東方陸蒸記~Steam Locomotive of the Fantasy~   作:SMS Kaiser Franz Ⅱ/Ⅰ

1 / 1
この物語は蒸気機関車が幻想入りしたらと言う妄想から書いた物語です。



※2017年7月1日改稿しました。


0キロポスト 私の名前は

 

 「随分と可愛らしい眷属さんね?」

 

 「…ふぇ?」

 

 

 突然かけられた言葉に、私はうっかり情けない声を出してしまった。

 

 冬が過ぎ去ったとは言え、まだまだ肌寒い春の夜。無煙化計画によって仲間が一人も居なくなってしまった芸備線管理所の扇形庫に私、8620形蒸気機関車48650号機は居座っていた。芸備線完全無煙化の直前に廃車となって早一ヶ月、どうやら解体されず保存となる可能性が高いらしく、正式に決定されるまでこうして扇形庫内でひたすら惰眠を貪っていた。

 

 はっきり言ってヒマでヒマで仕方ないのだが、機関車の神霊に過ぎない私に出来ることは特に無いし、いつものように眷属の『妖精さん』と戯れていた。声をかけられたのはちょうどその時だった。思わず声のした方へ向くと、そこには一人の女性が立っていた。

 

 年は10~20代くらいだろうか、まだまだ寒いにも関わらず、服装は防寒着のボの字すら無い薄めの紫色のワンピースドレス。純白の手袋をはめ、頭にはナイトキャップのようなものを被っている。フワフワの金髪を腰まで伸ばして小さなリボンで纏め、顔立ちは彫刻品のごとくに美しい。有り体に言えば、まるで等身大のお人形のような印象だった。薄く笑うその姿は妖艶な雰囲気を放っている。

 

 だがそんなものは気にしている場合ではない。それ以上に、驚愕な事があったのだ。

 

 彼女は()()()()()()()

 

 そう、彼女は私が見えているのだ。そしてその上で話し掛けている。

 

 妖精さんも、女性の雰囲気が尋常ではないことに気が付いたのか、私の背中に隠れて女性を警戒する。

 

 

 「……貴女、私が見えるのですか?」

 

 「えぇ、もちろんよ。」

 

 

 見えていなかったら話し掛けるわけ無いじゃないの、と彼女は笑いながら答える。その貼り付けたような胡散臭い笑みに、私は警戒心を抱く。

 

 そもそも私は蒸気機関車に宿る神霊だ。とある事情故に他車とは違って神力とやらが強いのだそうだが、それでも神霊であることには変わりない。つまり、普通の人間に私の姿は捉えられないのだ。よって目の前の人物は霊感のある人間か、或いは妖怪の類ということになる。どちらにせよ、こんな所にわざわざやって来いているのだ、どうせロクな事が無いに決まっている。

 

 

 「あらあら、そんなあからさまに警戒しなくても良いじゃない。別に私は貴女を祓ったりとか獲って喰ったりしようと思ってる訳じゃ無いのよ?」

 

 「……どうだか。」

 

 

 その言葉に私は警戒を解くどころか、さらに警戒を強める。詐欺師は自ら私は詐欺師ですなんて言いやしない。いきなり現れた見ず知らずの、しかも何考えてるかまるで分からないクッソ胡散臭い笑みをたたえた奴なんざ信用できるわけが無いのだ。信用は積み木のようにじっくり積み上げるモノ。ホイホイと簡単に信じれば必ず痛い目に遭うことを、私は今まで見てきたのだ。

 

 んもぅ、つれないわねぇと、女性は口を尖らせているが知ったことではない。

 

 こういう輩は会話する前に丁重にお帰り頂くのが吉だ。話を聞けばズルズルと相手のペースに呑まれてしまう。多少手荒でも、この手に限るのだ。

 

 

 「何が目的か知らないけれど、さっさと帰っt「所で貴女、お名前はなんて言うのかしら?」…帰って頂けますか?はっきり言っt「ねぇねぇ、貴女のお名前は?」~~っ!…人の話くらい最後まで聞いてくださいよ!」

 

 

 さすがにこれには堪忍袋の緒が切れた。話を妨害された私が声を荒げると、女性はいつの間にか取り出した扇子で口元を隠し、クスクスと笑いながら、あらあら、ごめんなさいねぇ、と心にも無いとこを口にする。

 

 

 「そんなことより、さっきから貴女の名前を聞いてるのだから、いい加減答えてくれないかしら?」

 

 「………」

 

 

 なんで私が悪いみたいな言い方してるんですかねぇ?こうなったら徹底的に無視してやりましょう。

 そう思い、私は女性から目線を外してそっぽを向いた。少しばかり子供っぽいと思ってしまうが、この際どうでもいい。

 

 

 「ねぇ、聞いてるかしら?おーい。」

 

 「………」

 

 「ねぇ、ちょっと。ねぇってば!」

 

 「………」

 

 「…そんなあからさまに無視しなくっても良いじゃないのよ。」

 

 

 そう言って女性はよよよと嘘泣きを始める。はっきり言ってウザい。ウザいのだが何故か変な罪悪感が湧いてくる。元来、こう言った事が苦手な性格の私にはある意味効果的なのかも知れない。狙ってやってるなら相当な役者だと思う。私は額に手を当てて大きくため息をつくと、ボソボソと喋り始めた。

 

 

 「……私に名前は、ありません。私は単なるオンボロ蒸気機関車ですからね。必要ないんですよ、そんなものは。まぁ、しいて言うなら48650号機、これが私の名前なんじゃないでしょうか。」

 

 

 単なるオンボロ機関車、ねぇ…と、女性はそう意味深げに言いながら嘘泣きをやめる。やっぱり嘘泣きだったか畜生め。

 それにしてもさっきの意味深な発言は何なのだろうか。まさか私の過去の()()について知っているのだろうか?()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()…。

 

 

 「そうだ、名前が無いのなら私が名前を付けてあげましょうか?話すのに不便だしね!」

 

 

 「良いですよ、そんなもの。変な名前付けられてもアレですし。」

 

 

 「あら、心外ねぇ。」

 

 

 そんな言葉とは裏腹に、彼女は面白そうにクスクス笑う。なんかとんでもなくイライラする。コヤツ絶対人を煽る事に関しては天才でしょ。

 

 

 「…貴女、名前は?」

 

 「ん?」

 

 

 さっきまで笑っていた彼女は、わざとらしく首をコテンと傾げる。ちょっと可愛いなと思ったのは内緒だ。

 

 「名前ですよ、名前。私が一応は名乗ったんですから、貴女も名乗るのが筋ってものでしょう?」

 

 「それもそうね。」

 

 

 そう言うと彼女は何処からか取り出した日傘を差し、くるりと一回転してにっこりと笑う。月光に照らされた彼女のその姿はキラキラと輝き、幻想的な程美しいと思ってしまった。

 

 

 「私の名前は紫、八雲紫よ。よろしくお願いね、機関車さん?」

 

 

 これが、妖怪の賢者にして幻想郷の管理者である大妖怪八雲紫との最初の出会いだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「…夢、か。」

 

 

 起きたばかりでまだ夢見心地の頭で私は呟いた。少しばかり懐かしい夢を見たもんだな、と私は思う。夢見心地だった意識がはっきりしてくると、私はゆっくり布団から起き上がる。差し込む月光を頼りに時計に目をやると、時計の針は午前一時十四分を指していた。

 

 ちょうどいい時間だなと、私はそう思いながら近くの机に置いてある河童製の電灯に手を伸ばして明かりをつける。その眩しさに目を瞬かせる。しばらくして目が慣れると、私は暖かい布団から名残惜し気に立ち上がる。するとどこからともなく私の『妖精さん』が走り寄ってきた。

 

 

 『『『『『おはようございます!しぐれ様!』』』』』

 

 

 「うん、みんなおはよう。」

 

 

 寄ってきて挨拶をする『妖精さん達』に私は挨拶を返す。

 

 さぁ、今日も一日頑張ろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私の名前は波知鹿しぐれ。

 

 名も無きただの蒸気機関車の神霊だった私は、幻想となったモノ達の最後の楽園たる幻想郷を走る蒸気機関車の機関士として今日も元気に働いている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ここまで読んで頂き、ありがとうございます。
感想やご指摘がありましたらお願い致します。





▼豆知識
8620形蒸気機関車
大正初期に輸入急客機関車を基に製造された、日本で最初に本格量産された旅客用蒸気機関車である。総製造数は国産旅客用蒸気機関車最多の形式である。
急行列車などを中心に牽引する急客機関車として計画されたが、あえて最高の性能を狙わずに、汎用性を追求した事で、本形式は蒸気機関車末期まで活躍した。
作中に登場する48650号機は1921年11月に汽車製造大阪工場にて完成、その後近畿や中国地方を中心に活躍し、晩年は芸備線管理所に所属して芸備線や福塩線で貨客輸送に従事した。1971年3月8日に廃車となり、翌年に近くの旧三次文化会館に保存された。現在有志の方による整備・保存活動が行われている。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。