ロクでなし天才少女と禁忌教典   作:“人”

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何度か警告しているように、この作品はオリジナル要素(以下略

アンケートを取る為にユーザーページを公開するかどうか思案中。



日常に潜む影

————————結論から言うと、圧勝だった。

 

元々気合を入れ、順調に勝ち進んできた二組であったが、急遽担当講師のグレンが席を外し、その勢いが一気に衰える——————なんてことは、なかった。

理由は、グレン、ルミア、リーナと入れ替わるようにしてやってきた2人組の片割れが発した言葉。

 

「どうやらリーナが倒れたらしくてな。今グレンと、その付き添いでルミアが屋敷までリーナを運んでいる」

 

その台詞で、二組の面々に衝撃が走った。なるほど確かに、治癒魔術に長けたルミアがいた方が良い。そもそも彼女の出番は終わっているのだ。大切な友人が倒れた以上、魔術競技祭を抜け出してでも介抱したいと思うのは当然だろう。

 

「…大丈夫、なんですの?」

 

「大した事態にはなっていない。どうやら病み上がりの癖に無理した結果、疲れが出たようだ」

 

「…そうですの。良かった」

 

担当講師と入れ替わるようにしてやってきた男——————アルベルトの返答に、ほっとするウェンディ。

リーナの容体は聞いた。ならばやるべきことはただ一つ。

 

「皆、優勝するぞ!リーナちゃんを喜ばせてやるんだっ!」

 

「「「おおおおおぉぉぉーーーっ‼︎」」」

 

リーナへの想いを胸に抱き、彼らは勝利を誓う。

 

 

 

———————そして二組は優勝した。二位との差を大いに広げた、圧勝だった。

 

 

———————それが、およそ1週間前の出来事。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

———————どんな言い訳をしたのだろう、とリーナはずっと考えていた。

 

魔術競技祭での事件を無事に解決して、早1週間。病み上がりの癖に無茶して魔術を行使し、囮の役割を果たしたのは記憶に新しい。だがそれに反し、身体の方はすこぶる順調。あの事件以来、何故か回復力が異常に向上したらしく、今ではもうすっかり元通り。あのセリカも喜ぶより先に驚いていた。

 

—————————それは良い。健康であることに越したことはないのだから。

 

だから、気にするべきは久々に登校したクラスメイト達の反応だ。

教室に入るなり「本当に良くなったのか」「念の為に保健室に行った方がいいんじゃないか」などといった旨の言葉を掛けられ、しまいには「具合が悪いのに無茶してくる健気な子」というレッテルを貼られていた。

 

 

(…一体どうなってるのよ)

 

 

しまいには「無理をさせないように」近づくのを控えようという雰囲気まで蔓延する始末。

元々ルミアとシスティーナ以外のクラスメイトとはそれほど親しいというわけでもなかったが、こうも気を遣われ距離を置かれると寂しい。

 

(……ならば)

 

——————自分から歩み寄るしかない。

 

 

 

幸い、話し掛ける口実はある。「変に気を遣わなくて良い」などと言おうものなら、「やっぱり無理してる…」とでも取られかねないため、リーナは遠慮なく切り札を使う。

 

 

 

——————正直、不安はある。

 

当然だ。学院に通い始めるまで他者と接してこなかった彼女にとって、自分から話題を投げ掛けるという時点でそもそもハードルが高い。しかも話すのは、聞き方によっては自意識過剰とでも思われかねない内容だ。こういうのはシスティーナやルミア、カッシュなどのクラスの中心かつ話しやすい人物が行う事であって、断じて自分のような交友関係の狭い、さらには視野も狭い人間が言う事ではない。

 

 

 

——————だが、人は誠実な心と行動に信頼を寄せるもの。ならば、どんなに怖くとも恥ずかしくとも、やらなければならない。

 

リーナは少しだけ深呼吸し、席を立つ。注目が集まるのをジリジリと感じながら、黒板の前に立った。

 

—————緊張と変な焦りで背中が焼けるように熱くなる。

 

「みんな、聞いて!」

 

頭の中が真っ白になりながら、彼女は本心から己の言葉を伝えた。

 

「魔術競技祭、優勝おめでとう!そして———頑張ってくれてありがとう‼︎」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「———成長したなあ。お母さん、本当に嬉しい……」

 

「…おい、何泣いてんだよセリカ……。このくらいで泣くなんてなぁ…」

 

「…グレン、お前だって人の事言えないだろ」

 

教室の外には、そんな少女の様子を見守る母と兄の姿があったとか。

 

さらに言うと、今は8時30分。すなわち一時限目の授業が始まる10分前である。当然、教室移動のあるクラスは大慌てで移動しており、時折教室を覗く2人に対し、奇異な視線が向けられていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

—————天使は、その様子を中から見つめていた。

 

成長した、と思う。自分の心の内を曝け出すことがこの年頃の少女にとってどれだけ難しいことか。ましてや、孤高な雰囲気を持つリーナならば尚更。この行動は予想外。これほど素直に言葉に出すとは思ってもみなかった。

 

天使の目には、様々な生徒が映っている。歓喜するカッシュ、一見興味なさそうに本を読んでいても密かに口角が上がっているギイブル、リーナに抱きつくシスティーナと、それを微笑ましそうに見つめるルミア。

 

(…本当に、いいクラスですね)

 

彼が担当講師になったからこそ、このような居心地の良い空気が出来上がった。プライドの高いただの魔術師ではこうはなるまい。

 

—————()()()()も、そうだった。

 

この暖かい空間は、リーナにとってかけがえのない財産となることだろう。いずれ困難に直面した時、『守るべきもの』が多いほどより大きな力を発揮できる。1人では無理でも、このクラスの仲間となら、数多の困難にも立ち向かえるはずだ。

 

 

 

これから先のことは天使さえも分からない。平和な日々がいつまで続くのか。どんな困難が待ち受けているのか。確かなことは、試練を前に挫けてしまえば世界が滅びに向かうことのみ。

 

 

 

 

—————ふと、殺気を感じて、背後に向けて剣を振るった。

 

 

 

『グギャッ⁉︎』

 

「なんだ、まだ居たんですか。殺し尽くしたと思ったのですが」

 

 

リーナの精神世界たる、天空に舞う浮島。この場所はリーナの精神状態によって変化する。

 

 

——リーナが悲しめば雨が降る。

 

——リーナが怒れば雷が落ちる。

 

——リーナが喜べば花が咲き、

 

——リーナが絶望すれば浮島は墜落してただの島になる。

 

 

もっとも危惧するのは『島が砕け散ってしまう』ことだが、最近はその兆候はない。

 

 

 

 

———だが、天使にとっての聖域たるこの浮島に、不埒な侵入者が現れた。

 

 

 

見るのも悍ましい、グロテスクな体を持つその生物。まるで『人のパーツをバラバラにして無理やり他の生物の形に組み立てた』かのような、その姿。

 

 

———雨の日にカタツムリが出てくるように、或いは異常気象で季節外れの虫が大量に出てくるように。

 

———およそ一年前、本来ならば出てこないような不快な生物がこの浮島に発生した。

 

 

「最近は全く居なかったのに、どこに隠れていたんでしょうか?殺しても殺しても湧いてきて、知らない間にわたしの聖域を汚染する。ゴキブリのようですね、怪物」

 

 

 

 

「…その怪物を招いてしまったのは謝罪するけど、まずは話だけでも聞いては貰えないかしら?」

 

 

声がした。———ここにいてはならない者の声が。

 

 

「……アリスト、レーア?何故ここにあなたが?」

 

 

背後を振り返ると、そこにはいつの間にか見知った姿がある。

 

 

アリストレーアと呼ばれた少女————の姿をした天使は、アルテリーナの記憶に比べて途轍もなく酷い状態だった。かつて陽光を集めたかのような美しい金髪はくすみ、身体中傷だらけ。エメラルドの瞳も片方が潰れているようで、閉じた瞼から血が流れていた。そして何より、存在そのものが()()()()()()()

 

 

———ただ事、ではない。

 

 

「何があったのです」

 

「———私の器、レーアが死んだわ。奴らはどうやら、私たちを無理矢理制御しよう、と……」

 

 

ドシャ、とアリストレーアは前のめりに倒れる。だが彼女は口を止めない。

 

 

「……なんと、してでもリーナを守りなさい。人間だからといって甘く見ると、…痛い、目に…遭う、わ」

 

 

それだけ言って、彼女は跡形もなく消滅した。

 

 

「………人間が、狙ってる?」

 

アルテリーナは目の前の同胞の死に全く動揺しなかった。彼女が案ずるのは、リーナやグレン、セリカ、そしてその周囲の人間のみ。

 

 

「どういうことですか?」

 

 

そもそも、彼らに立ち塞がる敵は神々であるはずだった。断じて、()()()()()()()()()()()()ではない。

 

 

「……いいえ、侮るのはやめましょう。アリストレーアの死が無駄になる」

 

淡々と、情報を整理する。

敵は人間。恐らくは天使の力を悪用しようとする、組織的な企み。あの汚らわしい『怪物』にアリストレーアほどの存在が汚されていたことから、かなりの脅威となり得る敵だ。

 

……だが、それ以外の情報がない。それはすなわち、具体的な対抗策を講じることができないということだ。

 

————最悪の未来が脳裏によぎる。

 

「……もう、これしかない…?でも、そんなことをすれば…」

 

 

……この聖域に、雪が降る。

 

 

—————今、リーナはアルテリーナの存在を認識していない。記憶が呼び起こされることを危険視して、以前のように話しかける事もなくなっていた。

 

—————脅威から逃すにしろ、戦うに足る力を付けさせるにしろ、どの道アルテリーナはリーナに思い出してもらわなければならない。

 

………あの、恐ろしい数多の体験とともに。

 

 

果たして、耐え切れるだろうか?雪は必ず降る。吹雪にもなるかもしれない。おそらく天に浮かんでもいられなくなるだろう。

……島が無事に残る保証がどこにある?

 

 

(……失敗、でした)

 

 

—————過保護は成長を妨げると思い、止めなかった。

 

 

その結果がこれだ。思い出しただけで壊れかねないほどのトラウマを刻みつけ、それを封じる為に自分の事さえも忘れさせた。

 

(わたしが人間だったなら。……あるいは、その加減が分かったのでしょうか?)

 

 

どこからが過保護で、どこまでが助力になるのか。天使にはそれが分からなかったが故に、彼女の意思のままに行動させた。

自分には出来たはずだ。彼女を止める事も、或いはグレンやセリカにそれとなく伝える事も。考えれば考えるほど、自分に出来たはずの事が浮かんでは消えていく。

 

 

 

 

 

———リーナが全てを思い出すまで、あと2ヶ月。




リーナの変化は果たして成長の証か、それとも………





………キャラ崩壊か。

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