8月15日 夜
「……壊滅、完了」
廃ビルで目標の沈黙を確認して、その成果をPDAで見る。
「妹達の身体データの詳細、やっと手に入れた」
数日前、ミクの死を知り半ば衝動的に所員を皆殺しにして研究所を爆破したけど、我ながらアレは目立ちすぎた。
ニュースや警備員の情報を見ると事故に見せかける事には成功している。
だけど、上には俺の仕業と気付かれていると見た方がいい。
だから、次からは爆発事故ではなく、ガス漏れ事故を装った。
勿論、研究所に侵入して毎回皆殺しでは、すぐに潰される。
なので、出来るだけ痕跡を残さず誰にも見られずに心がけた。
まぁ……あの時はめちゃくちゃ頭に血が上って、上り過ぎて冷静になったから……と思っておこう。
それから俺は実験を止める為に色々とデータを集めた。
仮に実験が終わった場合、妹達がどんな扱いになるか分からないが、身体的な問題がある可能性が高い。
クローンであり実験体として生み出された以上、寿命が短く設定されている可能性が高い。
それをどうにか出来なければ、本当に救われた事にはならない。
なのでまずは妹達の身体データを手に入れる事にした。
だが、妹達と実験に関わるデータは簡単に手に入るレベルでは詳細が分からないようになっていた。
詳細なデータは数多くの研究所にバラバラに保管されていて、一つや二つの研究所にハッキングした程度じゃ手に入れられなかった。
美琴ならもっとストレートに出来ただろうけど、ある意味当事者とは言えアイツを巻き込むわけにはいかない。
「……そろそろ出てきたらどうだ、元春?」
独り言を呟きながら、屋上の一角に銃を向ける。
月明かりの死角からいつも教室で浮かべるような笑みを浮かべながら、銃を向けた元春が出てきた。
「流石はユウやん、気付いていたか」
「んで、こんな所にこんな遅く何の用だ?」
妨害はあると思ってたが、意外に遅かった。もっと早く来るかと思ったし、それに元春1人が来るとは思わなかった。
襲撃は数回したが、いずれも暗部の影はなく拍子抜けしていた所だった。
だからこそ研究員を皆殺しにするのは 『最低限』 で抑える事出来たのだけど。
「いやぁ~あそこの研究所でガス漏れ事故が発生したって聞いて、ちょっと様子を見に来たんだぜよ。最近色々な研究所で事故が多発してるからにゃ~怖い怖い。それにしても野次馬が俺の他にもいるとは思ってなかったにゃ~」
元春は表向きの声をしているが、サングラスの向こうから僅かに見える目は裏の目をしていた。
「そうだな。研究所ってのは危険な物質を沢山扱ってるから、少しのミスが大惨劇なんて事も珍しくないよな」
「そのミスがこうも続くってのも、偶然とは恐ろしいもんだぜい……さてと、本題に入ろうか」
そこまで言って場の空気がさっきよりも冷たくなった。
「やりすぎだ」
元春がどこまで知っているのかは分からなかったが、今の一言だけで少なくとも絶対能力進化実験の事を知っているのが分かった。
流石は多重スパイ、ある種俺よりも裏の事を知っているだけはあるな。
「やりすぎ? 違うぜ、元春……まだまだやり足りない、ぜ!」
――ドドン
俺が発砲するのと、元春が撃つのはほぼ同時だった。
互いの弾はハズレ、俺と元春が柱に飛びこむ音が響く。
「元春、邪魔するなら、お前でも容赦はしない」
「いやぁ~その顔に口調、まるで昔のお前に戻ったみたいだな。嬉しいような悲しいようなだぜい、ユウキ?」
昔の俺。元春と初めて出会った頃の俺か。
「そういうお前は、相変わらずだな!」
懐から煙幕爆弾を取り出し投げつけた。すぐ当たり一面に煙幕が立ちこめる。
息を止め、目を瞑り煙幕の中をかけ、元春に向けて銃を撃つ……より先に足元に銃弾が当たった。
「お前のテリトリーには入れさせないぞ」
「ちっ」
やっぱ組んでいた時期が長いだけあって、元春は俺の戦術は知り尽くしているな。
それにアイツは俺を相手にする時の手段も色々考えているはずだ。
下手に自分のペースに持ち込もうとすると、こっちが危ない。
それに今ここで元春と遊んでいても、時間の無駄だ。
だったら、ここは撤退する方がいい。
耳栓を両耳にはめて、手持ちの爆弾を確認する。
今回はあまり持ってきていないが、それでもここを抜けだすには十分だ。
「悪いな元春。生きていたら新学期に学校で、な!」
懐からビー玉大の小型爆弾を無造作に投げる。と、同時に隣の廃ビルに向かって飛ぶ。
さっきなげた小型爆弾に殺傷力はないが、閃光弾と煙幕弾、それに神経を一時的に麻痺させる特殊な音波を発生させる。
サングラスをかけた元春に閃光は効かないし、煙幕も効果は薄い。だが、神経麻痺を引き起こす音波は防げないはず。
これで時間が稼げる。と思ったその時、廃墟と化したビルの一角に不釣り合いな物を見つけた。
「……ん、あれは、折り鶴?」
よく見れば部屋の一面に小さな紙片が散乱していて淡く輝きだし、その周りを囲むようにフィルムケースに入った折り紙が置いてあった。
なぜここに真新しく折られた折り紙があるのか、そんな事よりもその折り紙から 【魔力】 を感じた事に驚いた。
そして、なぜか散乱している紙がどこか魔法陣にも見えた気がして……すぐにその場を離れようとした。
『悪いなユウやん。生きていたらまた新学期に学校で会おうぜ』
そんな声が脳内に直接響くと同時に、大爆発が起こった。
「っつ~!! くそっ、元春の奴。やってくれたな」
体の至る所がズキズキと痛むが、どうにか無事だ。
息を整えながらふり返ると、4階建ての小ビルがまるまる吹き飛んでいた。
「よく逃げられたな、俺」
あの時、窓から飛び出しワイヤーガンを使い、どっかの蜘蛛男のように空中を飛び出来るだけビルから離れる事が出来た。
しかし、少しでも反応が遅れればあの爆発に巻き込まれていただろう。
ここら辺一体が区画整理や立て直しとかで、廃ビルばかりだったのが不幸中の幸い……いや、だからこそ元春はあんな派手な事をしたんだろう
「てかあのやろぉ、魔術使えたのかよ」
能力者に魔術は使えない。使えばどうなるか、それはこの前の三沢塾の時にイヤって程見せつけられた。
全身が斬り裂かれたようになり、死ぬ危険性が高い。
「いや、アイツの能力はレベル0とはいえ肉体再生、多少は融通が効くって事か」
魔術による肉体ダメージは能力によって少しは回復する。それによって元春は魔術を行使しても大丈夫と言う事なのだろう。
「全く土御門元春は能力者であり魔術師でもある。なんてずっと前に分かっていた事なのに……可能性を考慮しなかったとは、何やってんだ俺」
少しばかり頭に血が上り過ぎていたようだ。
ミクを救えなかった事で感情的になり、手当たり次第に皆殺しなんてらしくない事をした。
道端に座り込み、見上げた空には綺麗な月が浮かんでいた。
それを眺めながらこれからどうするかを考える。
元春は俺を始末しに来たわけじゃないな。
もし、俺を殺す気なら追撃をしてくるだろうし、元春だけを寄こすはずがない。
「警告のつもり、か? 随分甘い事で。でも、今後の事を考えると研究所を襲撃は止めた方がいいかもしれない」
実験中止後妹達に何かあった時の為に、専門家や設備を減らすのは得策じゃない。
データの収集や破壊のみをした方がいいだろう。
警備員や風紀委員がやってくる気配はまだないので、少しばかり夜風に当たって頭を冷やす事にした。
しばらくじっとしていると、少しずつ頭の中にある靄が晴れていくような感じがした。
「もう、いいか。ひとまず近くのセーフハウスに……っ!?」
移動しようと思ったその時、唐突にこちらに近づいてくる人の気配を感じ物影に隠れる。
最初は警備員か暗部の後処理係かと思ったが、足音は1つしか聞こえてこない。
足音から女性、いや、女の子のようだ。体格は美琴くらい……ん? 美琴くらい?
嫌な予感がしたが、人影の後ろに回り込み後頭部に銃を突きつけた。
「動くな。俺に何の用だ、妹達?」
銃を突きつけた後頭部にはゴーグルが付いていた。
「あなたに敵対の意思はありません。それにしても、私の気配に気付いて背後をあっさりと取るとは流石ですね。とミサカは感嘆しながら答えます」
振り向いた妹達の1人、御坂妹と呼ぶか。その御坂妹は相変わらずの無表情でこちらを見上げた。
他に妹達がいないかと見渡したが、少なくとも近くにはいないようだ。
「だからお前らは言葉だけじゃなくて、せめて少しは驚いた顔をしろよ。って、お前は一度会っているよな? ミク、9939号の御坂妹を運んだ時に最後に挨拶した奴だろ、お前は?」
よくよく見るとこの御坂妹は会った事がある。
ミクと初めて出会った時にいた妹達の1人だ。
それを聞いて御坂妹は動揺したかのように大きく目を見開いた。
「私の検体番号は10032号で、あなたとはあの時確かに会いましたが、ミサカの区別が付くのですか? とミサカは驚きながら尋ねます」
10032か、こりゃまた番号が飛んだな。
「区別と言うか、一度会って言葉を交わした人の事は忘れないだけだ」
流石に完全記憶能力とまではいかないけど。
「それでも見た目も何もかもが同じミサカの区別が付くとは、やはりあなたはとても変わった人なのですね。とミサカは納得します」
「……そんな事より何しにきた?」
このまま話を続けていると、イライラが募るばかりになりそうなので無理やり話を切り替えた。
最初は元春と同じく俺を仕留める刺客かと思ったが、武器もなく無防備すぎる10032号を見て、その可能性は低いと判断した。
勿論、警戒は怠らない。
「ミサカはあなたに伝言を預かってきました。とミサカは答えます」
「伝言? 一体誰からだ?」
伝言と聞いて、何かそれ以上聞いてはいけない気がしたが、つい聞いてしまった。
「はい、9939号、いえミクからあなたへの伝言を預かっています」
「なっ? ミ、ミクから!?」
ミク、その名を聞いて頭が真っ白になりかけた。
さっきも今までもずっと考えていたのに、ミクから伝言があると妹達の1人から聞かされて、なぜか動悸が激しくなった。
「伝えます……ユウキさん、この伝言をミク以外から聞いているのなら、ミクはこの世にはいません。それがミクにはとても辛いです。私は科学者達に言われたからではなく、自分の意思で一方通行に挑みます。実験のためではありません。あなたに出会って、名前を付けてもらって、ミクはもっと生きてみたくなりました。あなたが実験を止めてくれて、あなたと一緒に生きてみたくなりました。だから、私は私の意思で実験に挑み、生き残ってみたくなったからです。ですが、私は死んでしまったのですね。ユウキさん、ごめんなさい、そして、ミクに名前と生きる目的を与えてくれて本当にありがとうございました。さようなら、どうかお元気で……と、ミサカはネットワークに残されたミクからの伝言を言い終わります」
目の前が真っ暗になったような感覚。数日前、ミクが死んだと研究所で知った時以上に胸の奥が痛くなった。
10032号の言葉はそのまま一語一句が俺の体に浸透してきた。
それでもその場に倒れこみそうになるのを堪え、無表情でこちらを見ている10032号に聞いた。
「……一つ、聞かせろ。なぜ、今俺に伝えに来た?」
ミクの実験が終わってから時間が経っている。
その間に俺に伝える事は出来たはず。なのに、10032号は今、このタイミングでわざわざこんな場所に来て俺に伝えに来た。
「ここ数日のあなたではまともに話を聞く事が出来ない。だけど、今のあなたなら大丈夫だろう。と言われこの近くの施設で待機していたミサカが伝言役になったと言うわけです。とミサカは質問に答えます」
「それは誰に言われた?」
「木原尼視という科学者からです。とミサカは質問に答えます。」
「尼視か……そうか、そう言う事か」
これで合点が言った。なぜ元春が1人で来たか。そして、その後タイミングよく御坂妹がやってきたか。
全ては、尼視のたくらみだ。
どういう意図があったのかまでは分からないが、元春の襲撃で頭を覚まさせ、ミクの遺言を伝える役を10032号に与えた。
全く、本当に俺が嫌がる事が大好きなクソババァだ。
暴走には制御を。そして、感情の再起動を。
「10032号、もういいぞ……しばらく、1人になりたい」
「分かりました。それでは失礼します。とミサカはこの場を後にします」
10032号が見えなくなったのを確認して、近くの瓦礫に思いっきり拳を叩き付けた。
「ちく、しょう……」
10032号と話をして、同じ顔と声をしていてもミクとは違うのだと改めて感じた。
そして、そのミクを死なせたのは、俺だと言う事も……
「ミク……すまない、俺の、せいだ」
ミクが死んだと知った時よりも、もっと強く深く俺に突き刺さってくる。
ミクは俺と生きたいが為に……俺のせいでミクは自分から実験に参加する意思を見せたと言う事。
「ちくしょう、ちくしょう……ちくしょぉ~!!!」
拳を地面に何度も叩きつけた。涙もとめどなく溢れてくる。
こんなに泣いたのは、何年ぶりか分からない。
あの時のようにドス黒い怒りが俺の中を埋め尽くそうとするが……
――ユウキさん、ごめんなさい、そして、ミクに名前と生きる目的を与えてくれて本当にありがとうございました。
ミクの遺言が、真っ白に塗りつぶしていく。
2度目の感情の波が押し寄せてくる。
しかし、1度目とは違う。殺意と敵意よりもっと深い悲しみが俺の中から溢れてくる。
「うわあぁぁぁ~~~!!!」
それはまるで、猛毒のように俺をジワジワと苦しめていった。
そして、この時から俺は何かが変わって行ったのだと思う。
続く
前回のリプレイのようになっていますが、また別の何かがユウキの中を埋め尽くしていき、そして……
今回でユウキの弱点、短所に近いモノが潜んでいます。