないのは今回が初めてだった。

 

(本来ならばこのまま捨て置くのですが……)

 

2組の担任であるヒューイは、当然ながらリーナがどれほど優れた魔術師なのかを知っている。たとえスパイの為に学院に派遣された(・・・・・・・・・・・・・・)とはいえ、講師としての仕事に手抜きをするつもりはないし、優秀な生徒がこのまま留年になるなど許容できなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ルミア、いた?」

 

「ううん、こっちにはいなかったよ」

 

「じゃあ、教室にいるとすればあとはあの部屋ね」

 

実技の演習が早く終わったシスティーナとルミアは、ヒューイに頼まれて手分けしてリーナを探していた。

彼女の性格からして、他のクラスに混じって別の授業を受けている可能性は低い。よって、学院内にいるならば誰もいない空き教室にいるはずだというのが2人の考えだった。

 

最後の部屋の前に立つ。

ルミアがそっと扉を開けようとして……思い止まった。

 

「…ルミア?」

 

「システィ、その…。様子がおかしいの。中にはいるみたいなんだけど…」

 

端的な言葉で、『リーナはこの中にいるが、扉を開けるのが躊躇われる状態だ』という意味を察した。

音を立てないように、少しだけ扉を開ける。果たしてそこには、思った通りの人物がいた。………ただし、思いもよらない状態で。

 

「……セラ、セラ……うぅっ……せらぁ……」

 

————リーナは、蹲ったまま1人で泣いていた。

 

 

その姿に、システィーナは絶句する。

システィーナが抱くリーナの印象は、『ずば抜けて優秀で、誰とも関わろうとしない孤高な少女』だった。実際に彼女が誰かと話しているところを見たことはないし、その才能故に誰かの助けを必要としているようにも見えなかった。

 

(何が、あったの?)

 

まさか、いつも授業を抜け出しては1人で泣いていたのだろうか?そう考えると、システィーナの中の彼女のイメージがガラリと変わる。もはやシスティーナにとって、リーナは『誰とも関わろうとしない孤高な少女』ではなく、『誰にも心を開けない孤独な少女』になっていた。

 

(…どうしよう)

 

この光景を見てしまった後で、見て見ぬ振りをして今まで通りに過ごすことは簡単だ。だが、それをしてはならないとシスティーナは思う。確かに彼女は授業をまともに受けず、注意されれば仕返しとばかりに講師をコケにしておちょくるとんでもない生徒だが、決して人でなしではない。自分の才能に溺れず、常に努力し続けている事を彼女の机を盗み見たことのあるシスティーナはよく知っているのだ。そんな彼女が、1人で泣いている。それを見捨ててしまったら、人として大切なものを失うような気がした。

 

—————しかし一方で、理性が『早くここを離れるべきだ』と告げる。

 

彼女は不器用で意地っ張りだ。こんなところで1人で泣いているほどだし、自分の涙を絶対に見られたくないと考えているに違いない。あるいはそれは、自分も『意地っ張り』な性格をしているからこそ、システィーナによく分かることなのかもしれなかった。

 

 

 

 

 

「お前たち、今は授業中だぞ?こんなところで何をしてるんだ?」

 

「「…ア、アルフォネア教授⁉︎」」

 

そんな時、なんとタイミングの悪いことか。いつの間にか、背後には1人の金髪の女性の姿が。

そして当然、声も潜めずに会話をすれば教室の中に聞こえてしまうわけで。

 

ガラリ、と。

明らかに今まで泣いていたことが窺えるほどに目元を赤くしたリーナが出てくる。

 

「「……………」」

 

「…あっ」(察し)

 

「…何を、しているの?」

 

硬直したシスティーナとルミア、直ちに状況を理解したセリカ、そして教室から出てきたリーナ。当然ながら、ルミアとシスティーナは何も言えない。まさか『泣いているのをこっそり覗いていました』、などと言えるはずもない。

しかし、そこで助け舟を出したのは、皮肉なことにこの状況の発端であるセリカだった。

 

「リーナ、ヒューイがお前を探していたぞ。今の時間は実技の演習じゃなかったか?」

 

「……そうだったかしら?なら早く行かないと。貴女たち2人は、それでわたしを探しにきてくれたのね。ありがとう。……見苦しい姿を見せて、ごめんなさい」

 

セリカの一言でこの状況を理解したのか、少しだけ申し訳なさそうにするリーナ。彼女はそのまま走り去って行った。

 

 

 

「…すまんな、余計な事をしたみたいで」

 

「いえ、そんな。とんでもないです。私もシスティも、どうすればいいかわかりませんでしたから」

 

リーナが走り去った後、セリカは2人を呼び止めた。そもそもルミアもシスティーナも演習は終わっている。戻ったところで自主練以外にやることもないし、この場に留まることに異議などなかった。

 

「………何か、あったんですか?彼女、泣いてたみたいでしたけど」

 

システィーナの問いに、しかしセリカは答えに詰まる。その様子は、まるで言ってもいいのかどうかを悩んでいるようだった。

 

「………色々事情があってな、詳しくは言えないんだが……。つい最近、その…。あいつの親友が亡くなったんだ。そいつはリーナにとって姉みたいな存在で、私が知る限り唯一の友達だった」

 

悩みに悩んで、結局答えを言ってしまう。

そしてその答えに、ルミアとシスティーナはある種の納得を得た。2人とも、心のどこかで気づいていたのだ。リーナの泣いている姿を覗き見た時から、大切な人を失ったのだ、ということに。

そして、自分だったらどうしよう、とシスティーナは考える。

 

(…もしもルミアがいなくなったりなんてしたら……私、立ち直れるの?)

 

そしてすぐに内心で『無理だ』と結論を出す。掛け替えのない家族で、今や姉妹同然になっているルミアがいなくなったら、きっと自分は生きていけない。もしかしたら絶望のあまり後を追うことすら考えるかもしれない。

 

「あいつには時間が必要なんだ。……その悲しみに折り合いをつけられるだけの時間が、な」




アニメ見てから原作を読み直すと、思ったよりもカットされた部分が多過ぎて愕然。…BDでシーン追加してくれないかなあ。

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