数日立ち、ようやく上半身がまともに動けるまでに回復した。
下半身はまだ感覚が戻った程度で動けないが、ひとまずは十分だ。
「よっ、ふんっ……ぅ、やっぱ上半身だけでだとキツイな」
1週間以上も体を動かさなかったので、少し運動不足だ。
だから、せめて腕立て伏せでもやろうと思ったが、これがなかなかきつい。
「ユウキさん、レミリアお嬢さ……一体何をしてるの!?」
とそこへ咲夜がやってきた。
パチュリーは紅魔館に戻っていて、夕方また帰ってくると言っていた。
霊夢と魔理沙と出かけていて、もうすぐ帰ってくるはずだ。
で、咲夜は何だか驚きつつ怒ってるようだけど、一体どうしたんだ?
「何って……しばらく体動かしてなかったから、軽く運動してるんだけど?」
「ダメ! パチュリー様から言われてるでしょ、完全に回復するまでは安静にしないと!」
だから走ったりせず、静かに腕立てをしてたんだけどなぁ。
「そう言われても、体がなまっちゃうんだけど……で、レミリアがどうかしたか?」
「あ、そうだったわ。レミリアお嬢様とフランお嬢様が見舞いに……」
「お兄ちゃん!」
咲夜の言葉をさえぎるように襖が勢いよく開き、涙目のフランが飛びこんできた。
あれ、こんな光景前にもあったな……
「フラン!? ちょ、まて……うごっ!?」
――ドゴッ!
大きいな音と、衝撃で部屋が少し揺れた。
腕立て体勢のままだったので思いっきりタックルを食らい、そのまま吹き飛んでしまった。
吸血鬼の身体能力でタックル+受け身が取れない=大ダメージだ。
「フラン、ちょっと大人しくしなさい……もう手遅れか」
「フランお嬢様、ユウキさん、大丈夫ですか!?」
「むきゅ~……」
フラン、それはパチュリーのセリフだ。
「……あまり大丈夫じゃ、ない」
頭から柱にぶつかったので、しっかりとタンコブが出来ていた。
「ご、ごめんなさいお兄ちゃん。私またやっちゃった……」
「とりあえず、大丈夫……だと思うから、降りてくれ」
フランが俺に乗ったまま謝ってくるが、先に降りてほしい。
重くはないけど、地味にキツイ。
「ちょっと、今の音と揺れは何よ。ってレミリア? あらフランも」
「おぉ、今日は姉妹揃ってユウキの見舞いか?」
「えぇ、そんな所よ魔理沙。お邪魔してるわ、霊夢」
「あ、霊夢、魔理沙!」
外出から帰ってきた霊夢と魔理沙がやってきて、呆れたようにこの惨状を見た。
「ユウキ、大丈夫? わっ、すごいタンコブ。咲夜、氷嚢持ってきなさい」
「分かりました、すぐに!」
「フラン、ユウキさんが心配だったのは分かるけど、気をつけなさいよ。ユウキさんは頑丈とは言っても、これでも一応人間なの。吸血鬼のあんたのタックル食らったら無事じゃすまないわよ!」
「……ごめんなさい」
霊夢に怒られて羽も垂れさがりシュンとなるフラン。
フォローしてあげたいが、力加減を覚えてもらわないと色々困るしな。
「フラン、次から気を付けてくれればいいからな?」
「うん、ごめんなさい、お兄ちゃん」
まだ俯くフランの頭を撫でるとやっと笑顔が戻った。
「で、霊夢、一応ってなんだ一応って、俺は普通……の人間だ」
「フランのタックル食らってタンコブですむのが、普通かなぁ?」
「普通って部分でだいぶ躊躇ったわね」
魔理沙とレミリアが苦笑いを浮かべたが、俺だって普通の人間と一緒にしたら、何かが違うって自覚はある。
「はい、これでよし」
「ちょっとおおげさじゃないか? でもありがと、咲夜」
俺はそこまでしなくていいと言ったが、霊夢達に念の為にと言われ包帯を巻いて咲夜が持ってきてくれた氷嚢で頭を冷やしていると、急にスキマが開いた。
「ん? 紫?」
「こんにちは。ユウキ君、怪我の具合は……更に悪化してる!?」
「あ、藍じゃない」
てっきり紫かと思ったけど、出てきたのは藍だった。
「な、なるほど……なら、今度にした方が良いかな」
事情を聞いて納得した藍が、しきりにスキマの中を気にしていた。
「藍、今日は一体何しに来たんだ?」
「うーん……実は体調が回復した幽々子様と妖夢が君に、いや、君達に御礼と謝罪をさせてくれと言ってきているんだ。ユウキ君もそろそろ回復しただろうと思ったのだけどね」
「「「っ!?」」」
幽々子と妖夢と聞き、霊夢達の顔色が変わった。
ま、西行妖に操られたと言っても、異変を始めたのは幽々子自身の意思だしな。
でも、少しあいつらの事も気になってたし、向こうから来てくれたなら、会ってみるのもいいかもしれない。
「俺は構わないぜ。怪我と言ってもタンコブ程度だしな」
「ちょっと、ユウキさん。いくら操られたからって、あんな大怪我負わせた元凶なのよ!」
「……相変わらず、甘いわね」
霊夢とレミリアが呆れた風に言うが、自覚してる。
「完全に治ったらまた行こうと思ってたし、向こうから来てくれるなら好都合だ」
本当は今幽々子達が来たら、最悪レミリアやフランが殺しにかかるかも、とは思ったけどな。
「はぁ~……諦めなさい、霊夢。遅かれ早かれユウキは彼女達に会うつもりだったようだし、なら人が多い方がいいでしょ? あなたも文句くらい言いたいんでしょ? 最も、私もフランも咲夜もだけどね」
そう微笑んだレミリアだったけど、眼が笑ってないし怖い。
「紫様の古い友人だし、私も付き合いが長い人だ。気持ちは分かるが、ほどほどにしてくれると助かる。紫様はまだ眠ったままなので私が代役なんだよ」
それで藍がスキマを使って幽々子と妖夢を連れてきたってわけか、紫の式神だからある程度はスキマを使えるみたいだな。
「分かった、幽々子達には手出しはしないわ、多分だけど。ここでいいでしょ、ユウキさんあまり動かせられないし」
霊夢が承諾すると、レミリア達は黙って頷いた。
少なくとも話は冷静に出来そうだな。
「すまないな。それじゃ連れてくるよ」
そう言って藍はスキマに戻り、少しすると幽々子と妖夢を連れてきた。
妖夢は折れた腕には、包帯を巻き添え木と三角巾をしている。
あの薬を使わなかったんだ、一か月近くかかるのが普通か。
「はじめまして、と言う挨拶が正しいのでしょうね。私は西行寺幽々子と申します。この度、私の不注意で皆さんにご迷惑をおかけした事、深く謝罪させて頂きに参りました。特に、ユウキ様は生死の境をさまよったようで、まことに申し訳ございませんでした」
幽々子と妖夢はまず正座し俺達に頭を下げ、謝罪の言葉を述べると更に深く頭を下げた。
異変の時は西行妖に取り込まれた状態しか見てないけど、凛とした佇まいで上流貴族も真っ青になるくらい礼儀正しい。
「本来であれば、すぐにでもお伺いすべきだったのですが、私は衰弱しきって満足に動けず、妖夢も片腕がこのようになっており、本日まで静養させて頂きました。謝罪が遅れてしまい、重ねて申し訳ございません」
「あーその、そこまで肩肘張った謝罪は、返ってこっちが気遅れしてしまうのですけど……」
「そう……ですか。ふふっ、紫に聞いていた通り面白いお方なのですね」
初めて見た時から何となくそんな気はしていたが、こうも上品なお嬢様オーラ全開で話されるとやりにくい。
妖夢はさっきから黙って頭を下げたままだ。
「貴方達にも随分とご迷惑をおかけしまして、その上助けていただきありがとうございます」
霊夢、魔理沙、咲夜に改めて向き直り、深く頭を下げると霊夢達は困ったような顔をした。
「わ、私は博麗の巫女として異変解決は当たり前なの。それに、私はあんたを助ける気はなかったし、西行妖ごと倒すつもりでいたわ。礼はユウキさんと魔理沙達に言いなさい」
「異変を解決するついでだっただけだぜ。だから礼はユウキと咲夜に言えばいいぞ」
へ? この流れはまさか……
「私はユウキさんがあなた達を助けようとしたから、手伝っただけです。礼はユウキさんにどうぞ」
やっぱ俺か!?
幽々子がなぜか物凄く目をキラキラさせて俺を見てるし。
「あー……うん、礼は貰っておく。以上、はいこの話終わり!」
「ははっ、随分と乱暴に話を畳んだな。照れ隠しにしては下手だな」
しょうがないだろ、魔理沙。
「それにしても、冥界の主よ。我が従者である十六夜咲夜と、大恩人のユウキが結果的には無事だったから良かったが……もし死んでいれば……」
レミリアが真顔で幽々子を睨みつける。
まだ俺を恩人と言ってるのかよ。もういいだろ、レミリア。
「……死んでいれば?」
「私が、いや、我ら紅魔館が全存在をかけて、どんな犠牲を払おうとも貴様らを冥界ごと滅ぼす所だったわ」
レミリアから今までにないほど、覇気と殺気が放たれた。
こうも鋭く、怒りに満ちた殺気は初めてだ。
幽々子と妖夢にだけ向けられているが、俺だけではなく霊夢と魔理沙もあまりの迫力に驚いている。
レミリアの眼が血のように紅い。これが、真のレミリア・スカーレットか。
見ると、フランも狂気にこそ落ちていないが、レミリアに負けず劣らずの殺気を向けて眼を紅く染めている。
これだけの殺気の中で、妖夢は反射的に幽々子の前に出ようとしたが、幽々子がそれを制した。
幽々子もただ黙って堪えているような感じだが、冷や汗を流している。
その時、霊夢と咲夜が意味深な目で俺を見てきた。
はぁ、しょうがない……
「レミリア、フラン。もういいだろ?」
「そうね。ユウキに免じて、この辺にしておくわ」
「……お兄ちゃんが、そう言うなら」
諭すように優しく言うと、レミリアとフランの眼は元に戻り、一歩下がった。
「コホン。紫の知り合いなら言う必要ないかもしれないけれど、博麗の巫女としてこれだけは言っておくわ。異変を起こしても私が解決するし、それに対しての謝罪はいらない。ただ即座に私に退治されるだけ。でも、幻想郷に関わる異変はもはや異変とは言わない。今度は退治ではなく、全力で排除するわ」
「肝に銘じておきましょう、博麗の巫女」
霊夢は幽々子だけでなく、自分にも言い聞かせているみたいだな。
さて、これで一応場が収まったか、なら気になる事を聞いておくか。
「妖夢、しばらくぶりだな」
「はっ? は、はい! 御無沙汰しております! 此度の一件、御師匠様達には大変おせわになりました。お見舞いに伺おうとは思ったのですが、腕を折っており静養に努めさせていただき、このように遅れてしまい、申し訳ございませんでした!」
「お、おう、それは……大変だったな、うん」
妖夢、しばらく会わない間にキャラが迷走しすぎてないか?
妖夢とはあまり話していなかった霊夢や魔理沙はともかく、咲夜が思いっきり眼を丸くしてるぞ?
「腕の具合はどうだ? 俺や咲夜が使った薬、使わなかったみたいだけど」
「はい、痛みは多少和らぎました。あの薬は御師匠様と咲夜様が御使用される為の物。未熟者である私の自業自得の怪我になど、使うべきではなかったので……御師匠様と咲夜様は御身体の具合は大丈夫でしょうか?」
「えっ、いや、私はもう大丈夫よ。ところで咲夜 【様】 ってどういうつもりかしら?」
今までにない妖夢の眼差しと強い尊敬の念が籠った言葉。
まるで、頭の上がらない人に対する……あー吹寄に勉強を教えてもらう当麻がこんな感じだったな。
「はい、御師匠様は勿論、私が到底及ばない高みにある咲夜様の腕前にも、私は心から感服いたしました! ですから、敬意を籠めて咲夜様と呼ばせて頂きます!」
「そ、そう……あの時も言ったけれど、そこまで私とあなたに差があるわけじゃないのだけれど……れ、レミリアお嬢様、お腹を抱えてまで笑う事はないでしょう!? 霊夢達まで!」
「だ、だって……くくくっ、すごく、おもしろいもの。あははははっ、しょうがないでしょう?」
妖夢の咲夜への言葉遣いが面白いのか、咲夜の反応が面白いのか、絶対両方だな。
レミリアも霊夢達もお腹を抱えて笑っている。
そういう俺も笑いを堪えるのに必死だ。
幽々子や後ろで控えていた藍も、なんとか我慢しているが口元が緩みまくっている。
ん? 今……と言うか、さっきから何か不穏な単語混ざってなかったか?
咲夜様、はまだいいとして……御師匠様って誰だ?
「なぁ、妖夢。御師匠様って一体誰の事だ?」
「あ、これは失礼いたしました! 私とした事が、順序を間違えてしまいました。おほんっ、ユウキ様……どうか、この私を弟子にして頂けないでしょうか?」
畳みに額を押し付け、今までにないほど頭を下げる妖夢。
……でし、ってあの弟子だよな? これはつまり……妖夢が俺に弟子入りしたい?
だからさっきから俺を師匠と呼んでいたのか?
「えっ、えぇぇ~~!? おまっ、弟子入りって一体どう言うつもりなんだ!? お前確かもう師匠いただろ!? 一体何で俺なんかに!?」
妖夢は確か、祖父から剣術を学んだと前に藍から聞かされた事があった。
本当、なんでこういう流れになったんだ?
「先日の異変の折、私への御指導とても身にしみました。私に足りない物は力と技だけではなく、経験。強者との経験が足りない。幽々子様の側にずっといながら、西行妖に乗っ取られていった事に気付かず、西行妖との戦いでも私が未熟だったばかりに、御師匠様達が要らぬ怪我を負ってしまいました!」
悔し涙を流す妖夢。すごく真面目な話で、本人的にはシリアスなんだろうが。
いつの間にか俺と妖夢から離れた霊夢達がニヤニヤ顔で暖かい顔をしてこっちを見ている。とてもシュールだな
それに俺は指導したつもりは一切ないんだけど、ここは最後まで黙って聞いた方がいいな。
「この数日間、私はずっと考えておりました。もっと腕を磨きたい。強くなって、今度こそ幽々子様のお役に立ちたい……その為には、御師匠様の元へ弟子入りするのが一番だと、そう決心したんです!」
えっと……どこから突っ込もうかな。
ともかく弟子入りしてないのに、俺を師匠と呼ばないでくれ。
「あのな妖夢? 俺は別に指導したつもりないし、あの時も言ったけれど確かに妖夢には負けないけど、剣の腕自体は俺より上なんだぞ? 俺が教える事なんて何もない」
「そんな事はありません! あの時はナイフでしたが、御師匠様の腕前は私よりもはるかに上でした! 勿論白玉楼にお越し頂く手間はおかけしません。私が御師匠様の都合のいい時に神社まで来ますので、そこで私の剣技を見てくださるだけで構いません!」
妖夢の眼が更にキラキラ度が上がった。まるで操祈みたいだな……あれはしいたけっぽいけど。
「そう言われてもな。俺は確かに日本刀も使った事あるし、訓練も受けたけど。ナイフが一番得意だし刀よりは棒をよく使ったし……咲夜ぁ~お前からも何か言ってくれよ」
思わず助け船を出したが……
「私から見てもユウキ様の腕前は達人の域を越えています。妖夢が弟子入りしたくなののは当然、むしろ必然かと……良いのではないですか? 内心、可愛いお弟子さんが出来て嬉しいのではないですか?」
助け船は木っ端みじんに破壊された。
しかも、様付けされてるし、後半ものすっごく睨まれたし!?
霊夢やレミリアも咲夜の言葉を聞いて、俺を軽く睨んでるし。
「……おに~ちゃ~ん?」
フランもかよ!?
こうなったら魔理沙に頼る……のはやめよう。
「うぉい!?」
藍、君に決めた!
「藍!」
「諦めてください」
助けを求める以前の問題だったか……幽々子はニコニコと笑ってるし、多分妖夢から前もって聞いてたんだろうな。
「……御師匠様ぁ、どうか!」
妖夢が頭を下げながらも、眼を潤ませて見上げながら懇願してきた……やばっ、可愛いかも。
「「「ユウキ(さん・様)?」」」
「っ!?」
あれ? さっきより霊夢達が睨んできてる?
なんで俺が責められてるんだ?
フランは無言だけど眼から光消えてるし、狂気に落ちた時より怖いぞ!?
「あ~もう、分かった分かった! 妖夢、俺の弟子になれ!」
もうどうすればいいのか分からなくなったので、仕方なく弟子入りを認めた。
「あ、ああ……ありがとうございます!」
「うぉっ!?」
途端に妖夢が満面の笑顔で俺に飛びついて来た。
フランの時とは違って、ちゃんとすわっていたのでなんとか堪える事が出来たけど思わず抱きとめる形になった。
「「「「っ!?」」」」
あ、なんか背後からさっき以上にドス黒いオーラを感じる。
「ふふっ、良かったわね妖夢。ユウキ様、ありがとうございます。妖夢の事お願いします……いろいろと」
「おい、待て! 最後意味深な事言ってんだよ!? いや、まて、霊夢、咲夜、レミリア、フラン……なんでお前らそんな怖い顔してるんだ?」
なんだかわけが分からない間に、人生初となる弟子が出来てしまった。
でも今はそんな事より迫りくる霊夢達をどうにかしないとな……
「「「ユウキ(さん・様)!?」」」「オニィ~チャーン?」
「あぁ~もう不幸だー!!」
続く
妖夢の迷走が止まらない……俺はみょん侍をどうしたいんだ?ヽ(~~~ )ノ ハテ?