ロクでなし天才少女と禁忌教典   作:“人”

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すまない、相変わらずイタイ設定を盛ってしまって本当にすまない。





天使との再会

「……くそっ!」

 

————走る。ただひたすらに走る。

 

今日は魔術競技祭開催当日。来賓として女王陛下がいらっしゃる事もあり、本来ならばいつもより早く学院に着いていなければならない日だ。

 

————だがそれでも、妹の緊急事態に比べれば無視しても良い事柄であり、女王陛下か妹か選ばなければならないとすれば、グレンは迷う事なく後者を選ぶ。

 

幸い、まだ時間は大いにある。ゆっくり歩いて屋敷と学院を三回往復してもまだ余裕はあるだろう。

いつも使っている盗聴器から聞こえた不穏な会話に焦燥を感じながら、グレンは白魔【フィジカル・ブースト】で街路を駆け抜けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お喋りはどうやらここまでのようですね、イヴ=イグナイト」

 

『………どういう意味かしら?』

 

通信機の向こう側から少しだけ感じた焦りに、柄にもなく天使———アルテリーナはクスリと嘲笑を漏らす。

 

「安心してください。今のわたしでは、貴様を通信機越しに殺す、などという芸当はできません。今の力では、視界に入った者を殺すくらいのことしかできませんから」

 

『…………』

 

「ですが、気付いていましたか?………この子、いつも盗聴されているんですよ?他ならぬ最愛の兄に」

 

『…っ⁉︎』

 

通信機から、わずかに息を呑む声が聞こえた。————少しだけ、ほんの少しだけ溜飲が下がる。

 

イヴの反応にクスクス笑いながら、アルテリーナは告げる。

 

「この会話を聞いた過保護な彼は、大慌てでこちらに向かっています。……まあ、わたしとしてはこのままお喋りに興じていてもいいのですが。彼の目で、わたしが表に出ている状態で他ならぬ『イヴ=イグナイト』と口論をしているのを目撃する。さて、どうなるのでしょうね?」

 

唐突に通信が切れる。やっている事の割には小心者だったらしい。それが一体何を怖れているのか、は別として。

そもそもの話、盗聴されている時点でアウトなのだが。それでも通信を切るとは、その事が頭に残らないほど間抜けなのか、それとも分かっていてなお通信を切りたかったのか。————アルテリーナにはどちらでも良い事だが。

 

「さようなら、イヴ=イグナイト。……いつか家からも国からも疎まれ、孤独に苦しむ日々をどうぞお楽しみに」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バァン、と音を立てて屋敷の扉が開く。目を向けると、案の定そこには汗まみれになったグレンの姿。数年前よりも成長し、しかし芯の変わらないその姿に、愛おしさと感慨がこみ上げてくる。

 

———内側から見ていたので知ってはいたが、やはり彼はこの娘を本当に大切にしてくれているらしい。

 

グレンが息を整えている間に、歓喜に打ち震える心を必死に抑え込む。………今すべきことを、彼女はきちんと弁えていた。

 

「お久しぶりです。お元気でしたか?」

 

その挨拶に、グレンはすぐに反応できない。

彼の目に映るのは、制服を纏い、所々に包帯を巻いた白髪赤目の少女の姿。あと8年以上は目にすることがないと思っていた、天使がそこにいた。

 

「お前、なんで……」

 

かなりの間を置き、ようやく口にするのはそんな短い問い。言葉足らずだったが、目の前にいる天使はその意味を正しく理解する。

 

「『なんで、表に出ているのか』と聞かれれば、こう答えるしかありません。『限界が近づきつつあるから』、と」

 

限界。

それが意味することは、グレンは言われなくても分かっていた。

 

「馬鹿なっ⁉︎想定なら、あと10年近くは保つはずだっただろ⁉︎」

 

「それはあくまでも『想定』。言ったはずですよ。この子の精神状態、『福音』の行使によってその期間は変化する、と。………もっとも、これほど急激に変化するのはあまりにも常軌を逸していると言えますが」

 

 

———固有魔術、【天の福音】。自身の死因を特定し、その死因による負傷を白金術で修復するとともに、『生存情報』を書き換えることで無理矢理死を乗り越える魔術。

 

これは、リーナが『生存情報の追加・変更』という特殊な魔術特性を持っていることに由来するが、この固有魔術はそれだけで成り立っているわけではない。

問題は、蘇生の際に使用される、白金術。

当然だが、たとえ『生存情報』を書き換え、死から蘇ったとしても、致命傷がそのままならば意味はない。蘇ってすぐにまた死ぬだけだ。だからこそ、その問題を解決する為に、白金術で周囲に存在する物質を生体分子に錬成し、自身の細胞を構築して傷口を塞ぐことで致命傷を埋めるというプロセスが存在する。

 

———だが、いくらリーナの演算能力を持ってしても、そこまで複雑な錬成はできない。

 

そもそもの話、よほど特殊な魔術特性、とりわけ錬金術系の魔術に特化した魔術師であっても、自身の細胞を瞬時に創造するなど不可能だ。物質の組成を組み替え、変更し、生体を構成する分子を錬成するので精一杯。その生体分子を数多く錬成し、損傷した箇所に合わせて細胞を作り上げて傷を治すなど、人間業ではない。

 

———そこで、リーナの中の天使、アルテリーナの能力が使われる。

 

この魔術の機能の一つは、リーナの中にいる『天使』の封印を緩め、アルテリーナから『自身の細胞を錬成する力』を借り受ける事だ。

当然、アルテリーナの封印は【天の福音】を使用する度に少しずつ脆弱になり、天使の力が生み出した細胞が肉体に馴染むことによって、リーナの身体に少しずつ天使の力が蓄積され、魂をも蝕んでいく。そしてアルテリーナの封印も、肉体に溜まる天使の力と内側にいるアルテリーナ双方の圧力に耐えかね、徐々に壊れていくのだ。

 

アルテリーナの言う『限界』とは、その封印が完全に破壊され、リーナの魂が天使の力に呑まれてしまう時点のことを指していた。

 

 

「…まさか、この前の事件か?俺がこいつを守れなかったことで、こんな……」

 

「それが原因ではありません。断言します」

 

そもそも、あの程度の負傷(・・・・・・・)ならば、大した悪影響は無い。封印が壊れていくと言っても、本当に少しずつなのだ。

 

「この子が目覚める前に、全てお話しします。この一年で、この子が人知れずどんな目に遭っていたのかを」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

————正直に言って、グレンはアルテリーナについてよく知らない。

 

知っている事と言えば、リーナの魂に封じられたもう一つの魂である事と、彼女本人が『天使』を自称している事、そしてその『天使の力』がリーナに悪影響を及ぼす危険な代物だという事くらいだ。

 

———だが、彼女の言う事は信用できる。

 

言葉を交わしたのは数度。だが、その数回でその人となりは理解している。

常にリーナの事を思い、何をしてでも彼女を守る絶対的な守護者。———故に、リーナのことでこの天使が嘘をつく事などあり得なかった。

 

 

「………なんで、そんな事をっ⁉︎宮廷魔導士時代の俺の記録なんて、どうでも良いことだろうが!」

 

グレンは怒る。たかが過去の自分を知る為に(・・・・・・・・・・・・・)、帝国宮廷魔導士団の特務分室などに出入りしたリーナに。

その怒りに、しかしアルテリーナは微笑する。

 

「仕方がない事なんです。リーナは、どうしても貴方の過去を知りたかった。貴方に過去を思い出させる事なく、秘密裏に」

 

「……なんで」

 

「簡単な話です。彼女は貴方の苦しみを少しでも理解したかった。少しでも多く貴方を知って、彼女の思う『理想の妹』に少しでも近づきたかった。……結局の所、彼女は恐れているんです。いつか貴方が、遠く離れていってしまうことを。貴方がちょうど、リーナの兄離れを懸念しているように、ね」

 

「……………」

 

「……言っておきますが、これはもうリーナは覚えていないことです。侵蝕を抑える為にも、決して彼女の前で口にしないで下さい。思い出すきっかけになってしまうかもしれませんから」

 

「……ああ」

 

言うわけがない。正直、言ってやりたい事は山ほどあるが、それはリーナの身を案じてのことだ。そのお説教で侵蝕が進むなど、本末転倒。

 

———故に、文句を言うのはリーナではなく、イヴだ。

 

(……あのアマ、ふざけんじゃねえぞ)

 

 

セラの次はリーナを奪う気か?ふざけるな。

否、もう手遅れだ。話を聞く限りではリーナは既に48回も死んでいる。———短期間にそれだけ『福音』を使用したせいで、侵蝕がかなり進んでしまった。

 

一年前、イヴはジャティスとの戦いの折、セラとグレンを囮にした。厳しい戦況だったにも関わらず、アルベルトの援護をこちらに回さなかった。グレンの力不足は否めなかったものの、結果としてセラは命を落とす羽目になった。

 

———そして今度は、リーナを消耗前提の道具のように扱っている。

 

『生き返るから死なせても構わない』、などと本気で思っているのか。傷を受ける痛みも、敵に追い詰められる恐怖も他人となんら変わらないというのに。アルテリーナによると、『死』の際の喪失感を感じなくなっているらしいが、救いにはならない。むしろ、『人間として死に始めている』と考えるべきだと、リーナに瓜二つの天使は言う。

 

 

 

————味わわせなければならない、と思った。

 

プロの魔導士でも困難な任務に、実戦経験が乏しい状態で赴き、傷を受けた痛みと恐怖を感じながら殺される。それを48回繰り返した苦痛を、あの女に分からせなければならない。

 

———どうすれば良い?

 

神経に鋼線を刺して、【ショック・ボルト】を流し続ける?———生温い。

痛覚を過敏にするルーンを刻んだナイフで延々と斬りつけ続ける?———全然足りない。

 

そもそも、あの女をどう拘束する?

力が足りない。【愚者の世界】はあの女相手では相性が悪い。何かないか、何か————。

 

「言っておきますが、イヴには手出しをしないでくださいね。自分のせいで兄が犯罪者になるなど、それほど悲しいことはありませんから」

 

グレンの殺気を読み取ったのか、それとも表情に出ていたのか。『何もするな』とアルテリーナは釘を刺した。

 

「いずれ彼女はわたしが社会的に抹殺します。その代わりと言っては変ですが、これを」

 

アルテリーナが取り出したのは、見慣れない魔導器。……見た目からして、通信用だろうか。

 

「…これは」

 

「見ての通り、通信用の魔導器です。イヴがリーナに手渡した、任務連絡用のね」

 

「…っ!」

 

「またイヴが秘密裏に接触してこないとも限りませんから、持っていて下さい(・・・・・・・・)。そして絶対にリーナには触らせないように。今日の出来事も念の為記憶から消しますから、思い出させないようにして下さいね」

 

「ああ」

 

なんだかどんどん隠さなければならない事が増えるな、などとグレンは思うが、今更だ。数年前からずっと、記憶を封じられたリーナにはアルテリーナの事を隠してきたし、どうすればリーナの精神状態を安定させて侵蝕を抑え込む事が出来るか、セリカと共に色々と試してきた。

 

「……では、そろそろわたしは失礼します。この子のこと、これからもよろしくお願いしますね」

 

そう言い残し、天使は立ち去った。直ちに髪が漆黒に染まり、瞳が蒼色を取り戻す。

倒れ込んだリーナを、グレンはそっと抱きとめた。

 

 




………この作品、ルミアとシスティーナの出番少なくね?と、ふと思った。

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