……前話の評判が良くてびっくり。投稿直後はお気に入り数が減ったものの、しばらく時間を置いてみればお気に入り数、評価共に上昇。……それは果たして、リョナ系の話が趣味の、つまりは自分と同じような好みを持つ人間が多かったのか、それともルミア様効果か。どちらにせよ、前の話は普通にセーフだったようで。
……つまり、もっと過激な描写になってもいいと?
こんな書き込みをして期待した方には申し訳ないが、今回の話は普通です、普通。
開催式が終わり、競技が進む。
去年活躍し、無敗の伝説的な記録を出したリーナが出場できないという話は、もはや学年中に知れ渡っている。従って、『今年こそは優勝する!』という意気込みは二年次生の総意であり、二組は万事休すかと思われたのだが。
「ロッドとカイの飛行競争が2位、セシルの魔術狙撃が四組と同率の1位、ウェンディの暗号解読に至ってはダントツの1位。…なんだ、余裕じゃない」
競技の結果を見て、リーナが思わず呟く。その呟きを聞いた他クラスの生徒は「偶然うまくいっただけのくせに…っ!」と悔しげに顔を歪め、それを聞いた二組の男子達はドヤ顔で「負け惜しみ、乙〜」と煽り、相手から益々冷静さを奪った。
「やりましたね、先生!……先生?どこか具合でも悪いんですか?」
「…いや、なんでもない」
心配そうなルミアの問いに、グレンはやや歯切れの悪い答えを返した。
滑り出しは好調。リーナがおらず、またクラスメイトほぼ全員が参加する唯一のクラスということもあり、二組は元々注目されていた。成績優秀者が複数の競技に参加することが恒例となりつつあるこの魔術競技祭において、誰もしようとはしなかった暴挙。「二組の新しい担任は何を考えているのか」「リーナが出られないからといって、まさか遊びに走ったのか?」などと陰で言われていたが故に、二組の平均的な生徒が他クラスの成績優秀者を打ち負かす光景は、二組のみならず、戦力外通告によって出場できなかった他クラスの生徒をも大いに盛り上がらせた。
飛行競争の競技において、グレンのロッドとカイに対する指示は、『ペースをうまく調整し、最後の最後まで余力を残し、かつ競技後には立ち上がることができないくらいに体力を使い尽くすこと』だ。
ただがむしゃらに速く飛行したのでは、コースの後半でガス欠を起こし、次々と他クラスに追い抜かれる羽目になる。かといって出し惜しみをすれば、余力を残せても上位には食い込めない可能性がある。よって、ペース配分を最優先としつつ、余裕があれば体力を使い尽くすように指導したのだが、思った以上にうまくいった。
そもそもの話、優秀な生徒を使い回す他クラスと違い、二組の生徒は後の競技のことを考える必要はない。後の競技の事を考え、常に余力を残さなければならない他クラスの生徒と、1つの競技しか担当しないが故に自分の競技に全力を出し、文字通り使い潰せる生徒。どちらが有利かは、もはや語るべくもない。
(しかも、後の競技であればあるほど、前の競技による疲労が蓄積され、ただでさえ節約しなければならない体力はどんどんすり減っていく………。魔術の腕云々以前の問題ね)
以前からリーナは思っていたが、この学院の講師の目は節穴なのではなかろうか?
兄に比べて的外れな、まるで『知識を暗記』させるかのような授業。さらには女子の破廉恥とも言える制服を平然と受け入れている、いやむしろ推奨しているその風紀。魔術の知識やら技能やらを重視するくせに、人として大切なものを放り捨てているような気さえしてくる。それとも、学院の講師達もこの制服が好きな変態なのだろうか?だとしたらあまりにも救われない。
(……そういえば、この学院の学院長。セリカに色目を使っているくらいには女好き、って聞いたことがあるわね)
それが事実なら、そもそものトップがダメ人間、と言うことになる。
これから先の学院生活を憂いながら、リーナは溜息を吐いた。
————実を言うと、この二組の好成績は何もグレンの指導や選手となる生徒の選び出し以前に、生徒達の熱意にある。練習に行き詰まった男子生徒達に、グレンは「個人種目で好成績を出してクラスの優勝に貢献すれば、今年出られないリーナからの好感度が急上昇するぞー」と半ば投げやりに焚きつけたのだが、思っていた以上に効果があった。……正直なところ、リーナはシスティーナやルミア以外のクラスメイトとの接点は薄く、あまり関心がないような印象があるのでほとんど口から出まかせを言ったのだが……。
(……こうも効果があると、正直罪悪感がな)
リーナに対して過保護な彼にとっては珍しく。
後でこいつらに何か言ってやるようにリーナに伝えるか、と決意したグレンだった。
実際には、そんな下心ではなく、ただ単純に競技に出られないリーナのことを思い出して努力した生徒がほとんどであったのだが、グレンは知る由もなかった。
一方その頃。
「ハーレイ先生⁉︎しっかりして下さい!」
「…ダメだ、気を失っておられる」
「おのれ二組めっ!」
大騒ぎする一組の生徒に囲まれ、担任のハーレイ=アストレイは、「給料半年分がぁ……」とうわ言のように繰り返しながら気絶していた。
「…うえぇぇ、なんで、なんでなのよう…」
さめざめと泣きながら、リンゴジュースを煽る。アルコールが一切入っていないにも関わらず、側から見ればそれは完全に出来上がった酔っ払いの姿だ。
「…なんで盗聴なんかしてるのよう、グレンの馬鹿ぁ…」
宮廷魔導士団特務分室の保有する、室長の執務室にて。
大量の書類が山積みになった卓上に突っ伏しながら、特務分室室長・イヴ=イグナイトは荒れていた。
「……しかしな、イヴちゃん。いくらなんでもグレ坊の妹さんを無理矢理任務に行かせたのはやっぱりマズイ気がするんじゃが…」
その姿を見かねた特務分室執行官、ナンバー9《隠者》のバーナード=ジェスターがなんとか諌めようとするものの、
「…なによ。バーナードだって、顔写真見るなり『即採用!』なんて張り切っていたくせに」
「うぐ……」
全くもってその通りだったので、それ以上何も言えなかった。
その勢いに乗ってか、イヴは益々加速する。
「大体何よ、リーナを任務に行かせたのがそんなに悪い⁉︎確かに任務の難易度を深く考えずに何度も死なせる羽目になったのは完全に私が悪いし、捨て駒みたいに扱ったのは自分でもどうかと思うけど……それって私だけが悪いの⁉︎」
ヒステリックに喚き始めたイヴの姿を見て、バーナードは内心で『こりゃしばらくは収まらんの…』と呟いた。
通信先の『天使』が告げた『盗聴発言』に冷静さを失い、慌てて通信機を切ってしまってから、イヴはずっとこの調子だ。実際に会ってもいないのに勝手に『怒られた』ような気分になり、今まで溜め込んできた鬱憤をぶちまけている。
「仕方無いじゃない!部下の命は取り返しがつかないけど、あの娘は生き返るんだから!毎回部下の安否を気にしながら任務に行かせる私の気持ち考えたことある⁉︎大体、人手が少な過ぎるのよ!なんで毎度毎度無能な他の中央十室に人員を派遣しなくちゃならないわけ⁉︎」
特務分室以外にも、宮廷魔導士団には様々な部署が存在する。だが大抵の案件がその部署では対処できず、事ある毎に特務分室を頼ってくるのが現状だ。そのせいでただでさえ足りない人手が割かれてしまうのだから、イヴが『無能』と蔑むのも仕方のない事だろう。
「そもそも、グレンも甘すぎんのよ!何勝手に辞めてんのよ!アンタが辞めなきゃ人手の問題も少しはマシになってリーナに頼ることもなかったかもしれないのに!社会人なら一度就いた仕事に責任持ちなさいよ!」
だんだん愚痴の内容がグレンの悪口になってくる。
「目の前でセラが死んだ?だから何⁉︎そんなのこの仕事じゃ当たり前よ!アンタだけだとでも思ってるの⁉︎何も言わずに勝手にやめやがって……。甘えんなこの馬鹿あっ!」
リンゴジュースを飲み干し、思い切りグラスをぶん投げる。壁に高速でぶち当たり、甲高い音を立てて砕け散った。
「……ひえっ」
その光景をみたバーナードが思わず声を漏らす。イヴは完全にガチ切れしていた。一体どれだけのストレスを抱え込んでいるというのか。
(…まあ、確かに言われてみればイヴちゃん、どちらかというと被害者側じゃしのう)
イグナイト家からは私生児という理由で事あるごとにやっかみを受け、室長に就いたら今度は仕事に振り回され、更に他の部署に足を引っ張られる始末。朝早くから夜遅くまで会議だの任務だの報告書の作成だのに追われ、バーナードの知る限りプライベートな時間どころか睡眠時間さえ碌に取っていないだろう。むしろそこに優秀な人材となり得るリーナが現れたのだから、それについ手が出てしまうのも仕方のない事だ。……その手段や経緯、そして結果はまた別の話として。
(……儂らにも責任があるんじゃがのう)
何も考えずにひたすら突撃し、格上殺しをやってのける代償に器物破損で多大な出費を強いるリィエル。
有能ではあるが自分の能力を基準に物事を考え、任務を重要視し過ぎて碌に休みも取らず、そのせいで感覚が麻痺しているアルベルト。
そして、やる時はやるものの女が絡むと少し巫山戯る
思い返せば、ここにはまともな人材がほとんどいない。
宮廷魔導士団、特に特務分室は時折帝国の暗部とも言われる。その大きな理由の1つが、その労働環境にあることはもはや言うまでもないことだった。
すまない。本来ならイヴにヘイトを集めるつもりだったのに、ドラゴンマガジンの短編に感化されてしまって本当にすまない。