俺の拳と一方通行の手がぶつかる寸前……
「止まりなさーい」
その声で一瞬動きが鈍った。
おかげで反射を逆転させるタイミングを失い、やむをえず一方通行から離れた。
一方通行も怪訝な顔をしつつ、俺から離れた。
そして、新たな乱入者に目を向けると意外な人物がそこにいた
「なんで、なんでてめぇがここにいる、木原病理!」
そこにいたのは、車いすに乗っていかいにも無害そうな笑顔を浮かべる女性、木原病理。
俺が苦手とする相手の1人。
「あらあら、なんでと言われても星空が観たくなって散歩していたら、派手に暴れている坊や達が見えたので、ちょっと通りがかってみました」
「なんだァ? そこのババァも木原か? クズの底辺を這いずり回る木原が2人もだと? おいおい、どんだけ俺を楽しませたいんだおまえらはよォ?」
俺とやりあってハイテンションなままの一方通行が、突然の乱入者である病理に殺意を向ける。
「いえいえ、あなたを楽しませるのは私の仕事ではないのですよ。私は散歩がてらにユウキクンと久々にお話ししようと思っただけです。あぁ、そうそう。伝言を預かっていましたね。コホン、今日の実験は延期です、また後日連絡するとの事ですよ、一方通行クン?」
「……チッ!」
一方通行は美琴っぽい9939がいる方向を見て、次に俺と病理を睨み舌打ちしてこの場を去った。
俺はそれを見て呆気に取られた。少しは抵抗するなり嫌味でも言うのかと思ったが、こうもあっさりと引き下がるとは思わなかった。
実験とやらがひとまず延期になり一方通行が去った以上、戦闘を続ける意味はない。
そもそも、なんで戦ったのかすら俺には分からないのに、これ以上何をするのか。
「あららー? 話に聞くより数百倍は聞き分けがいいですね。ちょっと期待外れでーす……ってあらぁ? あなたまで去ってしまうのですか?」
「お前と話すとただ疲れるだけで俺には何の得もない。でも、こうして戦闘が終わったんだ。お前の専売特許は果たしたと言っていいんじゃないか? ま、そもそも今回は 『諦め』 とは違うけどな」
病理がこのタイミングでここに現れた理由は、俺に一方通行との戦いを、もしくは実験の阻止を 『諦めさせる』 為だろう。
病理は 『諦め』 のプロフェッショナルだ。話術や妨害、その他もろもろあらゆる方法で精神的にも肉体的にも社会的にも諦めさせる天才だ。
そんなのを相手にするだけでも、不毛だ。
そもそも俺はこの実験が何のためにあるのか、美琴のクローンが作られた理由とか、まだ何も把握していない。
でも、俺を止める為に病理をよこした事で、色々予測はつけられる。
とりあえず実験は延期になり、9939も生きてるのでそれで良しとするか。
「それそれは凄く残念ですね。久しぶりにお話ししたかったのに……その為に 『新調』 してきたのに」
「随分と準備がいい事で。さって、あの子を病院に……って、え“!?」
物足りないと言う表情の病理をほっといて、9939がいる場所に行こうとふり返った時、俺は驚きのあまり固まった。
「この個体の事でしたら、大丈夫です。とミサカは9939号を担架に乗せつつ答えます」
「多少の外傷はありますが、この程度でしたら何の問題もありません」
「しかし、スケジュールの若干の調整が必要となりました」
「ですが、予測されている範囲内の事のようです」
「ならば速やかに9939号を施設へと搬送するべきです。とミサカは提案します」
常盤台の制服を着て、ゴーグルを付けた美琴の顔をした少女が何人もそこにはいた。
普通の人がこの光景を見たら自分の目を疑うか、下手すれば狂ってしまいそうだな。
「1万以上は作られていると予測したけど、実際に観てみると異様な光景だ……」
「では、これで失礼します。とミサカは頭を下げます」
美琴のクローン達は、ぐるりとほぼ同時に俺に目を向け、頭を下げるとこの場を後にした。
その時、担架に乗せられた9939の美琴が、黙ってこちらをジッと見つめてきたのが印象に残った。
8月11日
とあるセーフハウスの中でコーヒーを飲みながら時計を見る。
既に時間は朝になっていた。
「あ~久々の徹夜だ」
実験場を後にして、すぐにこのセーフハウスにやってきた。
ここは主に情報収集のための機材が揃っていて、大型サーバーやスーパーコンピューターなどがある。
昨日の実験の情報をありとあらゆる所にハッキングをかけて、情報を得た。
ここまで大掛かりで回りくどいハッキングは久々だった。
並の電気能力者以上の手際で証拠も残さなかったけど、念の為このセーフハウスは破棄した方がよさそうだな。
他にもいくつか似たようなセーフハウス持ってるし。
そして、ハッキングの成果を今確認している所だ。
「……絶対能力進化(レベル6)、レベル5のその先にあるレベル、ねぇ」
神ならぬ身にて天上の意思に辿り着くもの(SYSTEM) と言われる物の事なら少しは知っている。
レベル5の先にある学園都市の究極の目的、レベル6の事を言っているらしいけど、詳しくは知らないし興味もない。
で、そのレベル6に唯一辿りつける可能性のある第一位、一方通行をその高みへ至らせるのがこの実験。
学園都市最高のスーパーコンピューター 『樹形図の設計者』 が導き出した予測では、第3位の美琴と128回戦って殺せばレベル6になれる。
だけど、美琴を100人以上用意出来るわけもない。
それで以前凍結させた 『量産型能力者計画』 を再利用する事で美琴のクローン 『妹達』 を代用させる事にした。
ただし、妹達は能力が大幅に劣化する為、美琴を使った時と同じ結果を出すには2万もの戦闘データが必要になった。
「相変わらずの狂い様だな、学園都市の闇ってのは」
別にこの程度なら予測済みだし、色々トチ狂った実験を見てきたりもしていたので驚きはしない。
でも、それでも、怒りが収まらない。
昨日と同じく何に怒っているのか、なぜ怒っているのか自分でも分からない
この怒りは昔から何度かあった。
涙子や当麻の時ばかりではなく、暗闇の五月計画で最愛と海鳥を助けに行って研究者を半分殺した時も、体晶実験のしすぎで衰弱しきった理后を見た時もだった。
「この実験、潰す」
恐らく、いや、絶対に妨害が入るだろうな。
昨日病理が来たのがその証拠。俺にこの実験に関わるのを 『諦めさせる』 為アイツは来た。
俺にはそんなの関係ない。潰すと決めた以上、手段を問わず絶対に潰す。
でも……どうやって潰す? この実験は今まで俺が潰してきたような研究者達を殺せば終わる、というものではない。
統括理事会どころか、理事長が絡んでいる可能性が高い。そんな実験を潰そうとするなら、ただ皆殺しではダメだな。
一方通行を殺す……か? とここまで考えて違和感を覚えた。
「何だ、この実験。知れば知るほど違和感しかない。こんなの、実験になるのか?」
具体的にどこかどうとは分からないけど、やけに頭がモヤモヤする。
それに統括理事会絡みと言えば芹亜先輩の依頼、今にして思えばあの依頼を解決した帰り道に実験に遭遇した。
偶然? それともこれは芹亜先輩が暗に俺に実験を止めるように仕向けた?
「これ以上はハッキングするより、この実験関連の研究所に忍びこむ方がいいか」
――ビビィー
と、そこへまるでタイミングを見計らっていたかのように、尼視から通信が入ってきた。
電話ではなくこの場所に通信を送ってきたのが、何ともタイミングが良いのか悪いのか。
『昨日はやってくれたみたいだな』
開口一番にこのセリフ、想定内だ。
だけど、よくやってくれた、と言わんばかりの笑顔を浮かべ、心底面白そうに言ってくるとは正直思ってなかった。
「なんだその笑みは? 俺が実験を妨害するのは、お前にも不都合な事なんじゃないのか? だから病理のババァを寄こしたんだろ?」
『病理? ぷっ、アッハッハッハッハッ、私があんな陰険に頼むわけないだろう? アレの差し金は別だ。私としてもお前が介入するのはもっと後だと思っていたんだが、いやはや、面白い展開だ』
違ったか、一番の適任を送りこんできたと思ったんだけどな。
『で、お前はこれからどうする気だ?』
「勿論、実験を止める」
嘘も誤魔化しも無意味なので、正直に話す。
ここでコイツがどんな反応を示すかで、こっちも対策を取るつもりだ。
『なぜだ? 今回は暗黒の五月計画みたく依頼を受けたわけじゃないのに、なぜ即答する?』
尼視の奴、止める事に反対するのでも肯定するのでもなく、まるで俺がどう答えるか試しているような言い方だな。
「さぁな。妹達に同情したのか、と言われれば否定しきれないし。でも一番は……なんかムカついたから。これ以外答えようがないな」
『ぶふっ、くくくっ、あはははっ、あ~っはっはっははっ! こりゃ傑作だ傑作!』
なんだ? 俺を嘲っているのかと思ったけど、そうじゃない。
尼視は馬鹿にしているわけでもなく、ただ本当に面白そうに笑っている。
それを見るのはすごく不快だ。
「何だよ。文句でもあるのか?」
ま、そりゃあるだろうな。木原らしくない、とまた言われるか。
『いやいや、それでいい。お前はそれでいい。実を言うと、私もこの実験にはどちらかと言えば否定的なんだよ。お前が実験を潰すと言うのなら、協力はしないが妨害もしない』
要するに自分は灰色で、実験には関わってない。と言いたいんだな。
もったいぶった言い方しやがる。
「そいつはどーも」
これ以上話す事もないと通信を切ろうとしたら、急に尼視が真剣な顔つきになった。
『あ、そうそう。実験だけど、一方通行を殺しても無駄だぞ?』
「どういう意味だ?」
殺しても、無駄? 殺すのはダメ、ですはなく??
『言葉通りだ。後は自分で考えろ』
そう言い残して尼視は通信を切った。
アイツが何を考えているのかさっぱり分からない。
「やっぱ何か裏があるな、それも結構大きい裏が。さて、どこから行こうか」
実験に関わっている研究所のリストはアップした。
こうしている間にもデータが他の研究所に移されている可能性高いけど、行ってみる価値はあるか。
「じゃ、行動開始だな」
必要なデータと機器を詰め込んだバッグを手に、室内にまんべんなく特殊な液体を振りまきセーフハウスを出る。
すぐに背後にシューっという音が聞こえてきた。
さっき巻いた液体は、ハウス内のPCやモニターなど設備を全て溶かす特殊な金属。
EMPでもいいけどそれでもデータを再生させられる恐れもあるし、物理的に破壊するのが一番だ。
「まずは……飯かな。昨日の昼から何も食べてなかった」
昨日は依頼を片付けて夕食をどうしようか考えていた時に、あの実験に出くわしたんだった。
荷物をバイクに乗せそこらへんのファミレスに行こうとしたその時、誰かの気配を感じた。
うまく足音を消してるようだな、相手は恐らく1人。
今いる場所は普段誰も近寄らない僻地。
こんな所にこのタイミングで来るのは、十中八九……敵。
「……動くなっ」
振り向きざまに銃を向けたが、そこに立っていたのは予想外の人物だった。
「ミサカに敵対意思はありません、とミサカは突然銃を向けられ驚愕しながら答えます」
包帯だらけで無表情の美琴、いや、妹達の1人がそこいた。
続く
今さらですけど、当麻と一方通行と浜面って20巻始まるまでの間、ロシアでどうやって生活してたんでしょうね。
19巻から20巻の間に10日以上間空いてるのに。
しかも、滝壺や打ち止めがいながら……謎です。