天災兎と人喰いトカゲ 〜Armour Zone〜   作:TearDrop

10 / 18
お待たせしました。
あとがきの方で少しご報告がございますので、本編をご覧になった後ご覧下さると助かります。

それでは、EP.10をお楽しみ下さい。


EP.10 Justice is not

 移動用ラボではハルカと束、クロエが交代交代で少女の看病を行なっていた。あれから一週間、少女は一向に目を覚まさなかった。

 恐らく、亡国機業によってアマゾンズドライバーとISを無理矢理装着させられたせいだろう。

 アマゾンズドライバーとISは束が調べた結果、システム上併用する事は出来ないのだそうだ。

 しかし、亡国機業によってISのシステムとアマゾンズドライバーのシステムを書き換えた事によって併用させる事が出来たのだろう。それが、少女の身体に負担を掛けさせていた。

 その結果、少女の潜在意識までをも蝕み、苦しませた事によって少女の身体は休息を求めているのだろうと束は推測した。

 

「あれから一週間……あの子は一向に目を覚まさないけど、大丈夫かな?」

「一応あの子の身体を検査してみたけど何処も異常は無かったよ。でも、シグマタイプだからかな?心臓は動いてなくても身体は正常に動作してる。あの子、本当に死んでるんだね……」

「今までシグマタイプと戦ってきたけど、元は人間なんだよね……それってつまり、僕は人間をーーー」

「ハルカ、束さん達は正義の味方じゃない。ううん……束さん達は〝正義の味方になっちゃいけないんだよ〟。束さん達は亡国機業を潰す為に戦ってるの。正義の為に戦ってるんじゃないんだよ。だから……そんな風に考えちゃったら、戦えないよ……」

 

 ハルカの手を握る束は、何処か悲しそうだった。

 束も思う事があるのだろう。自分達が只の人間と戦ってる訳じゃないことを。自分達は〝死んだ人間〟と戦ってるのだ。

 それがどれ程辛いことなのか、今回の少女の一件で思い知らされた。いやーーー見て見ぬ振りをしてきたのだ。〝死んだ人間〟と戦っているという事を。

 

「ごめん束……少しだけでいいからーーー抱きしめてくれないかな?」

「うん、いいよ……」

 

 そう言って束はハルカを抱きしめ、ハルカも束を抱きしめる。お互い黙ったまま、お互いの温かさを感じながら、強く抱きしめる。

 いつ振りだろうかと、ハルカは思い出す。初めて会った時も抱きしめられ、二回目はクロエと一緒に抱きしめられた。

 二年も経っていたのかと、ハルカは思い出した。久しぶりに抱きしめられたからか、安心したハルカは束から離れるとジッと見つめる。

 ふと、心臓の鼓動が速くなるのを感じるが恐らく気のせいだろう。

 この〝感情〟が一体何なのか、知る由もない。お互い見つめあっているのが恥ずかしくなったのか、二人は頰を紅くする。視線を逸らす二人だったが、治療室からクロエが出てきた。

 

「束様、ハルカさん、あの子がーーーどうかしましたか?」

「う、ううん!なんでもないよくーちゃん!ねぇ、ハルカ!?」

「う、うん!なんでもないよクロエ!ところで、どうしたの?」

「は、はい。実は先ほど、あの子が目を覚ましたのですがどうすればいいのか分からなくて……」

「えっ?」

 

 ハルカと束はクロエと共に少女がいる治療室まで付いていく。

 治療室の中には、少女が上半身だけを起こして周りを不思議そうに見渡していた。少女はハルカ達に気づくと、無表情のまま見つめる。

 不思議な感覚に陥った時に見た少女の表情はクロエやセシリアのように生気を感じられたが、今目の前にいる少女の表情からは生気が感じられなかった。

 本当に死んでいるんだと、ハルカは改めて実感した。

 

「ここは何処?」

「此処は束さんのラボだよ〜。君、ハルカと雨宮ジンに助けられたんだ。それから先の事は覚えてる?」

「覚えていない……私はこれから何をすればいい」

「えっ?」

「指示を。私は如何なる命令も聞く」

「命令って……もしかして、亡国機業にいた時もそんな風に命令されてたの?」

 

 少女は束を無表情のまま見つめ、頷く。

 まるで、感情を持たない人形のように。どうしたものかとハルカと束が悩んでいると、クロエが少女の目の前に置いてある椅子に座り、笑みを浮かべる。

 

「貴女はもう、誰の命令も聞かなくていいんです。もう貴女を縛る物はもうないんです」

「私は……捨てられるのか?」

「いいえ、貴女はもう自由です。どんな生き方をしたって、貴女を咎める人はいないんです。だから……貴女は貴女の人生を歩んでほしい」

「私の……人生……?」

 

 少女はクロエの言葉に疑問を抱く。無表情ながらも必死にクロエの言葉の意味を考えているのだろう。少女は自分の手を見つめる。

 

「私は………人を殺したのか?」

「……はい」

「私は………たくさんの人に迷惑を掛けたのか?」

「……はい」

「私は………生きていいのか?」

「はい……生きていいんです。私は、此処にいる束様とハルカさんに助けてもらいました。名前を貰いました。幸せな時間を貰いました。だから貴女も……生きていいんです」

「………そうか」

 

 少女はクロエの言葉に頷く。

 ふと、ハルカは二年前の出来事を思い出した。クロエの姿が、ハルカとクロエに幸せな時間を与えてくれた束に見えたからだ。

 すると、少女はベッドから出るとクロエの手を握る。

 

「貴女は私に自由に生きていいと言った。これから私は貴女にーーークロエに従う」

「……そうですか。でも、貴女の人生です。貴女の思うように生きてくださいーーー〝イユ〟」

「イユ?クロエ、もしかして……」

「この子の名前です。束様が私に〝クロエ・クロニクル〟という名前をくれたように、私もこの子に名前をあげようかと思って、昨日から考えてたんです」

「イユ……私の名前か?」

「はい。貴女の本当の名前は存じ上げません。ですからイユーーー貴女はこれから〝イユ〟として新たな人生を生きてください」

 

 少女ーーーイユはクロエの言葉に頷くと、べったりとくっつく。まるで、姉に甘える妹のような光景が目の前に広がっていた。

 ふと、ハルカが束に視線を向けると束はハンカチで目元を拭いていた。号泣している束の姿はまるで、娘の成長を見て感動した母親のようだった。

 それに対して苦笑いを浮かべるハルカだったが、クロエの笑みを見て嬉しくなったのは秘密である。

 

 ◇◇◇◇

 

「さて、これから束さん達は本格的に亡国機業に喧嘩を売ろうと思います!」

「唐突だね……まぁ、束らしいけど。でも、喧嘩を売ろうって言ってもどうやって?研究所の殆どは亡国機業が破壊してるから意味ないんじゃあ……」

「亡国機業は何人もの構成員で成り立ってる組織だからね。一人一人に喧嘩を売ってたら時間の無駄。だから束さん達は〝亡国機業そのもの〟に喧嘩を売る事にしました!」

「亡国機業本体に喧嘩を売る……それはそれで大変そうだけど?」

 

 ハルカの言葉に、束はふふんと鼻を鳴らすとコンソールを操作する。

 二人の間に浮かび上がるホログラムには亡国機業のアジトと思われる基地が幾つも点在していた。各国に亡国機業のアジトがあるとすれば、全部を回るのは時間の問題だ。

 

「各国に亡国機業のアジトがあるなら、一つ一つ潰していくのが妥当だけど……当てはあるの?」

「束さんの推測だけど、亡国機業の本拠地とも言える場所には目星をつけてあるよ。恐らく、イギリス。彼処はISを開発してる企業があるし、なにぶん人材も多い。イギリスはISの実用化を他の国よりもリードしてるみたいだし、うってつけかもね」

「イギリスかぁ……二年前に行ったきりだもんね。セシリアちゃん、今頃元気にしてるかーーー」

「ハルカ、そのセシリアって誰?」

「えっ?あぁ、言ってなかったっけ?僕とクロエがジンさんの研究所に向かう途中に出会った子でね。なんでもお母さんと喧嘩してて、家を飛び出してきたんだけど、ちゃんと仲直りできたかなぁ?」

「ふぅ〜ん……そうなんだぁ。束さんの知らない間に他の子と仲良くなったんだぁ〜。そっか〜……」

 

 束は頰を膨らまし、ハルカから視線を逸らす。その顔はまるで、頰一杯に餌を詰め込むリスのような表情だった。

 束の衣装は不思議の国のアリスをモチーフにしており、頭には機械的なウサミミが付けられている。矛盾してるなぁとハルカは思ったが、何やら不機嫌な束を怒らせる訳にもいかず、話を元に戻す事にした。

 

「そ、それで?またイギリスに行くことで決まりかな?」

「うん。束さんの推測が正しければね。でも、気をつけて。亡国機業の構成員が何を仕出かすか分からないから」

「うん、気をつけるよーーー所で、イユは何をしてるのかな?」

 

 ハルカは視線をイユに向ける。

 其処には、イギリスのガイドブックらしき本を黙々と読んでいるイユの姿があった。他にも様々な国のガイドブックが多く積まれており、イギリスのガイドブックをハルカに見せつける。

 

「イギリスに行くのか?なら私も連れて行け。彼処は亡国機業の構成員が複数人存在している。私は其処に何回か行った事がある。それにーーー美味しい料理屋も知っている」

「観光に行くんじゃないんだけどなぁ……でも、イユがいれば好都合かも。構成員が複数存在してるなら場所を突き止める事が出来る」

「ですが、イユは既に亡国機業を抜けた身です。バレればそこで終わってしまいます」

「そこら辺はラボに残ってハルカに指示を出してもらおっか。そうすればバレる事もないしね」

「ハルカさん、念の為にこれを」

「これは?」

 

 クロエから渡されたのは、小さな指輪だった。

 銀色に輝く指輪はハルカの薬指に嵌められる。

 

「クロエ……こういうのは男の僕が女の子にすることなんじゃ……」

「ち、違いますっ。これは単なる指輪ではなく、発信機になっています。本来ならその腕輪ーーーアマゾンズレジスターの発信機を使えればいいのですが、先日の戦闘の際に発信機そのものが起動しなくなっていたので……」

「そ、そうなんだ……僕も指輪を誰かに嵌める時が来るのかなぁ……」

「もしかして、セシリアの事を言ってる?ハルカってセシリアみたいな子が好きなの?」

「何の話をしてるのさ……僕は恋愛っていうものを知らないし、何より僕はーーー」

 

 その時だった。

 ホログラムの映像がニュース速報へと変わり、事態は急変する。イギリスで運行されている列車がハイジャックされたとの情報だった。

 

 ◇◇◇◇

 

『ハルカ、本当に此処からで大丈夫なの!?』

「うん!此処なら変身して飛び乗れそうだ!」

 

 ハルカは今、ハイジャックされた列車の上空を束が作った無人機に乗って飛んでいた。

 列車の中を束が作った不思議の国のアリスを模して作られた眼鏡型バイザーを使って中を透視する。

 乗客は座席に座っており、その通路側にはハイジャック犯が立っていた。

 そして分かったのは、ハイジャック犯の左腕にはアマゾンズレジスターが装着されていた事だ。

 恐らくこのハイジャック事件には亡国機業が関わっている事は確かだろうと確かめるため、ハルカはイギリスにやって来た。

 

「これ以上高度を下げるとバレるかも。此処から列車に飛び乗るよ!」

『分かった!気をつけてね!』

「うん!ーーーアマゾンッ!!」

 

 《Omega…!Evolu…E…Evolution…!》

 

 ハルカは無人機から列車に向かって飛び降りる。

 アマゾンズドライバーのグリップを捻り、緑色の炎に包まれ、爆風と共にアマゾンオメガへと変身を遂げると無事に列車の屋根に着地ーーー

 

「あっ……!」

 

 ーーーする事はなく屋根を突き破り、乗客がいる車両に着地した。突然の事に、乗客は勿論シグマタイプ達も驚愕する。

 シグマタイプはオメガの姿を確認すると蒸気を放ちながらアマゾンへと姿を変えた。

 いつの間にか、複数のシグマタイプがオメガの下に集結しており、蜂やトンボ、蝶といった虫系のアマゾンがオメガを睨んでいた。

 オメガは襲いかかる蜂アマゾンの攻撃を避け、拳を叩き込んでいき、なるべく乗客から遠ざけようと攻撃を与えて行く。

 しかしトンボアマゾンがオメガに飛びかかり、乗客の方へオメガを蹴り飛ばす。

 悲鳴を上げる乗客を他所にトンボアマゾンがオメガに襲いかかるが、拳で蟻アマゾンの頭部を貫く。

 余りにもショッキングな光景が広がり、悲鳴を上げる乗客や失神する乗客達。トンボアマゾンは絶命し、泥となる。オメガは立ち上がり、残りの蜂アマゾンと蝶アマゾンを相手に戦闘を開始する。

 

『ハルカ、早く。その列車にはーーー』

「ゴメンッ!今話してる時間はないんだっ!」

 

 イユの言葉を搔き消すオメガ。蜂アマゾンの上半身と下半身を真っ二つに切り裂き、蝶アマゾンの首を腕の刃ーーーアームカッターで切り裂いて行く。

 しかし、次々と現れるシグマタイプ達に苦戦するオメガは乗客を守りながら戦っていた。

 狭い通路の中で戦いに慣れていないオメガだったが、何とかしなければならなかった。

 

「ウォオオオオッ!!」

 

 オメガはアマゾン達をアームカッターと脚部のフットカッターで切り裂いて行き、グリップを捻る。

 

 《Violent Punish……!》

 

 アームカッターが更に鋭くなり、アマゾン達を切り裂いて行く。異形の存在であるアマゾン達に恐れる乗客達だが、それと同時に今乗客達を守ろうと必死に戦っているオメガに対しても、恐怖を持ち始めていた。

 人間は自分とは異なる存在を目にした時、恐怖の感情を持つものである。その感情をハルカが知った時、果たして彼は戦えるのか……。

 順調にアマゾン達を倒していくオメガは、更に襲いかかるアマゾンに攻撃を放とうとした時だった。突如、インカムから束の叫びが聞こえた。

 

『ハルカ!逃げてっ!!』

「でも!!乗客を見捨てる訳にはーーー」

 

 その言葉を最後に、束からの通信は途絶えた。何故ならばーーー突如列車が爆発したからだった。

 

 ◇◇◇◇

 

「ハルカ……ハルカァアアッ!!」

 

 束の悲痛な叫びがラボに響き渡る。

 車両の映像はハルカを通してモニターに映し出されていたが、爆発によってハルカが付けていたバイザーからの通信が途絶え、何も映らなくなった。

 束はハルカからの連絡が途絶え、終いには列車の爆発が起きてしまった。

 何の罪も無い乗客達をも巻き込み、挙げ句の果てには乗客を守る為に戦っていたハルカをも巻き込んだ。

 束は何も映らないモニターをじっと見つめながら、膝から崩れ落ちた。

 

「束様……!」

「くーちゃん……ハルカは死んでないよね……きっと無事だよね……?」

「それは……」

「嘘だよね……お願い……嘘って言ってよ……ハルカは死んでなんかいないって……!」

 

 束は涙を流しながら、クロエに泣きつく。

 クロエは束を抱きしめ、モニターに視線を移す。スノーノイズしか映らないモニターを見つめるクロエと、無表情でコンソールを操作するイユ。

 イユは何かを見つけたのか、コンソールを更に操作し始めた。




如何でしたでしょうか。
楽しんで頂けたら幸いです。

ここで今後の投稿に関してご報告がございます。現在、第1章のエピソードを二日〜三日空けながら投稿しております。ですが、第2章からは少しばかり投稿が遅れると思います。理由に関しましては、第2章の物語をどう展開していくかです。
その為、投稿が大幅に遅れると思われます。遅れると申しましても一ヶ月は掛からないと思われます。何卒ご了承下さると助かります。

→イユ
シグマタイプのアマゾンであり、元亡国機業所属。洗脳され、アマゾンシグマとしてISを纏わせられていたが、ハルカとジンによって助け出される。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。